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吽
影
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この世に生を享けてから、その生涯を閉じるまでの間、光があるところでは必ず自分の影がついてきます。
今回はそんな影にまつわる、F田くんについてのお噺をご紹介しよう。
僕がまだ小学校の低学年だった頃に祖母に聞いた話を交えつつ、僕の体験談を書き残す。
この話は、祖母が中学生くらいの頃、僕からすれば曽祖母にあたる祖母の母親から聞かされた話らしい。
祖母が子供だった頃は、現代のように24時間営業のコンビニなどもちろん存在せず、夜間に歩道を照らす街灯すらなかった。
そのため、夜間の暗さはまさに漆黒と呼ぶにふさわしく、滅多なことがない限り、夜間に外出する人はいなかったようである。
また、当時祖母が住んでいた村は山の麓に存在していたため、木々が生い茂り、聳え立つ山々がいっそう恐怖を演出していたのだそうだ。
まじめだった祖母は、門限をしっかりと守る子だったようで、17時までには帰宅するという言いつけを守っていた。
というのも、祖母の両親はこの門限についてそうとう厳しく言い聞かせるようにしていたらしい。
一度だけ、祖母が門限をほんの少し過ぎて帰宅したところ、鬼気迫る顔で両親から怒られたそうだ。
それ以来、絶対に門限までには家に帰ろうという心づもりをしていた、と祖母は笑いながら話した。
話を聞きつつ僕は、なぜそんなに門限が厳しかったのかと尋ねた。
すると、祖母は少し間をあけてからぽつりぽつりと続きを話してくれた。
ここからが、祖母が曽祖母から聞いた話のメインとなる。
祖母の村ではある掟があったようだ。その掟とは、「影を踏むな」というものだったらしい。
他の人の影を踏んではいけないということだったようだ。
例えば、影踏み鬼という一種の鬼ごっこ遊びがあるが、そのような遊びも村全体で禁じられていたようである。
なぜ人の影を踏むことがダメなのか、中学生の祖母は疑問に思ったそうだ。
そこである日、料理中の母親に背中越しに尋ねると、母親は「取られちゃうから」と返したそうだ。
何が取られるのかと聞くと、母親は掟に関する話も交えて話してくれたようだ。
それによると、掟に背いて実際に人の影を踏んだとしても特に問題はないらしい。
しかし、〝この世の者ではない何かの影〟を誤って踏んでしまわないように、掟が定められていたそうだ。
〝この世の者ではない何かの影〟は、見た目は人の形をしているため、人間の影とは区別がつかないそうだ。
影を作る本体は存在せず、影のみがそこに存在するらしい。
もしその影を踏んでしまうと、踏んだ本人が〝この世の者ではない何かの影〟となってしまい、元の自分の体には〝この世の者ではない何か〟が入り込んで乗っ取ってしまうのだそうだ。
つまり、母親が言っていた「取られちゃうから」というのは、自分の体を取られてしまうという意味だった。
そうならないように村では掟が定められたらしい。
祖母の両親が門限に厳しかった理由も、影に十分注意してほしいという願いが込められていたからだそうだ。
祖母は改めて気をつけようと心に誓いつつ、ふと疑問に思ったことを母親に尋ねた。
「もし入れ替わってしまった人がいたら、見分けつけられるの?」
掟ができたということは、過去にそれに準じた何かしらの出来事があり、対処法として掟を定めたのだと考えたそうだ。
すると母親は、「ひとつだけ」と前置きをしてから、「本体の動きとその人から出てる影の動きが少しずれてるのよ」と答えてくれたらしい。
例えば、右手を上げたら影も同じタイミングで右手を上げるのが普通だが、入れ替わられてしまった人の影は少し遅れて右手が上がるイメージだ。
話を聞いた祖母はふぅん、と相槌をうち、現実味のない話だなと思ったそうだ。
母親は話をしながらも夕飯の支度を進めていたので、祖母はなんとなくら母親の影に目をやったらしい。
その影は、母親本体の動きと少しずれていたそうだ。
この話を聞き終えた幼かった僕は怖くなってしまい、小刻みに震えていた。
本当の曽祖母は「取られてしまった」と思うと、怖くて震えが止まらなかった。
そんな僕を見かねた祖母は、僕の頭を撫でながら「怖がらせちゃってごめんね」と悲しそうな顔をして言った。
そんな優しい祖母が大好きだった僕は、少し安心してホッとした。
お茶淹れるねと言って腰を上げて台所へと向かった祖母の後ろ姿を、僕はなんとなく眺めていた。
その後ろ姿から伸びる影は、やや遅れて腰を上げ、台所へと向かって行った。
いかがだっただろうか。
F田くんの書き残したこの記録はずいぶん前に入手したものだが、私は何度も読み返してしまう。
誰しもが産まれながらにして得ているものである「影」。
気づいていないだけでもしかしたらあなたの影も…。
今回のお噺はここで終わるとしよう。
今回はそんな影にまつわる、F田くんについてのお噺をご紹介しよう。
僕がまだ小学校の低学年だった頃に祖母に聞いた話を交えつつ、僕の体験談を書き残す。
この話は、祖母が中学生くらいの頃、僕からすれば曽祖母にあたる祖母の母親から聞かされた話らしい。
祖母が子供だった頃は、現代のように24時間営業のコンビニなどもちろん存在せず、夜間に歩道を照らす街灯すらなかった。
そのため、夜間の暗さはまさに漆黒と呼ぶにふさわしく、滅多なことがない限り、夜間に外出する人はいなかったようである。
また、当時祖母が住んでいた村は山の麓に存在していたため、木々が生い茂り、聳え立つ山々がいっそう恐怖を演出していたのだそうだ。
まじめだった祖母は、門限をしっかりと守る子だったようで、17時までには帰宅するという言いつけを守っていた。
というのも、祖母の両親はこの門限についてそうとう厳しく言い聞かせるようにしていたらしい。
一度だけ、祖母が門限をほんの少し過ぎて帰宅したところ、鬼気迫る顔で両親から怒られたそうだ。
それ以来、絶対に門限までには家に帰ろうという心づもりをしていた、と祖母は笑いながら話した。
話を聞きつつ僕は、なぜそんなに門限が厳しかったのかと尋ねた。
すると、祖母は少し間をあけてからぽつりぽつりと続きを話してくれた。
ここからが、祖母が曽祖母から聞いた話のメインとなる。
祖母の村ではある掟があったようだ。その掟とは、「影を踏むな」というものだったらしい。
他の人の影を踏んではいけないということだったようだ。
例えば、影踏み鬼という一種の鬼ごっこ遊びがあるが、そのような遊びも村全体で禁じられていたようである。
なぜ人の影を踏むことがダメなのか、中学生の祖母は疑問に思ったそうだ。
そこである日、料理中の母親に背中越しに尋ねると、母親は「取られちゃうから」と返したそうだ。
何が取られるのかと聞くと、母親は掟に関する話も交えて話してくれたようだ。
それによると、掟に背いて実際に人の影を踏んだとしても特に問題はないらしい。
しかし、〝この世の者ではない何かの影〟を誤って踏んでしまわないように、掟が定められていたそうだ。
〝この世の者ではない何かの影〟は、見た目は人の形をしているため、人間の影とは区別がつかないそうだ。
影を作る本体は存在せず、影のみがそこに存在するらしい。
もしその影を踏んでしまうと、踏んだ本人が〝この世の者ではない何かの影〟となってしまい、元の自分の体には〝この世の者ではない何か〟が入り込んで乗っ取ってしまうのだそうだ。
つまり、母親が言っていた「取られちゃうから」というのは、自分の体を取られてしまうという意味だった。
そうならないように村では掟が定められたらしい。
祖母の両親が門限に厳しかった理由も、影に十分注意してほしいという願いが込められていたからだそうだ。
祖母は改めて気をつけようと心に誓いつつ、ふと疑問に思ったことを母親に尋ねた。
「もし入れ替わってしまった人がいたら、見分けつけられるの?」
掟ができたということは、過去にそれに準じた何かしらの出来事があり、対処法として掟を定めたのだと考えたそうだ。
すると母親は、「ひとつだけ」と前置きをしてから、「本体の動きとその人から出てる影の動きが少しずれてるのよ」と答えてくれたらしい。
例えば、右手を上げたら影も同じタイミングで右手を上げるのが普通だが、入れ替わられてしまった人の影は少し遅れて右手が上がるイメージだ。
話を聞いた祖母はふぅん、と相槌をうち、現実味のない話だなと思ったそうだ。
母親は話をしながらも夕飯の支度を進めていたので、祖母はなんとなくら母親の影に目をやったらしい。
その影は、母親本体の動きと少しずれていたそうだ。
この話を聞き終えた幼かった僕は怖くなってしまい、小刻みに震えていた。
本当の曽祖母は「取られてしまった」と思うと、怖くて震えが止まらなかった。
そんな僕を見かねた祖母は、僕の頭を撫でながら「怖がらせちゃってごめんね」と悲しそうな顔をして言った。
そんな優しい祖母が大好きだった僕は、少し安心してホッとした。
お茶淹れるねと言って腰を上げて台所へと向かった祖母の後ろ姿を、僕はなんとなく眺めていた。
その後ろ姿から伸びる影は、やや遅れて腰を上げ、台所へと向かって行った。
いかがだっただろうか。
F田くんの書き残したこの記録はずいぶん前に入手したものだが、私は何度も読み返してしまう。
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