かくまい重蔵 《第1巻》

麦畑 錬

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⑼かくまい人の弱み ①

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 ◇

 阿母寺を発ってからは、まっすぐに屋敷への帰路へついた。

 日本橋と本所を結ぶ両国橋を渡ると、対岸に並ぶ町影から、真昼の賑わいが遠巻きに聞こえてくる。

 神田や浅草、日本橋などは昼夜問わず賑わっているのに対し、本所は奥に行くほど虫の音ばかりで静かなものだ。

 静かだからこそ、本所では人の足音や気配が、いっそうはっきりと感じ取れる。

 両国橋から一町ほど歩いたところで、重蔵はふと、背後に寄ってくる足音を耳で捉えた。

「勝之進どの……」

 南本所へと伸びる旅所橋を渡り終え、前を歩いていた勝之進に声をかけた。

 重蔵を追跡する気配が濃厚になってくる。こちらの足並みに追いつこうとする草鞋の音が、みるみるうちに間隔を狭めていた。

「すこし、早く歩こう」

「どうなされたので」

「つけられている。できるだけ早足で歩いてくれ」

 重蔵が語調を強めた直後、背後の足音が強く地を蹴る。

 勝之進の前へと躍り出た男が、迷いなく鯉口を切った。

「後ろへ!」

 硬直した勝之進の襟首を掴むや、重蔵は勢いよく後ろへと放り投げた。

「わわっ」

 緩やかな川べりを転がり落ち、勝之進は岸で釣りを楽しんでいた老爺とぶつかった。

「ばっきゃろ、なにしゃあがるッ!」

 あやうく川へ落ちかけた老爺が勝之進へ掴みかかったが、川べりの上から聞こえる剣戟けんげきの音に、

「こりゃあ、大変だ」

 と、怒りを忘れた。

 一方、襲いかかった男と剣を交えていた重蔵は、対峙した顔を見て息を飲んだ。

「俺を覚えてるかよ」

 月代髷つきしろまげを結ったよわい二十がらみの男が、そのしゃがれ声に深い殺意をみなぎらせた。

 この男の顔を、重蔵は忘れもしない。

 かつて両替屋の店先で斬り殺した、若き盗賊の片割れである。

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