菊禍物語(きっかものがたり)

麦畑 錬

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第4話【重蔵の恋始末】

『重蔵の恋始末』③

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 雪景色に弾かれた陽光が、薄く寝間に差し込んでくる。

 左近は裸体を震え上がらせる。脱いだ着流しで身を包んでいると、隣に重蔵の姿がないのに気がついた。

 寝間の襖を開けたさきには、一面を雪に覆われた小さな庭がある。庭畑に積もった雪の下から、大根葉が顔をのぞかせている。

 ささやかな雪景色を一望できる縁側で、重蔵は煙管を一服していた。

「冬になると、よくお花を思い出していた」

 静かに告げた。
「冬が明けたら彼女を娶ろうと思って、雪の降る間ずっと、お花を口説く手立てを考えていた。髪を整えるとか、姿勢を正すとか、香をつけるとか、あの子を手に入れるために策をねったものだ。あのときは楽しかったと、冬が来るたび悲観にくれた」

「いまはどうだ」

「お花が果てしなく恋しいのは、変わらぬ」 

 重蔵は寒空へ煙を吹き、

「だが、昨晩は辛くなかった」

 整った横顔に切ない微笑を浮かべた。

「俺はもっぺん、やってもいいぜ」

「たわけ。町方与力ほど待遇のよい仕事はなかろう。ぐうたらしないで、勤めてまいれ」

 町方自体の手当は雀の涙ほどもないが、町奉行所や与力個人へ宛てた付け届けが、生活を潤してくれる。

 決まった役目も手当もない御家人の重蔵には、さぞ羨ましかろう。

「まだ出仕まで時間はある。早起きしちまったことだし、しばらくは、この雪景色でも楽しもうじゃねえか」

 馴れ馴れしく肩を抱いた。

 普段なら、女のように扱うのを嫌がる重蔵だが、今日は珍しく左近を拒まない。

 重蔵は紅潮した顔を襟に隠していた。

「よさんか」
 
 弱々しく虚勢を張る重蔵の美貌が、左近の琴線に触れた。

「……また寂しくなったら、いつでも言ってくれていいぜ。なんたって、竹馬の友の頼みだからよ」

 重蔵の冷えた耳を撫でてやり、頼もしい兄貴肌の面持ちになる。

 その腹の中には、鎮火の寸前にあった恋心が再び燃え上がっていた。

 重蔵は死ぬまでお花を想うつもりであろうが、左近の知る限り、情交の快楽で片想いを忘れる者は多い。

 重蔵との情夜は一度きりで終わらぬ。左近はそう確信していた。

(奪ってやるよ)

 黄泉にいるお花へ、無言のうちに挑む。

 庭木に積もる雪塊がひとつ、音を立てて落ちた。

【おわり】
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