サイエンス・フェアリーテイル <The Science Fairy-Tale>

きもん

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フィフス・テイル

女優、目覚める

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 キャラバンを構成する数隻の航宙船が、ハイパースペースから抜け出した。
 船外カメラの映像データを「見た」私の視界全部が、そこに映し出された蒼く輝く惑星の表面で覆いつくされた。
 私が、この惑星を初めて訪れたのは、もう随分と前の事になる。
 この惑星が星系の主星である恒星を何千回も公転出来る程の歳月だ。
 我々の文明圏からこの惑星系までは銀河中心方向に二万光年ほど離れている。
 その距離は大した障害にならないが、この宙域には炭素系、つまり有機物質を生体基盤とした知的生命体の自然発生の重要要件であるハビタブルゾーン、つまり、水が液体で存在出来る条件を備えた惑星が極端に少ないため、定期航路が開かれていない。つまり僻地なのだ。
 故に、ここに来るには安全なハイパースペース・ハイウェイネットワークが使えず、航宙船自身の航行能力で、未開拓航路を恐る恐る通らなければならない。
 だが、それだけの労力を費やしてやって来た、このキャラバンの目的がそれに見合ったものとは思えない。自然発生の有機生命が有する価値観は、私のような人工生命体には理解不能だ。
 私の陽電子脳の論理ルーチンが、溜め息をついたような気がした。



 米軍のチャーター機がペルーの領海に侵入した時、俺は執筆していた原稿を仕上げ終わり、愛用のラップトップを閉じた。
 俺の名は、立花孝タチバナ タカシ
 職業は、いわゆるジャーナリストだ。とはいっても、書いている記事はもっぱらUFOだの、UMAだの、いわゆる超自然現象を扱う雑誌にしか載らない。
 最近は、印刷物だけでなくネット上で、その手の有料ブログなんかにも寄稿している。
 今しがた書き上げた原稿も、その手のクライアントに『完成、即、メールで入稿』したのだった。全く便利な時代になったモノだ。しかも今回は、米軍のプロキシー経由ときたもんだ。
 というわけで、何故、米軍のチャーター機に乗っているのか?

 俺の幼なじみにアイリーン・サガラ・オースチンという日米ハーフ(最近はダブルというのだっけ?)の女の子がいる。
 いや、もう三十路に手が届こうという歳だから女の子というのは失礼かも知れないが、俺の記憶の彼女は、十歳から十六歳までの少女の姿であり、その上、大人になった彼女には会っていないので、どうしても『アイリーン=少女』のイメージだった。
 彼女は、高校を卒業すると直ぐに母親の居るアメリカに移住し、その後、アメリカ国籍を取得したとの事だった。
 そう云えば、彼女はサンフランシスコ生まれだと聞いた覚えがある。その彼女が軍属になったと知ったのは、ごく最近の事だった。陸軍の情報部所属らしい。

 その彼女から直接、連絡があった。
 唐突な連絡にも驚いたのだが、さらに驚いたのは、曰わく「迎えをよこすから、彼女の待つ場所に来て欲しい」というその内容だった。
 その場所とは、マチュピチユ。かつて南米ペルーに繁栄したインカ帝国の空中都市だ。
 その方面に興味のある向きには有名なこの古代遺跡に、アメリカを始めとする各国混成の学術チームや軍隊が入り、大規模な調査が始まったというニュースが話題になったのが、二年前。
 当時は、ペルーきっての一大観光地が有無を云わさず立ち入り禁止で、賠償問題やらなんやらで結構ニュースになったものだが、その後、パッタリと情報が漏れ聞こえなくなり、調査とやらは空振りで打ち切られたというのが定説だったのだが、実際は密かに継続されていた、という事なのだろうか。

 しかも、何故に俺の様な一介の物書きが、そんな古代遺跡へお呼びが掛かったのか?
 一般の考古学なんぞは、全くの素人。俺が詳しい考古学と云えば、一九六〇年代から七十年代にかけて話題になったエーリッヒ・デニケンの『宇宙考古学』くらいだ。いわゆる古代の遺跡は、何でもかんでも古代に飛来した宇宙人が絡んでいるという、あれだ。

 しかし、デニケンの宇宙考古学の信憑性うんぬんは別にして、俺は、とりあえずインカを始めとするアンデス文明に、そんな超常的な存在が絡んでいる余地は無いと思っている。
 一般にインカ帝国なんて聞くと超古代の謎の帝国みたいな印象だけが先行するが、インカ文明が最も栄えたのは、西暦一四〇〇年頃だ。一四〇〇年代と云えば、日本では室町時代。現人類最古の文明であるシュメールの起源が、紀元前五三〇〇年前あたりなのを考えれば、すこぶる最近だ。
 室町前後の歴史が明白な様に、インカ文明もその出典を確かにする資料が数多く現存するし、紀元前千年頃から栄えたチャビン文明からティワナコ文明に至るインカ文明の源流もハッキリしていて、十六世紀にスペイン軍に駆逐されるまでの歴史になんの破綻もない。しっかり土着の地球人の歴史だ。
 あれ、なんか俺、考古学は素人とか云った割には詳しいな、まあ、下手の横好きモドキとでもいうのか、「古代文明は宇宙人が関与していた」なんて話を調べていれば自然と関連知識も蓄えられるわな、という訳だ。

 さて、そんな世界遺産のまっとうな古代遺跡に俺を呼び寄せた理由とは何か? 
 少なくとも、お堅い彼らが自らの不利益につながる様な人間を招き入れる筈はない。
 考えるほどに疑問疑念は尽きなかったのだが、この通り、俺は二つ返事で依頼を引き受けた。
 相手の目論見が何であれ、他人の金で海外旅行が出来る機会なんて、貧乏物書きの身には滅多と無い美味い話だったし、何より、俺の記憶の中で笑う十六歳のアイリーン・サガラは、やけにチャーミングだったのだ。
 


 軍民両用のリマ空港に、俺の乗るチャーター機が着陸した。
 チャーター機と云っても、軍用輸送機。しかも、今時プロペラ推進のC―130だ。いくらアメリカの誇るベストセラー機とはいえ、所詮、輸送機は輸送機。荷台と大差ないシートに長時間座っていた為、尻が鉄板の様になっている。着地の振動が頭の芯に響いた。
 日本からペルーへ一般旅客の空路で来ようとすれば、米国内を経由しなければならないのだが、このフライトはハワイから直接ペルーにアプローチするルートだったお陰で、十時間近くの無駄を省けた。が、この居住環境を差っ引けば、移動に関する身体的負担はむしろマイナスだった。
 エアフォース・ワンとは云わないから、せめて民間の旅客機をチャーターして欲しかった。一応、俺、ゲストだろ、アイリーン。

 リマ空港からはペルー空軍のヘリに乗り換え、直接マチュピチュに向かった。
 ペルー南部、ウルバンバの渓谷をさらに下っていくと、うっそうと樹木が生い茂る森林地帯へと景色が変貌していく。この様な険しい地域の山頂にマチュピチュはあった。今や立派な観光地と化していたが、現在は一般観光客の立ち入りは禁止されており、最寄りの駅は閉鎖されていた。

 俺を乗せたヘリは、マチュピチュにほど近い峰に特別に設えられた簡易のヘリポートへと着陸した。現在マチュピチュへアプローチする唯一の手段だ。
 ヘリを降りた途端、海抜二千メートル以上の薄い空気が、いきなり俺の身体を高山病へと導いた。数歩歩いただけで身体が酸素を求める。
 酸欠でガンガンする頭をもたげた先、ヘリポートの端に、こちらに笑顔を向けている軍服姿の女性が立っていた。
 見まごう事無きその笑顔。
 アイリーン、ごめん。レディに対して失礼だけれども、やっぱり君は、今も女の子の様に見える。

「お久しぶり」と、アイリーン。
 日本語だ。なんだかチョット嬉しい。
「おう。まだ日本語覚えてたんだ」
 俺の割れそうな頭脳が、何とか返答を紡ぎ出した。
「バカね。当たり前じゃない。まだ、日本で暮らした方が永いのよ」と、云いながら、俺に一粒の錠剤と異様な臭いのするお茶の入ったコップを差し出した。
「なにこれ?」と、受け取りながら俺。
「マテ茶と高山病の薬。ちょっと非合法な成分が入っているけど、良く効くわよ。悪いけど、ゆっくり休んで貰らってる時間は無いのよ」
 俺は、受け取ったモノをマジマジと見つめ、一度だけアイリーンに戸惑いの視線を向けたが、彼女の無邪気な笑顔は、その柔和さに反比例して有無を云わさぬ強制力を持っていた。
 俺は、それらを一気に飲み干した。
「じゃ。ついて来て」
 俺がマテ茶を飲み終わるのを見届けると、アイリーンはさっさと歩き出した。
 う~ん、どうも再会に感傷的なのは、こちらだけのようだ。
 俺は焦臭いものを感じながら、彼女の後を追いかけた。
 そう云えば、もう身体が軽い。あの薬に入ってたというちょっと非合法な成分というのがやけに気になった。

 ヘリポートから続く山陵の山道を少し進むと、マチュピチュの都市遺跡の入口が現れた。その入口は、都市の南側に一カ所だけ設けられており、切石積みの城門が残されている。この城門を通って絶壁に造られた狭い小道をしばらく行くと、やがて視界が開け、都市の全貌が現れた。
 一段と高いワイナピチュの峰を背景に、マチュピチュ山頂に築かれた遺跡都市が、その偉容を際立たせている。
 マチュピチュ全体を見渡せるその小高い丘で、彼女が立ち止まっていた。 
 アイリーンに追いつくと、こちらが喋るより早く彼女が口を開いた。
「こうして見ると、やっぱり不思議よね。こんな険しい山奥の山頂に、唐突にこれ程の規模の都市を築くなんて。インカ民族の意志と地道な努力を素直に讃えたいけど、超自然的な存在の関与を想像するのもまた、素直な人の感性と思ってしまうわ」
 彼女のその素直な感性ってのを正そうする俺の気配を感じたのか、彼女は言葉を継いだ。
「アナタ、当然オーパーツっていう言葉知っているわよね?」
 こりゃまた唐突な質問で。俺は応えた。
「もちろん。商売柄、当然知ってるよ。Out Of Place Artifacts略して『OOPARTS』。場違いな人工物を表す造語さ。広辞苑には乗ってないぞ」
 純粋なアメリカ人には決して通じない小ネタで締めくくる。
 それに呼応したのかどうかは知らないが、アイリーンは意味ありげな笑顔をこちらに向けていた。
 その意図を探りながら俺は続けた。
「しかし此処は、この遺跡は違うな。インカ文明は、まっとうな人類の歴史だよ。あの隙間無く組まれた多角形の巨大な石組みの壁が、一見、古代文明らしからぬ技術水準を印象づけるが、膨大な労力をかける事を考慮すれば、当時の技術でも造るのは不可能じゃない。近くに採石場も見つかっているしね」

 これこそデニケンのなんちゃって考古学で有名になった古代文明の証拠って奴だ。
 インカ文明を正確な時代背景をぼやかして古代文明という曖昧な言葉で説明し、人類が原始人か何かだった頃の文明と印象操作した上で、マチュピチュのあちこちで見られる紙一枚も入る隙間もない程に精巧に組み上げられた石組みが人間業で不可能だとミスリードさせる。
 人間は、何というか、悲しいまでに三次元の性が染みついた生物だ。四次元、つまり時間軸に対する感覚が根本的に甘い。時間の流れを考慮せず、物事を現在の状態だけで短絡的に判断する傾向にある。
 それは日常的によく経験する事だ。
 偶然、殺人現場に居合わせた第三者が犯人に間違われる。なんていう演出が、ドラマなんかで繰り返し散見するのも、この人間の性に依存している。どう考えたって、犯人がその場にずーっと突っ立っている可能性の方が現実的には低いだろうに。

 などと巡らせた考えは口にせず、辺りの石垣を指さして、オーパーツに関する当たり障りのないうんちくを披露する俺に、尚もアイリーンは尋ねてきた。
「周囲の洞窟で見つかったインカ人の頭蓋骨に、外科手術を施した痕があるっていうのは、どう?」
 相変わらずの笑顔だ。いい加減に作り笑いだって判るから、やめてくれないかな、アイリーン。
「それだって、ただ頭蓋骨に穴が開いてたってだけの話だろ? 開けた穴を現代医学でも不可能なくらいに修復しているとか云うんなら、なるほどスゴいけど。穴開けただけなら、手術と云うより、呪術に近いんじゃないの? 実際、部族間の戦で頭を殴られた戦士の脳内出血なんかを治療するのに効果があったらしいけど、術後の回復は、その人間の自然治癒力に多くを頼っていたレベルじゃないのかなぁ」
 俺の見解を聞きながら、アイリーンは軽く頷いて言った。
「期待通りの答えで、安心したわ」
「どういう意味だ?」
「アナタが、必要な知識を持ち、不必要な見識を持っていない人物だって事」
 彼女は旨い事を言っているつもりなのかもしないが、俺には、全く意味不明な返答に少し苛立った。
「古代遺跡のとんでも話とか、宇宙考古学とか、元々、そういうの俺、興味ないんだよ。数万年、数億年単位で古いオーパーツなら、真実云々の前に色々想像力を掻き立てられるネタとして面白いとは思うけど…例えば、三葉虫を踏んだ靴痕の化石とか、一億年前の地層から見つかった人間の指の化石とかね。でも、百年、千年レベルの遺跡に超常的な解釈を加えるのは、新興宗教の壷売りに等しい胡散臭い戯れ言でしかない」

 再び歩き出したアイリーンの後を追いながら、俺は何故か饒舌だった。
 まるで自分自身に言い聞かせているように。
 いや、言い聞かせていたのだ。
 アイリーンは、恐らくわざと俺に尋ねなかったのだが、此処ペルーでは、インカ以前のプレインカ遺跡の墳墓から、スポンディルスという青い貝殻を使った工芸品で首飾りのようなビーズが発見されている。
 これは、あの石組み壁の場合と違って、技術的困難を莫大な労力で解決できる問題では無い。
 ビーズそれぞれが円筒形に加工され、一個の直径はわずかに1ミリしかない。しかもそれぞれのビーズには直径0.3ミリという極小の穴があけられて糸が通されているのだ。貝殻という、もろい材質にこのような極小の穴をあけるということは現代でも簡単なことではない。しかも発見された時にはこの穴に極細の糸が六本も通されていた。現代の紡績擬技術繊維でも、ここまでの細い糸を作ることは技術的に困難なのだ。
 現在に至るまで、穴も糸も製造方法が不明である。掛け値なしのオーパーツだ。
 プレインカ時代には、この他にも墓地から発掘されたミイラがつけていた仮面がある。
 この仮面には、鼻飾りと耳飾がつけられ、更に両目からそれぞれ七個、計十四個のエメラルドが数珠つなぎにされて垂れ下がっているのだが、問題はそれらのエメラルドにどんな方法で穴を開けたかということだ。
 ダイヤを硬度十とすると、エメラルドは硬度七だ。それ以上堅い宝石は、ルビー、サファイヤだけ、しかも、全アンデス古代文明を通じてエメラルドより堅い宝石は知られていなかった。現代なら高周波加熱法で穴開けが可能だか、古代アンデス人はどんな技術を用いたのか? これらにも、それなりの納得できる理由が見つかるのかも知れない。
 だが。
 だとしても、それらは、あくまで永遠に『最もそれらしい定説』にすぎない。
 結局、タイムマシーンが発明されて、実際に真実を確認してくる以外、決して「確定」することはない。
 だから、俺は、イライラするのだ。眼を逸らしたいのだ。
 そんな曖昧なモノなら、いっそ最初から、オーパーツなんか存在しなければいい。

 白状すると、俺は子供の頃から不思議な事が大好きだった。
 UFOも、幽霊も、超能力も信じていた。ネッシーは直ぐにでも発見されると思っていたし、夏休みを丸々ツチノコ探しに費やした事もある。
 だが、これらは何一つ、今の今まで事実だと証明される事はなかった。
 それどころか、ひとつ、また一つと、錯覚や捏造の産物だと証明されていったのだ。
 アステカの遺跡で発見されたとされる水晶の髑髏、コロンビアの黄金スペースシャトル、ピーリー・レイースの古地図、カブレラ・ストーン、パレンケ王の石棺に浮き彫りされた宇宙船、アフリカの原住民ドゴン族の恒星シリウスに関する天文知識、エトセトエトセトラ…。
  俺にとって大人になるという事は、成人式を向かえる事でも、経済的に自立する事でもでもなかった。この世界は不思議な事など何一つ無い、つまらない事象の寄せ集めであると云う事実を、徐々に、徐々に思い知っていく課程を指していた。

 だから、超常現象専門の物書きになった。
 いわゆる宇宙考古学者や、売名目的の似非ジャーナリストなんぞにつけ込まれる『超常現象』を否定するという年少期の自分自身に対する『当てつけ』の為に。
 もしくは。
「まっとうな人類の歴史の方が、オーパーツの存在に矛盾しない歴史だったら良かったのだ。別に地球人が宇宙人の末裔でも誰も困らないだろう。いっその事、この空中都市も、ホントは未知のテクノロジーなんかで出来た宇宙船で、異星人の遺体でも埋まってたりすりゃ、云う事無しだ」
 思わず、思っている事が口に出てしまった。最近独り言が多くなった様な気がする。

 あっ。アイリーンがこっちを見て笑ってる。
 と云うより、時々見せる、あの挑発的な笑顔をこちらに向けている。俺の独り言は、明らかに聞こえたはずだ。どこが彼女を刺激した?
 俺は今なんて云った?
『異星人の遺体でも埋まってたりすりゃ、云う事無しだ』俺は、自分の言葉を反芻した。
 何が有るんだ? ここに?
 アイリーンの思わせぶりな笑顔が得体の知れない予感を呼び起こし、薄ら寒い刺激となって背筋を通り抜けた。全身に鳥肌が立つのがわかった。
 


 早足のアイリーンに連れられ、南北に細く延びる都市の中央に位置する「聖なる広場」を通り抜ける。
 広場の西側には、円形の大塔、皇帝と女王の宮殿、水道街、神殿と祭壇等の建造物が整然と配置されていた。
 そして、東の端には「三つの窓の神殿」がある。この神殿からさらに奥に通じる険しい階段道を登っていくと、遺跡都市の中で最も高い広場に辿り着く。ここは四方を高い石壁で囲まれ、中央の台座にはインティワタナ(太陽をしばるもの)と呼ばれる聖石が祀られている。
 いや、祀られていた。
 今では石は取り除かれ、その跡に穿たれた穴の周囲を場違いな兵士達が警備し、見慣れない機械が広場を埋め尽くしている。
 その穴は、広い空洞の入口の様だった。垂直の坑道に向かって簡易のエレベーターが設えられている。
 俺が穴を覗き込んでいると、アイリーンが背後から声を掛けてきた。
「落ちると死ぬわよ。底まで二十メートルあるから」
「…ご親切にどうも」
 誠に規則的な忠告に礼を述べさせていただいている俺に、アイリーンが手招きをしていた。エレベーターに乗れ、という意味だ。
「インティワタナの下に、空洞が見つかったのが一年前。それから本格的に人材と資金が投下されて、六ヶ月かけて、ここまで掘り進んだの」
 穴の底にゆっくりと降りてゆくエレベーターのゴンドラの中でアイリーンの解説が続いた。
「そして、二週間前。ついに地下に隠されていたこの空洞に辿り着いたのよ」
 ゴンドラが穴の底に着いた。そこは二十畳程の閉ざされた空間で、正面には幾つもの照明に照らし出された大きな観音開きの石扉が見えた。
「そして、この空洞は、更に奥のより大きな空間へアプローチにすぎなかった」
 アイリーンは、そう云うと石扉に向かって歩き出した。その後をついていく。
「ここに、アナタをわざわざこんな地球の裏側にまで呼び寄せた理由があるわ」
 扉の前に立ったアイリーンは、こちらに振り返ると、舞台で台詞を喋るかのような口調と身振りで俺の眼を見据えた。いかん、アイリーンごめん、俺、そう云う芝居がかったの苦手。吹き出しそう。
 しかし、彼女は俺の想いにはお構いなく、これまた芝居がかった動作で石扉に手を掛けると一気に押し開いた。と、流石の俺も、これには驚いた。
 その扉は、高さ二メートル以上ある分厚い石製だ。
 どう見積もってもトン単位の重量があるが、華奢な(屈強な軍人にしてはという意味)アイリーンが片手で軽々と開けるところを見ると、見た目通りの材質ではないと云う事だ。 
 もちろん開閉装置的なギミックがありそうにもない。
 俺は、驚きを隠すことなく、その扉をくぐり抜けた。

 扉の向こうは、比較的大きな「部屋」だった。小学校の体育館くらいの広さだろうか。幾つかの照明が施されていたが、それに比して空間が広かったので、部屋全体は薄暗かったが、大小様々、異様な機械類が雑然と置かれているのは見てとれた。
 しかも、それらの機械は少なくとも「人間」の調査団が持ち込んだものではなさそうだ。調査団が持ち込んだ装置類も幾つか設置されていたが、明らかにそれらとは異なるデザインが、その見慣れぬ姿をした機械類をして未知の技術の産物だと知らしめた。
 そんなオブジェ達に囲まれた部屋の奥に十人程の人集りが出来ていた。俺よりも以前に集められた学者や軍のお偉いさん達だ。したり顔で何やら話し込んでいる。ただでさえ薄暗い空間が、辛気くさくなってくるぜ。
 眼を凝らしてみると、彼らはベッドの様な台座を取り囲んで何やら議論している様子だ。その台座はスポットライトで集中的にライトアップされていた。
 薄暗い環境になれていた俺の眼が、その台座の上に横たわった物体の認識に手間取ってしまう。だが、徐々に眼が慣れいくにつれ、そこに鎮座した場違いなモノの姿に俺は唖然とした。

 人間だ。
 少なくとも常識的な感覚を持った者なら、その物体を人間、しかも女性と認識するだろう。
 豊かな金髪はやや赤みの強い山吹色に輝き、いわゆるアーリア系の端正な顔の造作に南方系の薄い褐色の肌が映える。メーキャップを施した様な赤い唇と長い睫毛。豊かな量の布で縫製された純白のドレスで身を包み、耳や胸、手首や足首など、およそ考えつく身体のパーツには、光り輝く装飾品が驕られていた。
 勿論、自慢じゃないが、少なからず常識人で通っているこの俺は、彼女が女性である事、しかも超のつく美形である事に何の疑問も持たなかった。

「…で?」
 俺はアイリーンに尋ねた。
 俺の平然とした態度が茶化していると思われたのか、彼女の返答は不機嫌そうだ。
「断っておくけど、我々にはあなたにわざわざ偽造した情報を見せて、世論を操作しようとか、あなたを陥れて社会的に抹殺しようなどとは思っていません。それによって何か我々に利益が発生するとも思えないし」
 う~ん。この期に及んで、彼女は俺という人間をかなり誤解しているらしい。
 俺は、少なくともこの状況を事実として真摯に受けとめているし、仮に誰かが演出した悪い冗談だとしても、闇雲に怒りを露わにする程、子供じゃ無い。
 俺は、台座の女性をもっと詳しく見ようと、人集りの中を分け入っていった。
 今度は、アイリーンが、俺の後をあたふたと追ってくる羽目になった。
 俺に掻き分け押しやられて悪態をつく人集りを尻目に、台座の傍らに立つ。近くから見て改めて、その女性の美しさに息を呑んだ。

 俺に掻き回されて混乱している人集りを、やっとの思いで抜け出してきたアイリーンがまた解説を始める。
「彼女は人間じゃ無いわよ。見た目はともかく、この女性の身体を形作っている体細胞は、未知の有機物で構成されているわ。それと、骨格は間違いなく金属の一種よ」
 驚いて、アイリーンを見る俺。
「じゃ。これ作り物なのか?」
 首を横に振るアイリーン。しかし、否定ではないらしい。
「さあ…。でも、もし作り物なら製作者はそれこそ地球人じゃないわ。体細胞には、生物のような核や染色体らしきものが存在するし、レントゲンを見る限り内臓もちゃんとあるみたい。生きていておかしくないほどの精巧な人体模型とは云えるわ。サイボーグの一種なのかも…」
 説明を聞きながら、俺は、その人造女性の顔を至近距離で覗き込んでいた。
「これ以上詳しい事は、解剖でもしてみ…」

 アイリーンの説明が突然中断した。
 がやがやとしていた周囲の人集りが、一斉に凍りつき、静かになった。
 その場にいる全員の注意が一点に集中している。
 それは。
 ちゅっ。
 俺が、『眠り姫』にキスをしたからだ。
 きっちり十秒間、唇を重ねた後、俺は、皆に、アイリーンに向き直った。
「眠れる森の美女は、王子様のキスで目覚めるのです」
 俺は、ありったけの愛嬌を込めて言った。顔の側に指も立ててみたりして…。これで、この辛気くさい場が和んだな。俺は確信していた。
「な…、な…」

 あれっ。アイリーンが引き攣っている。
 おいおい。奥で警備していた兵士どもが、担いでいたM―16A1を構えて、5.56ミリの銃口をこちらに向けてるぜ。あっ、安全装置外してる。
 やばい、空気を読み違えた。か?
 兵士が走り寄ってくる。
 アイリーンも、真っ赤な顔で詰め寄ってくる。
 こりゃ、日本へ強制送還かな? いや、それより悪いかも…。
 俺は覚悟を決めた。

 その時。
「∠⊥⌒∂∇≡≒※●£§?」
 聞き慣れない言葉が、俺の背後から聞こえてきた。
 振り向くと、俺の『眠り姫』が上半身を起こして、こちらを見つめている。
「∠⊥⌒∂∇≡≒※●£§?」
 もう一度、同じ言葉を発して首を傾げる。
 よけいな事だが、仕草がとてもかわいい。
 彼女は、こちらが理解できないと悟ったのか、手首のブレスレットに軽くさわると、こちらを見て微笑んだ。
『シーンが違うみたいだけど、監督はどこ?』
 今度は、喋ったんじゃない。頭の中で勝手に言葉が響いた。が、相変わらず意味が分からない。
 しかしながら。
 なんてラッキー!
 俺は、他の者たちと同様に呆けているアイリーンに向き直り、言った。
「なっ」
 この場は、何とか切り抜けられそうだ。事の重大さは別として…。



 私は、ティワナ・ビナ。本名ではない。役名だ。今度撮影に入る作品の舞台である原始国家の女王の名前だ。
 私の容姿も私自身のものではない。今の外見は、現在銀河で最も人気のある女優、イ・コ・タイのマトリクス転写されたものだ。私は、製造以来、起動時間の殆どをこの容姿で活動している。
 タレントやアクターからニュースキャスターまで、およそ肖像権を有する職業を生業とする者は、外見の形質マトリクスを「売って」いる。つまり肖像権を販売して、商売しているのだ。だから実際に本人が、人前に出る事はない。
 まして、視覚を有する生物が見られるものなら、全て量子コンピュータのシミュレーションで作成できる世の中になった現在、エンターテインメントの製作者達も、生身の人間を使うより人気者の外見を使った映像に一流の演技をプログラムしたり、一流歌手の歌唱力で歌わせた方が手間が省ける。視聴者は、見ている人物が本物かどうかなんて関係ない。ただ、自分のひいきのタレントが、現存している事実だけで、充分だ。
 例え、そのタレントが実際に優秀な演技力や歌唱力を持っていなくても、所詮、偶像なのだから…。
 しかし、映像と音がエンターテインメントの主流だった頃は、それでも良かったのだが、最近開発された「事象」全てを記録して、それを脳に直接、体験として転写する体験映画「フォノメノン・ムービー」が流行りだしてからは、そうはいかなかった。
 さすがに量子コンピュータの能力を以てしても、現実の全てをシミュレートするには能力が足らず、昔ながらの「実写撮影」の記録形態が復活したのは、皮肉な事だと云える。 従って、それに出演する役者たちも、生身の人間がやらなくてはならなくなったのだが、文明が一つ生まれてから滅びるのと同様の永い間、実際に演技をした役者など銀河文明に存在していない。苦肉の策として、私の様なアンドロイドに演技をプログラムして、人気タレントの外見を転写する方法が考え出された。そして、今回のロケーションに帯同する主演女優として、私は製造されたのだ。
 ところで、この惑星に、我々の様な撮影キャラバンが入ってから、五千公転周期以上の歳月が流れた。
 その間、このロケ地で製作された作品は、既に数千に及ぶ。その全ては、銀河文明の構成種族の内、私の様な外見を持った酸素呼吸有機知性体の種族の歴史をなぞったものだ。巨大な石のピラミッドを建造する文明の歴史長編。核戦争に明け暮れた文明の興亡史などなど、そのロケ地に建造したセットは、今も残っている。
 だが、この事が近年問題になり始めたのだ。
 我々が撮影後に破棄したロケ地のセットで、エキストラに使った二足歩行生物たちが、独自の文明を築いてしまっているのだ。
 実際、この惑星の文明干渉に関する責任問題が、銀河文明倫理管理機構で検討事項となってきている。
 つまり、この惑星での撮影活動による文明干渉が、出来なくなりそうなのだ。
 従って、我々は撮影準備を急ピッチで行っている。撮影が始まったばかりのこの状態では、撮影を中止、撤収する事は、莫大な損失を生み出すからだ。撮影キャラバンに参加している弱小プロダクションの中には、倒産するところも出るだろう。
 今回、私の撮影現場は、ある山脈の山頂に組まれた都市セットだ。
 近くで、独自の階段式ピラミッド文明を築いていた種族(別のロケ隊が製作したテオティワカン文明をモチーフにした短編で使用した生体ユニットが生き残こり、階段式ピラミットの建造技術を伝承したらしい)から複製量産した生体ユニットを現在輸送中との事で、それらが到着次第撮影開始となる。今回は、撮影が複数現場で同時進行のため、どうしてもエキストラが不足気味だ。
 近くの半島では、真球の石球をレプリケートし、幾何学的に並べた祭壇が創られている。
最寄りの海岸線では、衛星軌道からしか解らない様な巨大な地上絵が描かれ、沖合の小島では空を見上げる巨石像が何体も切り出され、並べられているはずだ。
 これらは、窒素呼吸系の鉱物生命体の訪問を受け、宇宙航行技術を授かった、とある酸素呼吸有機知性種族のファーストコンタクトを描いた作品の舞台だ。余談だが、彼らは、未だに自力で宇宙航行技術を開発しなかった事を悔やんでいるらしい。
 そして、私の撮影現場でも、いよいよ撮影開始日が決定した。
 しかし、私が都市の地下に設えられたメンテナンスルームで身体の整備と台本のインストールをしていた最中に、銀河文明倫理管理機構が、この惑星への干渉禁止の通告をしてきたらしい。
 らしいというのは、私は、そのままメンテナンスルームごと破棄されたからだ。
 恐らく、撮影キャラバンは全ての撮影機材とセットをそのまま破棄して行ったに違いない。これらのロケセットを現状復元したり、大量の質量を持って帰るのは、費用回収の目処を失った彼らにとって、更に余計な経済的負担を負う事になるからだ。
 私は、『異星人に連れられ、追ってきた恋人のキスで目覚める王女』というシーンの台本をインストールする途中で、永いスタンバイを強いられた。



 眼を焼く光芒と高熱。その白球は、何万人という人間たちが必死で逃れようとする努力を嘲笑うように、全てを一呑みで消し去った。
 カッパドキアの核攻撃による壊滅を描いたその物語のラストシーンを経験した直後、俺はフォノメノン・モニターのヘッドレストを取り除いて、女王様(自称『女優』の彼女には、固有の名前というものが存在しないので便宜上こう呼ぶ。幾つかの役名や製造番号が有るらしいが、そんなもので呼ぶ程、俺は無粋じゃない。なんと彼女の容姿に相応しいゴージャスなあ渾名だろうと、自我自賛)の顔を見た。まだ、エンドロールが流れてたが、この様な技術形態のエンタテイメントに慣れていない普通の地球人である俺には、何万人もの人々が熱に溶けて死んでいった光景を体験した後に、その製作者の名前などのんびり眺める神経はさすがに持ち合わせてなかった。
 フォノメノン・モニターとは、我々の云うバーチャルリアリティのテレパシー版といえば判るだろうか、兎に角、もう、「自分がその場に存在している」のである。一緒に体験していたアイリーンや一握りの軍人、学者達も、まだ現実に戻りきれていない様子だ。
 俺は、彼らを置いてけぼりにして女王様に尋ねた。
 久々にジャーナリスト魂って云うのが、心を高ぶらせる。
「これが、地球であなた達が撮影した作品の一つなんですね?」
 女王様が答える。口は動いていない。汎用思考翻訳機っていうのが、正常に機能している様だ。因みにそれは手首に付いている腕輪の装飾を模していた。
「そうです。この惑星でのロケでは、約五千固有周期、つまりあなた方の言い方で五千年の間に長編二千本、短編一万二千本あまりの作品が造られました。今しがた体験された、カッパドキア壊滅は、『トロイの忘却』という作品のクライマックスとして撮影されました。トロイもカッパドキアという言葉も、古代文明に関する地名としてあなた達の言語に、歴史に残っていますね。それは元々、我々の星間文明を構成する、とある種族の母星に実在する地名です。『トロイの忘却』は、彼らの歴史を下敷きにした物語でした」

 ここからが本題だ。俺は更に追求した。
「しかし、その為に、撮影に参加している当時の地球人が、実際に何万人も死んでいますね? その事に関して、あなたはどの様な意見をお持ちなのですか?」
 しかし、彼女の反応は意外なものだった。
「地球人? 地球人とは何です?」
 俺は、唐突な反問の答えにつまってしまった。
「つまり、その、我々ですよ。地球で進化した知的生命体です」
 その俺の答えに、女王様は何の躊躇もなく、言い切った。

「あなた達は、自然進化した生物ではありません。作品のエキストラとして品種改良された生体ロボットの末裔です」
 俺は、不覚にも愕然とした。
 一瞬、彼女の言っている意味が分からなかった。
 言葉に詰まった俺に代わってアイリーンが食い下がった。
「しかし、我々と他の地球原生の生物と遺伝的共通性に何の疑いもありません。これは、この地球に現在生息している生物相が、地球で原生単細胞生物から独自の自然進化をした事を示していると思いま…まさか…」
 アイリーンは、自ら口にした意見をきっかけに、何やら違う考えを思いついたらしい。

 女王様が、それを察したかの様に句を継いだ。
「そうです。今のこの星の生物相を含む自然環境は、我々の撮影会社がこの惑星をロケ地として買い上げた約一万四百公転周期前に、物理的な惑星改造をされて一度リセットされています。貴女は例えば、古い地層から出土する化石などの生物層と貴方達に遺伝的な繋がりがあると云う事を仰っているのでしょうが、それは当然です。品種改造の元は、この惑星の生物なのですから」
 解ると思うが一万四百公転周期前とは、一万四百年前という事だ。と、俺はメタな感覚で誰に向けてでも無く解説を呟いた。
 女王様は続けた。
「しかし、例えば、貴方達の遺伝的原板となった類人猿と貴方達―地球人類でしたっけ?―を繋ぐ、進化的な意味で中間種の化石は見つかってないのでは? どなたかにお聞きしましたが、それを生物学的にミッシングリングと呼んでいるとか。当然の結果です。中間種は存在しないのですから」

 アイリーンは、独り言の様に呟いた。
「…ノアの箱船」
 女王様が補足する。
「そうです。惑星改造プラントは、そう呼ばれていました。あなた達の文化にそのままの名前で残っているようですね。実際、あなた達が独自に文明を築き、その生存環境にこれ程自分たちのフィクションの影響がでているとは、創造主たちも考えなかったでしょう。個人的に、私の人工脳にインストールされた感情アプリも驚いていますが」
 そう云うと、彼女は一瞬、顔を曇らせた。
「いえ…あなた達自身が残存して、文明を維持している事自体は全くの不幸といえますが」
 もはや、俺達に言葉はなかった。
 彼女は、電化製品の説明書でも読んでいるように淡々と俺達の「歴史」を語り始めた。



 一万数百年前、一隻の宇宙船が地球の側を通りかかった。
 その船は、エンタテイメント・ブローカーの船だった。彼らは銀河中を飛び回り、面白いネタを仕入れては、銀河情報ネットワーク公社や民間のマスコミに売りつけるのが商売だ。その船のブローカーは、長い間、金になるネタをモノにしていなかった。それが、地球の命運に重大な影響をもたらしたのだ。
 普段なら、素通りしてしまう様な、変哲のない海洋惑星だった地球の大陸に、文明らしきモノを築き始めた二足歩行生物を発見した時、そのブローカーはあるアイデアを思いついた。当時、銀河文明を構成する知的種族は一万を超えていた。
 その一万の種族の内、枢軸列強種族を形成する酸素呼吸有機知性体の共通の始祖文明は、銀河辺境の海洋惑星から発祥したのではないかという学説が流布していたのだ。何の確証もない状況証拠と推測の積み重ねで、学説と呼べる様なものではなかったが、それだけにその証拠が見つかれば、金になる事は間違いない。
 いま、このブローカーの目前にある惑星上を闊歩している二足歩行生物は、この酸素呼吸有機知性体に酷似した生物学的特徴を有している。これは、生命進化の確率としては奇跡に近かった。
 少し「手を加えれば」いける。ブローカーの腹は決まった。
 勿論、歴史のねつ造は重罪である。しかし、それ以上にそのブローカーは生活に貧窮していたのだ。犯罪に手を染める事を自らに許容してしまう程に…。
 それから程なく、ブローカーの口車に乗せられた弱小惑星開発会社が、社運をかけた一大プロジェクトの為、地球を訪れた。
 彼らは、惑星改造プラントを持ち込み、それまでの地球の生態系を一掃した上、始祖文明の伝承通りの環境に造りかえてしまった。
 そして、事前に採取していた数十種類の地球原種の生物サンプルを元にして、始祖文明種族の遺伝子を組み入れた生物相を形成した。
 一度、外宇宙航行レベルの文明を手にして退化した知的生物の痕跡が残る様に、地層を掘り返して、その生物相や歴史に不都合のない化石や遺物までをも埋める念の入れようだった。
 ブローカーたちの思惑通り、地球は銀河史始まって以来初めて見つかった始祖文明のルーツ星として、一大観光地となった。
 当然、ブローカーと件の開発会社は、発見者としてのあらゆる版権を独占し、大儲けした。全銀河系の文明圏が市場だ。惑星改造に要した経費は、何十倍もの利益となって還ってきた。
 しかし、所詮、付け焼き刃。惑星上の山脈に埋めて破棄していた惑星改造プラントの発覚や、日進月歩の分析機器によって偽りの伝承はその仮面を剥がされ、首謀者は断罪された。
 極度に改ざんされた自然環境は、修復の目処が立たず、やむなくそのままにされた。
 生物相、特に始祖知性体の末裔として改造された二足歩行生物=人類は、その知性を維持できず絶滅するだろうと判断されていた。
 それから数千年もの間、銀河文明には、この不幸な惑星の事を記憶に留める者は、存在しなかった。
 再び、「フォノメノン・ムービー」の製作者達が、絶好のロケ地として、この惑星の存在を記録の断片から掘り起こすまでは…。
 そして、彼らは再び降り立ったこの惑星に、絶滅を逃れ独自に文明を築こうとしていた人類を発見した。
 当然の流れとして、利益最優先の製作会社は、彼らを現地調達の安価なエキストラとして、自分たちの撮影に都合良い、『演技』の出来る生体ロボットへと再改造し、量産した。
 


 俺は、マチュピチュを訪れたあの日にアイリーンとマチュピチュの遺跡都市を見渡した小高い丘に、再び彼女と立っていた。
 しばらくの間、雄大な都市の景観を堪能していたが、やがて心地よく吹いていた風の音に乗って彼女の声が俺に届いた。
「今朝の定時連絡でレポートが届いたわ。彼女の証言した場所で『ノアの箱船』が見つかったそうよ。いえ、正しくは惑星改造プラントね。場所は、トルコ東部のアララト山近くの海抜二千メートルの高地。偶然というか、いえ、もはや必然なのだけど、聖書でノアの箱船が漂着したと云われていた場所よ」
 アイリーンはレポートを読み上げる口調で、景色を見ながら話し続けた。
「内部構造は我々の科学レベルでは全くの解析不可能。ただ、何十種類かの遺伝子サンプルが保存されていたらしいわ。つまり正当な地球生物の血統って事ね。生物学者達は、人類進化のミッシングリングが解決するって脳天気に狂喜乱舞らしいけど…」
「それ以外にも、地球外文明の痕跡が、あちこちで発見されてんだろ。既存のオーパーツみたいなあやふやなものでなく、きっちりオーバーテクノロジーの遺物と判るものが…。いったん方向が定まれば芋づる式で物事が進む。人生訓だな」と、俺も、この数週間に仕入れたネタを披露した。
「流石ね。どこで聞いたのそんな事。一応、軍事機密なんだけど」
「君だって、今、俺に情報を提供してくれたじゃないか。親しくなれば人間同士、情が湧いて脇が甘くなるってものさ」
「…人間ね…」『例え模造品でも』と、アイリーンは続けたかったのだろうか。
 彼女は口を噤んでしまった。
「…オーパーツが。世界中のあちこちに気まぐれに存在している訳だな。『撮影』の都合で無秩序に造られ破棄されたわけだからな。単なる映画のセットや小道具なんだから」
 ウルバンバの渓谷に夕刻が迫っていた。マチュピチュの遺跡都市が赤く染まっていく。
 突如、警報が辺りの静寂を破った。
 アイリーンの部下の下士官が、こちらに駆け寄ってくる。彼が、敬礼もそこそこに報告した。
「サイボーグが拘束室から脱走しました」
 ここで、サイボーグと云えば、俺の女王様しかいない。
 俺は、この下士官野郎が彼女サイボーグと呼ぶ事に何故か無性に腹が立った。一発殴ったろか、とまで思ったが、事態がこじれるだけなので止めた。
 大体、作り物としては、カスタムメイドの彼女の方が、量産仕様の俺達より高級品なんだって皮肉な事実、考えたことも無いんだろうな、こいつ。
 と、俺がくだらない妄想で惚けている間に、アイリーンとその下士官の間で状況の確認が為されていた。
「で、彼女は何処に逃走したの?」
「いえ。拘束室を出ただけで、未だ遺跡内をうろついているだけ、との事です。今、第二小隊が包囲して張り付いています」
「それだけ?」と、アイリーンは早足で歩き出す。
「ええ。戦闘力の見当がつきませんので、しばらく様子を見よ。との命令です」
『戦闘力』ねぇ。軍属が考えそうな見当違いの現状認識に俺が悪態をついていると、その言葉をかき消す様に、頭上を三機の戦闘ヘリが、追い抜いていった。



 女王様は、都市中央の『聖なる広場』に立っていた。武装した兵士が遠巻きに彼女を包囲している。
 しばらく無線で司令部と話していたアイリーンは、話し終わると俺の側に来て言った。
「お願いがあるんだれど」
 彼女のお願いには、察しがついた。
「拘束室を出た理由を聞くんだな?」
「ええ、アナタなら答えてくれると思うわ」
 アイリーンは、頷きながら言った。
 確かに、女王様は目覚めて以来、どうも俺を話し相手として認識しているらしい。
 理由は解らない。
 アイリーン曰わく、「ファーストキッスの相手を女は忘れないのよ」との事だが、無責任な見解だ。
 彼女のファーストキッスは、もう何千年も前に済んでいるに違いないのだ。そこに恋愛感情が介在しているかは知らないが。

 兎に角、俺は、アイリーンの要請など無くても彼女と話すつもりだった。
 遠巻きに出来ている人の輪から一人抜けだし、ゆっくりと彼女に近づく。
 彼女は、空を見上げていた。
「…っ」
 彼女に声を掛けようとした瞬間、ゆっくりと彼女が俺の方に顔を向けた。

 上空でホバーリングするヘリの風に煽られる自らの髪の間から見え隠れする、柔和な微笑み。
 山吹色の髪と白い衣装が、夕日に紅く染まり、輝いている。
 美しかった。
 俺を見る彼女の瞳に釘付けになってしまう。
 エキストラとして調整された遺伝子が受け継ぐ価値感か。まさに映画の一場面を切り取ったかのような彼女の姿に、不覚にも心奪われ、見とれてしまった。
「タカシ! 何してるの!」 
 アイリーンの叱咤が飛ぶ。
 全く情緒の無い、事務的なやつだぜ。

 しかし、お陰で我に返った俺が、再びアイリーンに問いかけようとした時、彼女は右手を空に向かって指し示した。ゆっくりと。俺の視線がついていける様に。
 彼女の指先で、俺の視界を満たしたもの。
 地平線の彼方まで埋め尽くす程の真っ黒な宇宙船の集団。
 夕焼けに紅く染まっていた空と山々は、見る見るうちに黒く塗りつぶされていく。
 その時、その場にいた偽りの地球人たちは、自分たちの新しい歴史が始まる事を悟った。

 それは、『彼ら』が、我々を独立した知性と思っているのか、未だ自分たちの所有物と思っているのか、で、大きく変わる歴史だ。



 キャラバンを構成する数隻の輸送航宙船が、惑星の大気圏に突入し、目的地の上空に到着した。
 ここが、信号の発信地だ。
 つい最近、大昔に破棄されたと思われる映像装置からデータが発信されたのだ。恐らく、老朽化による誤作動だと思われるが、そのデータには、この場所の周辺状況がライブ映像で記録されていた。
 救難信号でもないのに、何故に、これ程の大騒ぎをしてやって来たのか。
 自然発生生物の嗜好という物は、人造生命体の私の思考とは永遠に相容れない。いつまでも理解出来ないだろう。

 船外カメラの映像データを私の視界に、眼下の山脈上に隆起した大地の一つ、その頂上に建設された人工の都市が認められる。都市といっても、岩石を積み上げただけの未開な文明の産物にすぎない。
 いやいや、古いメモリーバンクに眠っていたデータを反芻したところ、これは単なるロケーションセットなのだった。もう随分昔の事なので、流石の私も失念していた。
 ロケーションによるフィクションの撮影など、遙か昔に廃れているのだから。
 今のトレンドは、ドキュメンタリーだ…。
「あっ」
 私は、船の中央に設置されている陽電子脳の論理ルーチンが、この航海の目的に思い当ったのと同時に、船の乗組員、つまり私を造った造物主たちに航海の終わりを告げた。

 それから暫くして、銀河放送のネットワークで、『人工生命が自然進化の夢を見た日々』というドキュメントのフォノメノン・ムービーが配信された。
 
                                 了

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