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手袋の行方(2/3)
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「ごきげんよう、マリー・アマニール夫人。珍しい組み合わせですわね。」
「え・・・ええ。ピロットノブ子爵と夫は仕事で関わっているのでご挨拶をしていたところでしたの。」
マリカを連れてきていないことを暗に言われてアマニール侯爵夫人は動揺した。先日の泥酔暴言事件は社交界であっという間に噂になり、マリカは貴族の集まりに当面参加できない。まぁ、アマニール侯爵が断罪されたらもう永久追放だろうから彼女たちと社交で会うことはもうないのだろうけど。
お母様はアマニール夫人ことを「アマニール侯爵夫人」とは言わない。今まで特に気に留めていなかったが、”わたくしはあなたのことを認めてませんの”と意思表示しているのね。
前侯爵の嫡男と結婚した母は、名門チェルシー侯爵家の令嬢で母方のお祖母様はアルーノ大陸アルタヴィスタの王族だったのだ。地方の男爵令嬢だった夫の従弟夫人を自分が本来就くべきだった地位で名乗るのが気に入らないのかもしれない。そして、帝大を出て出身家門も血筋も上等な母にコンプレックスを持っている侯爵夫人も地位を盾に母に対して攻撃的なのだった。そんなに頻繁に会うわけではないが、アマニール家とマクレガー家が対面するとピリピリしていて居心地が悪い。
「そういえば、リリーシアさんは帝大を卒業してから皇太子殿下の秘書になられたのよね。」
母の友人がピリピリした雰囲気を察してか私に話を振ってきた。
「はい、薬事法の立法のお手伝いで期限付きですが。落ち着いたら今年入学したパリシナ国立大学の法科大学院に戻ります。」
「まぁ。でしたら結婚は大学院を卒業されてからかしら。」
いきなりストレートな質問をぶち込まれた。とりあえず、無言で微笑んでおく。察して話を変えてもらえると幸いだわ。
「アマニール家のマリカ様は一昨年女子学院をご卒業なさったのよね。レオンハルト殿下の妃候補に選ばれるなんて誉ですわね。」
このご婦人も褒めているようで嫌味を言っている。女子学院は貴族の女性が妻になって領地経営や家門の管理をする知識を身に着け、卒業時の年齢は18歳で卒業後には嫁ぐのが慣例だ。卒業して2年半が経つのに結婚もしていないし、妃候補の中で成績は一番下で血筋も他の令嬢に劣るので選ばれる見込みも少ないでしょう、と馬鹿にしているのだ。私もアマニール侯爵夫人とマリカは好きではないが、こんな風に馬鹿にするのはちょっと違うと思う。
「マリカ様は頑張ってらっしゃいますよ。でも、もう妃候補からは外れるかと。」
後ろから凛とした声が聞こえた。振り返るとフィリーナ様が微笑んで近寄ってきた。
「まぁ、じゃあやっぱり先日のアマニール家でのパーティのことで?」とご婦人方はヒソヒソと話し始めた。アマニール侯爵夫人は割と苛烈な性格の女性なのにワナワナとしつつも言い返さずに耐えていた。場を収める会話の展開を考えていると後ろから抱き締められた。驚いて振り返ろうとすると私の首元に息がかかり顔を寄せられているのがわかり、頬に熱を帯びる。
(シダーウッドの香りがする。)
「シオン?」
「ん?」
恐らくパーティに来ている人、全員が私たちに注目したと思われる。何とも言えない雰囲気が会場中に漂う。
「やっとあいさつ回りが終わったよ。向こうにシアのために作った区画があるんだ。一緒に見に行こう。」
戸惑っているとシオンは腰に手を回して移動するために引っ張った。
「おい!リリーシアから離れろ。」
いつもと違い威嚇するような冷たい低い声を聞いて心臓が大きく跳ねた。
「帝国の若き光にご挨拶申し上げます。しかし、離れろという命令には従えません。私どもの私的な事情でございます。」
300年前であれば地位が高い者に声をかけられるまで頭を下げなければいけなかったが、今は礼儀的に頭を下げて挨拶をするだけで拘束力はない。といってもこんな無礼な態度を堂々ととれるのは皇家と同等の権力があるワイマールくらいなもので無礼な態度だ。殿下は冷たい表情のまま、一度ゆっくりと目を閉じてからシオンをしっかりと見据えた。
「もう一度、言う。リリーシアから離れろ。」
今度はシオンの返事を待たずに私の腕を掴み引き離した。
「ワイマール公子、こちらは公的な事情で話している。そなたがリリーシアをどれほど慕っているかも理解しているつもりだ。そなたはリリーシアと私が出会うずっと前から彼女を守ってきて、後から出てきて私が横恋慕したと考えているかもしれないが・・・」
シオンはそのあと続くであろう言葉を予想しているのか驚いていない。
「帝国歴297年2月1日に諮問会議を経てブルマン家はマクレガー子爵に二女リリーシアとの婚姻を申し込み、現在も保留中となっている。」
初めて知った事実に絶句してしばらく言われた言葉を頭の中で反芻した。お母様を見ると扇で口元を隠していた。まぁ親なんだからお母様が知らないわけないか。
会場にいた貴族たちは皆、こちらに聞き耳を立てている。「どういうこと?諮問会議で承認されているなら今の妃候補より優先されるのよね?」「どうして保留にしてるのかしら?」「ワイマール公子と相思相愛なのよね?別れさせられるの?」
私はレオンハルト殿下のほうを見ると視線がぶつかった。そして、彼は普段したがらない手袋を外し、シオンの胸に投げつけた。
周囲の人のざわめきが大きくなる。
「レオンハルト・ブルマン・サルニアはシオン・ワイマールに決闘を申し込む。」
「え・・・ええ。ピロットノブ子爵と夫は仕事で関わっているのでご挨拶をしていたところでしたの。」
マリカを連れてきていないことを暗に言われてアマニール侯爵夫人は動揺した。先日の泥酔暴言事件は社交界であっという間に噂になり、マリカは貴族の集まりに当面参加できない。まぁ、アマニール侯爵が断罪されたらもう永久追放だろうから彼女たちと社交で会うことはもうないのだろうけど。
お母様はアマニール夫人ことを「アマニール侯爵夫人」とは言わない。今まで特に気に留めていなかったが、”わたくしはあなたのことを認めてませんの”と意思表示しているのね。
前侯爵の嫡男と結婚した母は、名門チェルシー侯爵家の令嬢で母方のお祖母様はアルーノ大陸アルタヴィスタの王族だったのだ。地方の男爵令嬢だった夫の従弟夫人を自分が本来就くべきだった地位で名乗るのが気に入らないのかもしれない。そして、帝大を出て出身家門も血筋も上等な母にコンプレックスを持っている侯爵夫人も地位を盾に母に対して攻撃的なのだった。そんなに頻繁に会うわけではないが、アマニール家とマクレガー家が対面するとピリピリしていて居心地が悪い。
「そういえば、リリーシアさんは帝大を卒業してから皇太子殿下の秘書になられたのよね。」
母の友人がピリピリした雰囲気を察してか私に話を振ってきた。
「はい、薬事法の立法のお手伝いで期限付きですが。落ち着いたら今年入学したパリシナ国立大学の法科大学院に戻ります。」
「まぁ。でしたら結婚は大学院を卒業されてからかしら。」
いきなりストレートな質問をぶち込まれた。とりあえず、無言で微笑んでおく。察して話を変えてもらえると幸いだわ。
「アマニール家のマリカ様は一昨年女子学院をご卒業なさったのよね。レオンハルト殿下の妃候補に選ばれるなんて誉ですわね。」
このご婦人も褒めているようで嫌味を言っている。女子学院は貴族の女性が妻になって領地経営や家門の管理をする知識を身に着け、卒業時の年齢は18歳で卒業後には嫁ぐのが慣例だ。卒業して2年半が経つのに結婚もしていないし、妃候補の中で成績は一番下で血筋も他の令嬢に劣るので選ばれる見込みも少ないでしょう、と馬鹿にしているのだ。私もアマニール侯爵夫人とマリカは好きではないが、こんな風に馬鹿にするのはちょっと違うと思う。
「マリカ様は頑張ってらっしゃいますよ。でも、もう妃候補からは外れるかと。」
後ろから凛とした声が聞こえた。振り返るとフィリーナ様が微笑んで近寄ってきた。
「まぁ、じゃあやっぱり先日のアマニール家でのパーティのことで?」とご婦人方はヒソヒソと話し始めた。アマニール侯爵夫人は割と苛烈な性格の女性なのにワナワナとしつつも言い返さずに耐えていた。場を収める会話の展開を考えていると後ろから抱き締められた。驚いて振り返ろうとすると私の首元に息がかかり顔を寄せられているのがわかり、頬に熱を帯びる。
(シダーウッドの香りがする。)
「シオン?」
「ん?」
恐らくパーティに来ている人、全員が私たちに注目したと思われる。何とも言えない雰囲気が会場中に漂う。
「やっとあいさつ回りが終わったよ。向こうにシアのために作った区画があるんだ。一緒に見に行こう。」
戸惑っているとシオンは腰に手を回して移動するために引っ張った。
「おい!リリーシアから離れろ。」
いつもと違い威嚇するような冷たい低い声を聞いて心臓が大きく跳ねた。
「帝国の若き光にご挨拶申し上げます。しかし、離れろという命令には従えません。私どもの私的な事情でございます。」
300年前であれば地位が高い者に声をかけられるまで頭を下げなければいけなかったが、今は礼儀的に頭を下げて挨拶をするだけで拘束力はない。といってもこんな無礼な態度を堂々ととれるのは皇家と同等の権力があるワイマールくらいなもので無礼な態度だ。殿下は冷たい表情のまま、一度ゆっくりと目を閉じてからシオンをしっかりと見据えた。
「もう一度、言う。リリーシアから離れろ。」
今度はシオンの返事を待たずに私の腕を掴み引き離した。
「ワイマール公子、こちらは公的な事情で話している。そなたがリリーシアをどれほど慕っているかも理解しているつもりだ。そなたはリリーシアと私が出会うずっと前から彼女を守ってきて、後から出てきて私が横恋慕したと考えているかもしれないが・・・」
シオンはそのあと続くであろう言葉を予想しているのか驚いていない。
「帝国歴297年2月1日に諮問会議を経てブルマン家はマクレガー子爵に二女リリーシアとの婚姻を申し込み、現在も保留中となっている。」
初めて知った事実に絶句してしばらく言われた言葉を頭の中で反芻した。お母様を見ると扇で口元を隠していた。まぁ親なんだからお母様が知らないわけないか。
会場にいた貴族たちは皆、こちらに聞き耳を立てている。「どういうこと?諮問会議で承認されているなら今の妃候補より優先されるのよね?」「どうして保留にしてるのかしら?」「ワイマール公子と相思相愛なのよね?別れさせられるの?」
私はレオンハルト殿下のほうを見ると視線がぶつかった。そして、彼は普段したがらない手袋を外し、シオンの胸に投げつけた。
周囲の人のざわめきが大きくなる。
「レオンハルト・ブルマン・サルニアはシオン・ワイマールに決闘を申し込む。」
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