93℃の執着

UTAFUJI

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第二章

1話

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 あれから、数日が経った。
 あの日別れ際に、依織に「連絡先、交換してもいいですか?」と聞かれて、二つ返事で了承した。それからというもの、メッセージのやり取りは思いのほか続いている。

 朝に「おはようございます、今日も頑張ってください」とか、夜には「早く寝ないと体調崩しますよ」とか。

 休憩室のソファに腰掛けて、その文面をぼんやりと見つめる。なんだかんだで律儀なやつだなと、コーヒーを飲みながら、依織から届いたメッセージに返信を打つ。

『ちゃんとお昼食べました?』

 その一文に、自然と笑みがこぼれた。

「何それ、誰から?」

 ふいに背後から声がして、肩をびくっとさせる。振り返ると、レイがにやけながら俺のスマホを覗き込んでいた。

「何もない」

「うっそだ~。絶対なんかいいことあった顔してるって。彼女でもできた~?」

「は?違うし」

「えー、本当に~?」

「うん。最近……仲良くなったやつがいるだけ」

 友達って言うか少し悩んで、結局言い出すことができなかった。そんな俺の返しを聞いて、レイはどこか含みのある言い方で笑う。

「ふーん、なるほどね~」

 その笑顔と声音が、どこか拗ねてるように聞こえて、少し苦笑いを浮かべながら、俺はスマホを机の上に置いてレイの方に向き直る。

「お前も休憩?」

「うん!今、空いてるから行ってきてもいいよ~って言われたから、シキ君もいるし来ちゃった」

 無遠慮に俺の隣へ腰を下ろしてくるのは、もう慣れっこだった。ただ、今日はいつもより距離が近い。肩と肩が軽く触れるくらい。

「……なに?近いんだけど」

「いーじゃん、俺にも構ってよ。俺、シキくんの“お友達”でしょ!」

 レイは頬を膨らませながら、まるで子どもみたいに腕を組んでくる。ぷんぷんと擬音がつきそうな勢いで拗ねるその様子に、思わず吹き出した。

「ははっ、そうだな」

「あー!笑ったな今!」

「笑ったけど、何?」

「ひど~い、俺、真剣なのに~!」

 わざとらしく言いながら、レイはそのまま俺に抱きついてくる。こういうスキンシップは、いつものことだ。なのに、好みの顔がすぐそばにあると、どうにも毎回ちょっとだけ動揺してしまう。

 だから、軽くあしらうふりをして、逃げるようにコーヒーに口をつけた。少しぬるくなったコーヒーが喉を過ぎていく。そして、落ち着きを取り戻した頃、悟られないように何気ないふりで、話題を変えた。

「そういえば、この前言ってたやつ、いつがいい?」

「ん?この前?」

「忘れたのか?二人で飲み行こうって話」

 そう言うと、レイの目がぱっと輝いた。

「えっ、覚えててくれたの!?うわ、絶対忘れられてると思ってた!」

 弾けるように顔をほころばせて、レイはソファの上で身を乗り出してくる。あまりに無邪気にはしゃぐ様子に、そんな喜ぶことか?と思ってしまう。

「約束したしな」

「めっちゃ嬉しい!じゃあ来週の木曜日どう?勤務終わってから!次の日、俺ら二人とも休みだし!死ぬほど飲めるよ!」

「お前、飲む気満々だな」

「当たり前じゃん!二人っきりで飲むの久々だし!」

 レイは抑えきれてない笑顔のまま、両手を膝の上でぱたぱたと動かしている。嬉しさが身体から溢れているみたいな、そんな様子に、つい俺も口元が緩む。

「来週、絶対ね!忘れて帰らないでね!」

「はいはい」

 気の抜けた返事をすると、レイはおもむろに俺が飲んでるコーヒーをひょいと奪い取った。そして、なんの躊躇いもなく啜った。

「……お前、それ俺のだぞ」

「いいじゃん、減ってないって」

 満面の笑みでそう言うレイは、まるで悪戯が成功した子どもみたいだった。俺の目を覗き込みながら、小悪魔じみた笑みを浮かべる。

 その顔があまりにも悪びれていなくて、怒る気も起きず、ついツッコミが出る。

「いや、飲んだんだし、減ってはいるだろ」

「シキくんが飲んでるのが、美味しそうに見えたんだもん」

 子どもみたいな理由を堂々と口にするレイに、ため息混じりにコーヒーを取り返す。

 全て飲まれてしまったようで、空の容器を見て、俺が苦笑していると、テーブルの上でスマホが震えた。短く通知音が鳴る。

 ちらりと画面を覗けば、「依織」の名前と共に、メッセージのプレビューが表示されていた。

『空いてる日教えてくださいね、天ぷら食べに行きましょ!』

 その一文に、無意識に口元が緩んだのを、レイは見逃さなかったらしい。

「またその“仲良くなったやつ”からのメッセージ?」

「……まぁ、な」

 俺がスマホを伏せる前に、チラッと見えた文字列をレイは見ていたのだろう。

「天ぷら、好きなんだっけ?お寿司も好きじゃなかった?」

 レイは俺の顔を覗き込むように身を寄せてきて、にぱっと笑った。

「いいなー!俺も行きたーい!」

「お前とは飲みに行く予定あるじゃん」

 そう返すと、レイは「はぁ~」とわざとらしく大きく息を吐いて、呆れ顔を晒してくる。まるで「わかってないな~」とでも言いたげな顔だ。

「俺は~!飲みとは別で、シキ君の”好きなもの”を一緒に食べに行きたいの!前はお寿司が好きって言ってたのに、変わったとか聞いてない!」

「えー」

「俺、シキ君の“好き”もっと知りたいよ、」

 ぶつぶつ言いながら、レイはまた俺の肩に体を預けてくる。ぐい、と寄ってくる温度と重さに居心地を悪く感じない自分が腹立たしい。

「お寿司はまだ好き?そいつと天ぷら行くなら、俺とはお寿司行こうよ。回ってない美味しいお寿司、二人で食べに行こう?」

 様子をうかがうような上目遣い。少し背の高い男が、まるで大型犬みたいに縮こまって、こっちを見ている。
 その顔があまりに子犬みたいで、思わず笑ってしまって、ついその髪をくしゃりと撫でた。

「わかったよ。じゃあ、とりあえず来週の木曜日飲みに行って、別日に寿司な」

「やった~!約束だからね? 指切りしよ!」

 満面の笑顔で小指を差し出してくるレイに、俺も思わず応じてしまう。指が触れた瞬間、満足げに小さく頷くレイの顔はどこか安心したようにも見えた。
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