成仏DEATH。

相良月城

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第三章 三人目と四人目と五人目

折れた心

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 伊野田が去ったあとも、谷垣は意気消沈した様子で俯いたままだった。リコリスはそんな彼にそっと声をかけるが、返ってくる言葉はすっかり弱気になった剥き出しの谷垣敏樹という人間で、さしものリコリスもどう対応したものかと困り果てていた。
「……谷垣様」
「俺は……俺はどうしたらいいんだよ……あんたに赦されたら……」
「……」
「“悪い子”じゃなくなった俺は……“殺人鬼”ですらいられなくなった俺は、なんなんだよ……」
 血が滲むほど握りしめられた拳の上には、ぽたりぽたりと涙の雫が落ちた。いつもの虚勢すら忘れたとめどない涙は、谷垣自身が壊れかけていることの何よりの証左だった。
「……貴方様にとって、自分が自分である証は“悪い子でいること”……だったんですね」
「だってそう望まれるんだ。世間はそうあれと俺に言うんだ。そうじゃないと価値がないって……そう言われているようで……良い子のまま生きていたって、俺は誰にも注目なんてされやしない!」
 悲鳴のように地獄に響き渡る谷垣の声は、苦しさを滲ませた涙声だった。
「才能なんてものもない俺は……俺は、そんなことなら悪い人間のままでよかったんだ」
 なのに、と言いながら苦しそうに身を丸める谷垣。伊野田に赦されたことが余程自分自身に突き刺さっているようで、それも“悪い子として生きることになった理由”そのものである人間に“悪い子”であることを否定されたとあれば不思議でもない反応だった。
「俺は……悪い子……悪い人間で……ヤクザで……殺人鬼の、谷垣敏樹じゃないと駄目なんだ」
「……貴方様は、ご自分に呪いをかけていらっしゃるのですね」
「……呪い?」
「望まれる自分、悪い自分であれ、という呪いですよ」
 尚もリコリスは谷垣に対して言葉を投げかける。呪い、という言葉に谷垣が顔を上げて反応した。
「……けれど、運が良いのか悪いのか、貴方様の中には本物の“悪い子”が存在していた。……それが、快楽殺人鬼という一面」
「……」
「目を逸らし続けていたんでしょう? それを受け入れるのが恐ろしくて。本当は、伊伏様を殺害した際に何かおかしいと気が付いていたはずです」
 殺すごとに見出す、「楽しい」という感情。それは谷垣自身が気付いていながら目を逸らし続けていた、真に“異常”な感情だった。
 殺害した際に感じる、「ああ、自分は今相手の命を支配し、それを奪ってやったのだ」という感情。それは何よりも代えがたい優越感であり、一人の人生を奪ったという達成感でもあった。
 “悪”であることを良しとしながら、誰かを殺すほどの悪を目指すつもりはなかった谷垣にとって、伊伏の一件は己の中の異常性と直面する人生の始まりでもあったのだ。
「……俺は、異常なんかじゃない」
「もちろん、貴方様はそう思いたかったでしょう。……けれど、奏多くんと出会った時点ではもうわかっていたことでしょう?」
 己のトラウマが起爆剤となり、快楽殺人鬼としての一面が表出してくる。それが理解できていなければ、奏多に「近付くな」などとは言えないはずだ。
 彼は、些細なきっかけで望まずして人を殺す、殺してしまう、そんな人間として成り立ってしまったのだ。
「っ……違う! 俺は……」
「“自分の意志で殺した”……そう仰りたいのですか?」
 そうまでして守った“悪人”という肩書きに、今更なんの価値があるのですか? とリコリスは尚も問い続ける。必死に逸らそうとする谷垣の瞳を、まっすぐに見つめて。
「じゃあ俺は……なんなんだよ……これまでの三十八年間、俺は一体“何”だったんだ?」
「……貴方様は、赦されていいのです。そもそも、この世界での“殺し返し”も、殺し返しを受け、赦された上で成仏することを目標とした行為なのですから」
「だけどそれは、相手が俺に対して確かな“憎しみ”や“嫌悪”を持って行っていたことだろう!? それもないまま、ただ憐れんで赦されたんだよ俺は!」
 俺は本来誰にも許される資格なんてないのに、と谷垣は顔を覆って蹲った。谷垣にとって、伊野田との一件はそういった見解らしい。リコリスは呆れたようにため息をついて立ち上がり、こう言った。
「憐れみ……本当に、そうでしょうか? 彼は、ご自分の判断に後悔を抱き続けた成れの果てのようでしたが」
 人間の感情というものは一方通行で単純なものではない。殺されたからと言って皆が皆憎むものでもなければ、生かされたからといって皆が皆感謝するわけでもない。
 リコリスは、それを嫌というほど理解していた。
「……ある、一人の囚人の話をしましょうか」
「……はあ? なんだよいきなり」
「この世界で“殺し返し”を受けた……いわば貴方様の先輩の話です」
 訝しげに首を傾げる谷垣をよそに、ぽつりぽつりとリコリスは話を始めた。それは、ある女囚人の贖罪の話だった。
 その女囚人は、かつて結婚をして幸せな家庭を築いていた。が、ある日、夫はリストラに遭い、職を失ってしまった。そして、そのショックで元々酒癖の悪い夫は現実逃避の手段に酒に手を出してしまった。
 来る日も来る日も酒浸り、仕事を探しもせずに己の不幸を嘆くだけの夫に、妻は不満をつのらせながらも生活費をなんとか工面していた。
「……そんな状態で金を工面って、どうやって」
「それはもちろん、表立っては言えないような……そうですね、所謂“パパ活”とでも言えばいいでしょうか」
 外見にだけは自信のあった彼女は、金づるを見つけては金品をねだり、文字通り身を粉にして働く女だったが、そんなある日たちの悪い金づるに逆に捕まえられてしまう。
 彼のエスカレートしていく要望に身の危険を感じた彼女は咄嗟に自身に処方されていた睡眠薬を男に飲ませ、眠り込んだ男を湯船に沈めて殺してしまう。
「おいおい、急展開すぎるだろ……」
「人生などそんなモンです。いつ、何が起きて、何がどうなるのか。そんなものは誰にもわからないからこその人生なのです」
 当人はこんなことになるなんて、という気持ちでいっぱいだったでしょうが、とリコリスは言葉を続ける。
 そうして、人の命の呆気なさを目にした彼女は、吹っ切れてしまった。ふらりと覚束ない足取りで家に戻った彼女は、夫にも睡眠薬を飲ませた。もちろん、同じ方法で殺害した。なんの証拠隠滅もしていなかったので、一人目の遺体が発見されてすぐ、足がついた。
 逮捕された彼女はあっけらかんとこう言った。「すべて私がやりました」と。
「殺した罪悪感を抱きながらも、どこか解放されたような、そんな気持ち“だった”んでしょうね。もちろん、彼女はそのまま自分の罪を弁解することもなく、下された死刑という判決を受け入れました」
「……おい、これってまさかとは思うが」
 やたらと生々しく描写される経緯、心情、そして懐かしむようなリコリスの瞳。これで気が付かないほど谷垣は鈍い人間ではなかった。
 まさか、という谷垣の言葉に、にこり、とどこかさっぱりとした笑みを返すと、リコリスはなんでもないようにこう言った。
「ええ、私の過去の話でございます」
「……そんな話を俺にして、どうしようってんだ?」
「話はここからですよ谷垣様。私は、なにも罰か何かでここで働いているわけではございません」
「は? じゃあなんで……」
「私も、“赦された”のです」
「……殺した相手に、か」
「ええ、一人目には問答無用に殺されましたが……夫には『お前をそこまで追い詰めたのは俺だから』と。……私は、そのときに思ったのです。赦されたことを、その時間を……無駄にしてはいけない、と」
 皮肉にも、殺したときの罪悪感も、殺すと覚悟したときの殺意も、すべてを知っているのは罪人だけです、とリコリスは言葉を紡ぐ。
「“赦された”という体験も、きっとこの世界では無駄な経験にはならないと、私は思います」
「……はっ……俺にも同じようになれ、と?」
「選択肢はそれこそ腐るほどにございます! なにせ、次が最後の“殺し返し”でございますからね。ここは……この場所は、ある意味人生の延長ですから」
 おとなしく成仏して次の生を待つも、その先に何かを見出すためにもがくのも、貴方様のお好きなようにしてよろしいのです、とリコリスは微笑む。
 そんな彼女の清々しいまでの笑みに、谷垣はため息をついてわしわしと頭をかき乱すと、そっぽを向いてしまった。だが、それが谷垣にとって悪い反応ではないと、これまでの贖罪を共にしたリコリスにはわかっていた。
 静かに谷垣の背中を見つめるその顔は、未だ優しい笑みをたたえていた。そうしてやがて、長い沈黙の後に谷垣がぽつりと一言、言葉をこぼした。
「……ありがとな」
「……いいえ。私は感謝されるようなことなど、何も」
 ただ思い出した昔話をしただけですよ、と顔を合わせることもなく、言葉だけを交わす。谷垣はよし! と気合を入れて立ち上がると、勢い良く振り返った。その顔にはもう、迷い悩んだ憂いの表情はなかった。
「よし! とっとと次だ次!」
「……ふふ」
「……何笑ってやがる」
「いいえ……いいえ、泣いても笑っても次が最後でございます。気合を入れて臨みましょう!」
「……殺されるのに気合って必要か?」
 どこか吹っ切れた様子の谷垣に、いつものノリで言葉を返すリコリス。つかの間、二人の間に流れた重い雰囲気はもうそこにはなかった。
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