花言葉

叶姫*/

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花言葉

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「私達、結婚するの。」
この日が来ることはずっと前からわかっていた。

顔を上げなくても、わかってる。
美奈のキラキラした笑顔と、奏多さんの控えめにはにかむ笑顔がそこにあることなんて。

祝福の言葉が、喉を通らない。

「妃奈?」

涙が溢れてしまわないように、唇に力を入れる。

「妃奈に、いちばんに報告したかったの!」

そう言ってわたしの手を握る美奈は、胸が締め付けられる程に、幸せそうで、綺麗で、輝いて見えた。

***

小さい頃から、双子の姉、美奈は、みんなの中心に居た。
セミロングの細い髪を揺らして、いつもわたしの手を引いてくれた。

屈託のない笑顔で笑う天真爛漫な美奈を、みんな直ぐに好きになった。

病弱だったわたしを、大切に大切にしてくれた。
わたしの体調に気をとられる両親に、一言の我儘も言わず、いつもわたしのことを考えていてくれた。

世界でいちばんのお姉ちゃん。自慢のお姉ちゃん。

ずっとずっと、羨ましかった。

思いっきり走れること。
毎日学校に通えること。
みんなに慕われていること。

そして何より、
奏多さんの瞳の中に居られること。

***

波の音が近い街に生まれたわたしたち。
はす向かいの大きなお家に住んでいたのが、奏多さんだった。

背が高くて、顔が小さくて、髪の毛はさらさらで、切れ長の瞳、華奢なのに肩幅は大きくて、筋張った腕、はにかむような笑顔。

何より落ち着いたトーンの優しい声が、わたしは大好きだった。

***

《妃奈ちゃん、付き合って欲しいんだけど。》

奏多さんからメッセージが届いていた。

要件は、美奈との婚約指輪の下見に行くことだったけれど、わたしにとっては初めての奏多さんとの外出で、毎晩のスキンケアに力が入ったし、その日のために奮発してワンピースも買ってしまった。

美奈と奏多さんが恋人同士だと知った日から、ずっと隠していた気持ち。
これまでも、これからも、きっと口に出すことはないし、知られることもない気持ち。
結婚式と共に、忘れる。そう自分に言い聞かせた。

終わりの期限を決めたところで、心が軽くなった。
同時に、それまでは奏多さんを好きだというこの気持ちを、愛してあげようと思えたことで、心に余裕も出来た。

***

待ち合わせ。

10分前に到着したのに、奏多さんは先についていて、いつもの笑顔でわたしに手を振った。

車道側を歩いてくれる。
車のドアをあけて、手を差し伸べてくれる。
慣れないヒールを履くわたしの歩幅に、きちんと合わせてくれる。

そんな仕草全てに胸がときめいて、当たり前のようにこの環境に居られる美奈を、改めて羨ましいなと思った。

「美奈、どっちが好きかなあ。」

2つのリングを前に、真剣に悩む横顔が綺麗で、つい見とれてしまう。
美奈のために考えている姿だと思い出し、胸が締め付けられる。

隣に居られるだけで幸せなのに。
一緒に出掛けられる日が来るなんて夢にも思わなかったのに。
どんどん傲慢になるわたしは、やっぱり綺麗な美奈になれなかった欠陥品だなあと心が痛んだ。

***

帰り道。

奏多さんと、海沿いを歩くのが夢だった。
叶うことがないと思っていた夢が、すぐそこにある。
初めて我儘を言った。

「奏多さん、海が見たいです。」

毎日見ている海なのに、すぐそこに見えているのに。

「海沿いを、歩きたいです。」

奏多さんはくしゃっと笑って
「僕もそんな気分だったんだよね。」
底抜けに優しいその人柄に、想いが溢れた。

まだ肌寒い風を受けながら、さっき買ったまだちょっと熱いコーヒーを片手に歩く。

この街の波の音が好きだ。

近頃は都市開発が進められて、海の近くにいろんな建物が立ってしまったねと、寂しそうに奏多さんが言った。
どこもかしこも工事中で、わたしの思い描いていた海辺を歩く二人とはちょっと違ったけれど、充分すぎる程に幸せな時間だった。



「危ないッッ!!!」



突然の事だった。

工事現場の大きな資材がわたしの頭上に落ちて来ようとしていた。
全てがスローモーションに見えた。

「妃奈ちゃんっ...!」

目を瞑り、再び開いた時には、横たわる奏多さんが居た。

頭が真っ白になり、記憶がはっきりとしたのは、病院についてからだった。

***

「妃奈!奏多は?!」

美奈が涙を一杯浮かべて、待合室のわたしの肩を揺らした。

「ごめんなさい...ごめんなさい...。」

ただ謝ることしか出来なかった。

泣きじゃくり奏多さんの手を握る美奈に、病院の先生が告げた。

幸い、一命を取り留め、意識が戻るのを待つとのことだった。

暫くして、奏多さんは目を覚ました。

「美奈...。」

「奏多!大丈夫なの!?心配した...っ。」

無事に目が覚め、大きな外傷もなく、ほっとした。
これ以上部外者のわたしはここに居てはいけないような気がして、廊下への扉へ手を伸ばしたときだった。

「美奈...。電気を付けてくれ。」

奏多さんが呟いた。

時間は真昼間で、眩しいほどの日差しがベッドに差していた。勿論、病院の無機質な蛍光灯はきちんと点いていた。

「嘘...。」

信じることが出来なかった。
信じたく無かった。



奏多さんは、目が見えていない_____



***

事故から1週間が経った。

相変わらず奏多さんの視力に回復は見られなかった。
美奈は、一度も病院に来ていない。

奏多さんは、デザインの仕事をしていた。
勤めていた会社を退職し、独立をして間も無かった。
大きな会社との契約が決まり、軌道に乗り、結婚が決まった。そんな人生で一番幸せな瞬間だった。

わたしは、その奏多さんの、視力を奪ってしまった。

逃れようのない事実。
わたしを庇ったせいだ。
わたしのせいだ。

ショックから、美奈は奏多さんと会うことが出来ないようだった。

二人の人生を、壊してしまった。
こんなことを願っていたわけじゃない。
幸せになって欲しかった。
受け容れる準備をしていたのに。

どうしたら良いのか、何も分からなくなった。

***

それからまた数日が経った。

美奈は、一度も病室に来なかった。
奏多さんも、殆ど一日中、窓から聴こえる波の音に耳を傾けるだけで、何も喋らない。

わたしは、起こしてしまった事故の重大さを突きつけられ、何度も何度も考えた。

これからどうしたら良いのか。

そこから出したわたしの答えは


____ 美奈と奏多さんに幸せになって貰いたい


ただそれだけだった。

***

わたしは、美奈になると決めた。

奏多さんに髪が綺麗だねと褒められ、学生時代から伸ばしていた髪を、美奈と同じ長さに切った。

スカートを履くことも辞めた。

それから毎日、奏多さんの病室に通った。
美奈の振りをして。

奏多さんは、疑いもせず、美奈としてお見舞いに訪れたことを、喜んでくれた。

段々と、表情も明るくなった。

これでいいんだよね、と、自分に言い聞かせる毎日だった。

***

今日は奏多さんの体調も良かった。

お見舞い生活を始めて気付いたこと。

奏多さんは桃が好き。
奏多さんは美奈の前だと口を開けて笑う。
奏多さんはやっぱり手先が器用。
奏多さんは思っていたよりも筋肉質。

触って気付く。話して気付く。奏多さんの新しい一面。

わたしに発せられる言葉でないと分かっていながらも、喜んではいけないと分かっていながらも、緩む口元を抑えることは出来なかった。

こんな言い方をしてはいけないけれど、幸せな毎日だった。

そして気付いた中でも、一番大きかったもの。

わたしは奏多さんのことが、やっぱり大好きなんだということ。

奏多さんと一緒に、折り紙をした。
目が見えていないのに、あまりに器用に折るその指先から目が離せなかった。

***

入院生活も大分経ち、奏多さんと会える毎日が、楽しいとも感じるようになったある日のことだった。

ずっとずっと頭の中を巡っていた質問。
聞きたくて、聞くのが怖くて、でも聞きたくて、
居ても立っても居られずに、つい、聞いてしまった。

「ねえ、奏多。」

「どうしたの?」


「妃奈のこと、許してる?」


どこかできっと、あれは事故だったと、工事の人の所為なんだと、そこにたまたま居合わせてしまっただけだと、そう思っていたんだと思う。

奏多さんは、俯き、か細い声で言った。


「妃奈ちゃんが悪いわけじゃないって、分かっているつもりでいる。」
「だけど、あの時妃奈ちゃんを守らなかったらって、そう思う自分が居るんだ...。」
「美奈、本当にごめん。」
「妃奈ちゃんのことを、許せない...っ。許せないんだ...。」


言葉が出なかった。
分かっていたはずなのに。

涙が止まらなかった。
胸が痛くて、苦しくて、息が出来なかった。

「奏多...。いいんだよ...。」

そう答えるので精一杯だった。
泣いているのを悟られないように、静かに、静かに泣いた。

奏多さんは座ったまま、わたしを抱きしめた。

***

病院から、連絡があった。

《至急、お伝えしたいことがあります。》

奏多さんの身に何かあったのではないかと、飛び起きて駆けつけた。

着いた先には、ドクターが二人。
告げられた言葉に絶句した。


「奏多さんの視力を、戻せるかもしれません。」


わたしの中に、処理できない感情が渦巻いた。
美奈はどうなる?結婚はどうなる?この毎日は、どうなる?

わたしは何のためにこの生活を続けてきたんだろう。

わたしは、奏多さんと美奈に幸せになって欲しくて、結ばれて欲しくて毎日を過ごしていた。

答えは、1つしかない。

***

その日直ぐに、事故以来はじめて美奈に会った。
美奈は痩せこけていて、キラキラした笑顔もなかった。

美奈からの返事もあやふやで、ああ、美奈もまたわたしのことを許すことは出来ないのだなと悟った。

「美奈、ごめんなさい。わたしは、事故から毎日、美奈の振りをしていました。」

奏多さんの病状。お医者さんからの宣告。
そして何より、美奈と奏多さんに幸せになって欲しいということ。涙ながらに訴えた。

美奈は驚きを隠せないようだったが、暫くして、わたしに懐かしい笑顔を小さく向けて、病院へ向かった。

***

そこからはとんとん拍子にことが進んだ。
奏多さんの視力は徐々に回復し、結婚の話も再び進んだ。

これでいいんだ。やり切ったんだ。

視力が回復したら、決めていた。


二人の前から、姿を消そう ____


きっと、わたしの姿を見たら苦しい日々を思い出してしまう。二人の幸せを、遮ってしまうから。

でも最後に、美奈のドレスは見たかったなあ。
きっと、世界で一番綺麗なお嫁さんになるんだろうなあ。

二人の結婚式の招待状を机に置き、大好きだった街を去る決心をした。

最後に、奏多さんと歩いたあの海を歩きたいな...

***

チャペルにて。

「美奈、本当に本当にありがとう。美奈が居てくれたから、僕は今もこうして笑っていられる。」

「僕、幼い頃ずっと病院に居たじゃない?」

「その時に毎日届けてくれた、ピンクのマーガレット、本当に勇気付けられたんだよ。いつも部屋の端に届いていた花、本当に嬉しかった。」

「入院中に折った折り紙、あれ、マーガレットだったよね。美奈だったんだって、僕、心から嬉しく思うよ。」



「奏多...。」



「...じゃない。」

「ごめんなさい...。あたしじゃない...。」

「あたしは折り紙なんて器用なこと出来ないし、花なんてわからない...。」


「え?」


「全部、妃奈なんだよ...。」


「行って...!」
「きっと、あの海で、奏多を待ってる...!」

***

短い間でも、奏多さんと過ごせたあの日々は、幸せだった。

自分の心に、いい加減区切りをつけよう。
新しい街で、新しい人と、新しい環境で、わたしも幸せになる。

きっと今頃、二人は永遠の愛を誓って、夫婦になる。

大好きな美奈。
大好きな、大好きな、奏多さん。

あの時は祝福できなくて、ごめんなさい。

二人とも大好きなのに。自慢の自慢の二人なのに。

でも

今なら言えるよ。


おめでとう ______


「妃奈ちゃんッ.....!」


大好きな声が聞こえる。

わたしの名前を、呼んでほしかった。
ずっとずっと、呼んでほしかった。
美奈の代わりなんて、辛かったんだ。
幻聴が聞こえるなんて、わたし、忘れられるのかな。


「待って....!妃奈ちゃん.....!」

幻聴なんかじゃない。

この声は、

「奏多さん!どうして...。式、今日なのに...。」

真っ白なタキシードを着た奏多さんは、今までで一番格好良かった。ずるい。そんな姿でわたしの前に現れたら、もう、気持ちが抑えられない。

「ごめん...っ。僕は、ずっと気付かなかった...!」
「届けられていたマーガレットも、病院の折り紙も、全部...全部...!」


「____っ...!」


「僕のことを、許して欲しい...」
「妃奈ちゃん」


消えるような声で抱きしめられた。
その大好きな声で、名前を呼ばれた。


「奏多さん、好きっ....好きぃ...っ」


もう止められなかった。
目の前にいる大好きな人を、忘れるなんて、この気持ちを消してしまうなんて、到底出来ない。


「ピンクのマーガレットの花言葉は



真実の愛 _____



妃奈ちゃん、そうでしょう...?」


それからわたしたちは、記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりゆっくり、時間をかけて溝を埋めていった。

波の音が聴こえるこの街で、思い出を沢山積み重ねた。

美奈は祝福してくれた。
結婚が決まってから、ずっと、自信がなかったとわたしに打ち明けた。
心から、わたしたちを祝福してくれていた。


そんな今日、わたし、妃奈と、奏多さんは結婚する。たくさんのピンクのマーガレットに囲まれて。



あなたと出会えた奇跡に。

あなたを好きと、言える今に。

ありがとう。
心から、愛しています。




end.


数ある作品の中からお選びいただき
最後までお読みくださりありがとうございます。

誰かの目に触れる場所に投稿するのは初めてで、小さい頃からのちょっとした夢が叶ったような気持ちで、心がぽかぽかします^^*

拙い文章ですが、ご感想やメッセージを頂ければ励みになります。

見てくださる方がいらっしゃるのかはわかりませんが、出会えたご縁に感謝いたします。

ありがとうございました。

また、お会いできますように。


2019.3.29

叶姫*/

 
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