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二話

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「またお越しくださ~い」

 先ほどのお客さんは卓上釣り鐘が鳴り終わると、魔力が供給されたゴーレムのように急に動き出していってしまった。



 カランコロンと退店を知らせる音はすぐ、魔本たちに吸収される。



 店内は静寂に包まれた。



「やっぱ店主には見えないかぁ」

 静かになれば先ほどのことを思いだす。



 つい、カウンター上の魔本を撫でてしまった。今日は二回目。



 落ち込んだり、何か考え事をするときに魔本を撫でてしまうのは私の癖だ。よく師匠に「売り物を撫でまわすんじゃない!」って怒られたっけ。



 ふと、私は撫でていた魔本に何か挟まっていることに気が付いた。



「スリップ」



 もうこれ使ってないのにな。



 三年位前、師匠が使うのをやめたのだ。「お前も店の在庫くらい、頭で覚えとけ」とか言っていた。理不尽な、と当時は思ったが今はもうほとんどの在庫を覚えている。



「はぁ……」

 一回昔のことを思い出してしまうと、どんどん余計なことが頭に浮かんできた。



 師匠は今どこにいるのだろう、とか。

 そもそも生きてる? とか。

 本当に私にお店を任せて不安じゃない? とか。



 師匠は私が15で成人を迎えるとすぐ、旅にいってしまった。もう老いぼれの時代ではない、これからはお前のような若い世代が主役だと。



 正直、まだ師匠にはいってほしくなかった。自分の未熟さは理解していたし、もっと教わりたいことがたくさんあったのだ。



 思考がぐるぐる頭を回り、三回目の魔本撫でをしようと魔本に手を伸ばした。



「……いけない!」

 パチンと、両手で頬を叩く。程よい痛みが少しだけ気分をシャキッとさせてくれた。



 この魔本、片付けなきゃ。



「どこにあったものかな~」

 この店は魔本を級と種類で分けている。

 魔本を開いてパラパラめくる。真ん中ぐらいまでめくったところで一節、「気が落ち着くかもしれない魔法」



 知らない魔法だ。

 

 やっぱり私はまだまだだ。



 そんな私を置いていくなんて、師匠は……。



 再び思考がよくない方向にいってしまう。もう一度頬を叩いてリセット。魔本を片付けようと手に持った。



 そこで思いつく。「せっかくなら一回この魔法を使ってみよう」と。



 思い立ったがなんとやら。魔本を閉じ、両手で持つ。そしてゆっくり魔力を流し込んだ。



「お、おぉぉぉ~」

 魔本を中心にふわぁっと花の匂いが広がった。

 目を閉じて深く息を吸う。一本じゃない。まるで花畑にいるのだと錯覚するような匂いが鼻腔をくすぐり、突き抜けていく。



 私は時間を忘れ、しばらくその香りを堪能した。




 気が落ち着くかもしれない魔法のおかげでいい気分だ。思いがけず良い魔法を手に入れてしまった。



 これはお店に出さないでおくか……。

 そんな微妙にゲス、微ゲスな考えを巡らせる。



 あ、掃除しなきゃ。



 放り出され、悲しく転がっているはたきを手に取った。



 まずは空気の入れ替えを……。



「よし、心機一転。頑張るぞ!」

 この扉の先には新たな世界が広がっている。私のお店がさらに発展する、輝かしい未来が!



 そんな思いを胸にガチャッと扉を開け放つと、「あうっ」と弱弱しい声が聞こえた。



 ………。



「――人だ」

 人がいた。
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