毒妻探偵〜サレ公爵夫人、夫の愛人を調べていたら殺人事件に巻き込まれました〜

地野千塩

文字の大きさ
70 / 157
第二部

殺人事件編-3

しおりを挟む
 真夜中にお茶会を開く貴族はいるだろうか。かなり少数かもしれないが、公爵家のダイニングルームに灯りをつけ、テーブルも上は紅茶一式、それに菓子類が並べられていた。菓子類はフローラが作った蒸しケーキやクッキーなど。前日の余り物だが、今もふんわりとバターの香りが漂っていた。

 そんなテーブルを囲むのは、フローラ、アンジェラ、フィリスの三人。全員パジャマ姿で実にユルい雰囲氣が漂っていたが、フィリスは全身全霊で謝罪中。

「ああ、ごめんなさい。鍵を開けっぱなしにしたのは、私です! 私のミスですぅー!」

 窓の外から鳥の鳴き声だけが響く静かな夜だったが、フィリスの大声にフローラの耳はキンとなった。

「奥さん、申し訳ないです。愛人ノートが盗まれたのは、私達の責任です。こら、フィリスも頭下げて」
「わあ、ごめんなさい!」

 フローラは紅茶を啜っていたが、使用人達の失態は責めなかった。元々田舎者で粗野なフィリスには、仕事の出来は期待していない。していないが、ため息が出る。まさかここまでうっかりメイドだったとは予想外だ。

「まあ、仕方ない。フィリスを雇った私の責任です。アンジェラ、頭を上げて」

 フローラの酔いはすっかり覚めた。クララに家で夢見心地になっていたが、全部幻のよう。まさか愛人ノートが盗まれるなんて。

 状況から見て盗まれた可能性が一番高い。金庫をよく見たら、無理矢理こじ開けようとした跡もあった。おそらく犯人は金も狙っていたのだろう。

「いいから、フィリスも頭を上げて。でもあなたには、躾の教師を頼みましょう。そうね、これは私が探します」
「わー、奥さん! 許してくれるんですか? 奥さん大好き! フローラ奥さんバンザイ!」

 寛大に許してやると、フィリスは調子に乗って煽ててきた。この変わり身の速さは、どう見ても田舎者だったが、叱る気力も失せてきた。

 それにこうして真夜中にお茶会をするのも、意外と楽しいものだ。紅茶にはカフェインが入っているはずだが、さほど目も冴えない。それにこんな時間菓子を食べるのも、背徳感が刺激されて面白い。

 マムの事件に前までだったら、多分こんな事はしなかった。優等生的なルールを守るべきだと思う「つまんねー女」だった。でも今は、そんな場所から解放されていた。自分で認めるのも癪だが「おもしれー女」に変わりつつあるのかもしれない。

「奥さん、これは白警団に言いますか?」

 この中で人一倍冷静なアンジェラは現実的な提案をしてきた。

「ほら、マムの脅迫状の件もあった。早めに白警団に言っておいた方がいいのでは?」

 アンジェラの提案はもっともだが、あの嫌味で無能なコンラッドの顔が浮かぶ。マムの事件の担当だったが、彼の捜査はことごとく的外れの上、フローラや夫も疑われた。あのコンラッドに細い目、人を見下したような低い声などを思い出すと、今、この件を通報しても無駄か。それに盗まれたモノがモノである。夫の不貞を記録した愛人ノートが盗まれた。コンラッドは鼻で笑い、スルーする可能性が高い。そもそも白警団に信頼もしていない。

「だったら、私達で犯人を探しましょうよ!」

 フィリスは自分のミスを棚にあげ、犯人を見つける事を提案してきた。何が面白いのか、冒険小説でも読んでいるかのように目がキラッとしていた。

「犯人は公爵さまだろう。この愛人ノートが一番都合が悪い。このせいで公爵さまは離婚する時、かなり不利だわ」

 アンジェラはクッキーをボリボリ噛み砕き、推理を発表した。

「でもアンジェラ、公爵さまが愛人ノートを盗むんだったら、他にいくらでもチャンスがありますよ。金庫を取ろうとする理由もないです」

 フィリスのツッコミはもっともだった。一番愛人のーとびついて都合の悪い人物だが、夜中に鍵が偶然開いた公爵家に忍び込む必要もない。そもそも今はパティに夢中で、頭もおかしくなっている。離婚後の事など全く考えていないはずだ。

「だったら誰?」

 フローラもクッキーをつまみつつ考えるが、心当たりが大多過ぎる。パティも第一容疑者だ。あの成金娘は金庫を取ろうとしても全く違和感がない。夫から公爵家の間取りを知るのも簡単だろうが、愛人ノートを盗む動機は不明だ。夫を略奪した後、有利に使おうとしている可能性はあるが。

「パティは脅す為にに盗んだんじゃないですか? 元愛人たちに世間に公表するぞって脅して、お金とる為?」

 うっかりメイドのフィリスだったが、この推理は筋が通っていた。さすが探偵の娘なのか。これにはフローラもアンジェラも目から鱗だった。

「おそらくパティが犯人ね。でも証拠もない。それに元愛人達にも動機があるわよ。世間に公にされたくない元愛人達が盗む理由はある」

 フローラはそう言いながら、過去の愛人達を思い浮かべる。

 まずはドロテーア。彼女も不動産投資で儲けていたが、確か実家から縁談もあった。過去の不倫が公になるのは痛い。

 それに女優のブリジッド。彼女は今も清純派として仕事がある。だとしたら、世間に過去の不倫が公になるのは痛い。昨日会った時も何かに怯えていた。

 また画家のクロエ、容姿だけは良いエリュシュカも不倫がバレたら困るだろう。二人とも家柄は良いお嬢様だ。特にクロエは不倫がバレたら、パトロンから資金が引出せないかもしれない。クロエはフローラに脅しもしていたし、彼女が愛人ノートを盗んでいても何も不思議では無い。

 この中で愛人ノートを盗んだ犯人がいる? 容疑者が多く、サレ妻の立場でバイアスがかかるフローラは全員怪しく見える。

「この中で誰が一番、夫との不倫がバレて困ると思う?」

 自分一人では分からないので、聞いてみた。

「ブリジッド!」
「女優のブリジットでしょうよ。一番世間にバレたら困る」

 フィリスもアンジェラも同意見だった。確かにスキャンダルになったら、一番打撃がある。仕事も全部失う可能性がある。

「そうね、ブリジッドが一番、困るわよね」

 フローラは深く頷いていた。これはブリジッドを探るのが一番の近道か。あの怯えた態度も気になる。まずはブラッッドを探ってみるか。

「さあ、もうお茶会はお開きよ。もう寝ましょ」

 そうこうしているうちにフィリスもアンジェラも眠そうだった。このまま推理を続けても、ろくな答えは出ないだろう。

 まずはブリジットを探る事に決め、こも真夜中のお茶会は解散となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

処理中です...