赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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第8章 サウセント王国編

8-1 神の武器、狐

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白い壁と床。
白い机と椅子。
只人は存在出来ないその空間で金切り声が鳴り轟いた。
苛立ち気に長い髪を振り回す。
腹立たし気なその表情、その仕草すら気品と美しさを感じさせた。

「ちょっとどうするのよっ!」

「・・・どうしようもあるまい」

溜息混じりに神々しいまでの輝きを携える白銀の狼人が答えた。

「我が子孫も・・・やり過ぎだ」

金色に輝く髪を結い上げ薄紫色の肌をした女人が、凛としながらも威厳のある声を出した。

「アレは儂よりも才覚があるかも知れん」

白く長い髭を撫でながら魔人の老人が告げた。
風体は一番神様らしいかも知れない。

「惚れた女の為だからな・・・男なら仕方ねぇさ」

恵比寿様のような腹を陽気に震わせて酒を煽る男が口を挟んだ。

「酒のっ!仕方ないじゃ済まないわ!こんな事の為にあの子を遣わせた訳じゃないでしょ!」

「・・・儂らが成すべき事だからな」

椅子に腰掛けていた壮年のドワーフの男が呟いた。

「だが・・・それもオリハルコンの、いや、オリハの意思だ」

見た目は優男と称するのがしっくりと来る若者が、両肘を卓に立て頭を支えるように顔を伏せながらそう言った。
長い髪で表情は見えないが、眉間に寄せられた皺が苦悩を物語っている。

「見守るしか・・・有りませんわ」

涼し気な瞳と髪の色をしたエルフの女性が瞼を閉ざした。
祈られる存在が更に高位なモノへ祈るように。
その言葉にそこに座する十二柱は静かに頷いた。

「見届けよう・・・」

創造主は立ち上がる。

「私達の罪の結末を・・・」

そして苦し気な表情のまま大地へと視線を移した。
彼の者に苦悩無き事を願いながら。
その時までヒトとしての幸福を、生を全うする事を祈りながら。



その頃オリハ一行はサウセント王国の王城にて膝をついていた。
オリバー・パウエル・サウセント国王陛下への謁見の為だ。
道中エインは凡王の皮を被った狐だと彼を称した。
全ては国の為、国民の為。
御し易く見せかけ、のらりくらりと厄介事を躱す愚王だと。

彼の国の過去の歴史がその血筋だと物語る。
荒事には恭順し、負け戦はしない。
帝国が猛威を振るう時勢には逸早く属国と化してみせた。
500年前には狂気を前に各国を取りまとめてみせた。

目の前に座するただの初老の男。
オリハはその能力を測りかねていた。
武も魔力もさして感じない。
害にも毒にもなり得ない。
これが狐ならば余程の者だと伺っていた。

「楽にしていいよ、ボク堅苦しいの嫌いなの」

飄々とした顔でそう語る。
裏腹にオリハを探るような好奇心と警戒心を発していた。
これは確かに狐のようだ。

「では陛下、人攫いの件についてはどうなってらっしゃるのでしょうか?」

その視線を遮る様にエインが立ち上がり問うた。
不躾な応対に傅くのも何だと、オリハも膝を伸ばした。
子供達は事前に許可をもらい、庭園をマリア引率で侍女に案内を受けている。

「んー、西にある街でアルベルト子爵っていうのが冒険者の取り纏めをやってくれてるの、詳しくはそこで聞いてくれる?」

そうエイン越しにオリハを見た。
隠し切れない身長差は如何ともしがたい。
気にする事なくエインに視線を送る。
護衛依頼の終了の確認である。
ここから冒険者として動き出す為に。

無言のまま一礼をし背を向けた。

「ああ、オリハちゃん?」

ピシリと空気が固まる。

「・・・何か?」

「側妃になんない?」

今度は空気が冷えた。

「ああ、深い意味は無いよ?ボクもう枯れてるし嫁一筋だし後継もいるし」

「・・・では?」

「ほら、色々と求婚されるのも面倒でしょ?別に城に住まなくても良いし、後ろ盾あると便利だよ?」

「なっ!」

「ふむ、考えておく」

「えっ?!」

どの様な意図があるのかを探るのはさておき、中々に魅力的だとオリハは思う。
即答する理由もないし、考えるだけなら問題は無い。
慌てたのはエインだけだった。

扉の外へとオリハの背を見送って口を開いた。

「どう言うおつもりでしょう?」

「・・・エインくん、脈なさそうだよ?」

「ぐっ!」

かんらかんらと狐の王は声を出して笑った。

「・・・アレはこの国うちに欲しいねぇ」

呟くような独り言は誰にも届かなかった。

「何かないかなぁ」

アレは国の発展の為に有用だ。
そう老獪な狐は目を細める。
金や権力という鎖は引き千切られる。
断られる事は鼻から承知の上。
側妃など目にもくれないだろう。
見えない鎖がいる。
情という楔が。

脈無しと言われ呆然とするエインを他所に、王はテラスへと足を踏み出した。
庭園から聞き慣れぬ声がしたからだ。
見知らぬ子供達と自分の孫である王子が見えた。
そういえばと、オリハの二つ名を思い出す。
ふむふむと頷き手招きをした。

「・・・宰相」

耳打ちで今後必要になるであろう手配を命じた。
近場で下手に忌避感を持たれたくはない。
ならば王都より直ぐ西にある子爵領が良い。
その意図を持って伝えられた言葉に宰相は頷き、その場を後にした。

「じゃあエインくん、各国の代表が集まる前に段取りの確認でもしとこうか?」

「・・・」

「エインくーん?」

「はっ!な、なりません!オリハ様は譲りませんよっ!」

「はいはい、付いて来てねぇ」

魔人国の影の支配者フィクサーも色事は不得手のようだ。
オリバー国王は狡猾な狸を背中で嘲笑った。

ここ数年の魔人国の発展は目を見張る物があった。
そして各国への訴えかけも含め、裏にいるのが王兄であるドゥエムル公爵である事も掴んでいる。
そこにオリハという冒険者が関わっている事も。

ただオリハに関しては情報は掴めなかった。
エインが最初に調べた内容とさして変わらない範囲のみ。
過去がないヒトなどいない。
提供された情報は詐称だと王は判断した。

大地に力強く根を張る巨木。

それがサウセント王国の王家に代々受け継がれるスキル[推察眼]によるオリハの印象だった。
根は意思を。
古木の如き幹は知恵を。
青々と茂り張り巡らされた枝葉は力を。

だが目に付いたのは不釣り合いな迄の新芽であった。

どういう過去を歩んだのか。
どのような経験を積んできたのか。
そこまでの推察は出来なかった。

アレの精神はまだ少女だ。

それがスキルによって齎された結果だった。
恋も知らぬ少女に愛を説いて理解される筈もない。
近づき過ぎる程、親愛を抱くだろう。
理解者として頼られる程、友愛を抱くだろう。

信楽焼の狸の姿を推察されたドゥエムル公爵を可哀想にと心で笑った。

だがエインとて気付かない訳ではなかった。
少女のような純粋さこそが、エインが愛し焦がれた面なのだから。

(10年・・・いや5年後かなぁ?)

年経た狐は愉悦を口に笑いを溢す。
趣味が悪いと自覚はする。
だが人の不幸は蜜の味。
恋愛沙汰なら尚の事。

それを特等席で観られる権利を握りながら。


その頃、庭園では2人の少女が庭師の作り上げられた芸術に声を上げ、蜜の匂いに腹を鳴らせる少年。
声高にツンと胸を張る少年とその少年に敵意を向ける少年がいた。

「どうだっ!オレの庭はすごいだろうっ!」

「すごいのは庭で、あなたではありませんけどね」

「もうっ!そんなこと言わないの・・・でも、ホントきれい・・・」

希少な青い薔薇を、同じ色の輝く瞳で見つめていた。

「・・・お前の目の方が・・・」

「ん?なにか言った?」

「な、なんでもないっ」

齢5歳の王子にはその先は言えなかった。
そんな彼の視線には、年相応に肩まで伸ばした白銀のフワフワの髪。
浅黒い健康そうな肌の色が笑顔をより咲かせた少女だけが映った。
警戒心を露わにするアキや「ニャハハ」とその様子を眺めるフユ、待てをされ涎を垂らすナツの姿は目に入る事はなかった。

「・・・名は?」

「え?」

「あっ、ママにゃ!」

フユの視線の先に挨拶を交わすマリアとオリハがいた。
駆け寄るナツとフユ。
空腹を訴えるナツの頭をワシワシと撫でた。

「姉上っ、ぼくたちも行こっ?」

「分かったから・・・もうっ、引っ張らないで」

軽く会釈をして届かない声で口が「ありがとう」と動いたのが見えた。
見た事のない少女だった。
王子としての立場上、沢山の令嬢を見てきた。
また会いたい。
初めてそう思えた。

「オレはアルフレド・・・アルと呼んでくれっ!」

駆けて行く少女に初めて願った。
王太子である父と母、祖父母の王と王妃だけが呼ぶ愛称を。
次に会った時に。
そう願った。

「わたしはハルッ!」

朗らかな笑顔でそう手を振った。
名を教えられた事が約束のように思えた。
次に会った時に。
互いをそう呼び合う為の。

「ハル・・・ハル、か」

忘れないように。
心に刻むように繰り返した。


その甘酸っぱい光景は、引率を担当した侍女から王へと報告される事になった。
かんらかんらと笑いながら「老後の楽しみが増えた」と腹を抱える王がいたとか。


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