明治維新奇譚 紙切り与一

きもん

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第一章

戮士、紙を切る  ーりくし、かみをきるー

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 一人の紙切り芸人が、巨大な裁ち鋏を巧みに操って半紙を切っている。
 その芸人を幾重にも取り囲んでいる小童こわらべたち。
 小さな瞳が真剣な眼差しで鋏の動きに注視していた。小刻みな刃先の動きにつられて、瞳が震えている。
 だが、それには錯覚が一つある。紙切り芸人が、器用に動しているのは半紙の方で、くるくると、右へ左へ、上へ下へと動かされる紙に対して、鋏はほとんど固定されている。つまり、半紙に刻まれていく切り口の複雑な曲線、直線は、鋏の動かし方ではなく、紙のさばき方によって決まっていくのだ。重い鋏の方を動かしていたのでは、細かな細工はできない道理である。
 それは、紙切りに限らず、刃物を扱う時の基本的なコツでもある。
 例えば、果物の皮を剥く場合も、決して刃物の方を動かしてはいけない。刃物は果物の表面に当てるだけ、果物の方を回すのだ。そうすれば皮だけを綺麗に剥く事が出来る。
 勢い余って指を切る。などという不器用は、大概、刃物の方を動かしている手合いが多い。
 因みに、これとは真反対に刃物の方を動かして切る技術の最たるものが『人斬り』である。こちらの思惑通りに動かぬ人間という標的に対して、刃物の方を動かさなくてはならないからだ。
 そうこうしていると、パチン。と、鋏の刃が閉じる音が辺りに響いた。切り絵が完成した合図である。
 期待に眼を輝かす小童達の前に、切り終わった半紙を掲げる紙切り師。
「とら~」「とらだぁ」と歓声があがる。 
 半紙は、大きく口を開けて身構える虎の形に切り取られていた。
 小童たちは、「つぎ、さるぅ」「たつぅ」「うまぁ」と、次に切る物を口々にねだった。
 その声は、この横浜の西波止場はずれの宿場町に喧噪として響き渡っていき、賑やかな街の活気に加担した。
 幕府の大政奉還の後、国を開いた日本が貿易の要として開港した横浜は、諸外国領事館の開設と貿易による商売を当て込んだ商人が集まり人口が急激に増加した。雑貨や食べ物屋などの商店も軒を並べて営業を始め、小さな田舎の農村だった横浜村は、数年で国際都市に変貌した。
 そして、人の営み有るところに娯楽があり。紙切り芸人『気楽亭与一きらくてい よいち』は、横浜元町近くの神社で催された寄席に呼ばれたのだった。
 昼の高座で一席演じた後の帰り道、茶屋で休憩していると、寄席を見に来ていた近所の子供に目ざとく見つけられると、物珍しさに、そこいら中の子供が集まってきたのだが、寄席を観た子と観に来られなかった子が、いがみ合いを始めるという顛末で、無償の紙切り寄席を演じる羽目になったのである。
 正直、切り紙を一つだけ披露してお茶を濁そうと思っていた与一は、次を求める子供達の声に苦笑いで応えたのだが、彼は普段から微笑んでいる様な地顔だったので、困惑している顔が相手に伝わり難いという難点を抱えていた。しかも相手は子供である。そんな「察し」を要求する方が酷というもの、逆に愛嬌を振りまく気さくなお兄さん、くらいに誤解されてしまっていた。
「おさむらいさまぁ」「おら、本物見た事ないからぁ、てんぐぅ」当然、子供達の要求は、歯止めが利かなくなってきた。
「んー。参ったな」
 与一は、その笑顔とは裏腹に、真剣に困っていた。
 寄席が終わった今、彼には『本当のお役目』が待っていたからだ。  
 突然、与一を悩ます子供達の声をかき消すように「ガシャーン」という破壊音が通りに響いた。と、同時に悲鳴が辺りをつんざく。
 与一のいる茶屋から十軒ほど先にある牛鍋屋から怒声と共に店主らしき男が表に転がり出てきた。それを追うように士族風の男が刀を手に持って出てくる。男は顔が赤く酔っているようだった。
「獣の肉なんぞ喰わせおって! ただで済まさんぞ!」士族風の男は店主を威嚇するように怒鳴った。
「そこに直れ!」
「ひいっ」地べたに伏したまま土下座で震えている店主。
 彼らの後を追うように、数人の男達が店から外に出てきた。全員が士族、則ち、元は武家の人間らしく、それなりの身なりをして帯刀もしていた。店主を追い立てて来た男の仲間なのだろう。
 もちろん彼らには、仲裁に入ろうなどという意志は微塵もなく、やんやと囃し立てるのみだった。
 その野次に後押しされ、店主を脅していた男の行動が更に常軌を逸してくる。刀を上段に構え、店主に向かって振り下ろさんばかりである。
 縮み上がる店主。恐怖で身体が硬直して悲鳴も出ない。
 しかし、振りかぶった体勢のまま男は動かない。いや、動けなかった。「なっ!」と刀を上段に振りかぶったまま、首だけ後ろを振り返る。
 音もなく接近していた与一が、男の手を上から押さえ込んでいた。
「なんらぁ。おぬしは!」
 不自然な格好のまま凄む男。酔って舌が回らないので、傍目には滑稽だった。
「牛鍋屋で鍋を食せば、当然のことながら具は牛の肉。それ以上のご無体は、野暮を通り越して言い掛かりというものですよ」
 だから、そんな与一の優しく諭す口調も、小馬鹿にしたように聞こえなくもなかった。正論だけに尚更である。
 相手は、怒り心頭で「がぁー」と言葉にも為らない唸りを上げながら暴れる。 
 与一は、紙切りをしているかのような器用な手捌きで、押さえていた男の手から刀を奪い取り、地面に突き刺すと口調を一転厳しくして「しかも、太政官より廃刀が布告されたはず。ましてや、お手討ちなど時代錯誤も甚だしい!」そのまま男を突き飛ばした。
 与一の表情からは、地顔の微笑も消えていた。
 つんのめった先で仲間達に受け止められる男。そのまま腕の中で、余りの怒りに言葉も発せず顔を赤らめワナワナと震えたていた。
 酔いがすっかり醒めたようだった。仲間の屈辱を晴らさんと云わんばかりに、廻りの士族崩れ達ね「おのれ!」「無礼者!」と口々に威嚇しながら一斉に刀を抜いた。抜いた刀に箔でも付けるかのように、威嚇は勢いを増していく。「旅芸人風情がぁ、この落とし前、タダじゃ済むと―」
 だが、その怒声がスパッと断ち切られた。
 与一が、帯仗していた巨大な革製のサックを掲げ、士族達に突きつけたのだ。
 サックからは通常の倍はあろうかという巨大な鋏の取っ手部分が突き出している。先程、与一が紙切りに使っていたものだ。そうやって改めて見せつけられると、一般的な裁ち鋏とは違い、武器としての威圧感が際立っていた。
 そして、そのサックには『戮』と言う文字を刻印した鉄板が縫い込まれている。
「戮の紋章! ありゃ『人斬り鑑札かんさつ』だ!」
「政府が密かに組織したという、秘密警察『りく』に公認された殺人免許!」
「まさか実在するとは…では、あいつ、戮士りくしなのか!」
 与一と士族崩れ達の周囲には、いつの間にか野次馬の垣根が出来上がっていた。その人垣で「戮士」と「人斬り鑑札」という言葉が輪唱のようになっていく中、
「するってえと、あの革袋の中身は『#野刃_やじん__#』って事かい?」と、物知り顔のひとりが言った。
「野刃」という言葉に、顔を見合わせる士族崩れ達。その意味する処を知っているのだ。
 というより、任務遂行の為に殺人を許されている戮士の中でも『野刃』という特殊な武器の所持を許された特別な戮士は、如何なる剣豪にも引けを取らぬ手練れである、との噂は広く万人に知れ渡っていた。
 対峙する相手の困惑に構いもせず、与一は口上を続けた。
「この辺りに、佐賀の争乱から落ち延びた元征韓党の一派が潜伏しているとの噂を聞きつけて、様子を見に来たのはいいが―」喋りながら、掲げているサックの端を止めている紐をするりと抜く。「痩せても枯れても元士族。大人しく隠匿して見つからねえかもなぁ、と思った矢先に庶民相手の大立ち回り。そこいらの破落戸ならずものとかわりゃしねえ!」
 吊り支えを失ったサックが落ちて、巨大な裁ち鋏が現れる。
「大人しくお縄を受けるのか、足掻いた挙げ句にこの場で果てるのか、さあ、とっとと決めやがれ!」
 気圧される士族崩れ達。
 詰まるところ、彼らは日本国内で起きた内乱の敗残兵であり、逃亡者である。ゆえに、自分たちの脅威となる存在を嗅ぎ分ける力は否応なく研ぎ澄まされてきた。そんな彼らの嗅覚が、数の優位をもってさえも与一には敵わぬと感じ取り、恐れからその場で凍りついているのだ。
「たいした威勢だな、幇間ほうかん!」
 その静寂をうち破るような大音声が辺りに響き渡った。発せられたのは、与一と士族崩れ達を取り囲んでいる野次馬の、その人垣の更に後方からだった。
 因みに、幇間とは「太鼓持ち」「男芸者」の別称である。宴席やお座敷などの酒席で芸者衆の補助をしながら客の機嫌をとったり、自らも芸を見せて場を盛り上げたりする職業の事である。
 同じ芸で身を立てているとはいえ、高座、すなわち舞台で芸を披露する芸人と太鼓持ちでは職種が違っているのだが兼業している芸人も少なくない。その区別は次第に曖昧となり、芸事を生業とする人間以外で、違いを意識することはない。
 だから、声の主が間違った認識で与一を呼んだのも無理からぬ事ではあるのだが、それよりも、無粋で粗雑な呼びかけかた自体に、芸能全般とそれに興ずる市井の人々を見下している事が明確に示唆されていた。
「いや失礼、高座なんぞに上がってはいても、天下の戮士様だったな?」
 慇懃無礼に言い直した声が響いてきた方向の人垣が割れると、その奥に長身の男が立っていた。どちらかといえば小兵の与一ではあったが、それでも丸々頭一つ分は高かった。
「先生!」「坂上先生!」と、士族崩れ連中が、まるで救世主が到来したかの如く、歓喜で男の名を連呼した。
 与一は、「坂上」と姓しか呼ばれなかったその男の姓名を既に知っていた。
 坂上剣山。もと佐賀藩指南役である。
 だが、その嘗ての剣豪も、佐賀藩を脱藩した江藤新平と行動を共にし、明治七年二月に決起した『佐賀の乱』に失敗。明治政府から政敵として追われる身と成り果てていた。
 その坂上の逮捕、かなわぬ場合は「処分」することが、今回の戮士としての与一に与えられた任務だった。
 坂上は、割れた人垣の間を通って、ゆっくりと与一に向かって歩み寄ってきた。が、人垣と与一と同じ距離、つまり自分の左右に野次馬が並ぶ位置、人垣の最前列で立ち止まった。
 何か意図があるのかといぶかった与一は坂上を睨み据えたのだが、それ以前に、坂上の視線は与一の顔を見ていなかった。
 彼は、与一よりも手に持っている裁ち鋏の方に魅入られていたのだ。
「それがお主の野刃か。鋏は初めて見るな。しかも洋鋏とは尚のこと珍奇。そう云えば以前、手に入れ損ねた一振りは、出刃包丁を模しておったかな…」
  坂上は、何かを思い出すように遠い目をして言った。
「天下泰平、徳川の御世。実戦刀を鍛える機会に窮した数多の刀匠達が、己が技巧の朽ち果てるを恐れ、その奥義すべてを注いで作り出し業物。その多くが、御上の目を逃れるため、日用道具に模されて民草のあいだに下野されたと聞く…故に野刃」
 言い終わると、坂上の視線は、再び与一の裁ち鋏に降りてきた。眼力で、その性能が推し量れるかのように凝視している。
「その野刃、名が有るなら聞かせて貰おうか」
 与一は、その問いを予期していたかのように即答した。 
「野刃、神斬かみきり」
 それを聞いた坂上は大声で笑い出し、「紙切り芸で使う野刃、というわけか?」と揶揄した。
 口上だけ、音だけでは「かみきり」の音しか判らず「神斬り」ではなく「紙切り」と、名前の理解に齟齬が生じたのは確かだが、よしんば「神斬り」と正確に伝わったところで、その由来など坂上にとっては詮無き事。今、彼が暫し笑いが止まらぬほど愉悦に浸っているのは、「かみきり」の語呂合わせなんぞが理由では、もちろん、なかった。
 坂上は、己の業余である刀剣嗜好も手伝ってか刃物全般に造詣が深い。ゆえに、明治になってから西洋の羅紗布と一緒に入ってきたラシャ斬り鋏、通称・裁ち鋏についても幾分かの知識を持ち合わせていた。その中には、鋏という道具の弱点や禁則事項も含まれていたが、その最たるものが「裁ち鋏で、紙を切ってはならぬ」である。
 紙は簡単に破れるが布は破れない、という日常的な経験から、実感として意識し難いのだが、実は、布よりも紙の方が遥かに強靱で「堅い」のである。
 例えば、ある程度の厚みがある布であっても持ち上げれば撓垂れてしまうが、紙の方は、障子紙のような薄いものでも軽く湾曲させたり、何度か折り返して蛇腹状にすれば、自立する程の強度がある。何より『折れる』という事が堅い事の証左である。
 布を裁断する為の裁ち鋏の刃は、薄く、柔らかく、繊細な切れ味に造られている。それ故に、紙のような堅い物を切ってしまえば、刃こぼれは云うに及ばず、刃の噛み合わせに狂いが生じ、あっという間に使い物にならなくなってしまうのだ。
 特に日本では江戸自体まで鋏を使う習慣が根付いておらず、布の裁断も主に小刀を使っていたくらいで、鋏と云えば、もっぱら裁縫に使う糸切り用の握り鋏か、庭師が使う大型の刈り込み鋏を指していた。従って、その用途ゆえに、切る対象をテコの原理で夾み切る際の刃の強度に重きを置いた造りで、刃物としての切れ味自体は決して洗練された代物ではなかった。
 しかし、与一の野刃は、通常よりやや大きめとはいえ形状は布用の裁ち鋏以外の何者でもない。にもかかわらず与一は、一分一厘の躊躇もなく日常的に紙切りに使っている。しかも与一は旅芸人である。頻繁に研ぎ屋で手入れをする事もままならぬであろう。故に、その裁ち鋏の切れ味と強度が尋常でないと推測できるのである。
『まして、それが<野刃>として精錬されたのであれば、武器としての完成度は…』
 そう、坂本の止まらぬ笑い、愉悦は、野刃・神斬りの性能に対する期待の発露であった。
 一頻り大笑いしての深呼吸。坂上は、両の眼をカッと見開くと同時に吼えた。
「面白い! 御上公認の人斬りが、どれ程の腕前か、見せて貰おう!」
 その挑発を聞いた与一は、神斬りを身体の前で拝むように掲げ、発した。
「その言葉。戮の権限において人斬りやむなしと断ずるが、不服はないな!」
 それは単なる威嚇に非ず、公儀の責務を背負った威厳に満ちていた。
 坂上は、二本帯刀している刀の内、短い脇差しの方を鞘ごと腰帯から引き抜き、邪魔だと云わんばかりに足下に投げ捨てた。
「いかにも! だが、我が帯同の剣も負けはせぬぞ!」そう言うと残った打刀をスラリと抜く。
 瞬間、側にいた男を、野次馬の人垣で最も自分に近かった一人を何の躊躇もなく斬り捨てた。
 突然の出来事に避けることはおろか、断末魔の叫びすら上げる間もなく、血飛沫を上げて倒れる男。
 それを境に表情が豹変する坂上。
 先程までの快活な笑いではなく、狂喜に歪んだ表情を浮かべて言った。
「こいつはなぁ、そこいらのなまくら刀と違って、人の血脂を少し吸ったくらいが最高の切れ味になるのよ」
 坂上は、目の焦点も怪しく泳いだまま、自分の刀を掲げてみせた。
「闇の孫六」と、自らの刀に付いている渾名を宣言して「関の孫六の証<三本杉>の刃紋がないだろう。さもありなん、此が世に出てからの血塗られた逸話の数々に恐れを成した本人、すなわち二代目兼元自らが焼き入れ直して刃紋を消したという、いわくつきの妖刀だ」と、その素性を自慢するかのように喋った。
 孫六の刃の表面には、今は消えてしまった三本杉の刃紋のかわりに、斬った人の血が流れ垂れて赤い脈絡のような模様を曳き、刃先からポタポタと落ちている。
 与一は、臍を噛みつつ坂上の一挙手一投足を見ていた。
 突然の凶行は意外ではない。坂上が正気を失うことは、任務受領の際、事前情報として提供されいた。知っていたのだ。それだけに無関係の人間が巻き込まれるのを未然に防げなかったという自責の念が与一の内心に渦巻いていた。
「しかも、こいつは、使い手に殺し方まで要求するのさ…」坂上は孫六の柄を自分の耳に当てて、聞き耳を立てる素振りをしてみせる。
「てめえは脳天から真っ二つだとさ!」坂上は孫六を上段に構えた。いや、構え終わる寸前、与一に向かって突進してきた。
 虚を突いた動作だった。だが、与一は、突っ込んでくる坂上に正対したまま微動だにしない。
 坂上は、残り数歩の距離まで間を詰めたところで、突進してきた勢いそのままに跳んだ。またも奇手だった。真っ直ぐほぼ水平に跳んだので、上段から打ち下ろした剣先が突いたのと同じ勢いで与一に襲いかかる。
 ガキッ。鈍い金属音が響く。
 与一が、打ち込まれて来た孫六の切っ先を神斬りで受け止めていた。真っ正面に差し出した神斬りを持つ右腕の手首を左手で掴み添え支えている。
 大ぶりな打刀である孫六の上段から被せてくる圧倒的な剣圧を、腰を落として受け止めている事もあって、必然的に坂上は与一の上手を取っている体勢だった。そのまま、ギリギリと力任せに押し込んでくる。与一が、そのまま真っ二つに斬り裂かれるところでも思い浮かべているのか、坂上は人相が変わるほど狂喜の形相を浮かべていた。
 体格差もあって、徐々に剣圧を支えきれなくなってきた与一は、ちらっと脇を見た。
 坂上の後方に横たわっている野次馬の亡骸から、与一の左側、野次馬の垣根からも少し離れた場所に固まっている子供達に視線を送る。与一の後を追ってきたのは良いが、今の状況に強ばって、身を寄せ合って震えていた。
「ほう、よそ見とは余裕だな?」
 更に押し込んでくる坂上。
 与一、スッと一つ息を吐く。
 一瞬、右腕を支えていた左手を右手首から離すと、懐から紙切り用の紙束を取り出し、子供達に向かって投げた。
 放り出された紙の束は、子供達の上方で適当な按配に解れると、空中を一枚一枚が散り広がっていく。
 ゆっくりと舞い降りる無数の紙が目隠しとなり、子供の視界から与一と坂上を覆い隠す数秒間を生み出す。
 与一、一転して、「ハッ」と気合いを入れる。
 と同時に、バチンッ、と金属同士とは思えない炸裂音と共に、神斬りは、孫六の刃を挟み受けている場所をそのまま真っ二つに。孫六の剣先、その刀身の半分程が、ギラギラと光を反射しながら宙を舞っている。
「なんとっ!」
 押し込んでいた支えが無くなった為、そのままつんのめる坂上。
 自分の眼前で前のめりになった坂上の背中に、軽業師よろしく、トンッと飛び乗る与一。前のめりのになった坂上の背中の上でしゃがみこむ形になる。
 まるで拳銃のように神斬りをクルリと廻すと、刃の片方だけが一回転して鋏として咬み合っていた両刃がお互いに外側を向き、鋏が両刃の短刀になった。
 その神斬りを、後ろに払うように振り下ろす。
 結果として、しゃがんでいる与一の斜め後ろに位置している坂上の頭を後頭部から額にかけて刺し貫く格好になった。
 後頭部から入った神斬りの刃が額から生えた角のように見えていた。坂上の姿は、まさしく悪鬼そのものだった。
「鬼畜な面に、一本角がよーく似合ってるぜ」
 与一は、神斬りを引き抜くと、坂本の背中から飛び降りた。
 それが合図だったかのように、野次馬の垣根を突き破って警官隊が突入してきた。
 頼みの坂上が倒され半ば惚けていた士族崩れ達は、最初こそ大人しく拘束されていたが、連行される段になって遅まきながら抵抗を始めた。「大人しくしろ!」「やかましい!」と、罵り合いの怒号で辺りは騒然となる。
 その喧噪のはずれで、何が起こったか判らずにいる子供達が、キョトンとした表情で立ちつくしていた。その足下には与一が撒いた半紙が散乱している。
 彼らの前に立った与一は、いつも通りの地笑顔で、神斬りをチョキチョキさせながら言った。
「さあて、次は何を切ろうかな?」
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