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■第4章 レイル・フェンダー、世界を釣る(北の国から)

第4-5話 辺境のエルフ(前編)

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「!?!? なんというさくさく!」
「なんというさくさく!!」

「なんで2回言ったんだよ……」

 ここは湖畔に立つワカサギ釣りギルド?の建物。

 ここで入場料を払う事で釣り具と釣りえさ、釣りを行う場所である”かまくら”を貸してもらえる。
 ある程度魚を釣ったら、ここで天ぷらにしてもらえるというわけだ。

 しゅわああああああっ!

「さあ、どんどん揚げるよっ!」

 豪快なドワーフ族のオバちゃんが、釣り人たちが手渡したワカサギに衣をつけてナタネ油が煮えたぎる大鍋へ放り込んでいく。

 ぱちぱちと軽快な音と香ばしい香りが食欲をそそる。

 ”天ぷら”はヒューベル公国の名物の一つで、パン粉の代わりに小麦粉と卵で衣を作って揚げるらしい。

 フライとは異なるさくさくとした食感に、オレとフィルは夢中になっていた。

「おいおいフィル、食べ過ぎるなよ? 腹が痛くなっても知らないぞ?」

「ご心配なくレイル。 わたくしのお嬢様的鋼鉄の胃アイアンストマックは、これしきでもたれることはありません」

「……そうかもしれない」

 既に数十匹をぺろりと平らげたフィルをやんわりと注意するが、やけに自信満々に言い切られてしまった。

 と、そこに豪快なフィルの食べっぷりに目を付けたのか、人の好さそうなおばちゃん軍団がオレたちのテーブルへ襲来する。

 みなさま太……恰幅が良く、顔が赤い……かなり酒が進んでいるようだ。

「お嬢ちゃんいい食べっぷりじゃないのさ! カレシさんとデートかい? アタシも20年若けりゃあね!」

「もっと食べな、がっはははは!」

「でも、腹八分目にしときなよ、カレシさんはあんたの腹回りを気にしてくれてるんだから……」

「へうっ……いくら食べても太らないといっても……そ、そうですわね……ご忠告痛み入ります」

 いつもは強気なフィルも、豪快なおばちゃん軍団に囲まれると年相応の女の子に見える。
 おばちゃんからオレとの関係を突っ込まれ、顔を赤くしてもじもじしている。

 ってフィル、”カレシ”ってところは否定しないんだ……あうっ、オレまで恥ずかしくなってきたぞ。

「ふふふふ、すべすべの褐色肌に、このかわいい耳はエルフさんかい? こりゃカレシさんも放っておかないわけだ!」

「あうあう」

「そういやイザベルさんよ、最近この辺りでエルフさんを見たって言ってたわよねぇ?」
「めったに人里に降りてこないエルフさんを二回も見るとか、アンタの腰痛も治るんじゃないかい!」

「「がはははは!」」

「あうあうあう……あらっ?」

 フィルをダシにして盛り上がるおばちゃん軍団。

 そろそろ助け船を出すか……オレはそう考えていたのだが、先ほどのオバちゃんの言葉に何か引っかかることがあったのか、こくりと首をかしげるフィル。

 ”エルフを見た”というイザベルさんに話しかける。

 フィルが疑問に思った通り、この世界ではエルフの数は大変少なく……一説では全世界で1000人もいないといわれている。
 さらに彼らは深い森に引きこもって暮らし、人前に姿を現すことはめったに無い。
 いくらフィルが異世界のダークエルフなのでノーカンといっても、こんな人里近くに住んでいるはずはないのだが。

「お尋ねしてよろしいでしょうか、イザベルおばさま」
「その”エルフ”というのは、どのような姿をしていたでしょうか?」

 上品に”おばさま”と呼ばれて気をよくしたのか、イザベルさんの口は滑らかだ。

「そうだね……年恰好はアンタよりだいぶ下に見えたね……美人さんだったけどなんか不機嫌そうで不愛想というか……あ、アンタと同じく褐色の肌だったかも」
「街のパン屋でアンパンを買ってたね……噂では湖の対岸に小屋を建てて住んでいるみたいだよ」

「まさか……」

 イザベルさんの話が進むうち、フィルの顔がどんどん真剣な表情になっていく。

 どんどん話を脱線させていくイザベルさんに、丁寧にお礼を言うと、フィルは興奮した面持ちでこちらに駆け寄ってくる。

「レイル! その”エルフ”が住んでいるという対岸の小屋に行ってみませんかっ!」

 なにか予感があるのだろう……頬は紅潮し、大きな赤い目は潤んでいる。

「ああ、行こう!」

 オレとフィルは急いで残りの天ぷらを片付けると、湖の対岸へと出発した。
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