底辺乗り物オタクの私、推しに見つかりました―推しの推し活が、溺愛すぎる

亜 れみた

文字の大きさ
1 / 20

交差前の静寂

しおりを挟む
 ロックバンド「1825(いはにご)」。  ボーカル&ギターのSOUDAIこと服部壮大(はっとり・そうだい)が世間に知られるようになったのは、ある航空会社を舞台にした連続ドラマがきっかけだった。  主題歌を担当し、ついでのように役者としても出演したその作品は、空前の大ヒットを記録した。結果、彼は一気に「空を象徴する爽やかなスター」というラベルを貼られることになった。

 飛行機を好きになったのは、たしかにあの頃からだ。  ついでだったはずの役者業も評価され、今では次から次へと舞い込む「空の仕事」をこなす日々。  機体の曲線美、離陸前の静まり返ったキャビン、空港特有のあの乾いた匂い。どれも嫌いじゃない。むしろ、美しいと思う。  けれど、壮大は移動のたびにいつも思ってしまうのだ。
(――飛行機に乗るまでに、必ず何かに乗るだろ)

 自宅から空港までのタクシー。  最寄り駅からターミナルへ向かうモノレールや電車。  広い滑走路を移動する連絡バス。  そこに、興味を持たないわけがなかった。
 壮大にとって、移動という行為そのものが至福だった。  道端で唸りを上げる重機の油圧シリンダーの動きも、深夜に重い音を立てて通過する貨物列車も、街の隙間を縫うように走る路面電車も、全部だ。本当は、全部語りたかった。  しかし、彼が公に発信できるのは「飛行機」のことだけだ。

「壮大さん、インスタのストーリー更新しました? 雲の上の写真、ファンが待ってますよ」

 楽屋でマネージャーが、キラキラした笑顔で念を押してくる。 「飛行機以外はイメージがブレるから、極力触れないでくださいね。今は『空の王子様』なんですから」
 分かっている。それが自分の商品価値だ。  だから壮大は、プロの笑顔でうなずき、空の話だけをする。  その代わり、楽屋で一人きりになると、彼はスマートフォンを「お忍び」の道具へと変える。

 最近、寝る間を惜しんでチェックしているYouTubeチャンネルがあった。  名前は、「民鉄(たみてつ)」。  その画面には、流行りのダンスも、過剰なテロップも、媚びた笑顔も一切ない。ただ、無骨な鉄の塊がそこに鎮座しているだけだ。
(・・・たまらん)

 思わず、腹の底から感嘆の声が漏れた。  今、再生している動画は、塗装の剥げた貨物列車の連結部が画面いっぱいに映し出され、ただひたすらに「ゴン・・・ゴン・・・」という重厚なジョイント音を十五分間流し続けるだけのものだ。

 普通の人なら「代わり映えのしない退屈な映像」と切り捨てるだろう。だが、壮大にとっては違う。余計なBGMで誤魔化さず、主役である「鉄の軋み」だけを真っ直ぐに差し出してくるこの潔さ。
(自撮りなし、バズり狙いなし。再生数も・・・おいおい、まだ三桁かよ)

 それなのに、語られる言葉の解像度は異様に高い。 『この台車の構造美を見てください。剥き出しのバネと、錆びたボルトの密度。これぞ機能と時間の結晶です』  テロップの説明にしつこさはないが、そこには確かな「愛」があった。  壮大は、スマートフォンを持つ手に無意識に力を込めた。

「・・・分かってる。こいつは、分かってるぞ」
 俺だって語りたい。飛行機だけじゃなくて、この世界の地べたを這う鉄の塊の美しさを全部。  その衝動を抑え込み、自分を正気に保つための、これが唯一の隠れた癒やしだった。
 
 一方、その「癒やし」の主である館林(たてばやし)民亜(たみあ)は、今日も重い機材を抱えてホームの端に立っていた。  古い駅舎。その天井を見上げ、レンズを数ミリ単位で調整する。
 彼女は建築が好きだった。そして、それと同じくらい乗り物が好きだった。  電車という存在は、彼女にとってその両方の欲求を満たしてくれる究極の被写体だ。

 巨大な梁(はり)が支えるプラットフォームという「建築」の中に、鉄の塊である「乗り物」が滑り込んでくる。  構造物であり、移動体であり、そして人々の生活の動線そのもの。    彼女が運営する乗り物系YouTubeチャンネル「民鉄」は、細々とではあるが収益化できていた。  ただし、数字は残酷なほど「底辺」だ。
(数字なんて、二の次)

 彼女は自分に言い聞かせる。  キラキラした「乗り物女子」が笑顔で駅弁を食べる動画なら、もっと伸びるのだろう。  しかし、民亜はそれを好まない。映したいのは自分ではなく、あくまで対象物である建築と乗り物。それが彼女の矜持(きょうじ)だった。

 ただ、そんなこだわりを後押しするように、彼女には少し困った体質がある。
(・・・うっ。やっぱり、少し揺れてきたかな)
 三半規管が、人より少しだけ敏感なのだ。乗り物は大好きなのに、長時間揺られていると世界がわずかに歪み始める。  だから今日は、「乗らない日」。  無理をして乗るよりも、駅のベンチで、観るだけ、撮るだけ、愛でるだけ。  あえて「乗客」にならないことで、彼女は誰よりも深く、その構造体の美しさを観察することができた。

「・・・・・」  彼女はマイクに向かってしゃべることもしない。ただ、明治期から残る駅舎のトラス構造が、夕陽に照らされる瞬間を待つ。  カメラは自分ではなく、常に風景と構造物に向けられたままだ。自分を映す必要なんて、これっぽっちも感じない。映したいのは、そこにある「理屈の通った構造」と「鉄が奏でる乾いた音」、そして「整然とした人の流れ」だ。

 建築と乗り物が、一本の鋼のような線でつながる瞬間。それが、民亜にとって最高に贅沢な娯楽だった。  再生数が伸びなくても、コメントが数件しかつかなくても、構わない。画面の向こう側のどこかで、たった一人でもいい。同じように「この錆びた鉄板の継ぎ目、最高だよね」と頷いてくれる人がいれば、それで満足だった。

 この二人が、まだ互いの正体も、ましてや同じ「温度」の情熱を持っていることも知らないことを、今はただ、街だけが知っている。  夕闇に溶けていくレールの音と、遠くの空港から飛び立つエンジンの轟音。運命が、不器用なほどゆっくりと、けれど確実に交わる前の。  それは、静かな、静かな時間だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

転生バレ回避のはずが、領主の息子に見つかって恋をした。

黒蜜きな粉
恋愛
前世で遊び尽くしたRPGの世界に転生した少女ルーシ。 この世界で転生者は特別な存在として保護され、自由を奪われる。 英雄になんてなりたくない。 ルーシの望みはただひとつ──静かに暮らすこと。 しかし、瀕死の重傷を負った領主の息子アッシュを救ったことで、平穏な日常は崩れ始める。 才能への評価、王都への誘い、そして彼から向けられる想い。 特別になりたくない転生治癒師と、 彼女を見つけてしまった領主の息子の物語。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

処理中です...