底辺乗り物オタクの私、推しに見つかりました―推しの推し活が、溺愛すぎる

亜 れみた

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交差前の静寂

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 ロックバンド「1825(いはにご)」。  ボーカル&ギターのSOUDAIこと服部壮大(はっとり・そうだい)が世間に知られるようになったのは、ある航空会社を舞台にした連続ドラマがきっかけだった。  主題歌を担当し、ついでのように役者としても出演したその作品は、空前の大ヒットを記録した。結果、彼は一気に「空を象徴する爽やかなスター」というラベルを貼られることになった。

 飛行機を好きになったのは、たしかにあの頃からだ。  ついでだったはずの役者業も評価され、今では次から次へと舞い込む「空の仕事」をこなす日々。  機体の曲線美、離陸前の静まり返ったキャビン、空港特有のあの乾いた匂い。どれも嫌いじゃない。むしろ、美しいと思う。  けれど、壮大は移動のたびにいつも思ってしまうのだ。
(――飛行機に乗るまでに、必ず何かに乗るだろ)

 自宅から空港までのタクシー。  最寄り駅からターミナルへ向かうモノレールや電車。  広い滑走路を移動する連絡バス。  そこに、興味を持たないわけがなかった。
 壮大にとって、移動という行為そのものが至福だった。  道端で唸りを上げる重機の油圧シリンダーの動きも、深夜に重い音を立てて通過する貨物列車も、街の隙間を縫うように走る路面電車も、全部だ。本当は、全部語りたかった。  しかし、彼が公に発信できるのは「飛行機」のことだけだ。

「壮大さん、インスタのストーリー更新しました? 雲の上の写真、ファンが待ってますよ」

 楽屋でマネージャーが、キラキラした笑顔で念を押してくる。 「飛行機以外はイメージがブレるから、極力触れないでくださいね。今は『空の王子様』なんですから」
 分かっている。それが自分の商品価値だ。  だから壮大は、プロの笑顔でうなずき、空の話だけをする。  その代わり、楽屋で一人きりになると、彼はスマートフォンを「お忍び」の道具へと変える。

 最近、寝る間を惜しんでチェックしているYouTubeチャンネルがあった。  名前は、「民鉄(たみてつ)」。  その画面には、流行りのダンスも、過剰なテロップも、媚びた笑顔も一切ない。ただ、無骨な鉄の塊がそこに鎮座しているだけだ。
(・・・たまらん)

 思わず、腹の底から感嘆の声が漏れた。  今、再生している動画は、塗装の剥げた貨物列車の連結部が画面いっぱいに映し出され、ただひたすらに「ゴン・・・ゴン・・・」という重厚なジョイント音を十五分間流し続けるだけのものだ。

 普通の人なら「代わり映えのしない退屈な映像」と切り捨てるだろう。だが、壮大にとっては違う。余計なBGMで誤魔化さず、主役である「鉄の軋み」だけを真っ直ぐに差し出してくるこの潔さ。
(自撮りなし、バズり狙いなし。再生数も・・・おいおい、まだ三桁かよ)

 それなのに、語られる言葉の解像度は異様に高い。 『この台車の構造美を見てください。剥き出しのバネと、錆びたボルトの密度。これぞ機能と時間の結晶です』  テロップの説明にしつこさはないが、そこには確かな「愛」があった。  壮大は、スマートフォンを持つ手に無意識に力を込めた。

「・・・分かってる。こいつは、分かってるぞ」
 俺だって語りたい。飛行機だけじゃなくて、この世界の地べたを這う鉄の塊の美しさを全部。  その衝動を抑え込み、自分を正気に保つための、これが唯一の隠れた癒やしだった。
 
 一方、その「癒やし」の主である館林(たてばやし)民亜(たみあ)は、今日も重い機材を抱えてホームの端に立っていた。  古い駅舎。その天井を見上げ、レンズを数ミリ単位で調整する。
 彼女は建築が好きだった。そして、それと同じくらい乗り物が好きだった。  電車という存在は、彼女にとってその両方の欲求を満たしてくれる究極の被写体だ。

 巨大な梁(はり)が支えるプラットフォームという「建築」の中に、鉄の塊である「乗り物」が滑り込んでくる。  構造物であり、移動体であり、そして人々の生活の動線そのもの。    彼女が運営する乗り物系YouTubeチャンネル「民鉄」は、細々とではあるが収益化できていた。  ただし、数字は残酷なほど「底辺」だ。
(数字なんて、二の次)

 彼女は自分に言い聞かせる。  キラキラした「乗り物女子」が笑顔で駅弁を食べる動画なら、もっと伸びるのだろう。  しかし、民亜はそれを好まない。映したいのは自分ではなく、あくまで対象物である建築と乗り物。それが彼女の矜持(きょうじ)だった。

 ただ、そんなこだわりを後押しするように、彼女には少し困った体質がある。
(・・・うっ。やっぱり、少し揺れてきたかな)
 三半規管が、人より少しだけ敏感なのだ。乗り物は大好きなのに、長時間揺られていると世界がわずかに歪み始める。  だから今日は、「乗らない日」。  無理をして乗るよりも、駅のベンチで、観るだけ、撮るだけ、愛でるだけ。  あえて「乗客」にならないことで、彼女は誰よりも深く、その構造体の美しさを観察することができた。

「・・・・・」  彼女はマイクに向かってしゃべることもしない。ただ、明治期から残る駅舎のトラス構造が、夕陽に照らされる瞬間を待つ。  カメラは自分ではなく、常に風景と構造物に向けられたままだ。自分を映す必要なんて、これっぽっちも感じない。映したいのは、そこにある「理屈の通った構造」と「鉄が奏でる乾いた音」、そして「整然とした人の流れ」だ。

 建築と乗り物が、一本の鋼のような線でつながる瞬間。それが、民亜にとって最高に贅沢な娯楽だった。  再生数が伸びなくても、コメントが数件しかつかなくても、構わない。画面の向こう側のどこかで、たった一人でもいい。同じように「この錆びた鉄板の継ぎ目、最高だよね」と頷いてくれる人がいれば、それで満足だった。

 この二人が、まだ互いの正体も、ましてや同じ「温度」の情熱を持っていることも知らないことを、今はただ、街だけが知っている。  夕闇に溶けていくレールの音と、遠くの空港から飛び立つエンジンの轟音。運命が、不器用なほどゆっくりと、けれど確実に交わる前の。  それは、静かな、静かな時間だった。

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