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(26)かくまい人と勝之進
しおりを挟む翌日の明朝となった。
床や壁に染み込んだ夜更けの冷気が、勝之進を凍えさせる。
秋の夜長とはよく言ったもので、東の山際が白んでゆく真上では、まだ空一面に星が散りばめられていた。
『明日の巳の刻までに、延命寺へ参られよ』
泰山からの果たし状には、こうあった。
旗本以下の家柄である勝之進に、馬へ騎乗する資格はない。
籠を遣わすとも書いていなかったので、自ら歩いて行かねばならぬようだ。
勝之進は眠気の残る目をこすりながら、脱いだ寝間着を丁寧に畳む。
隣に眠る重蔵を起こさぬよう、衣擦れの音も立てなかった。
(あのとき、きつく言い過ぎてしまったろうか)
昨日は恩ある重蔵に対して、つい厳しい語調で突き放してしまった。
重蔵がなにもかも知ったふうな口で、お花の心を勝手に決めつけるのに、我慢ならなかったのだ。
だが、最愛の女を失った重蔵のほうがよほど悲しいだろうから、悲観的になっても仕方なかったろう。
(すまない、重蔵どの)
美しい寝顔を見下ろしながら、勝之進は心で詫びる。
眺めるうちに、睫毛の生え揃う端正な眼が花開いた。
「の、しん、どの」
薄目を開けた重蔵が、儚いかすれ声で呼びかけてくる。
「寝すぎたな、いま起きて……」
「いいえ、その必要はありませぬ。もう行きますから」
体を起こそうとする重蔵を制して、勝之進は温和に笑いかけた。
「……すまぬ。勝之進どの」
覚醒していたものの、重蔵の意識はまだ夢と現を彷徨っている。
明け方の寂光が照り返る瞳に勝之進を写し、布団の温みが残る手でその頬を撫でた。
「すまぬ……」
「重蔵どののせいではありませぬ。私が自ら決めて、自らの脚で向かうのですから」
うわ言のように詫びる重蔵を、布団へ横たえてやった。
美しい瞼を閉じてやり、ようやく勝之進は重い腰を上げた。
「これは私の億測なのですが、あなたが私をお花どのと重ねる理由が、分かった気がします」
眠る重蔵へ一方的に語りかけた。
「昔から双子のうち、先に生まれた子は羅刹、後に生まれた子は菩薩といいます。私は菩薩子なうえに男でしたから、家に残されました。けれど、先に生まれて羅刹子とされた姉は、養女へ出されました。神田にいる研ぎ師のもとヘー。その姉の名も、花というのです」
もう重蔵には二度と会えぬかもしれないので、最期に言っておきたかった。
勝之進は過去に一度だけ、姉のお花に会っていた。
娘を捨てた過去に苦しんでいた母を安心させたくて、姉の消息を突き止めようとした春の日のことだ。
お花を引き取った研ぎ師のもとを訪ねると、嫌な顔をしながらも、病体のため阿母寺へ籠ったと教えてくれた。
見廻りの道中で阿母寺の中を探ってみれば、病人のひしめく講堂に、勝之進に生き写しの女がいた。
麻疹という助かる見込みの薄い病にかかりながら、お花は病苦などどこ吹く風とばかりに、優雅な振る舞いであった。
感染の拡大を心配した和尚によって、勝之進がお花に会うことは止められたが、あの快活で前向きな生き様は忘れられない。
「姉がもし、重蔵どのの想うお方と同じ人ならば、どうか彼女をじてください。あの人は重蔵どのの悪口を、手紙にしてまで送るような人ではありませぬ」
長い吐息とともに囁いた。
起きている重蔵に言えば、きっと心に負担をかけてしまうだろうから打ち明けられない。
だが、せめて昏睡の底にいる重蔵には、朧げにでも聞こえていてほしかった。
「それでは、行って参ります」
勝之進は刀を腰へ帯びた。
今生で一度も抜いたことのない刀を、今日、殺し合いに使うのだ。
◇
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