93℃の執着

UTAFUJI

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第三章

23話

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 中央改札口に辿り着くと、人の流れに押されそうになりながらも、柱の近くで足を止めた。スーツ姿の男たちや買い物袋を抱えた女性がすれ違っていく。

 スマホを取り出し、依織とのトーク画面を開く。

 『着いた』

 短くそう打って、送信する。すぐに既読がついた。

『俺も着きました!』

 その返信を目にした瞬間、自然と目線が改札の向こうへと向かう。たくさんの人が改札から次々と出てくるが、まだ依織の姿は見えない。

 ここ、わかるかなともう一度メッセージを送ろうとした時、人波の中で、ふと一人きょろきょろと辺りを見回す人物が目に入った。

 依織だ。

 彼は人波に流されるように改札を出て、周囲を見渡しながら、少し開けたスペースへと歩いていった。俺の姿にはまだ気づいていないらしく、スマホを握ったまま、落ち着きなく視線を動かしている。右を見て、左を見て、困ったように眉を下げたままスマホを取り出す。

 スマホを握ったままきょろきょろしている依織に向かって、人波を縫うように歩み寄る。すぐ近くまで来ても、依織はまだ気づかない。

 声をかけようとした、まさにその瞬間スマホが震えた。

『もしもし?』

 通話ボタンを押すと、すぐに彼のやや緊張した声が耳に届いた。

『あの、シキ様……?どこにいます?一応、改札は出たんですけど……』

 その口調がいつもよりほんの少しだけ心細げで、くすりと笑いそうになるのを堪えた。

『後ろ』

 ひと言、そう返す。

『……え?』

 困惑したような間のあと、依織がゆっくりと振り返る。その動作に合わせて俺は一歩、前へと進み出た。

『依織』

 名前を呼ぶと、彼の顔がぱっと明るくなる。その瞬間、ようやく俺に気づいたらしく、ほっとしたように微笑んだ。

『シキ様!!』

 電話越しに弾んだ声が響く。俺はスマホの画面に視線を落とし、通話を終了した。ぴ、と小さく音が鳴って、表示が消える。

 依織は俺の前まで歩いてくると、スマホをしまいながらふっと笑った。

「よかったです。ちゃんと会えて……」

「お前、ずっときょろきょろしてたな」

 皮肉混じりにそう言うと、依織は一瞬ぽかんと目を見開き、むっと眉をひそめる。

「気づいてたなら、声かけてくださいよ!」

「声かけようとした瞬間、電話かけてきたのはどこのどいつだよ」

「それは……まぁ、俺ですけど。ちょっと不安だったので……」

 少しだけ唇を尖らせるようにして、依織は目をそらした。その表情が子犬みたいで、俺は思わず口元を緩めてしまう。

 次の瞬間、依織が手を伸ばして俺の手をそっと握ってくる。

「それじゃ、行きましょうか!……お店、こっちです!」

「……ちょっ、なに急に」

「人、多いですから。はぐれたら困りますし」

 そう言って、俺の手を引く力が少し強まる。拒む間もなく引かれるようにして歩き出す。人混みをすり抜けながら、少し前を歩く依織の背中を見ていると、なんというか張り切ってる感じが伝わってくる。

「天ぷら、楽しみなんだな」

 ぽつりと呟くと、依織が振り向いた。顔を輝かせて、満面の笑みで答えてくる。

「はい!シキ様とご飯を食べれることが楽しみなので!あ、ちなみに今日のおすすめは白茄子の天ぷららしいです!コースにも入ってるので、楽しみにしててくださいね」

「へえ……詳しいな」

「はい!下調べはバッチリですよ!」

 そう言って、依織は嬉しそうに笑った。

「それから、席は個室にしてもらいました!……シキ様とゆっくり、話せたらいいなって思って……頑張って空けてもらいました!」

「そっ、か……ありがとな」

 素直に礼を言うと、依織はちょっとだけ顔を赤くして、微笑んだ。

「えへ……頑張った甲斐がありました」

 それっきり、会話は一旦途切れた。けれど、繋いだ手の温もりがじんわり伝わってきて、離そうともしてこない依織の指先が、時折きゅっと俺の手を握り直してくる。
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