本妻探偵〜彼女の不幸な結婚〜

地野千塩

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極悪婚活カウンセラー編-9

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「見ても良いわよ」

 薬がもう効いたのだろうか。若干、文花は元気が出てきたように見えた。

「昔、知り合いの探偵事務所の人に見せたら褒められたわ。ドン引きもしてたけど」

 常盤はおそるおそる聖書のように分厚いノートを手に取って見た。

 使い込まれ表紙の端はぼろぼろだった。小口も黒ずみ、ふせんが何枚か挟まっている。

 好奇心が優ってしまった。

 常盤は怖いと思いつつも、ノートを捲る。中身は、田辺の愛人の素性や住所などの個人情報がびっしりと書き込まれていた。

 それだけでなく田辺との出会いのきっかけや、逢瀬の時間帯などもよく調べてあった。

 ドン引きだった。

 中には愛人の職場のパートに入って素性を調べたり、自宅に侵入したり、ゴミを漁ったという記述もあり、常盤の頬がひきつる。

 よくここまで調べたものだ。

 後ろの方のページには、浅山ミイの情報ももちろん書かれていた。調べて日が浅いのか、比較的情報は貧弱だった。

 探偵に褒められたというのも納得だ。素人の個人でよくここまで調べたものだ。

 この執念深さ。正直怖い。

 同僚達が文花の事を敵に回したくないと言っていた事を理解した。「地雷女」と言っていた事もわかる。こんな事を彼女や妻がしていたら、とても怖い。ノートにはつらい、寂しい、許せないという文花の心情もポツポツと綴られていて、「メンヘラ女」と言われている事もわかる。もし何か酷いことをこの女にしでかしたら、地獄の果てまで呪われそうだ。

 ノートを閉じ、文花に返した。

「ドン引きした?」
「しょ、正直……」
「でも夫は妻がこんな事していてもちっとも心が揺れないの。作家だからかしら。あの人頭おかしいわね」

 常盤からしたら文花も田辺も十分変人に見えた。田辺もこんなに不倫を繰り返しているのは、全く悪びれていないからだろう。確かに創っているものは素晴らしいが、人間としてはどうなのか。妻の頭のネジが数本抜けている責任は、どう考え考えても夫である田辺にある気がしてならない。

「まあ、常盤さん。来てくれてありがとうね。一応礼を言うわ」
「いえ、レトルトなんて口に合いましたか?」

 キッチンを見る限り文花は食にこだわりがありそうだったが。

「レトルト? 別に良いんじゃない。夫が食べるのは問題があるけど。まあ、毎日のように食べるのは健康に良くないけどね」
「料理は好きそうね」
「キッチン見たのね。あれも全部夫のためよ」

 聞くと結婚当初、病気がちだった夫のためにヘルシーな料理を作るために料理もハマっていったらしい。無添加の調味料やオーガニックな野菜にこだわるのは夫の健康のため。自分の趣味ではなく、文花自身は食べられれば何でも良いタイプという。

 常盤は文花の健気な面を見て泣けてくるような思いがした。この話だけ聞けば良い奥さんである。

「でも主人は私の料理なんて嫌いなのよ。牛丼や菓子パンを愛人と一緒に食べてる方が幸せそう」

 そんな事ないと常盤はいえなかった。

 自分の食生活も自慢できるものではないし、身体に良い料理など自分もあまり好きではなかった。それに田辺の心の内も勝手に判断出来ない。

「そうだ、主人が帰ってこないせいで料理いっぱい余ってるのよね」

 文花は立ち上がって、キッチンの冷蔵庫の方へ行く。

 冷蔵庫を明けタッパーをいくつか取り出した。中身は煮物や漬物のようだった。

「常盤さん、これ持っていってくれない?昨日作ったのだから、腐ってはないはずだけど」
「えー、良いんですか」
「持っていって。見てると忌々しくてしょうがないの」

 そんな怖い事もいうので結局断れなかった。

 ランチクロスにつつみ、保冷剤と一緒に紙袋に入れる。忌々しいという感情がこもっていると聞いたせいか、紙袋はズッシリと重かった。

 常盤はその後、会社に戻った。タッパーは帰社時間まで会社の冷蔵庫に入れた。

 一人暮らしのアパートでタッパーを広げる。
 タッパーの中身は野菜の煮物や、煮卵、きんぴらごぼう、豆と野菜の炒め物、キャベツやキュウリの塩漬けだった。

 パックご飯を温めて、野菜の煮物や煮卵を箸をつけた。

 毒でも入っていないか?

 常盤は文花の性格を考えて一瞬そんな事を思ったが、煮卵を箸で崩して口に運ぶ。

「うまい……」

 口の中ホロホロと崩れて美味しかった。野菜の煮物は甘塩っぱくご飯も進む。

 忌々しいと言われた料理だったが、そんな事を言われるのが不憫なぐらいおいしかった。文句のつけようがない。野菜が多く健康にも良さそうだ。

 常盤は、文花の事を思い出して少し切なくなった。

 基本的に健気なんだろう。でもその努力が報われる方向にいってないんだろう。夫の愛人を調べ尽くすという行動自体は怖いが、それだけ必死だったかもしれない。

 ほんの少しだけ文花の事がわかったような気がした。
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