86 / 95
第三章
28話
しおりを挟む
「……まぁ、いいや」
自分に言い聞かせるみたいに呟いて、テーブルに視線を落とした。
卓上に置かれたコースの内容が目に入る。そういえば、さっき運ばれてきた天ぷらが最後の一品だった。
女将さんも、"こちらは、コース最後の天ぷらでございます"と言っていた。あとは甘味があるらしいが、それが本当の最後だろう。
知らないうちに、ちゃんと終わりが見えるところまで来ていたらしい。
「もう終わりか……」
徳利を手に取り、空になった自分のお猪口と依織のお猪口に酒を注ぐ。
最初に頼んだ銘柄とは別に、途中で追加したのを思い出す。
気づけば、徳利はこれで何本目だ。二人で三合か、四合くらいか。
「……結構、飲んだな」
独り言みたいに呟くと、依織が小さく笑った。
「ですね。気づいたら、ってやつです」
酒を注ぎ終えたお猪口に視線を落とす。波打つ日本酒が、卓の灯りを反射して揺れていた。
いい感じに、酔いが回ってきている。酩酊するほどではないが、ほんのり体が軽く感じる。今ならなんでもできそうな、そんな気分になって、気分がいい。
向かいに座る依織を見る。彼の仕草一つ一つが、やけに目につく。お猪口を取るときに伸ばされる指、上下する喉、時たま薄い唇から覗く舌。
普段なら気にしないはずなのに、今は全部、妙に気にしてしまう。
「酔ってます?」
不意に聞かれて、視線を上げる。
「まぁ、少しだけ……」
「そうですよね?ちょっと、ぼーっとしてるように見えました。気持ち悪くないですか?」
「それは大丈夫。むしろ、なんかいい感じ」
酒とは、本来これぐらいが一番いいんだろうな。無理なちゃんぽんも、誰かのペースに合わせるのも、本当に良くない飲み方なんだなと実感した。
「それなら、いいですけど」
そう言いながらも、依織は視線を逸らさなかった。黙って、ただ様子を窺うようなその視線に俺は眉に皺を寄せて、口を開いた。
「……なんだよ」
問い返すと、依織は一瞬だけ目を瞬かせてから、困ったように笑う。
「あ、いえ、気にしないでください」
そう言われると、余計に気になる。
「気になるから聞いてんだろ」
「ただ……可愛いな、って思っただけです」
「は?」
思ってもいない言葉を言われた気がする。聞き間違いかもしれない。
「ん?もう一回言ってくれないか?」
「シキ様、可愛いです」
「な……っ」
言葉が喉で詰まる。耳の奥がじんわり熱くなるのが、自分でもわかった。可愛い。可愛い……?
「……冗談言うな」
やっと絞り出したそれは、我ながら情けない声だった。
「これは冗談じゃないですよ」
言い切った依織は、俺の反応を確かめるように視線を向けてくる。そんなにまっすぐ見つめてこないで欲しい。
言い返そうと口を開いたその瞬間だった。
「失礼いたします、甘味をお持ちしました」
女将さんの穏やかな声に、ほんのわずかだけ跳ねた肩を見られていないことを祈る。俺は慌てて口を閉じ、襖を開けた女将さんの方を見た。
「こちらが、本日の甘味でございます。当店オリジナルのきなこアイスでございます」
上品な皿に盛られた甘味が目の前に置かれる。
「お楽しみくださいませ」
女将さんが静かに退室して襖が閉まるまでのあいだ、ふたりとも何も言わなかった。
「……食べるか」
ぽつりと呟いて、俺は手元の木製スプーンを取る。向かいの依織も、少し遅れて「はい」と頷いて同じように手を伸ばした。
一口、口に運ぶ。
冷たくて、ふわりと香ばしい風味。甘さは控えめで、酒で火照った身体にちょうどよかった。
「……うま」
つい声が漏れる。すると、依織が目を細めた。
「そうですね、美味しいです」
そのあとは、食べ終わるまで何も話さなかった。いや、話せなかったというのが正解だろう。とりあえず、この火照った体を冷やさねばと、俺は黙々と目の前のアイスを口に運んだ。
自分に言い聞かせるみたいに呟いて、テーブルに視線を落とした。
卓上に置かれたコースの内容が目に入る。そういえば、さっき運ばれてきた天ぷらが最後の一品だった。
女将さんも、"こちらは、コース最後の天ぷらでございます"と言っていた。あとは甘味があるらしいが、それが本当の最後だろう。
知らないうちに、ちゃんと終わりが見えるところまで来ていたらしい。
「もう終わりか……」
徳利を手に取り、空になった自分のお猪口と依織のお猪口に酒を注ぐ。
最初に頼んだ銘柄とは別に、途中で追加したのを思い出す。
気づけば、徳利はこれで何本目だ。二人で三合か、四合くらいか。
「……結構、飲んだな」
独り言みたいに呟くと、依織が小さく笑った。
「ですね。気づいたら、ってやつです」
酒を注ぎ終えたお猪口に視線を落とす。波打つ日本酒が、卓の灯りを反射して揺れていた。
いい感じに、酔いが回ってきている。酩酊するほどではないが、ほんのり体が軽く感じる。今ならなんでもできそうな、そんな気分になって、気分がいい。
向かいに座る依織を見る。彼の仕草一つ一つが、やけに目につく。お猪口を取るときに伸ばされる指、上下する喉、時たま薄い唇から覗く舌。
普段なら気にしないはずなのに、今は全部、妙に気にしてしまう。
「酔ってます?」
不意に聞かれて、視線を上げる。
「まぁ、少しだけ……」
「そうですよね?ちょっと、ぼーっとしてるように見えました。気持ち悪くないですか?」
「それは大丈夫。むしろ、なんかいい感じ」
酒とは、本来これぐらいが一番いいんだろうな。無理なちゃんぽんも、誰かのペースに合わせるのも、本当に良くない飲み方なんだなと実感した。
「それなら、いいですけど」
そう言いながらも、依織は視線を逸らさなかった。黙って、ただ様子を窺うようなその視線に俺は眉に皺を寄せて、口を開いた。
「……なんだよ」
問い返すと、依織は一瞬だけ目を瞬かせてから、困ったように笑う。
「あ、いえ、気にしないでください」
そう言われると、余計に気になる。
「気になるから聞いてんだろ」
「ただ……可愛いな、って思っただけです」
「は?」
思ってもいない言葉を言われた気がする。聞き間違いかもしれない。
「ん?もう一回言ってくれないか?」
「シキ様、可愛いです」
「な……っ」
言葉が喉で詰まる。耳の奥がじんわり熱くなるのが、自分でもわかった。可愛い。可愛い……?
「……冗談言うな」
やっと絞り出したそれは、我ながら情けない声だった。
「これは冗談じゃないですよ」
言い切った依織は、俺の反応を確かめるように視線を向けてくる。そんなにまっすぐ見つめてこないで欲しい。
言い返そうと口を開いたその瞬間だった。
「失礼いたします、甘味をお持ちしました」
女将さんの穏やかな声に、ほんのわずかだけ跳ねた肩を見られていないことを祈る。俺は慌てて口を閉じ、襖を開けた女将さんの方を見た。
「こちらが、本日の甘味でございます。当店オリジナルのきなこアイスでございます」
上品な皿に盛られた甘味が目の前に置かれる。
「お楽しみくださいませ」
女将さんが静かに退室して襖が閉まるまでのあいだ、ふたりとも何も言わなかった。
「……食べるか」
ぽつりと呟いて、俺は手元の木製スプーンを取る。向かいの依織も、少し遅れて「はい」と頷いて同じように手を伸ばした。
一口、口に運ぶ。
冷たくて、ふわりと香ばしい風味。甘さは控えめで、酒で火照った身体にちょうどよかった。
「……うま」
つい声が漏れる。すると、依織が目を細めた。
「そうですね、美味しいです」
そのあとは、食べ終わるまで何も話さなかった。いや、話せなかったというのが正解だろう。とりあえず、この火照った体を冷やさねばと、俺は黙々と目の前のアイスを口に運んだ。
1
あなたにおすすめの小説
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
「大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺は いちご狩りに誘われただけだが。
何故か誘ってくれた大学一軍イケメンの海皇(21)に、突如襲われて喰われたのは俺だった?
ちょっと待ていっ! 意味不なんだが。
いちご狩りからはじまるケンカップルいちゃらぶ♡
※大人描写ありの話はタイトルに『※』あり
定時後、指先が覚えている
こさ
BL
職場で長く反目し合ってきた二人。
それでも定時後の時間だけは、少しずつ重なっていく。
触れるはずのなかった指先。
逸らさなかった視線。
何も始まっていないのに、
もう偶然とは呼べなくなった距離。
静かなオフィスでゆっくりと近づいていく、
等身大の社会人BL。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動
相沢蒼依
BL
名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。
一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。
青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。
《届かぬ調べに、心が響き合い》
https://estar.jp/novels/26414089
https://blove.jp/novel/265056/
https://www.neopage.com/book/32111833029792800
(ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
続編・番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
「あなたが見ているのは、誰ですか」
静羽(しずは)
BL
新人社員の湊 海(みなと かい)は大手企業に就職した。
情報処理システム課に配属された。
毎日作成した書類を営業課に届けている。
海は情報処理システム課で毎日作成した書類を営業課に届けている。
そこには営業課に所属するやり手社員、綾瀬 (あやせ はると)の姿があった。
顔見知りになった二人は、会社の歓迎会で席が隣になったことで打ち解け遥斗は湊に一目惚れしていた事、自分のセクシャリティを打ち明けた。
動揺しつつも受け入れたいと思う湊。
そのタイミングで大学時代に憧れていた先輩・人たらし朝霧 恒一(あさぎり こういち)と卒業後初めて再会し、湊の心は二人の間で揺れ動く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる