ふわふわまるまる飛車角

きんちゃん

文字の大きさ
48 / 71

48話

しおりを挟む
 俺たちのベンチの雰囲気はとても良かった。当然だ。2点負けている状況から終了間際に1点を返せたのだ。モチベーションを上げるにはこれ以上ないシチュエーションだろう。
 サッカーでは「2-0で勝っている時が一番難しい」ということが度々言われる。2点勝っている方が1点返されると精神的にはもう同点にされたかのように焦るし、返した方はそれだけ勢い付く……ということだ。
 しかし、ハーフタイムに入ったことでその勢いが少し途切れてしまうことも確かである。俺たちとしてはこのまま後半を開始したいくらいだ。

(……そうだな、ハーフタイムは短い方がいいな)
 向こうのベンチの様子を見て、俺は余計にその思いを強くした。
 疲労度の違いが明らかなように見えたのだ。
 もちろん向こうの2年チームのベンチも意気消沈している様子はない。むしろ1点返されたこともネタにして笑い合っているような雰囲気があった。だがそれもどこか虚勢というか、同点に追いつかれる恐怖を強く意識しており、そこから全力で目を逸らすために声を張り上げては下らないことで盛り上がる……そんな風に俺には映ったのだ。
 だが虚勢を張っていてもは身体は正直だ。9月半ばとはいえまだまだ残暑は厳しい。根本の体力的な余裕のなさはダラーッと後ろに手を付くような座り方に表れている。
 対する我が1年チームはむしろ真逆だ。誰も大声ではしゃいだりはしない。冷静に後半の自分たちが何をすべきか確かめている、そして後半が早く始まって欲しい……そんな表情が誰からも見えているようだった。やはりスタミナという部分では俺たちの方が有利に立っているのではないだろうか。



「ねえ、もう試合終わりなの?」

 不意に後ろから声をかけられてビビった。それもこの底辺の戦場にはそぐわない女子の澄んだアルトだったから尚更だ。
 振り返るとジャージ姿の朝川奈緒が立っていた。後ろには同じバスケ部の桐山さんもいた。彼女も俺たちと同じクラスで朝川といつも一緒にいる。

「あっれー、奈緒ちゃんじゃん!兄ちゃんの活躍を観に来たの?それとも俺の活躍の方かな?」

 俺が質問に答える間もなく、声を上げたのは向こうのベンチにいた中野先輩だった。中野先輩と翔先輩は付き合いも長いから、当然妹である彼女とも顔見知りの関係なのだろう。

「あ、中野先輩……お疲れ様です」

 奈緒は明らかに気を遣った、距離感を取ろうとしている返事をした。
 むろんそれにめげるような中野先輩ではない。

「もー、俺を観に来たんだったらはっきりそう言いなよ。照れ屋なところは兄妹そっくりなんだな。……な、翔!」

 肩を組まれたた翔先輩は中野先輩の手をめんどくさそうに振り解くと、何も言わず水の入ったボトルに手を伸ばした。無関心を装ってはいるけれど、中野先輩が言うように照れているようにも見えた。

「あ、いえ。私、吉川君と川田君のクラスメイトなんです。それで今日は部活も早めに終わって、グラウンドを眺めていたら、たまたまこのゲームをやっているのが見えたので観に来たんです」

(え、俺たちの方を観に来たの?っていうか、それを先輩たちに向かってはっきりと言って欲しくはなかったなぁ……)
 中野先輩だけでなく他の先輩方も当然彼女のことは認識しているはずだ。多分明るく活発で容姿端麗な彼女のことを誰もが好意的に見ているはずだ。そんな存在である彼女が、どちらかと言うとこちらのチームを応援しているかのような発言をすることは、感情的に大きな刺激を与えることになりかねないのだ。男というものは実に単純な生き物で、可愛い女子の些細な言動が実に大きなモチベーションになるものなのだ。
 その証拠に、明らかに2年チームの雰囲気は一変した。
 だがそんな変化を彼女は全く感じていないようだった。

「……ねえ、吉川君?全然勝負にならない、なんてことないじゃない」
「あ、ああ」

 当然俺の頭には先日彼女を通して翔先輩に「1年チームは全然モチベーションがなくて、すでに負けた時の対応策を考えている」というデマを流そうとしていたことが浮かんでいた。もちろん全ては太一の陰謀だったが。朝川の口調は実に自然で、それを責めるような素振りは一切なかったがそれゆえに俺は申し訳ない気持ちがより強くなった。

「って言うか、いつから観てたんだ?」

 試合の流れまで把握しているような彼女の口ぶりが気になり、俺はそう尋ねた。

「最初っからだよね~、さっきはたまたまみたいな言い方してたけど、ずっと気になってたんだよね~」

 答えたのは彼女ではなく、後ろにいた桐山さんだった。

「ちょ、キリちゃん!やめてってば!……違うんだからね、本当たまたまグラウンド見てたら……………………」

 わたわたと慌てて何やら言い訳をしている彼女を見て可愛いと思ったが、多分奈緒→翔→2年チームへと「俺たちのモチベーションが無い」というデマを流す太一の作戦は成功しなかったのだと判断した。奈緒→翔のところのコミュニケーションは思ったよりも滞っていて、だからこそこうして試合を観に来たのではないか……俺には何となくそう思えた。まあすでに前半が終了してしまっている以上、どっちでも良いのだが。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

やっかいな幼なじみは御免です!

ゆきな
恋愛
有名な3人組がいた。 アリス・マイヤーズ子爵令嬢に、マーティ・エドウィン男爵令息、それからシェイマス・パウエル伯爵令息である。 整った顔立ちに、豊かな金髪の彼らは幼なじみ。 いつも皆の注目の的だった。 ネリー・ディアス伯爵令嬢ももちろん、遠巻きに彼らを見ていた側だったのだが、ある日突然マーティとの婚約が決まってしまう。 それからアリスとシェイマスの婚約も。 家の為の政略結婚だと割り切って、適度に仲良くなればいい、と思っていたネリーだったが…… 「ねえねえ、マーティ!聞いてるー?」 マーティといると必ず割り込んでくるアリスのせいで、積もり積もっていくイライラ。 「そんなにイチャイチャしたいなら、あなた達が婚約すれば良かったじゃない!」 なんて、口には出さないけど……はあ……。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

リヴァイアトラウトの背の上で

結局は俗物( ◠‿◠ )
ファンタジー
巨大な魚とクリスタル、そして大陸の絵は一体何を示すのか。ある日、王城が襲撃される。その犯人は昔死んだ友人だった―… 王都で穏やかに暮らしていたアルスは、王城襲撃と王子の昏睡状態を機に王子に成り代わるよう告げられる。王子としての学も教養もないアルスはこれを撥ね退けるため観光都市ロレンツァの市長で名医のセルーティア氏を頼る。しかし融通の利かないセルーティア氏は王子救済そっちのけで道草ばかり食う。 ▽カクヨム・自サイト先行掲載。

処理中です...