93℃の執着

UTAFUJI

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第二章

2話

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 小指を離すと同時に、レイはふにゃっとした笑みのまま、少しだけ視線を落とした。
 その表情が、いつもとはどこか違うようにみえて、俺はほんの一瞬だけ言葉を失う。

 けれど、本人は何事もなかったかのように笑い直して、俺の肩にそっと頭を預けてきた。

「……結局さ、天ぷらもお寿司も、両方好きってことでいいんだよね?」

 その声色はいつもみたいに軽いのに、何かを探るような気配も混じっているような気がしてならない。俺はその意味を図りかねながらも、苦笑混じりに返す。

「うん、どっちも好き。たぶん、日本食が好きなんだと思う」

「そっか、そっかぁ~、」

 レイは嬉しそうに呟きながら、俺の肩にもう一度しっかりと体重を預けた。肩越しに肩越しに伝わってくる温もりが、ほんの少しだけ重くなる。
 そのまましばらく黙っていたかと思えば、レイは安心したようにふぅと小さく息を吐いた。

「嘘つかれてたんじゃなくて……よかった」

 ぽつりと零れたその一言は、冗談でもなく、ふざけているようにも思えなかった。

「お前、俺に嘘つかれてたかもって、不安だったの?」

 俺が問いかけると、レイは顔を上げて、一瞬きょとんとした顔をしてから、ふいっと視線を逸らした。ほんの少しだけ口を尖らせて、膝の上で指先をいじる。

「だってさ~。シキくんが“好きなもの”教えてくれたのって、俺がしつこく絡んだから仕方なく、って感じだったしさ~」

 自嘲気味な口ぶりだったが、その言葉の端に、かすかな寂しさが滲んでいるように思えた。

「本当はあの時、適当に流されてただけかも、って……思っちゃったじゃん」

 いつもみたいな図々しさもなければ、明るさもない。しゅんとうなだれたレイの姿に、思わず面食らう。その言葉にどう返そうか迷っていると、

「だからっ!」

 レイは急に声を張り上げ、勢いよく顔を上げた。思わず、肩がびくりと跳ねる。

「俺を不安にさせた罰として!シキくんはもっと俺と二人でお出かけに行くこと!」

 ぐいっと距離を詰めてきたレイを避けるように自然と体が傾く。無駄にでかいソファへ倒れこまないように後ろ手で体を支える俺に、顔を近づけてくるレイの瞳は真剣そのもの。傍から見たら迫られてるようにも見えてしまう。

「近いし……てか、それただお前がしたいだけだろ」

「いいじゃん!俺が不安になったんだから、それを癒すにはシキくんとの楽しい思い出が必要なの!!」

「わかったから、とりあえず離れてくれ。物理的に近い。」

「ほんと!?やったぁ!!じゃあ、映画も水族館もカフェも!」

「多すぎるわ……って、だから近い」

 俺が眉をしかめながらそう言っても、レイは聞こえてないふりをして、さらにぐいっと顔を近づけてくる。思わず視線をそらしながら、言葉を重ねる。

「なあ……ほんと、そろそろ」

「んー?なにー?」

 わざとらしく聞き返してくるその声には、明らかに悪戯な笑みが混じっていた。完全に、わかってやってる。

「……っ、おい、レイ」

 後ろ手で支えていた腕が、限界を迎えた。バランスを崩して、そのままソファに倒れ込んでしまう。ふかふかのクッションに背中を預けた瞬間、レイが吹き出した。

「やば、シキくん顔真っ赤~!」

「勘弁してくれ……」

 悔しいけど、起き上がる気力が出ない。顔の熱は冷めないどころか、むしろ増している。視線をそらして誤魔化していると、ふいに視界に影が差す。

 見上げれば、レイが俺を見下ろすように覗き込んでいた。

 斜め上から差し込む光の中で、ふわりとレイの前髪が揺れ、落ちた一房の顔を指先ですくって、耳元へと流す。その何気ない仕草さえも妙に色っぽく見えて、息をするのも忘れてしまう。

「そんな顔してたら、ちゅーしちゃうぞ~?」

 笑いを含んだレイの声。頬にそっと伸ばされた手が、指先だけで俺の肌に触れる。

 ふざけて笑い返すことも、軽口でかわすこともできず、ただレイの顔をまともに見られないまま、沈黙してしまう。

 その沈黙をどう受け取ったのか、レイは少しだけ視線を伏せて、静かに笑った。

「……なーんてね。冗談、冗談」

 そう言って、レイの手がそっと離れる。
 指先が頬から滑り落ちて、そこに残ったのは、ほんの少しのぬくもりだけ。

「ほら、掴まって」

 体を起こしたレイは、いつもの笑顔を浮かべたまま、手を差し伸べてくる。俺はその手をちらりと見て、ためらいながらも掴む。

 軽く引かれる感覚とともに、身体が起き上がり、ソファの背にもたれるように座り直した。

「シキくん、ちょっと照れすぎじゃない?顔真っ赤なんですけど~」

 からかうように言いながらも、さっきよりも少しだけ距離を取ったその態度が、優しさに見えて仕方がない。

 俺は、そっぽを向いたまま目をそらし、ぽつりと呟く。

「お前のせいだろ……俺がその顔に弱いの知ってるくせに」

「知ってる~」

 レイは、そんな俺の言葉に心底嬉しそうな声で返してくる。それだけで、こいつの満足げな笑みが目に浮かぶ。

「シキくんが照れてる顔はレアだからね。隙があったら、そりゃ俺もこの顔、使っていくよ~」

 そう言って、レイはまた距離を詰めてくる。

「とりあえず!俺ともおでかけすること!いいね?約束したからね!」

 人差し指を立てて、にこにこと嬉しそうに笑うレイ。俺はその勢いに押されつつも、答える。

「もちろん。また予定決めような」

 その言葉に、レイは満足げに目を細めて、さらに嬉しそうに笑った。
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