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48話
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俺たちのベンチの雰囲気はとても良かった。当然だ。2点負けている状況から終了間際に1点を返せたのだ。モチベーションを上げるにはこれ以上ないシチュエーションだろう。
サッカーでは「2-0で勝っている時が一番難しい」ということが度々言われる。2点勝っている方が1点返されると精神的にはもう同点にされたかのように焦るし、返した方はそれだけ勢い付く……ということだ。
しかし、ハーフタイムに入ったことでその勢いが少し途切れてしまうことも確かである。俺たちとしてはこのまま後半を開始したいくらいだ。
(……そうだな、ハーフタイムは短い方がいいな)
向こうのベンチの様子を見て、俺は余計にその思いを強くした。
疲労度の違いが明らかなように見えたのだ。
もちろん向こうの2年チームのベンチも意気消沈している様子はない。むしろ1点返されたこともネタにして笑い合っているような雰囲気があった。だがそれもどこか虚勢というか、同点に追いつかれる恐怖を強く意識しており、そこから全力で目を逸らすために声を張り上げては下らないことで盛り上がる……そんな風に俺には映ったのだ。
だが虚勢を張っていてもは身体は正直だ。9月半ばとはいえまだまだ残暑は厳しい。根本の体力的な余裕のなさはダラーッと後ろに手を付くような座り方に表れている。
対する我が1年チームはむしろ真逆だ。誰も大声ではしゃいだりはしない。冷静に後半の自分たちが何をすべきか確かめている、そして後半が早く始まって欲しい……そんな表情が誰からも見えているようだった。やはりスタミナという部分では俺たちの方が有利に立っているのではないだろうか。
「ねえ、もう試合終わりなの?」
不意に後ろから声をかけられてビビった。それもこの底辺の戦場にはそぐわない女子の澄んだアルトだったから尚更だ。
振り返るとジャージ姿の朝川奈緒が立っていた。後ろには同じバスケ部の桐山さんもいた。彼女も俺たちと同じクラスで朝川といつも一緒にいる。
「あっれー、奈緒ちゃんじゃん!兄ちゃんの活躍を観に来たの?それとも俺の活躍の方かな?」
俺が質問に答える間もなく、声を上げたのは向こうのベンチにいた中野先輩だった。中野先輩と翔先輩は付き合いも長いから、当然妹である彼女とも顔見知りの関係なのだろう。
「あ、中野先輩……お疲れ様です」
奈緒は明らかに気を遣った、距離感を取ろうとしている返事をした。
むろんそれにめげるような中野先輩ではない。
「もー、俺を観に来たんだったらはっきりそう言いなよ。照れ屋なところは兄妹そっくりなんだな。……な、翔!」
肩を組まれたた翔先輩は中野先輩の手をめんどくさそうに振り解くと、何も言わず水の入ったボトルに手を伸ばした。無関心を装ってはいるけれど、中野先輩が言うように照れているようにも見えた。
「あ、いえ。私、吉川君と川田君のクラスメイトなんです。それで今日は部活も早めに終わって、グラウンドを眺めていたら、たまたまこのゲームをやっているのが見えたので観に来たんです」
(え、俺たちの方を観に来たの?っていうか、それを先輩たちに向かってはっきりと言って欲しくはなかったなぁ……)
中野先輩だけでなく他の先輩方も当然彼女のことは認識しているはずだ。多分明るく活発で容姿端麗な彼女のことを誰もが好意的に見ているはずだ。そんな存在である彼女が、どちらかと言うとこちらのチームを応援しているかのような発言をすることは、感情的に大きな刺激を与えることになりかねないのだ。男というものは実に単純な生き物で、可愛い女子の些細な言動が実に大きなモチベーションになるものなのだ。
その証拠に、明らかに2年チームの雰囲気は一変した。
だがそんな変化を彼女は全く感じていないようだった。
「……ねえ、吉川君?全然勝負にならない、なんてことないじゃない」
「あ、ああ」
当然俺の頭には先日彼女を通して翔先輩に「1年チームは全然モチベーションがなくて、すでに負けた時の対応策を考えている」というデマを流そうとしていたことが浮かんでいた。もちろん全ては太一の陰謀だったが。朝川の口調は実に自然で、それを責めるような素振りは一切なかったがそれゆえに俺は申し訳ない気持ちがより強くなった。
「って言うか、いつから観てたんだ?」
試合の流れまで把握しているような彼女の口ぶりが気になり、俺はそう尋ねた。
「最初っからだよね~、さっきはたまたまみたいな言い方してたけど、ずっと気になってたんだよね~」
答えたのは彼女ではなく、後ろにいた桐山さんだった。
「ちょ、キリちゃん!やめてってば!……違うんだからね、本当たまたまグラウンド見てたら……………………」
わたわたと慌てて何やら言い訳をしている彼女を見て可愛いと思ったが、多分奈緒→翔→2年チームへと「俺たちのモチベーションが無い」というデマを流す太一の作戦は成功しなかったのだと判断した。奈緒→翔のところのコミュニケーションは思ったよりも滞っていて、だからこそこうして試合を観に来たのではないか……俺には何となくそう思えた。まあすでに前半が終了してしまっている以上、どっちでも良いのだが。
サッカーでは「2-0で勝っている時が一番難しい」ということが度々言われる。2点勝っている方が1点返されると精神的にはもう同点にされたかのように焦るし、返した方はそれだけ勢い付く……ということだ。
しかし、ハーフタイムに入ったことでその勢いが少し途切れてしまうことも確かである。俺たちとしてはこのまま後半を開始したいくらいだ。
(……そうだな、ハーフタイムは短い方がいいな)
向こうのベンチの様子を見て、俺は余計にその思いを強くした。
疲労度の違いが明らかなように見えたのだ。
もちろん向こうの2年チームのベンチも意気消沈している様子はない。むしろ1点返されたこともネタにして笑い合っているような雰囲気があった。だがそれもどこか虚勢というか、同点に追いつかれる恐怖を強く意識しており、そこから全力で目を逸らすために声を張り上げては下らないことで盛り上がる……そんな風に俺には映ったのだ。
だが虚勢を張っていてもは身体は正直だ。9月半ばとはいえまだまだ残暑は厳しい。根本の体力的な余裕のなさはダラーッと後ろに手を付くような座り方に表れている。
対する我が1年チームはむしろ真逆だ。誰も大声ではしゃいだりはしない。冷静に後半の自分たちが何をすべきか確かめている、そして後半が早く始まって欲しい……そんな表情が誰からも見えているようだった。やはりスタミナという部分では俺たちの方が有利に立っているのではないだろうか。
「ねえ、もう試合終わりなの?」
不意に後ろから声をかけられてビビった。それもこの底辺の戦場にはそぐわない女子の澄んだアルトだったから尚更だ。
振り返るとジャージ姿の朝川奈緒が立っていた。後ろには同じバスケ部の桐山さんもいた。彼女も俺たちと同じクラスで朝川といつも一緒にいる。
「あっれー、奈緒ちゃんじゃん!兄ちゃんの活躍を観に来たの?それとも俺の活躍の方かな?」
俺が質問に答える間もなく、声を上げたのは向こうのベンチにいた中野先輩だった。中野先輩と翔先輩は付き合いも長いから、当然妹である彼女とも顔見知りの関係なのだろう。
「あ、中野先輩……お疲れ様です」
奈緒は明らかに気を遣った、距離感を取ろうとしている返事をした。
むろんそれにめげるような中野先輩ではない。
「もー、俺を観に来たんだったらはっきりそう言いなよ。照れ屋なところは兄妹そっくりなんだな。……な、翔!」
肩を組まれたた翔先輩は中野先輩の手をめんどくさそうに振り解くと、何も言わず水の入ったボトルに手を伸ばした。無関心を装ってはいるけれど、中野先輩が言うように照れているようにも見えた。
「あ、いえ。私、吉川君と川田君のクラスメイトなんです。それで今日は部活も早めに終わって、グラウンドを眺めていたら、たまたまこのゲームをやっているのが見えたので観に来たんです」
(え、俺たちの方を観に来たの?っていうか、それを先輩たちに向かってはっきりと言って欲しくはなかったなぁ……)
中野先輩だけでなく他の先輩方も当然彼女のことは認識しているはずだ。多分明るく活発で容姿端麗な彼女のことを誰もが好意的に見ているはずだ。そんな存在である彼女が、どちらかと言うとこちらのチームを応援しているかのような発言をすることは、感情的に大きな刺激を与えることになりかねないのだ。男というものは実に単純な生き物で、可愛い女子の些細な言動が実に大きなモチベーションになるものなのだ。
その証拠に、明らかに2年チームの雰囲気は一変した。
だがそんな変化を彼女は全く感じていないようだった。
「……ねえ、吉川君?全然勝負にならない、なんてことないじゃない」
「あ、ああ」
当然俺の頭には先日彼女を通して翔先輩に「1年チームは全然モチベーションがなくて、すでに負けた時の対応策を考えている」というデマを流そうとしていたことが浮かんでいた。もちろん全ては太一の陰謀だったが。朝川の口調は実に自然で、それを責めるような素振りは一切なかったがそれゆえに俺は申し訳ない気持ちがより強くなった。
「って言うか、いつから観てたんだ?」
試合の流れまで把握しているような彼女の口ぶりが気になり、俺はそう尋ねた。
「最初っからだよね~、さっきはたまたまみたいな言い方してたけど、ずっと気になってたんだよね~」
答えたのは彼女ではなく、後ろにいた桐山さんだった。
「ちょ、キリちゃん!やめてってば!……違うんだからね、本当たまたまグラウンド見てたら……………………」
わたわたと慌てて何やら言い訳をしている彼女を見て可愛いと思ったが、多分奈緒→翔→2年チームへと「俺たちのモチベーションが無い」というデマを流す太一の作戦は成功しなかったのだと判断した。奈緒→翔のところのコミュニケーションは思ったよりも滞っていて、だからこそこうして試合を観に来たのではないか……俺には何となくそう思えた。まあすでに前半が終了してしまっている以上、どっちでも良いのだが。
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