退屈嫌いの伯爵令嬢による調教の記録

ウサギ卿

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やっと日が昇り始める時間ですね。
起きたフリをします。
「スースー・・・んっ」
「っ!?・・・くーくー」
「んっ!」
「くーくーくー」

私は部屋を出て湯浴みでもしましょうか。
ローレン様には少しでも寝て頂きませんと。
ずっと起きていられましたので。
そして私も一晩中起きていました。
狸寝入りをしてローレン様の様子をほくそ笑み、伺っている時に気が付いてしまってのです。

処女でした。
夫とはいえ殿方の横で眠るのは初めてです。
前世の記憶のせいで経験豊富だと勘違いしておりました。
気がついてしまうともう駄目です。
ローレン様に私の鼓動が聞こえないか心配になりました。
情交はありませんでしたが・・・ようやく初夜を迎えられた気が致します。
肩の痛みは初めての夫婦の営みの代わりにしましょう。

もう起きていた侍女に湯浴みの準備を頼み、ペパーミントのハーブティを自分で淹れました。
自分で淹れたのでかなり濃いめです。
それだけで眠気が取れるわけではありませんが、ローレン様が出勤されるまでは、これで耐えられるでしょう。

ペパーミントの清涼感が身体を通り抜けます。
少しずつ昇っていく太陽の明るさを味わいます。
昨日までのただ起きていた朝に比べて、この朝は眠っていないのに充実感があります。
ふふっ、この退屈ではない日々がずっと続けば良いのですが。



湯浴みをしながらエレーナは昨晩を思い返していた。
情交とは言えない男女のまぐわい。
眠れない男と寝たふりをする女。
似て非なる経験では分からなかった。
(いく夜といくつもの肌を重ねてワタシが求めていたのは何だったのでしょうか?)
エレーナはそう少女に問いかける。
(ただの暇つぶしよ)
記憶の中の少女はそう答えた。
(どうしたらワタシを救えますか?)
そう水面に映る少女ではない少女に問いかける。
(そんなの知らない・・・でも面白かったよ、ワタシの初心ウブな様子も)
久方振りに現れて、エレーナにローレンとの同衾を提案した少女が笑って答えた。
それを愉悦を胸に、浅慮のまま快諾したエレーナは頬を膨らませた。
叩く事のできない水面の少女に飛び込んだ。
(2人でなら・・・いつか見つけられますか?)
目を瞑り湯船の中で少女に問いかけた。
答えの代わりに少女が消え気泡が弾けた。

いつの頃だったろうか。
エレーナと少女が意思の疎通をしだしたのは。
フラッと現れフラッと消える。
少女はエレーナにとって、姉であり友人であり自分自身だった。
2年前につまらない、と匙を投げて姿を見せなくなっていた。

その少女が妄想なのか幻覚なのか現実なのかは誰もわからない・・・



出勤を見送った後、私は仮眠を取らせて頂きました。
ローレン様には申し訳ありませんが、私は負けるわけにはいかないのです。
戦いは今日も明日も続くのですから。


「今帰った」
「「「「「お帰りなさいませ」」」」」
陽も落ちた遅めのご帰宅でした。
「エレーナ」
「はい」
「手を出してくれるか?」
「はい」
私の手の平の上に落とされたのは四葉のクローバーでした。
・・・学習能力の高い珍獣です。
「エレーナ、愛している」
「ありがとうございます、しっかり伝わりました」
そう笑みで返すと安堵の表情を浮かべられました。
「生前、母が父から唯一貰った物だと言っていた・・・だから私もエレーナに渡したくなってな」
・・・逸話付きでございますか。
悔しいですが嬉しいです。
「私めも大切にさせて頂きます」
私は乙女でしょうか?
好きな本の好きな台詞のあるページに挟みたくなりました。

食事時にお願いをしました。
お茶会と夫婦揃っての舞踏会の参加です。
王国主催の舞踏会なら、と渋々了承されました。
ではお茶会は舞踏会で侯爵夫人として顔を知って頂いた後でしょうね。
ローレン様はあまり出世にはご興味なさそうですが、騎士団長より将軍になられた方が命の危険が下がります。
お茶会は夫の代わりに繰り広げられる婦人の戦いの場です。
夫の派閥を守りつつ政敵の派閥を切り崩すのが目的です。
後はもしローレン様に何かおありになられた場合に備えて、侯爵夫人として立場を作っておかねばなりません。
そこは現実的に行かせて頂きます。


「・・・やはり一緒に寝るのか?」
「ローレン様は・・・嫌ですか?」
「そ、そんな事はない、嬉しすぎて困るぐらいだ」
一睡も出来ませんものね。
言い出した手前、止めるわけにも行きませんし、私も眠れないのですからご容赦ください。
そして今日からは珍獣への調教メニューが追加になります。
「お手を出して頂いてよろしいですか?」
「ああ」
ベッドに腰掛けたまま、私に手を差し出しました。
その手をくるっと返し手の平を上に、私の手を乗せました。
「どうぞお好きに触って下さい」
「す、好きに?!」
「人形の手だと思ってください、力加減の練習です」
「そ、そうか・・・触るぞ」
「どうぞ」
辿々しく私の倍と言っても差し支えない手の平を、甲をさすられます。
「・・・小さいな」
厳ついお顔のまま真剣な表情でそう仰られました。
「壊れ物です、大事に扱って下さい・・・ローレン様、少し腕を握ってみて下さい」
「こ、こうか?」
「もう少し強く、そうですもう少し・・・はい、私が軽く痛みを感じるのがこの辺りです」
そう聞くと慌てて手を離されました。
「だ、大丈夫かっ?」
「大丈夫です、私を引っ張ったり抱き上げたりするのはその辺りが限界だと思ってください、さあもう一度」
「だ、だが・・・その、エレーナ、肩は?」
「ええ、痣になっております」
「!!」
気がついてらっしゃるなら隠す必要はありません。
私の肩に触れないところで手をワナワナとされておられます。
「もしあの時、先程の加減で掴まれておられたら痣にはなっておりません、ですから慣れて下さい、大丈夫ですから」
そう笑顔で答えました。

・・・私とて怖いです。
握り潰されはしないかハラハラします。
ですが調教師が恐れるわけにはいきません。
珍獣に恐怖が伝染してしまいます。
「い、いや、そのだな」
「あら、ローレン様はいざという時、私を守って下さらないのですか?」
「ま、守るぞ!何かあっても!」
「でしたらその時の為にも加減は必要ではありませんか?」
「それはそうだが・・・」
「・・・私にもっと痛い思いをさせる予定も御座いますよね?」
「エレーナに?そんな事はしないぞ」
「あら、抱いて下さらないのですか?」
「だ、抱く!」
素直な珍獣ですわ。
「いざという時に、私が痛いと泣き縋ったらお止め頂けますか?」
「・・・無理だ」
思案してそう答えられました。
・・・本当に素直な珍獣ですわ。
「でしたら私めの為、そう思って掴んで下さい」
「わ、わかった」
と弱々しく握られました。
「もう少し強く、もう少し、はい、その辺りです・・・我慢できずに、私を無理やり抑えつけたくなった時はその加減でお願いしますね」
「大丈夫だ、我慢する」
思案する事なく、自分の手を見て確認しながらそう答えられました。
・・・そこは信用しております。

「ではそろそろ灯を消しますね」
「あ、ああ」
もう横になって右手を置いてくれています。
潔すぎて私が戸惑います。
「おやすみなさいませ、ローレン様」
「おやすみエレーナ」
今日は四葉のクローバーの御礼があります。
枕代わりの右腕の先、手の平に私の左の手の平を添えました。
腕ごと身体がピクっと動きました。
「・・・くすぐったいですか?」
「いや・・・大丈夫だ」
握ることは致しません。
あくまでも乗せるだけです。
ふと悪戯っ子のようにこの大きな手の平に文字を書いてみようか?そんな考えが浮かびます。
ですがやめておきました。
我慢してらっしゃるのですから、淑女としてあまり挑発するものではありません。
唾を飲む音と荒い鼻息でわかります。
それに比べて私は落ち着いていますね。
少なくともローレン様が無理に襲わないと信じていますから。

ですから昨日より背中越しの気配がよくわかります。
荒い呼吸を、向けられる視線を。
落ち着くためか仰向けになられたり、こちらを向かれたり。

その思惑を思うたびにとても楽しい気分になります。

ローレン様の手の平にしっとりと湿り気を感じます。
少女の記憶では好ましくないと感じる殿方の時は嫌悪感がありました。
私は・・・それほどでもありません。
寧ろ私の手の平が湿って、あの嫌悪感を与えないか気になります。
好ましくない相手に思うのであれば、私なら大丈夫なのでしょうか?

手の平からは温もりも感じました。
この温もりは中々強敵です。
眠気を誘われてしまいます。
・・・猛獣使いの方は獣の横で眠れるのでしょうか?

そんな事を考えているといつの間にか時計の針が4時を指しました。
日の出がおおよそ5時頃でしたので、昨日より少し早いですが起きたフリを致しましょう。
「スースー・・・んっ」
「っ!?・・・くーくー」
「んっ!」
「くーくーくー」

ローレン様は本日もお勤めがお有りです。
2日目の調教は終わりました。
私はお暇しましょう。
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