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PAST/いくつかの嘘
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しおりを挟む翌週、日曜日の夕方。駅から自宅までの道を歩いていると、すぐそばで軽いクラクションの音が鳴った。脇の車道を走っていく車が、少し先の歩道に寄せて停められる。
シルバーグレイ。その車体の色を見て、遼は眉をひそめた。ゆっくりと歩いていき、車の中を覗き込むと、やはり運転席にいたのは恭臣だった。
「これから、君のうちに行くところなんだよ。良かったら、送るけど」
含みのない声音で、恭臣はそう言った。遼は目を瞬かせ、すぐに首を振った。
「結構です。俺、途中で本屋に寄るし。……歩いて、行きますから」
本屋に寄る用事など、もちろんない。それがわかったのか、恭臣は苦笑した。
「偶然道で会った未来の義弟を、家まで車で送るぐらい、何も問題ないだろう。……逆に、無視するのも不自然じゃないか」
「………」
遼は唇を噛んだ。いったい恭臣が、何を考えているのかわからない。できる限り近づかない方がいいことは、わかりきっているのに。
「乗って」
重ねて言われ、遼は仕方なく助手席に乗り込んだ。考えてみれば、姉のいないところで、今後のことを話す必要もあったのだ。
「三崎」
そう呼ばれ、遼は思わず顔をしかめた。
「……その呼び方は、やめてください。姉さんは、あなたに俺のことを遼、としか紹介してないはずだ」
「……わかったよ。遼君、でいいのか」
『遼君』。違和感のあるその呼び名に、それでも遼は頷いた。この声で三崎、と呼ばれるのはどうしても嫌だった。
信号が変わり、車はゆっくりと動き出す。走り出してしまえば、たぶん遼の家まで五分もかからない。
「俺とあなたは、同じ高校の出身だけど話したことはない。あなたが有名だったせいで俺はあなたを知っているけど、あなたのほうは、俺を知らない。……それで、いいですよね」
遼が手短にそう確認すると、恭臣は静かに頷いた。
「ああ。……そうだな」
恭臣の視線は、前方の道路に向けられたままだ。遼は軽くため息をついた。
……もうひとつだけ、聞かなくてはいけないことがある。そう思って、遼は恭臣の横顔を見上げた。
「姉を、愛してるんですよね」
誰よりも。
「……そうだよ」
だから知香を選んだ。
そう答えた恭臣に、遼は静かに微笑んだ。
「それなら、良かった」
良かった、と。
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