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しおりを挟む辿り着いたのは偶然だった。
私はただ休める場所を探していた。
そこは羽を伸ばしても当たらない広さがあった。
同族の中には好んで洞窟を住処にしている者もいる。
だが私はジメジメした場所は好かない。
・・・此処は良い。
朝と夕方は挟まれた高い崖により影が出来た。
昼間は日光が程よく鱗を照らしてくれた。
時折強く吹き曝す谷間風がとても心地良かった。
雨の日の為に、切り立った崖の中腹に私の体が収まる程度の洞穴も掘った。
腹が減れば崖の上の森にいる魔物を喰らった。
同族たる青龍もいない大きな湖もあり水浴びも出来る。
肉に飽きればそこの魚を食った。
その日からそこが私の寝床になった。
ただ気に食わないのは群れで暮らす人族が偶に訪れる事だ。
竜の中には態々人語を解そうとする者がいる。
矮小な生物とご苦労な事に共存しているのだ。
私には全く理解出来ん。
人語が、ではない。
その気になれば私にも覚えられるだろう。
だがする気も必要も感じない。
アレは小さ過ぎて餌にすらならない。
ある日その矮小な人族が群れを成してやってきた。
目の前で何事かを喚いていた。
昼寝の邪魔だったので怒鳴りつけたら逃げて行った。
懲りずに何度もそれを繰り返された。
どうやらここを通りたいらしく、退けと言っているような気がした。
通りたければ崖の上を通れば良い。
何故に私が退かなければならんのだ?
そして猪口才にも私に剣を向けるのだ。
丁度痒かったので首を晒したが、何の役にも立たなかった。
私の鱗を前に刺激すら与えてくれなかった。
次に小さな鉄が先についた枝を山のように捨てて行く。
私の寝床に塵を捨てるなど何を考えているのだろうか?
掃除がてら諸共、翼で風を巻き起こし吹き飛ばしてやった。
次に矮小なその背丈に合った魔力で、些末な魔法を放ってきた。
面倒なので鼻息で返してやった。
それでも懲りないので怒鳴りつけてやった。
それにしてもやはり弱い生き物だ。
何匹かそれで動かなくなるのだから。
しかもそれを持ち帰らず置いて行くのだ。
全く迷惑この上ない。
邪魔になるので崖の上に捨ておけば、魔物の撒き餌になってくれたのは、有り難い誤算ではあった。
竜の性質上か、気に入った物には激しく固執してしまう。
その所為か住処に侵入する悪意には敏感だ。
また懲りずに人族が押し入って来た。
だが今日は趣向が異なるようだ。
焼いた肉を献上してきた。
辺りを芳ばしい香りが立ち込める。
前に赤竜に馳走になった飯を思い出す。
アレは中々に美味であった。
残念ながら私は炎は扱えない。
息吹の適正は風なのだ。
ここは退かん。
退く気はないが、くれる物は貰っておこう。
・・・うむ、これは堪らん。
赤竜のそれより火の加減が素晴らしい。
表面はパリッと焼きあがっていながら、中は程良く生で、滴る血と肉汁が食欲を唆る。
甘いのは果物の果汁であろうか?
脂身とは異なる甘味が口を飽きさせない。
極め付けは何らかの薬草か?
舌に心地良い刺激を与える。
痺れさせる味覚とは何と面白き考えであろうか。
これは何か返礼をせねばならんな。
だが、私は宝石などを蓄える趣味はない。
食い物には食い物だろうか?
そんな事を考えていたら、いつの間にか姿を消しておった。
また別の日には甘い刺激臭漂う酒を持ってきた。
その匂いには心当たりがあった。
これは人を飼っている白龍が会合の為に用意していた、竜すら酩酊させるという[竜殺し]とかいう酒だ。
遠慮なく頂こう。
何より酒は蟒蛇と仲間内で呼ばれる程度に嫌いではない。
丁寧に木製の樽の蓋を外してくれた。
うむ、良きに計らえ。
それを前脚で掴み一気に口へ流し込んだ。
長い喉を沁みながら焼けつく感覚が通り抜ける。
鼻から抜ける突き刺すような酒精が堪らない。
今なら赤竜のように炎が噴けるやも知れん。
空になった樽を置くと、そこにまた蓋の外した酒を置いてくれる。
至れり尽くせりとはこの事であろう。
人が持ってきた酒が底をつくのに、さして時はかからなかった。
だが久方振りの酒だ。
やや足りぬ気はするが褒美を取らせるに充分だ。
そういえば前の肉の返礼もしておらん。
・・・うむ、私は気分が良い。
具合良く人族もどこからか沸いておる。
私の美声を奏で聴かせるに充分だろう。
座ったままでは声は出ないので、立ち上がり喉を空咳で整えた。
返礼ならば人語ですべきなのだろうが、そこまで気を使う事はあるまい。
竜語で腹の底から歌ってやった。
一曲歌い終えると、そこには誰もいなかった。
・・・興が削がれた、寝る。
そして気が付いた。
ここに居れば人族は何かしら献上するのだと。
つまり退いてやる必要などないのだ。
それからも度々、差し入れがあった。
嬉しい事に、刺激の強い味付けが毎回異なるのだ。
それは私の楽しみの一つとなった。
偶に塵を捨てて行ったり、昼寝の邪魔をしに来たが、それ以外は至って平和である。
そんなある日の事だ。
悪意を感じられなかった為、住処への侵入を私は気が付けなかった。
過敏過ぎるのも疲れるものだ。
たかが獣や蟻の一匹に至るまで警戒は出来んだろう?
昼寝から起きると、私の身体の上に一匹のスライムが乗っていた。
崖の上から落ちたのだろう。
・・・だが珍しい。
桃色のスライムなど、千年以上生きて初めて見た。
欠伸をし頭を起こした時に目が合った気がした。
目がないのに合ったと感じたとは不思議なものだ。
そのスライムは軟弱な粘体をぷるぷると勢い良く震わせていた。
『・・・食うつもりはない、大人しくしていろ』
人族よりも更に小さいソレを食らう気にもならない。
腹の足しにもならんだろう。
その意図と言葉が伝わったのか、スライムはポヨンと跳ねた。
もう一つ大きな欠伸をして、前脚でむず痒い後頭部と首裏を掻いた。
・・・くぬっ!どうしても届かぬ場所がある。
脱皮の時期が近いのだろう。
古い皮が粉のように舞い散った。
ここだけは後脚でも長い尾の先でも、どうしても上手く掻けないのだ。
岩肌に擦り付ければ良いのだが、起き上がるのも面倒だ。
ただの気紛れだった。
『おい・・・スライムであれば消化液は出せるな?』
返事をするように私の上で、またポヨンと跳ねた。
頭を伏せスライムを転がすように動かした。
昼の日光浴で温まった身体の上を、ヒンヤリとした物体が移動する。
『・・・もう少し上だ・・・左に寄れ・・・うむ、そこだ』
よくよく考えてみれば、寝惚けていたのだろう。
スライムと意思疎通など初めての事だ。
しかも竜語を理解出来るなど思いもしない。
だがその疑問は後回しにした。
・・・ヒンヤリとして気持ち良かった。
欲を言えばもう少し大きければ良いのだが・・・
その小さな温度を肌で堪能していると、また眠気が襲ってきた。
それに何か・・・甘くて良い香りがした。
此奴の出す消化液の匂いだろうか?
鼻で大きくその香りを吸い込み、欠伸として外に出した。
うむ・・・寝よう。
そしてまた眠りについた。
それが私と変わったスライムとの初めての出会いだった。
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