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21 マリー
しおりを挟む凱旋を通り抜け馬車は大きな屋敷の中へと進んだ。
これが熊の育った家か、そう思えば親しみも湧いてくる。
馬車が止まった。
だが降りることはない。
熊がまだ離さないのだ。
横目で熊に似た茶が混ざった灰色の熊人が見える。
あれがきっとベーグルという従兄弟殿なのだろう。
大丈夫だ、あれだけの観衆の前で私から口付けをしてしまったのだ。
今更恥ずかしがる事は何もない。
だがもう良いだろ?
それを知らせようと熊の耳を触った。
ビクッと身体を震わせた事から弱いのかも知れない。
目を開け到着した事に気が付いたらしい。
ようやく解放された。
熊のエスコートの元、御者席から降りた。
玄関に執事服を着た熊人と侍女服を着た熊人達が微笑ましく待ってくれていた。
本当に申し訳なく思う。
並ぶ侍女達の中に一際小さい侍女がいる。
顔の毛の模様が大きな眼鏡を掛けている様にも思えた。
ウリナやリズに続く私の好みだ。
熊人がこれだけ揃うのは初めて見るが、以外と見分けがつくものだ。
「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」
綺麗に揃った礼から練度の高さが見受けられる。
さすがベアード侯爵家だ。
「今帰った、留守の間ご苦労だった・・・ベーグル、久し振りだな」
「ハッグも変わりないな」
執事から変わり従兄弟殿として握手している。
そして視線を私に促す。
「ああ、儂の番のローズマリーだ」
「初めまして、ローズマリーだ、これからお世話になる、宜しく頼む」
男装スタイルなので胸に手を当て一礼した。
何人か顔を輝かせているのが恋愛小説仲間だろう。
「従兄弟のベーグルだ、ローズマリーさんこちらこそ宜しくお願いします」
そう言い手を差し出されたので握り返した。
後ろに何やら小さい生き物が見える。
ベーグルの足に隠れてチラチラとこちらを見る小さな可愛い生物が。
「ほら挨拶しなさい」と声を掛けられトテトテと前に出て愛らしくカーテシーをする。
「べ、ベリーです、よろしくおねがいします」
今すぐ抱きしめて愛でたい欲求に駆られる。
この子になら愛していると言えそうだ。
片膝をつき胸に手を当て深々と礼をした。
「ローズマリーだ・・・よろしくな、ベリー」
そう言い手を取り口付けを落とした。
視線をあげると恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。
またトテトテとベーグルの後ろなら隠れてチラ見する。
この天使は私を萌え殺す気か。
ベリーを見ていると微笑ましくなる。
・・・少し胸が痛む。
私は頭を振った。
侍従が荷物を運んでくれている。
ここで熊が恐るべき提案をした。
「マリー、町を案内したい、デートしよう」
「・・・断る」
「な、何故だっ!」
「い、今見られただろうっ!町の人達にっ!口付けしている所を見られたではないかっ!」
訂正する。
恥ずかしい事はあった。
そんな地獄には耐えられないと抵抗するが、ウリナにも裏切られ、鉄球を持ちエスコートする熊にトボトボと着いて行った。
山脈のこちら側の町々では町ごとに種族が別れて住んでいるという。
これは番を見つけやすくする為に自然とそうなったのだとか。
なのでこの町には熊人しかいないという訳だ。
北の海から塩の恩恵はあるが、食糧品に関してはほぼ地産地消のようだ。
畑を耕すにしても冷気を遮断する魔道具が必要になるから面積の確保が難しいのだろう。
少なくとも肥沃の土地とはこれでは言えない。
些少の不足分は王都側から供給される。
あの辺りの土地の方が生命線と言える。
町を歩いていると行き交う人に声を掛けられた。
黄色い声が飛んだり握手を求められたりと。
それは熊だけではなく私にもだ。
案内にもならず、うちの姫はデートの思惑と違ったのか少しむくれていた。
「また来たらいいだろう?」
明日もこの先もある。
あの凍りつく風の壁を抜けるのは獣人ではない私には大変だが、何も問題はない。
少なくとも熊が温めてくれるなら。
そう言った私を見て熊が微笑んだ。
そのまま町外れ、魔道具の効果の端まで進んだ。
冷気と雪を遮断しているのが断面で分かる。
50㎝程の断面だ。
手を伸ばしてみた。
冷たいがフカフカの雪だ。
熊が優しい雪と言った意味がよく分かった。
子熊達が雪で遊んでいるのが見えた。
・・・少し切なくなった。
「マリー?」
そんな私を見て熊が心配した。
「大丈夫だ、何でもない」
そう言い熊の腕にしがみついた。
「お腹が空かないか?」「い、一緒に買い食いがしたい」「良し、それで行こう」
そんな事を話しながら町へと戻る。
その矛盾にこの時は気がつかなかった。
侯爵家の侍女は大変優秀だ。
というより獣人の鼻が誤魔化せない。
「夕食前に買い食いをしないで下さい、子供ですか」と熊が叱られた。
誘ったのは私だ、申し訳ないが反省はしない。
結構美味しかったから。
従兄弟のベーグルは離れの別館に住んでいるらしい。
熊が本館に住めと言っても嫌がるのだと言う。
代行はするが領主にはなりたくないのだそうだ。
そういう意味でも熊に番が見つかった事は喜ばしいそうだ。
・・・複雑な気分だ。
夕食の席でベーグルの番である、ベラドンナを紹介された。
少しふっくらとして母性が感じられた。
ベリーは母親似のようだ。
同じ赤茶の毛をしている。
そういえばベーグルは灰色に茶が混ざっている。
だがその要素はベリーには見られない。
恐らく毛色は混ざったり混ざらなかったりするのだろう。
・・・なら私と熊の子が出来たとしたら?
陛下から産まれる子は獣人だとは聞いた。
ではブロンドの子熊が産まれるのだろうか?
気になって思わず熊を見た。
全身ブロンドの熊を想像してみる。
・・・高く売れそうだ。
含み笑いをこぼす私を訝しげに熊が見る。
「いや、私とハッグの子ならどんな毛色になるのかと思ってな」
熊がボンっと顔を赤く染めた。
ベーグルは灰色が良いと頷いていた。
ベリーとベラドンナはブロンドの子熊が見たいらしい。
確かに熊は兎も角、ブロンドの子熊は可愛いかも知れない。
我が子であれば尚更だ。
「そうだな・・・っ?」
何故か制約が発動してしまい、慌てて食事が喉に詰まったジェスチャーをして席を外した。
部屋を出た所でウリナが水を持って来てくれた。
喉に詰まってはいないので「大丈夫だ」は口から出た。
厠に行くとその場を離れた。
もう一度先程の思いを口にしてみた。
「・・・っ」
嘘偽りはなかった。
その事を思うと心が温かくなった。
私は確かに「そんな子供が欲しいな」と思った。
だからもう一度口にしてみる。
「・・・っ」
思い当たる事を試してみる。
何度も、何度も、何度も自分に言い聞かせた言葉を口にした。
「・・・どうせ出来ない、だから私は子供は欲しいと思わない」
呪詛のように繰り返した言葉を吐いてみた。
「・・・私はもう女は捨てた、だから誰も愛さない」
そして・・・熊を思いあの言葉を口にした。
「・・・っ」
頭を掻きながらその場にしゃがみ込んだ。
なんて事はない。
嘘つきな私の所為だった。
恥ずかしさを感じ顔を覆った。
「・・・いつからだろう」
ボソッとそう呟いた。
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