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第33話 迫る陰謀(後編)

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 ごそごそ

「……んんっ」

 いつの間にか寝入ってしまったようだ。

 むぎゅっ

 お腹の当たりに柔らかな感触。
 同時に香る、花の香り。

 ああ、これは……アルだ。
 マリ姉謹製のヴィ○ル○スーンのようなシャンプーの香り。
 最近、よく彼女はこうしてベッドにもぐりこんでくる。

『今日はじゃんけんに勝ったから……ヒロインポイント3消費』

 何のことかはよく分からないが、髪を解いてふわふわのアルはとても愛らしく、少しだけ人間族より体温の高いアルのぬくもりに、すぐに寝入ってしまうのだ。

 うっすらと目を開けると、夕焼けの残滓が窓の外に漂っている。
 本格的に寝るにはまだ早い。

「おい、アル」

(ん?)

 晩飯を食いに行こう、そう言おうとしてアルの肩を掴んだのだが、どうも様子がおかしい。

「はあっ、はあっ……ジュンヤぁ♡」

 荒い息遣いに、甘い声。

 ぽたっ、ぽたっ

「えっ?」

 右脚の辺りに何やら濡れた感触。
 一気に意識が覚醒する。

 ばさっ

「……っっ!?」

 慌てて布団をめくった俺は、アルの姿に思わず息をのむ。

「やぁ♡」

 アルの格好は……ほぼ全裸だった。
 いつものうさぎさんパジャマは脱ぎ捨てられており、かろうじて肩に掛かったブラが右の乳房を隠しているに過ぎない。

「ちょっ、お前……!」

 何してるんだ。
 そう声を掛けようしたのだけれど、アルコールが残っている頭は上手く回ってくれない。
 なにより汗でてらてらと光る、彼女の蠱惑的な柔肌から目を話すことが出来ない。

(アルは背は低いけど同世代の子より発育がいい)
(溢れる愛らしさの中に感じる色気……どこに出しても恥ずかしくない、世界一愛らしい俺の妹分だ)
(いやいや、どこかに出すつもりなんかないけどな)

 混乱の余り、とりとめのない思考が頭の中をぐるぐると回る。

「えへっ♡」

 俺の心を読んだのか、アルの笑みがより深くなる。

 ぽた、ぽたっ

 右脚の濡れ度合いが増した。
 ちらりと視線を下げると肉付きの良いアルの太ももを、とろりとした粘液が伝うのが見えた。

(!?!?)

「ジュンヤ、アル……もう我慢しないね」

 ぎゅっ

 むちゅっ

 アルの右手が俺の大事なものを掴み、ぷっくりとした桜色の唇が俺の口をふさぐ。

(まずいまずい! このままではっ!?)
(アルのヤツ、酔っているのか!?)

 今のアルの様子はどう見てもおかしい。
 酔っているというか、淫らなサキュバスのような……。

 このまま欲望に身を任せては、なにかとんでもないことになりそうな気がする。
 もういいじゃないか、このまましちゃえよ。
 この子はお前の事を好いてるんだ……分かっていたんだろ?
 そう囁く頭の中の悪魔をグーパンで黙らせると、俺はしっかりとアルの肩を掴み説得を開始する。

「ぷはっ……
 ア、アル!」

「こういうことは、本当に好きな人とするものだぞ!
 獣人族の事はよく知らないが……もしかして発情期のようなものがあって耐えられないなら、ちゃんと相談してくれ。
 出来るだけの事をするから!!」

「……ほえ?」

 その瞬間、僅かに正気の色がアルのエメラルドグリーンの瞳に戻る。

 え、ジュンヤ……なに言ってんの?
 今さらですか?

 心を読めないはずなのに、そう言ってるような気がした。

「えっと……あ~」

 発情期という言葉は、年頃の娘さんに対してデリカシーの無い発言だった。
 ていうか、種族でそう決めつけるなど、失礼極まりない。
 すまない、そう謝ろうとしたのだが。

 ぐるぐる……どさっ

「……アル?」

 突然目を回したアルは、俺の胸の上に倒れ込む。

「……うぐっ、ごはっ」

「なっ!?」

 次の瞬間、アルは胃の中身をベッドの上に吐いてしまった。
 しかも、吐しゃ物には血が混じっている。

「アル!? アルっ!?」

 気絶しているのか、血の気を失ったアルはピクリとも動かない。

「ヒ、ヒール……」

 混乱しているせいで、魔法が上手く発動してくれない。

「フェ、フェリシア!
 助けてくれっ!」

 彼女の部屋は二つとなりだ。俺はありったけの大声で助けを呼ぶ。

「!! どうしました、ジュンヤさん!
 ……って、アルちゃん!?」

 すぐさま駆けつけてくれるフェリシア。
 ベッドの上に倒れているアルを見て顔色が変わる。

「すぐに調べますっ!」

 俺は気絶したアルを隣の部屋に運び、フェリシアに診てもらう事にした。


 ***  ***

「これは……”催淫(さいいん)の実”ですね」

「催淫の実?」

 さすがはフェリシアである。
 大きくレベルアップした彼女は最上位クラスの治癒魔法でアルを癒してくれた。

「エルフ族や獣人族などの亜人種に特に効果が強く、強制的に発情状態にしてしまう麻薬のようなものです。
 大昔、とあるマフィアがこの実の効果に目を付け、娼婦としてエルフと獣人を狩り集める事件があってからは流通が禁止されていたのですが……」

 フェリシアはアルの吐しゃ物から、黒いかけらを取り出す。

「しかも一度焙って熟成させ、即効性を高める加工がされています。
 そのせいでアルちゃんの内臓にまでダメージが……治癒魔法で解毒した際に一緒に治しましたが、これだけの量……オーバードーズ寸前でした」

「くっ……!」

 オーバードーズ……一足遅ければ、薬物中毒になっていたという事だ。
 油断した……なにも妨害が無かったから安心してしまっていた。
 俺の油断が、アルを危機にさらしたのだ。

「……ちょっとそれ、貸してくれるか」

「ジュンヤさん?」

 フェリシアから実のかけらを受け取る。

 アルの吐しゃ物は先ほど食べたであろうリンゴパイだけ。
 ほぼ間違いなく黒幕はあの男だが……証拠を集めておく必要があるだろう。

 俺のアルをこんなにしやがって……もう許さない。
 なるべく穏便に済ませよう……そう考えていた自分の甘さのせいでもある。
 俺は夜のとばりが下りた街へ駆け出すのだった。


 ***  ***

 どがっ!!

 土壁に深々と突き刺さるロングソード。

「お前たちの雇い主は誰だ?」

 バザールでアルにリンゴパイを売った店主。
 まずはそいつを問い詰める。
 後ろ暗い思いもあったのだろう。あっさりと元締めの存在を白状した。

 俺はその足で、バザールを支配するマフィアのアジトへと踏み込んでいた。
 用心棒など敵ではない。
 気絶し床に倒れ込む十数人の用心棒たち。

「ひ、ひいっ!?
 お前は何者だ……!
 コイツらは元Bランクの冒険者だぞ、それをこんなにあっさりと……」

「……聞こえなかったのか? お前たちの雇い主は誰だ?」

 バンッ!

 俺の拳で、壁に大穴が開く。

「ひ、ひいいいっ!?
 テ、テンガ王子だ! ”救世主ジュンヤが年端も行かない少女をレイプしていた”、その証拠を掴めば50万センドやるって……。
 そ、そこに契約書がっ……オレは雇われただけなんだ、許してくれっ」

「なるほどな」

 バキッ!

 俺はなおも言い募る元締めを気絶させると、金庫を壊して契約書を取り出す。

「やはりお前か、テンガ!」

 甘かった……卑劣な事をし、部下をいびるがギリギリで法律は守っていた元上司。
 そんな僅かな理性は王子になったことで吹っ飛んでしまったのだろう。

「徹底的にぶちのめす」

 もう許さない。俺の家族に手を出したのだから。
 アルも……フェリシアも村のみんなも。
 全部俺が守る。

 改めて俺はそう誓うのだった。
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