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第8章 サウセント王国編
8-15 神の武器、その一手
しおりを挟むその異変に最初に気が付いたのはギュストだった。
狂気の内側から俯瞰的に辺りを探っていたからだろう。
爆発的に高まる魔力。
吹き荒れる嵐を思わせるソレを前に狂気の手綱を手繰り寄せる。
[この場で!壁を超えてみせたというのか?!・・・あり得ない!]
そも頂きに手すら、指すら掛かっていなかった。
条件すら揃っていなかった。
だがシャルから溢れる若草色の魔力があり得ない事実を伝える。
ナツとフユは残念ながら至れなかった、才ある者が努めてようやく至れる領域。
限界突破。
それもただ超えただけではない。
修練を積み重ねたとして届く筈はなかった。
才の限界。
生ける物には到達すら不可能な領域。
何故なら生活するからだ。
食事をする間も、寝る間も惜しんで積み重ね、生涯を懸けて漸く到達出来たであろうシャルの限界。
それでも至る筈がなかった。
肉体の加齢による上限が蓋をするからだ。
なのに単純な魔力量だけならこの場の誰よりも多かった。
それはギュストよりも、オリハよりも。
職業の方向性ともいえる。
純粋な魔導の才によるものだ。
戦闘になれば確かに脅威ではある。
だがギュストは負けるとは思ってはいない。
経験値の差がある。
[全知]が優にそれを補うだろう。
そしてシャルが溢れる魔力を扱う様を見て、ギュストは舌打ちをする。
精神を狂気に委ねているので実際にした訳ではない。
あくまで心情的にだ。
シャルの一手はその経験値の差を埋め得る物だった。
その溢れる魔力を、溢れる才を、ただ一撃に集約させていく。
後を顧みないその奇手は、最短で狂気に王手をかけた。
・・・ならば棋士を変えればいい。
躱せば終わる。
去なせば終わる。
防げばそれで後はない。
だがそれは狂気では無理だ。
確かに癪ではある。
その意思に揺蕩うは快楽であり愉悦。
血に溺れ肉に塗れるは恍惚。
ギュストはその意思を制御していく。
一刻の事だ。
又、解き放ってやる。
少しの辛抱だ。
そう言い聞かせ、肉体の主導権を手繰り寄せ始めた。
そのギュストから数秒遅れて、シャルの異変にティダ達も気が付いた。
遅れた理由はナツもフユも含め集中しきってていたからだ。
余裕などない。
フユは一撃のタイミングを逃す訳にはいかなかった。
ハルが、ティダが命を削りながら作ってくれる隙だからだ。
ハルは態勢を崩せる瞬間を逃す訳にはいかなかった。
ティダが盾役を命懸けでこなしてくれているからこその立ち位置だからだ。
ティダはヘイトを稼ぎつつも、必死の一撃を幾度となく躱し、そして受け止めた。
技量の差は明らかだ。
それでも食らいつけたのは[直感力]を任意で発動させていたからだ。
オリハの[地母神]で付随された強化がそれを可能にしていた。
でなければティダの頭と身体はとうにお別れしていただろう。
野生的ともいえる勘で死を感じる。
そしてスキルを発動させる。
結果に合わせ、身体を動かし剣を振るった。
ティダは限界手前までそれを繰り返した。
スキルを使える1回分だけ魂の力を残して。
結果として格上相手に死線を幾度となく超えたのだ。
それはティダの技量を付け焼き刃にも関わらず、強制的に数段引き上げた。
だが、それでも受け止めるのが精一杯。
二人の盾役でさえギリギリだった。
その状況で冷静に俯瞰しているギュスト同様に、周りを把握する事は困難極まりない。
だが気付いた所で慌て色めく事はない。
その時まで時間を稼ぐ。
3人は狂気の緋の眼が色褪せるのを感じ取っていた。
・・・冷静を取り戻そうとしている。
ならば苛立ちを加えよう。
憤懣をくれてやろう。
剣を寝かせ腹で撫で、拳ではなく平手で叩き、
ただ闇の衣に穴を穿った。
誰とも示し合わず、3人は自然とそう動いた。
敵の好きにさせてはならない。
十全に、自由にさせてはならない。
その技は十八番であり、必殺であり、逆転の一手なのだから。
防げなくても諦めるな。
魔力を練るのであれば掻乱させろ。
抵抗しろ。
力強く足を踏み込もうとするのなら、地面を柔らかくすれば良い。
満身の一撃だけは決して振るわせてはならない。
3人はギュストの手までは読めない。
だが冷静さを取り戻そうとしているのだけは感じ取れた。
だからこそ挑発する。
オリハの教えである、その手段が最上の一手だと信じて。
「・・・Hell・・・Storm・・・Compressionッッッ!!!」
呟くように、零れるように、そして吹き荒れる嵐のように。
鉄の匂いを呪詛のように呪文に纏わりつかせながら、シャルは超圧縮極級風属性魔法を唱えた。
3人を気遣う余裕などない。
声をかける遑もない。
体内から限界まで放出された魔力の欠乏により、意識が途切れそうになる。
だが膝に拳を叩きつけ、辛うじてそれに耐える。
倒れ突っ臥す事を拒絶する。
・・・見届けなくてはならない。
例え掠れた視界だとしても、この結末を。
そして何よりも自分の生み出した大魔法を。
ギュストを囲む3人の耳に呪文よりも先に耳鳴りが起こった。
急激な気圧の変化によるものだ。
不意をつく痛み。
それを合図に各自後方へと距離を取った。
同時に狂気からギュストが主導権を取り返す。
気圧による異変を肌に感じ取り安堵する。
間に合った、と。
後は急ぎこの場から飛び退くだけだ。
・・・だが、足がその場を離れようとしない。
絡みつく蔦がそれを阻害する。
フユが人知れずほくそ笑む。
しっかりと「Vine Bind」を無詠唱で仕掛けていた。
魔法に巻き込まれないように後方へ跳び、無詠唱で魔法を重ねたのだ。
笑みを浮かべたまま後方の壁へと激突する。
ギュストはそれを淡々とレジストして取り外した。
ここまで瞬き程度の時間であった。
その程度の足枷にしかならなかった。
そしてそれで充分だった。
圧縮された天変地異は天を貫く柱となる。
荒れ狂う数メートル四方の嵐の檻。
閉じ込めし者を束縛し、切り刻み、捻じ切る。
檻の外にはそよ風一つ起こらない。
だだ音だけがこだまする。
轟音と、その中から掠れ聞こえる雄叫びだ。
「ぐぅおおおおおっ!!!!!!」
闇の衣は瞬時に剥ぎ取られた。
圧倒的な魔力の嵐の中で、ただ抵抗する。
有利属性を纏う余暇はない。
ただ大量の魔力を放出して嵐に抗う。
手にしていた神の武器の模造品は吹き飛ばされた。
四肢を面積を減らす為に縮め込む。
首を捩じ切られぬように、斬り落とされぬよう両腕で首と頭を抱え込むように。
・・・これ以上はない。
この檻の中ならば追撃も不可能だ。
この魔法に耐え切れば僕の勝ちだ。
スキルにリソースを回す余裕はない。
ただひたすらに耐える。
永遠にも感じられる時の中で。
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