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■第4章 レイル・フェンダー、世界を釣る(北の国から)

第4-6話 辺境のエルフ(後編)

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 ビュオオオオオオオッ!!

 凍り付いた湖の上を歩くうち、吹雪はより激しさを増す。
 いよいよ雪雲は低く垂れこめ、視界のすべてを無彩色にする。

「のおおおおっ!? 寒い、寒いです!」

 ワカサギ釣りギルドの建物でマフラーまで購入したフィルは、もこもこ魔人のような姿になっている。
 オレとフィルの間には、魔術の炎がめらめらと燃え……コイツが無いと凍えてしまっていただろう。

 いくらなんでも天候が悪すぎる……一度出直すか?

 フィルの魔術があるといっても、このままでは遭難の危険もある。
 オレは引き返すことを決断し、フィルに声を掛けようとするのだが。

「レイル! あそこに明かりが見えます!」
「この反応は……魔術!?」

 フィルが大きな叫び声をあげ、吹雪が渦巻く湖面の一点を指さす。

 ここから100メートルほど向こうだろうか?
 無彩色の視界の中でやけに目立つオレンジ色の光。

 おぼろげながら、光の脇にちいさな”かまくら”と人影のようなものが見える。

 まさか、こんな所でワカサギ釣りをしている人間がいるのか?
 ここは先ほどのワカサギ釣りギルドから10キロほど離れた湖面……周囲に人家は存在せず、モンスターが出現することを考えると危険が大きいのだが……。

 あの人影が、おばちゃんの言っていた”エルフ”なのだろうか?

「レイル! 行ってみましょう!」

「まだ何者か分からない……慎重に近づくぞ、フィル!」

 思わず駆けだしたフィルの後を追い、オレたちは光のもとへ急ぐのだった。


 ***  ***

「ふむ……どうやら相手は一人のようだな」

 一直線に目的地に向かいかけたフィルの手を引き、オレたちは”かまくら”から10メートルほど離れた雪だまりに身をひそめ、慎重に様子をうかがう。

「むむむ……まさかあれは?」

「フィル、姿勢を低く、気付かれるぞ」

「むぎゅっ!?」

 先ほどからよほど気になるのか、くぼみから頭を出しかけるフィルを抑え込む。

 身長は130から140センチくらいだろうか……頭にはすっぽりとフードをかぶり、毛皮で出来たもこもこの外套を着込んでいるため、姿かたちや性別は不明だ。

 人影は、氷に開けた穴に釣り糸を垂らすと、”スキル”を発動させる。

(ん……これは、釣りスキルか?)

 この感じ、オレの釣りスキルである「静水の太公望」に似ている……ただ釣りをしているだけなのか?

 息をひそめ、しばらく観察していると、魚がヒットしたのか、人影の持つ竿が大きくしなる。

「くくくくっ……爆釣だな」

 その瞬間、人影がくぐもった声を漏らす。
 その声は吹雪の中でもはっきりと聞こえるほど澄んでおり……女の……しかも少女と思わしき若々しい声だ。

 ザバアッ!

 もこもこ外套を着た少女?が竿を振り上げると、丸々と太ったトラウトサーモンが水面から躍り出る。

「ふむ……今日はシンプルに行かせてもらおうか」

「「溢れ出るうま味」! 「フレア・バースト(ミニ)」!」

 さあああっ
 ズドンッ!

「んなっ!?」
「……やはり」

 思わず驚きの声が漏れる。

 二つのスキルが立て続けに発動し、こんがりとウェルダンに焼かれたトラウトサーモンが皿の上に落ちる。

 爆炎魔術の余波で風が巻き起こり、少女のフードがはだける。

 さらり……
 あらわになったのは艶やかな桃色の髪。

 料理の出来栄えに満足しているのか、長く伸びた耳がピコピコと動いている。
 何よりその肌はフィルと同じ褐色で。

「……まったく、こんな所で隠居生活キメていらっしゃったとは……どれほど心配したと思ってるんですか」

 相手の正体が分かったのだろう。
 ため息と共に立ち上がるフィル。

「……おや、久しぶりだね我が孫よ……相変わらず隠れるのヘタだね、魔力がダダ洩れだよ」

 とっくにこちらに気づいていたのだろう。
 少女はこちらに振り向くと、僅かに口角を上げる。

 ……って、我が孫ッ!?

 驚くオレを尻目に、フィルはゆっくりと少女のもとに歩み寄ると、ポンとその頭に手を置きながら口を開く。

「こちらはイヴァンジェリン……わたくしのお祖母様で、数年前に行方不明になった魔術の師匠ですわ」
「お祖母様、こちらがレイルです」

「えええええええええっ!?」

 オレの驚きの叫びが、寒風吹きすさぶ湖面に響き渡った。
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