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何もかもどうでもよくなった。あれは中学三年……二年前の夏のことだ。
そのころ、受験を控えた桂のために、母の末の弟にあたる聡が、忙しい合間をぬって勉強を見てくれていた。まだ若く、叔父さんと呼ぶのが何だかためらわれて、桂は彼のことを聡さんと呼んでいた。眼鏡の似合う、優しい人だと思った。
週に一度、仕事のない土曜日に聡のマンションを訪れ、勉強を見てもらう。……そこで教えられたのが数学や英語だけであったなら、彼を優しい人だと思ったままでいられたのに。
思い出したくない記憶がまざまざとよみがえり、桂は拳で顔を覆った。自分の部屋のベッドに仰向けに寝転んで、深いため息を吐く。
…あれから、すべてが変わったのだ。あの、悪夢のような夏から、すべてが。
◆ ◆
「この前の模試、ずいぶん上がってたね。理数系の点がもう少し伸びれば、もうワンランク上を狙えるのに」
そんな穏やかな声をかけられ、桂はパッと解いていた問題集から顔を上げた。
「志望校は変えないよ。前にもそう言ったでしょう」
「わかってるよ。清鳳に受かればいいんだろ。今のままなら大丈夫、保証するよ」
「だといいけど」
平気だよ、と笑って聡が立ち上がる。しばらくしてキッチンから戻って来た彼が差し出したグラスを、桂は礼を言って受け取った。
聡の作るカフェオレは、少し苦い。ミルクと砂糖がたっぷり入った母親のカフェオレとは違うその大人びた味が、桂は好きだった。
「……冷たい」
「眠気覚ましだ。おまえ、今にも寝そうな顔してるから」
「だってこの問題、さっきから解けないんだもん。これ、来週じゃ駄目?」
「駄目だよ。ほら、これが解けたら、今日は終わりにしていいから」
ちぇっと舌打ちして、桂は再び問題に目を落とす。首をひねる。公式は全部頭にはいっているはずなのに、この問題にどれを使えば効率がいいのか、すぐには結びつかない。
片手でほお杖をつき、サラサラと適当に答えを書き始めた途端、自分を見ている聡と目が合った。
「なに? 違う?」
「違うね。ぜんぜん」
「教えてよ、ヒント」
「駄目だ。受験本番に、誰がヒントをくれると思ってる」
「……だってもうホントに眠い」
「解けるまで帰さないぞ」
「あ、そ。いいよ、じゃあ俺ここで寝るから」
おやすみっと言って、桂はソファに転がる。その途端、ひどい眠気が襲って来た。
睡眠時間が足りていないのだ。やるべきことがたくさんあって、何だか追い立てられているような気がしていた。
「桂」
眠りに落ちて行く意識のなかで、聡の声が聞こえた。
「なら他のこと、教えてやろうか」
何を? 無意識に、そう聞いたかもしれない。だが聡は答えなかった。唐突にすっと肩を押さえられて、桂は薄く目を開けた。
目の前に、聡の顔があった。眼鏡越しに見下ろして来る目が、いつもより厳しい。
指先で引っかけるようにして、聡が眼鏡を外した。カチ、と音を立ててテーブルの上に置かれたそれに、桂は視線を走らせる。
「聡……さん?」
なに、と聞こうとした途端、唇をふさがれた。ふさいでいるのが聡の唇なのだと悟った瞬間、わけがわからずに桂はもがいた。押さえ付けられた腕に、力がはいらない。そうこうする間に、唇を割って聡の舌が侵入して来る。
何かの冗談だろうか。悪ふざけなんだろうか。そう思っていられたのは、最初の数分だけだった。息苦しさに涙ぐみながら、桂はあえぐように息をついた。
聡の右手が、桂のシャツの胸の上をはい回り、器用にボタンを外していく。ベルトに手がかけられて、ようやく、聡が何をしようとしているかに気づく。
「ちょっ……!」
上にのしかかって来る聡の体の欲望を感じた。熱く張り詰めているその部分が、何を求めるのかは知っていた。
逃れられない。しっかりと押さえ込まれた体が動かない。いつの間にか、聡の手に導かれるままズボンが引き下げられ、彼の前に肌をさらしている。
「やめて……嫌だ」
首を振る。そのくらいの抵抗しかできなかった。聡はそんな桂にはかまわず、唇を桂の下半身に寄せ、それを口に含んだ。容赦のない愛撫を続け、桂のまだ味わったことのない感覚を、その体に刻み付ける。
「ほら……気持ちいいはずだ」
「や、め……ア、……ハァ」
執拗な愛撫を続けながら、聡は手早く自らの服も脱いでしまう。やがて桂の体をソファの上で四つん這いにさせ、固くそそりたったその部分を、桂の体にあてた。
「あぁっ……な、に……」
手を前に回して桂のものを握りながら、後ろをいっきに貫く。全身に走った痛みに、桂が絶叫した。
「いい子だから、少し我慢して」
あやすように囁いて、腰を動かし始める。波打つようなその動きに、桂が呻いた。
やめて、と何度叫んでも、それは終わらなかった。永遠に続くかと思えたほど、気の遠くなるような長い拷問。
すべてが終わったときには、もう桂は泣くことすらできなかった。蒼白になって震えている桂に、聡はその夜のことを誰にも言わないこと、そして来週もこれまでと変わらずここへ来ることを約束させた。
それから高校受験に受かるまでの約半年間、桂は毎週土曜日に聡のもとを訪れた。
誰にも言えず、逃げ出すこともできなかった。密室の中でどんなふうに勉強していたかなんて、親も誰も知り得なかった。
問題集を片手に、間違えたといっては貫かれ、無理な体位を強いられた。繰り返される行為の中で、いつしか桂は抵抗を諦め、相手を満足させることで早く解放されることを覚えた。
確かに志望校に合格したのだから、あんな状況での学習も、身にはついていたのだろう。
だが、取り返せないものもある。失ってしまったものがある。そしてそれが何だったのか、今の桂にはもう思い出せないのだ……。
そのころ、受験を控えた桂のために、母の末の弟にあたる聡が、忙しい合間をぬって勉強を見てくれていた。まだ若く、叔父さんと呼ぶのが何だかためらわれて、桂は彼のことを聡さんと呼んでいた。眼鏡の似合う、優しい人だと思った。
週に一度、仕事のない土曜日に聡のマンションを訪れ、勉強を見てもらう。……そこで教えられたのが数学や英語だけであったなら、彼を優しい人だと思ったままでいられたのに。
思い出したくない記憶がまざまざとよみがえり、桂は拳で顔を覆った。自分の部屋のベッドに仰向けに寝転んで、深いため息を吐く。
…あれから、すべてが変わったのだ。あの、悪夢のような夏から、すべてが。
◆ ◆
「この前の模試、ずいぶん上がってたね。理数系の点がもう少し伸びれば、もうワンランク上を狙えるのに」
そんな穏やかな声をかけられ、桂はパッと解いていた問題集から顔を上げた。
「志望校は変えないよ。前にもそう言ったでしょう」
「わかってるよ。清鳳に受かればいいんだろ。今のままなら大丈夫、保証するよ」
「だといいけど」
平気だよ、と笑って聡が立ち上がる。しばらくしてキッチンから戻って来た彼が差し出したグラスを、桂は礼を言って受け取った。
聡の作るカフェオレは、少し苦い。ミルクと砂糖がたっぷり入った母親のカフェオレとは違うその大人びた味が、桂は好きだった。
「……冷たい」
「眠気覚ましだ。おまえ、今にも寝そうな顔してるから」
「だってこの問題、さっきから解けないんだもん。これ、来週じゃ駄目?」
「駄目だよ。ほら、これが解けたら、今日は終わりにしていいから」
ちぇっと舌打ちして、桂は再び問題に目を落とす。首をひねる。公式は全部頭にはいっているはずなのに、この問題にどれを使えば効率がいいのか、すぐには結びつかない。
片手でほお杖をつき、サラサラと適当に答えを書き始めた途端、自分を見ている聡と目が合った。
「なに? 違う?」
「違うね。ぜんぜん」
「教えてよ、ヒント」
「駄目だ。受験本番に、誰がヒントをくれると思ってる」
「……だってもうホントに眠い」
「解けるまで帰さないぞ」
「あ、そ。いいよ、じゃあ俺ここで寝るから」
おやすみっと言って、桂はソファに転がる。その途端、ひどい眠気が襲って来た。
睡眠時間が足りていないのだ。やるべきことがたくさんあって、何だか追い立てられているような気がしていた。
「桂」
眠りに落ちて行く意識のなかで、聡の声が聞こえた。
「なら他のこと、教えてやろうか」
何を? 無意識に、そう聞いたかもしれない。だが聡は答えなかった。唐突にすっと肩を押さえられて、桂は薄く目を開けた。
目の前に、聡の顔があった。眼鏡越しに見下ろして来る目が、いつもより厳しい。
指先で引っかけるようにして、聡が眼鏡を外した。カチ、と音を立ててテーブルの上に置かれたそれに、桂は視線を走らせる。
「聡……さん?」
なに、と聞こうとした途端、唇をふさがれた。ふさいでいるのが聡の唇なのだと悟った瞬間、わけがわからずに桂はもがいた。押さえ付けられた腕に、力がはいらない。そうこうする間に、唇を割って聡の舌が侵入して来る。
何かの冗談だろうか。悪ふざけなんだろうか。そう思っていられたのは、最初の数分だけだった。息苦しさに涙ぐみながら、桂はあえぐように息をついた。
聡の右手が、桂のシャツの胸の上をはい回り、器用にボタンを外していく。ベルトに手がかけられて、ようやく、聡が何をしようとしているかに気づく。
「ちょっ……!」
上にのしかかって来る聡の体の欲望を感じた。熱く張り詰めているその部分が、何を求めるのかは知っていた。
逃れられない。しっかりと押さえ込まれた体が動かない。いつの間にか、聡の手に導かれるままズボンが引き下げられ、彼の前に肌をさらしている。
「やめて……嫌だ」
首を振る。そのくらいの抵抗しかできなかった。聡はそんな桂にはかまわず、唇を桂の下半身に寄せ、それを口に含んだ。容赦のない愛撫を続け、桂のまだ味わったことのない感覚を、その体に刻み付ける。
「ほら……気持ちいいはずだ」
「や、め……ア、……ハァ」
執拗な愛撫を続けながら、聡は手早く自らの服も脱いでしまう。やがて桂の体をソファの上で四つん這いにさせ、固くそそりたったその部分を、桂の体にあてた。
「あぁっ……な、に……」
手を前に回して桂のものを握りながら、後ろをいっきに貫く。全身に走った痛みに、桂が絶叫した。
「いい子だから、少し我慢して」
あやすように囁いて、腰を動かし始める。波打つようなその動きに、桂が呻いた。
やめて、と何度叫んでも、それは終わらなかった。永遠に続くかと思えたほど、気の遠くなるような長い拷問。
すべてが終わったときには、もう桂は泣くことすらできなかった。蒼白になって震えている桂に、聡はその夜のことを誰にも言わないこと、そして来週もこれまでと変わらずここへ来ることを約束させた。
それから高校受験に受かるまでの約半年間、桂は毎週土曜日に聡のもとを訪れた。
誰にも言えず、逃げ出すこともできなかった。密室の中でどんなふうに勉強していたかなんて、親も誰も知り得なかった。
問題集を片手に、間違えたといっては貫かれ、無理な体位を強いられた。繰り返される行為の中で、いつしか桂は抵抗を諦め、相手を満足させることで早く解放されることを覚えた。
確かに志望校に合格したのだから、あんな状況での学習も、身にはついていたのだろう。
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