菊禍物語(きっかものがたり)

麦畑 錬

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第5話【仇討ち裁きの調べ】

『仇討ち裁きの調べ』①

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 宵を越して間もない睦月むつきの晩、銀座ぎんざの一角にて一人の男が捕縛された。

 ほんの二年前に改易となった御家人の嫡男で、名を曽根そね竹之丞たけのじょうといった。

 竹之丞は宵の口、銀座並木通なみきどおりの一帯を牛耳る博徒ばくと(暴力団)・朝場あさば一家いっかが秘密裏に営む賭場へ押し入り、腰に帯びた刀で博徒どもを次々と撫で切りにした。

 犠牲者になった博徒の数、およそ二十人。

 賭場にいた町人の話によれば、竹之丞の様子はじつに作業的で、博徒と判断した者だけを淡々と惨殺していったという。

 その場にいた博徒を皆殺しにすると、竹之丞は血の海の中心に座し、

『お待ちしておりました』

 現場へ駆けつけた町奉行所の同心に、こう頭を下げたそうな。

 ◇

 江戸で捕らえられた犯罪者は、その多くが小伝馬町こでんまちょう牢屋敷ろうやしきに収監される。

 吹雪の舞い込む獄中で囚人たちが身を震わせるなか、竹之丞は朝から晩まで正座を崩さなかった。

「まじかよ。おめえ、たけちゃんじゃねえか」

 竹之丞の牢を訪れた町与力まちよりき熊沢くまざわ左近さこんが動揺した語調で話しかける。

 頸をもたげた竹之丞に、左近は膝を折って視線を合わせた。

「同じ一刀流いっとうりゅう道場の門下生だったろ。ほら、俺と竹ちゃんと、それから」

「……かこい重蔵じゅうぞうどの」

 ぼそりと、竹之丞が旧友の名を呟いた。

「そうだ。重蔵が例の事件を聞きつけて、竹之丞といえば、おめぇの事じゃねえかって、心配して俺に使い走り頼んできたんだ」

「相変わらず、そなたは重蔵どのに惚れ込んでいるようだな」

「変わったのは竹ちゃんだろうが。いったい何の間違いで、二十人も殺しちまったんだ。牢役人ろうやくにんの子が牢に入っちまうなんざ、洒落にもならねえよ」

吟味方ぎんみかたから事情を聞かなかったか」

 殺しの動機は、すでに事件の取り調べを担当する吟味方へ打ち明けられている。吟味方の同心から話を聞いた左近も、大方の事情は知っていた。

 竹之丞には菊華の関係がある紗一さいちがおり、その男が朝場一家のやくざ者に殺された。

 竹之丞は紗一のかたきを討つため、単身で賭場に乗り込んだのだ。

「そうか。仇討あだうち、という事になったのだな」 

「町中大騒ぎだぜ」

「猟奇的な人殺しとしてか」

「いいや、逆だ。瓦版かわらばんじゃあ、男の仇討、やくざ者二十人を相手に天下無双の大立ち回りって、号外が出てるぜ」

 仇討は本来、武士のみが許され、それも主君や父親などの尊属のためひ行う場合のみ認められる。実行するにも然るべき手続きが必要なため、町人による勝手な仇討は合法でない。

 しかし、仇討事件である『曾我兄弟そがきょうだい』や『忠臣蔵ちゅうしんぐら』が、読本、舞台などで人気を博したように、当時の江戸では、仇討自体がエンターテインメントとして庶民の注目を集めた。

 二十人のやくざ者を相手に一人で勝利したこともあって、世間の竹之丞に対する印象は輝いていた。

「恋人の仇討とは、一言も言っていない。あの吟味方は紗一が死んだのと、俺の殺しを、一つにまとめて解釈したようだ」

「他に理由があったのか。竹ちゃんが、相当のワケもなしに、あんな殺しなんぞするわけがねえ」

 尋ねられると、竹之丞は目頭を押さえた。

「俺を擁護しないでくれ。俺はこのまま、死罪になるのを待っている」

 同房の囚人たちに距離を置かれながら、竹之丞はその場に初めて足を崩した。

 ◇

 時は、事件より二年前にさかのぼる。

 竹之丞が齢二十五に差しかかったころ、実家の曽根家そねけは武士の身分を失った。

 小伝馬町の牢屋奉行ろうやぶぎょう配下にある小頭こがしら――すなわち牢屋の管理や雑用係の指揮を任されていた竹之丞の父が、囚人と贈賄を通じ不正なかかわりを持ったため『改易かいえき(身分の剥奪)』の裁きを受けたのである。

 いちど改易されれば、多くの場合、後世も身分の回復は望めない。 

 父が割腹かっぷくして罪を詫びたため、その覚悟に免じて家財すべての没収だけは免れたが、それでも、牢屋敷の領地にあった住まいは追われた。

 こうして、竹之丞は一人になった。

 同じ剣術道場で育った剣友たちが、それぞれ屋敷に泊めてくれたが、これ以上の迷惑をかけられず、やがて竹之丞から離れた。

 しばらく町を彷徨い、店賃の安い長屋を探し求めるうちに、銀座一丁目の隣町・南伝馬町みなみでんまちょうへ流れ着いた。

 しかし、身元を保証する縁者もおらぬ身では、どの長屋でも大家に警戒される。

 竹之丞が、入居を渋る大家と交渉しているところで、のちの二十人斬り事件の引き金となった紗一と出会った。

『それじゃあ、俺の部屋に住んでもらえよ』

 困っている竹之丞のために、大家を説得したのも紗一だ。

『あの、なぜ』

 紗一の自室でわけを訊くと、

『あんたさ、紗江さえって名の母がいるだろ。小間物屋と駆け落ちした』

 確かに母の名が返ってきた。

『あんまり母さんに似てたんで、つい』

『すると、そなたは母上と小間物屋こまものやの子か』

 母の話は、父からも聞いている。竹之丞を産み落としてすぐ、母は屋敷に出入りのあった小間物屋と駆け落ちした。

 父も囚人から賄賂を受け取っていた後ろ暗さもあってか、母と小間物屋を追って手打ちにはしなかった。

『俺の、死んだ母さんが言ってたんだ。母さんは武家の女房で、そこに残してきた、竹之丞という子がいるって』

 そこで、紗一と竹之丞は種違いの兄弟だったことが発覚した。

『母さんが本気で恋をしたのに、罪はない。けど、旦那と子を置いてきたのは悪いと思ってるんだ。いつまで住んでくれても、俺は構わないよ』

 紗一は罪滅ぼしのつもりか、快く同じ部屋に住まわせてくれた。

 とはいえ、弟の住まいに長居をするのは申し訳がない。竹之丞は、しばらく共に暮らして、まとまった金が出来たら出て行くつもりでだった。

 だが、出て行こうとするたび、紗一が引き留めたので、ずるずると時が流れた。

 兄の名誉に配慮してか、紗一は兄弟の関係を人に明かさず、周辺の住人にも友として紹介してくれたので、おのずと竹之丞にも居場所ができている。

 これだけ世話になると、かえって長屋を出づらい。快活な弟との暮らしも心地よく、気がつけば半年以上が過ぎていた。

――この頃から、紗一との純潔な関係に、淀んだ染みが広がり始めたのである。

 ◇
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