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第8章 サウセント王国編
8-9 神の武器、真打
しおりを挟む元々は古代の遺跡だった場所だ。
視界も良くはない。
霧が立ち込めている。
その中を変異した建物が迷路のように道を塞ぐ。
たが魔物の気配はない。
人の気配すら感じない。
迷宮と化した魔澱みとして、これは有り得ない。
感覚的な確信が、論理的な確信へ変わる。
間違いなくここにいる。
迷宮に足を踏み入れてからは、ハルとアキはナツとフユに任せた。
これは念の為だ。
ここまで来て不意を突くようなギュストではない。
何故ならそれでは面白くないからだ。
だが何を考えているのかが分からないのも狂気。
故にオリハ自身が即座に対応出来るようにした。
人質を取ろうとする行為は愚である。
その意識と行為の隙で勝負はつくだろう。
だからこそ警戒は怠らない。
悪手が妙手に変わる事は充分にあり得るのだから。
アルベルト子爵は魔澱みに入る前に馬を降りた。
馬は何かあれば街に逃げ戻るという。
何もなければ大人しく待つのだと。
後発部隊にここから侵入したと知らせる役目も担うのだとか。
前列からオリハ。
中列に子供達。
後列としてアルベルト子爵と並んで進んだ。
T字路に当たり左右を気配探査魔法で確認する。
やはり反応はない。
右か、左か。
ナツやフユを振り返れども、何も感じないのか首を横に降る。
鼻という分野でも獣人に引けは取らないが、情報確認は大事だ。
「・・・お母さん・・・」
「どうした?」
「あっ、うん、やっぱりなんでもない」
フユに背負われているハルが慌て口を噤んだ。
「構わん、気になる事があるなら言ってみろ」
「で、でもなんとなくだし、気になったっていうか、気のせいかもだし・・・」
「それでも良い、何の手掛かりもないのだ」
「で、でも」
いつもならこういう時に口を挟むような子ではない。
どちらにしても何の手掛かりもないのだ。
ならば直感を信じてもいいだろう。
「それを聞いたとして、最後に決めるのは母だ・・・丁度、コインか棒でも投げるか考えていた所なのだ、聞かせてくれ」
微笑んでそう告げた。
「・・・こっち・・・のような気がするの」
そう言い左の道を指差した。
「ふむ、では行ってみよう」
「ほ、ほんとに気がしただけだよ?」
「ハルは考えすぎにゃ、違ってたら逆に行けばいいにゃ」
「で、でも」
「先に僕が走って見て来てもいいし」
ナツがニィっと笑った。
「ちがっていても姉上がわるいのではありません、道がわるいのです」
「そうだけど違うにゃ」
「いざとなれば、母がここを更地にする」
「それはもっとダメなやつにゃ」
静けさの中に笑い声がこだまする。
子供達を見て微笑んでいるアルベルト子爵にオリハが声をかける。
「・・・呆れて気が抜けるか?」
「いえ・・・寧ろ、無駄な肩の力が抜けた気がします」
「ならいい」
それはオリハも同様だった。
高まった集中は気配探査魔法を直径で500メートルまで広げていた。
だがこれは徒労に終わる確信がある。
恐らく待ち構えられている。
気配探査魔法に引っかからないよう細工をした上でだ。
相手の思惑の本線は時間稼ぎ。
今頃、ノンビリとにやけ顔で寛いでいる事だろう。
その後もいくつかの分かれ道を通った。
変わらず気配探査には何の反応も無い。
だがアテもない。
ハルの指差す方へとその都度足を向けた。
だがオリハは不思議と迷っている、という感覚がなかった。
そもそもハルとギュストには、何らかの因縁があるのだ。
でなければ幼い時に、残留思念たる狂気を取り込む事など出来はしなかった筈だ。
あれからもハルにスキルや何らかの力が花開いた、という事もない。
アキのように知の才が溢れている訳でもない。
武や魔力が目立って優れている訳でもない。
オリハから見れば、ただの可愛らしい愛娘なだけだ。
だからこそ、この場はハルの感覚に頼り従った。
そしてそれは間違いではなかったと知る。
迷宮のような街並みを抜けると、開けた広場へと出た。
気配探査には変わらず反応はない。
だがひくつかせるオリハの鼻に反応した。
同じように嗅いでみせるナツとフユには分からない匂い。
つまり感情の匂いだ。
懐かしい匂い。
己の半身のような匂い。
それらが入り混じった・・・血のような臭いだ。
「ハル・・・良くやった」
懐から飴玉を取り出し口に放り込んでやる。
迷う事なく進んでみせた。
最上の成果ともいえよう。
なので、更に頭を撫でてやる。
広場を抜けた先に一際大きな石製の建物がある。
円形のそれは、恐らくコロッセオ。
待ち構えるには気の利いた場所だ。
匂いは違える事なくそこから漂っていた。
「あそこだ、間違いない」
気の緩みを振り払うようにオリハを見て、ナツとフユが頷いた。
足を引っ張る気は更々無い。
出来れば役に立ちたい。
その思いが目に宿っている。
ただオリハの懸念はひとつだけ。
この場に及んでも気配探査に反応がない。
つまり攫われた子供達の気配が、だ。
それが気配を隠蔽されているだけなら良い。
そう、最悪の状態でさえなければ。
臆する事なくコロッセオに足を踏み入れる。
臭いが色濃さを増している。
禁呪の段階はかなり進んでいる。
ならばオリハの様に受肉している筈だ。
肉体はヒト。
魂は魔物。
片や魂はヒト。
肉体は魔物。
魔物の肉体を得たギュストを倒して子供達を救う。
その事に握る拳に力が入った。
だが焦ってはならない。
焦りは隙を生む。
軽く息を吐き全身に魔力を灯す。
金色の輝きは灯さない。
小細工も含めて・・・ここからは全力を出すつもりだ。
仄暗い通路の先に明かりが射す。
床は一面、不揃いな石畳になっており、それが一層の無骨感を感じさせた。
中央に質感の異なる土塊と、それを中心に倒れているヒトが見えた。
それに走り寄ろうとするアルベルト子爵を手の合図で抑えた。
(・・・大丈夫だ、子供達ではない)
そう口を動かせば、息を飲み込み頷いた。
恐らく手駒としていた者達だろうと、オリハは推察した。
(あの魔物の群れを生み出すのに生命力を絞り出されたか?)
狂気に良い様に操られていたのだとは思う。
だが可哀想とは思わない。
元よりそういう素養があった者共の筈だ。
皮膚の色が魔人族の者もいる。
エインが行方が分からないと言っていた魔人原理主義者だろう。
ならば後の者も恐らく似たり寄ったりだ。
ここに来て禁呪発動の魔力の波動を感じる。
つまり発動はこの場所で、まだ終えてはいないという事だ。
子供達はまだ生きている。
オリハやナツ達の鼻すら誤魔化す、完璧な隠蔽である。
(地下か?それとも亜空間か?)
オリハは魔力を込めて石畳を強く踏みつけた。
それにより、手駒の命を奪ったであろう禁呪の方陣を破壊した。
だがまだ発動の波動は消えない。
もう一つある。
それが子供達を蝕んでいる禁呪だろう。
「流石は神の武器、判断が早いね・・・初めまして、いやお久し振りかな?」
土塊のように見えた物からそう声がした。
ゴゴゴッと音を鳴らしながら土塊が動く。
どうやら椅子だったようだ。
反転した先にはオリハの見慣れた懐かしくも因縁深い、元所有者がいた。
狂気を目に宿した燃えるような紅い瞳。
透き通るような水色の長い髪がそれを引き立たせた。
魔力は強く身に纏っている。
色は見せない。
大気にその圧が伝播し震わせる。
小細工はお互い様だ。
担ぐ様に肩に乗せた大鎌を見て、オリハは思わず舌打ちをする。
「ああ、ただの模造品だよ・・・嫉妬するかい?」
下手な事を喋られては困る。
子供達やアルベルト子爵はギュストからの圧でそれ所ではないようだが、既に神の武器と呼ばれたのだから。
愉快犯としてやり兼ねない。
「御託はいい、子供達は何処だ?」
オリハは手を後方にかざした。
そこで待機せよ、という合図である。
恐らく近寄りたくとも近寄れないのが現状ではあるだろうが。
ギュストの目的は時間稼ぎだ。
オリハを倒す事ではない。
会話自体もその一つである。
そしてオリハの目的もギュストを倒す事ではない。
本命は子供達の救出だ。
その答えが来るとは思ってはいない。
互いの目的が噛み合わないからだ。
だからそう問いながらも剣を抜いた。
「ふーん・・・いい剣だね、本当にいい剣だ・・・でも、折るよ?」
オリハが舌打ちした理由であった。
大鎌は重量武器である。
だが要約すれば先に鎌が付いた棍だ。
その分扱いは難しいが、ギュストには[全知]がある。
大振りし刃を使うのは棍術の延長線に過ぎない。
これは謂わば達人同士の争いだ。
そうなれば武器の優劣さえ問われる。
ならばオリハの剣はただの鉄の剣である。
優れた打ち手が拵えたとはいえ、その範疇を出る事はない。
とはいえ、無手で棍術とやり合える訳もない。
折れるとしても、いや、間違いなく折れるだろう。
だが手に取らない訳にはいかない。
「鍛治の柱に劣らないんじゃない?そのヒト紹介してよ・・・あぁ、なんだもう死んだのか」
美しく微笑んで魅せる。
これはギュストの無駄な足掻き、挑発だった。
これから殺し合う相手の武器を[全知]で見ない訳がない。
そして戦いの優を知る。
ギュストとて、純粋に戦いの結果を知る事は出来ない。
オリハの魂は理の外の存在だ。
その全てが[全知]の対象にはなり得ないからだ。
オリハは会話に乗る気はない。
そしてギュストも椅子に座ったまま、オリハの太刀を受けるつもりもない。
ギュストは仕方ないと言わんばかりに嘆息をつきながら、椅子から静かに立ち上がった。
土塊の椅子が音を立てて崩れ去る。
最後の欠片が転がるのをやめて止まった。
その音を合図に二人共飛び出す。
ここまではオリハの有利に事は進んでいる。
会話をしない事で、向こうの目的を潰したのだから。
だが武具の差により、戦いの優は向こうにある。
受け太刀は出来ない。
振り下ろしも振り上げも出来ない。
受けられればそれだけで折れてしまうだろう。
刺突の型で剣を握る手に力が入る。
最後の刻まで大事に扱うと優しくも強く。
(・・・だから何だ?)
オリハは思う。
それが負ける理由にはならない。
心で勝てば良い。
文字通り魂で勝つのだ。
それこそが対[全知]への切り札だった。
超速度による突進からの一合目は、結果として切り結ばれなかった。
まずはその結果を知ったギュストが立ちとまり、後方へと飛び退いた。
遅れてオリハの耳に空を切り裂く音が届いた。
そして見知った大剣が音を立て地面へと突き刺さる。
その大剣に華美な装飾はない。
大剣にありながらも実用性を追求された、とあるドワーフの老人が使い手を思い魂を込めて打った最後の一振り。
オリハの剣が老人にとっての影打であるならば、正しく真打である。
「あれ?絶対当たると思ったのにな」
「だから無駄だって言ったじゃない!」
「おっかしいなぁ」
そこにティダとシャルがいた。
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