11 / 119
善人なんていやしない
6
しおりを挟む
*
人が打算なく他人を助けられるのはいつだろう?
答えは簡単だ。僕はそれを、恐怖を感じた時だと考えている。例えば愛する人が死に瀕した時、あるいはその人のいない未来を思い浮かべてしまった時。人は恐れ、自分のために優しくなる。
だとすれば、打算のない優しさをふりまけるのは、きっと猫か子供くらいなのだと思う。さもなくば氷雨のように、単なるバカか。
僕はそこで考えるのを止めて、氷雨に振り返った。
「なに飲む? こないだの傘も合わせて礼がしたい」
目の前には紙パックの自販機がある。
宿題を見せてもらうとか、日直の代役とかの、高校生活で発生する対価の支払いについて。僕らはほとんどをジュースや学食の食券で解決する。
今回のお礼は、飲めず仕舞いだったイチゴオレのリベンジも兼ねていた。
「あー、アタシお礼はいいっス。受け取れないんで」
イチゴオレを取って振り返ると、数歩離れたところで氷雨が濡れていた。決して狭くない軒下を避ける理由が思い当たらずに、僕は首を傾げる。
「どうして?」
「モットーなんスよ」
「対価を払うのも受け取るのも、人として間違ってるとは思わないけど」
「それでも、です」と彼女は首を振った。僕もそれ以上の詮索はしなかった。
「そうか。何にせよ助かった、有り難う」
「そんな、顔上げてくださいよセンパーイ。アッシ後輩っスよ?」
軽く下げた視界で、氷雨の手が振れていた。
「先輩だってお礼はする」
「そんなんいーっスよ、もう顔上げてください」
言われた通りに顔を上げると、氷雨が校舎の時計を盗み見ていた。何か予定があるのかもしれない。
「引き留めて悪かった。もともと指は大丈夫だから」
ふっと彼女から目を逸らす。
まるでそれが何かの合図だったように、雨が固めていたコンクリートの時間が、不意に動き出す。
「あのー。じゃあアタシ、失礼しますね?」
氷雨が僕の顔を伺う。頷きを返すと、しなやかな肢体が駆け出した。
「あっ、そだ!」
けれどまたすぐに振り返って、朗らかに手を振った。
「痛くなくても、しばらくは動かしちゃダメっスよー!」
彼女はそのまま離れていく。僕はその背を見送ってから教室に戻った。何かが心の真ん中に引っ掛かっているような気がした。
人が打算なく他人を助けられるのはいつだろう?
答えは簡単だ。僕はそれを、恐怖を感じた時だと考えている。例えば愛する人が死に瀕した時、あるいはその人のいない未来を思い浮かべてしまった時。人は恐れ、自分のために優しくなる。
だとすれば、打算のない優しさをふりまけるのは、きっと猫か子供くらいなのだと思う。さもなくば氷雨のように、単なるバカか。
僕はそこで考えるのを止めて、氷雨に振り返った。
「なに飲む? こないだの傘も合わせて礼がしたい」
目の前には紙パックの自販機がある。
宿題を見せてもらうとか、日直の代役とかの、高校生活で発生する対価の支払いについて。僕らはほとんどをジュースや学食の食券で解決する。
今回のお礼は、飲めず仕舞いだったイチゴオレのリベンジも兼ねていた。
「あー、アタシお礼はいいっス。受け取れないんで」
イチゴオレを取って振り返ると、数歩離れたところで氷雨が濡れていた。決して狭くない軒下を避ける理由が思い当たらずに、僕は首を傾げる。
「どうして?」
「モットーなんスよ」
「対価を払うのも受け取るのも、人として間違ってるとは思わないけど」
「それでも、です」と彼女は首を振った。僕もそれ以上の詮索はしなかった。
「そうか。何にせよ助かった、有り難う」
「そんな、顔上げてくださいよセンパーイ。アッシ後輩っスよ?」
軽く下げた視界で、氷雨の手が振れていた。
「先輩だってお礼はする」
「そんなんいーっスよ、もう顔上げてください」
言われた通りに顔を上げると、氷雨が校舎の時計を盗み見ていた。何か予定があるのかもしれない。
「引き留めて悪かった。もともと指は大丈夫だから」
ふっと彼女から目を逸らす。
まるでそれが何かの合図だったように、雨が固めていたコンクリートの時間が、不意に動き出す。
「あのー。じゃあアタシ、失礼しますね?」
氷雨が僕の顔を伺う。頷きを返すと、しなやかな肢体が駆け出した。
「あっ、そだ!」
けれどまたすぐに振り返って、朗らかに手を振った。
「痛くなくても、しばらくは動かしちゃダメっスよー!」
彼女はそのまま離れていく。僕はその背を見送ってから教室に戻った。何かが心の真ん中に引っ掛かっているような気がした。
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは
紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。
真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。
婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。
白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる