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第5話【仇討ち裁きの調べ】
『仇討ち裁きの調べ』② ※R18あり
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精を分けた兄弟の間違いは、その年の夏に起こった。
真夏の蒸気に汗を滴らせ、日雇い仕事から帰ってきた竹之丞に、紗一が甲斐甲斐しく濡れた手拭いを用意してくれた。
冷えた布で表皮を引き締める竹之丞は、背中に纏わりつく熱い眼差しに勘づいていた。
初夏を過ぎたあたりから、紗一の態度は露骨になっている。
一瞬だけ見ていたのが、やがて竹之丞の死角から味わうように眺め、物を渡す時には手が重なるのを躊躇った。
「この頃、よく俺を見るな。どこか変か」
思い切って問いかけると、爽やかな曲線の眉が強く引き攣った。
「あの、それは」
誤魔化そうと笑みを作ったので、竹之丞がにわかに気配を尖らせる。顔貌が厳しくなった兄の前で、紗一が観念して座り込んだ。
「……あんたがあまりにも、母さんによく似ていたから」
紗一の言う通り、竹之丞のたおやかな美貌は母似である。
だが、紗一の態度は、親への愛と呼ぶにはあまりにもよそよそしい。
「お前は、母が好きか」
「初めて勃ったのは、母さんの裸だった」
紗一の喉が音を立てる。
親類との恋は、基本的に違法である。
身分の高い家では、血を絶やさぬため近親婚もありえたが、江戸幕府の定めた《公事方御定書》にもあるように、血縁が近い異性との密通は獄門に相当する罪だ。
世間でも血縁者との情交は獣同然の行為と認識されており、人々はこれを、
『畜生道』
などと呼んで忌避したものだ。
「……ごめん。気持ち悪いよな。血の繋がった兄弟で、しかも男相手に」
「紗一、俺は」
「いいんだ。あんたが俺の兄さんだって、まだ誰にも言ってない。俺が長屋を出て行くから、誰の耳にも入らない。絶対に迷惑はかけないよ」
皆まで言うのを遮り、紗一がひとりで進めてしまうので、竹之丞はとっさに弟を抱きしめた。
「迷惑になどならない。出て行くな」
竹之丞は腹の奥に燻る喜びを堪え、冷静を装って伝える。
紗一の熱視線に嫌悪を感じたことはなかった。それどころか、紗一に性愛の対象として見られたのが嬉しかった。
「誰もこの縁を知らないのだろう。なら、これからも黙っていよう。黙ってさえいれば、お前を悪く言うものはいまい」
そそのかすように耳打ちすると、紗一が唇に食らいついてきた。
「う、ん」
間近に暮らしながら抑えてきた紗一の情欲は、奔流の勢いが凄まじい。
荒々しく開閉する唇のなすがままにされ、竹之丞は自ら舌を差し出した。
たちまち紗一の舌が絡みつき、夕刻の薄暗い部屋に淫らな音が落ちた。
「気持ちい。夢で見たのとおんなじだ」
紗一は筋を引く口元を拭い、感嘆した。
「っ、夢にまで見たのか」
「夢にも見るさ。あれほど近くで、お預けを喰らっていたんじゃあ……」
堪えかねた顔の色気に折れて、竹之丞は自身の帯を解いた。
「今日の夢は覚めない」
ずり落ちた衣が隆起した昂ぶりに引っかかる。その赤く筋張ったものを前に、紗一も己のものをはだけた。
「っ……触るよ」
兄の昂ぶりを指先で弄しながら、紗一が自身の穂先を菊門へ押し当てる。すぐには突き入れず、穂先に滲む精の涎(よだれ)を擦りつけた。
浅く息を荒らげた紗一は、竹之丞に覆いかぶさったまま、頭の先にある箪笥を漁った。
やがて何かを口に含み、唾で溶いたものを掌へ吐いた。
通和散――ぬめり薬である。
唾より粘着質が長く持ち、菊門の痛みを和らげてくれるものだ。
「これ、使おう。唾だけじゃ、きっとすぐ乾くだろうから」
「他の相手に使っていたのか」
「いいや」
紗一が恥じらった。
「ひとりで、こっそりと」
「ふふ。買っておいてよかったな」
己を慰める弟が目に浮かび、微笑んだ。
「少しくれ」
紗一の手から通和散の粘液を掬い取ると、ねばつく掌で弟の肉茎を撫でまわした。
「あっ……!」
大人の肉体でありながら、紗一の反応は初々しい。そのいじらしさに胸をくすぐられ、竹之丞は初心な昂ぶりをたんと可愛がってやった。
「も、だめ……入りたい……っ」
耐えかねた紗一が腰を押し当て、濡れた指を菊門へ押し入れる。
いよいよ、来る。
竹之丞は紗一の尻を引き寄せ、自らも脚を持ち上げると、淫らな格好になる。
弟の瞳のなかで、母に酷似した己の顔が痴情にとろけていた。紗一はこの顔に、長らく恋をし続けていたのだろう。
(母の代わりでも構わない)
竹之丞は母に感謝した。
母の血のお陰で、限りなく他人同然だった紗一と竹之丞は、互いを求めあう欲望の縁で繋がったのだ。
父を亡くし、江戸の下町に放り出された当初の、拠り所のない心の寒さは、もう二度と味わいたくない。
菊座に肉杭を受け入れつつ、その快楽と、今の幸せを、竹之丞は噛み締めていた。
「はあ、あ、ああっ……」
通和散でぬめる肉杭が腹の中を往来する。
紗一が慣れてくると動きも激しく、いっそう奥を突くようになった。
「んんっ、あっ、くう」
肥大した亀頭が腹をくすぐり、竹之丞から理性を奪う。手足を紗一の肢体に絡ませ、腹の肉で昂ぶりをしゃぶった。
紗一が疲れてくると、次は竹之丞が跨ってやり、精を絞り上げる。
騎乗位に飽きると、次はうつ伏せになって抱かれた。
「竹さん、好き、好きっ……」
下品な行為と知りながらも、弟の性愛を享受する行為は癖になる。
この日の晩は、互いが眠るまで情交を続けた。
◇
紗一との初夜以降、二人は人目につかぬところで幾度も交わった。
壁の薄い長屋では喘ぎ声も筒抜けとなり、近所ではすでに菊華の仲が知れ渡っている。
だが、二人の血縁は誰も知らぬ。
健全な恋仲として認められているのは後ろめたかったが、罪悪感は夜伽の快感が掻き消してくれた。
そうして、愛と欲に溺れて一年が過ぎたころ、紗一は死んだ。
発端は、二つ隣に住んでいた男の借金である。
生活のために借りた鐚銭が、高い利子で膨れ上がり、貸元である朝場一家の博徒どもに、娘を差し出さねばならなくなった。
嫌がる娘を数人がかりで縛り上げていた瞬間に、紗一が居合わせた。止めに入った紗一は博徒に突き飛ばされ、その際、長屋の柱で頭を打った。
打ちどころが悪く、紗一は竹之丞の帰る頃には絶命していた。
絶命したのは、竹之丞が帰ってくるわずか半刻前だという。
「紗一!」
簀巻きにされた骸を前にして、叫んだつもりだが、声は出なかった。
朝場一家に非があるのは、現場の一部始終を見た長屋の住人たちが証言している。
ところが、自身番や町奉行所は、誰の訴えも耳に入れなかった。
「金を借りちまったんでは、返さねばならんだろう。博徒に罪はあるまいよ」
与力はおろか、同心も岡っ引きも、この一点張りである。
聞けば、銀座周辺の役人には朝場一家の息がかかっており、たいていの悪事は揉み消されるのだそうだ。
長屋の者たちが紗一を火家(寺社などの境内に置かれた火葬場)へ送る準備に取り掛かっていたころ、竹之丞はひとり、弟と暮らした長屋に座り込んでいた。
膝先には、紙に包まれた大枚がある。
その日の昼頃、朝場一家の使い走りが詫び金として寄こした金だ。
使い走りからは、紗一を死に至らしめたことへの謝罪もあったが、後半は脅迫めいた口調になり、
「恋仲と聞いていたが、紗一の母親はよく似ていたそうじゃございやせんか。曽根家から駆け落ちした、あんたの母親に……」
朝場一家はすでに、竹之丞と紗一の縁を調べ上げていた。
『これ以上に事を荒立てれば、二人の畜生道を人々に暴露する』
と、無言のうちに脅しにきたのだ。
朝場一家の者が来てから三日三晩、竹之丞はなにも飲み食いしていない。
師走の風が長屋を吹き抜けたせいか、寄こされた金十両は鋭く凍てついていた。
その寒さで、竹之丞は正気に戻った。
(奴らを殺して、俺も死のう)
正気のまま、狂った発想に至った。
兄との穢れた恋が明るみになる――紗一にとっては、死ぬより恐ろしい仕打ちだ。
ならば紗一の秘密を知る者を、この世からひとり残らず消してしまえばいい。
紗一を亡くした竹之丞は、無敵だった。
床下には父の刀が眠っている。竹之丞は刀の鞘を放り捨て、裸足のまま銀座へ駆けた。
◇
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