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ヒーローの平穏は、誰に祈ればいい
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僕らの謹慎は四日で幕を閉じた。
氷雨が訴えたお陰だと言う。「ちゃんと詫びとけよ」と言って反省文を押し付けてきたヤマナカに、喉元まで出かかった言葉を飲み下す。
クソ教師が。その被害者にまで反省文を押し付けたのは一体誰だ。
「悪い文化だよな、謹慎って」
前の席から僕の机にもたれ掛かって若が言った。全くその通りだ、と僕も頷く。
「いい休暇だったけど、もう懲り懲りだよ」
「間違いない」
「ようやく懲りたん?」
呆れた声が降ってくる。骨を抜かれたように管を巻く僕らを、腰に手を当てた芽衣花が見下ろしていた。
僕は応える。
「休みが快適すぎてさ、学校来るのに疲れるようになったよ」
「全然懲りてへんやん」
ツッコミを披露する芽衣花に、若がだらりとした態度で返す。
「人間休まないで生きてけるかよバカヤロー」
「土日休みやん」
「五日も頭フル回転させた疲れが二日で取れるか」
「でも礼アホやん、何言うとん」
溜め息を一つ置いて、芽衣花が眉間を揉んだ。若が労うような声をかける。
「疲れてんのか、休んだ方がいいぞ」
「誰のせいや思とんよ!?」
始まった。またいつもの夫婦漫才だ。
僕の出る幕はない。邪魔にならないように、飛び火してこないよう席を立って、中庭に落ち延びる。
この梅雨最後と言われた雨が、出し惜しみを厭うように降り注いでいた。
僕はまた屋根付きの小さな舞台に足を運ぶ。そこには先客の影がある。
近づくにつれ見覚えのある輪郭になっていく影が、僕に気付いて顔を上げた。
「あ、助兵衛のよぎセンだ……」
氷雨茉宵は見るからに不機嫌になっていた。
僕は彼女の隣に座る。顔を近づけてじっと横顔を見つめる。
「ああ、後輩な変態か」
「逆、ヘンタイな後輩っス!」
「変態なのは否定しないんだな」
「もいーっスよ。どーせブラ透かして歩く女っスからぁ」
膨れっ面が不満げに揺れる。
一瞬ためらってから頬をつつくと、「ぷしゅ」と気の抜ける音がした。
じっとりと、ヘーゼルの瞳が僕をにらむ。
「てか、来てたんスね。学校」
「朝イチで挨拶行った方がよかったか?」
「いらないっスよ、そんなん」
氷雨が顔をそらす。
拗ねた子供のような振る舞い。彼女の言おうとしていることが読めない。
これまでの恋愛経験から答えを探していると、氷雨がポツリと言葉を投げてきた。
「懲りたっスか」
「謹慎?」
「それもですけど、違います」
氷雨の口調が緊張で固まっていく。
ゆっくりと僕を見た彼女の目は、声音と同じように震えていた。
「アタシと、つるむことっスよ」
「なんで?」
「アタシに構うと、結局みんな不幸になります。よぎセンだってセンセーに怒られたじゃないスか」
真面目な話をする氷雨の瞳に映った僕は、ひどく退屈そうな顔をしていた。
とっさに笑顔を作って、氷雨を慰める。
「別に構ったわけじゃないよ。僕には僕でやりたいことがあって、その結果氷雨と出会っただけだ」
だから気にしなくていい。
自惚れを聞くのは面白くない。
共感性羞恥、と言うのだろうか。いずれにせよ質の悪い話だ。自分の古い写真を見せられているような気分になる。
「でも、」
「いいから。僕は懲りてないし、今後もこうやって君と話がしたい」
食い下がる氷雨に、結論を投げつける。
多少乱暴で恥ずかしくても、ぐだぐだと女々しい話を聞いているよりはましだ。
それに彼女を攻略するなら、どのみち伝える言葉だ。
「だから、よかったら今後も僕と付き合ってくれ」
「せめて謹慎は懲りてくださいね……」
氷雨が溜め息をこぼす。
けれどその頬は、微かに血色を取り戻しているようだった。
氷雨が訴えたお陰だと言う。「ちゃんと詫びとけよ」と言って反省文を押し付けてきたヤマナカに、喉元まで出かかった言葉を飲み下す。
クソ教師が。その被害者にまで反省文を押し付けたのは一体誰だ。
「悪い文化だよな、謹慎って」
前の席から僕の机にもたれ掛かって若が言った。全くその通りだ、と僕も頷く。
「いい休暇だったけど、もう懲り懲りだよ」
「間違いない」
「ようやく懲りたん?」
呆れた声が降ってくる。骨を抜かれたように管を巻く僕らを、腰に手を当てた芽衣花が見下ろしていた。
僕は応える。
「休みが快適すぎてさ、学校来るのに疲れるようになったよ」
「全然懲りてへんやん」
ツッコミを披露する芽衣花に、若がだらりとした態度で返す。
「人間休まないで生きてけるかよバカヤロー」
「土日休みやん」
「五日も頭フル回転させた疲れが二日で取れるか」
「でも礼アホやん、何言うとん」
溜め息を一つ置いて、芽衣花が眉間を揉んだ。若が労うような声をかける。
「疲れてんのか、休んだ方がいいぞ」
「誰のせいや思とんよ!?」
始まった。またいつもの夫婦漫才だ。
僕の出る幕はない。邪魔にならないように、飛び火してこないよう席を立って、中庭に落ち延びる。
この梅雨最後と言われた雨が、出し惜しみを厭うように降り注いでいた。
僕はまた屋根付きの小さな舞台に足を運ぶ。そこには先客の影がある。
近づくにつれ見覚えのある輪郭になっていく影が、僕に気付いて顔を上げた。
「あ、助兵衛のよぎセンだ……」
氷雨茉宵は見るからに不機嫌になっていた。
僕は彼女の隣に座る。顔を近づけてじっと横顔を見つめる。
「ああ、後輩な変態か」
「逆、ヘンタイな後輩っス!」
「変態なのは否定しないんだな」
「もいーっスよ。どーせブラ透かして歩く女っスからぁ」
膨れっ面が不満げに揺れる。
一瞬ためらってから頬をつつくと、「ぷしゅ」と気の抜ける音がした。
じっとりと、ヘーゼルの瞳が僕をにらむ。
「てか、来てたんスね。学校」
「朝イチで挨拶行った方がよかったか?」
「いらないっスよ、そんなん」
氷雨が顔をそらす。
拗ねた子供のような振る舞い。彼女の言おうとしていることが読めない。
これまでの恋愛経験から答えを探していると、氷雨がポツリと言葉を投げてきた。
「懲りたっスか」
「謹慎?」
「それもですけど、違います」
氷雨の口調が緊張で固まっていく。
ゆっくりと僕を見た彼女の目は、声音と同じように震えていた。
「アタシと、つるむことっスよ」
「なんで?」
「アタシに構うと、結局みんな不幸になります。よぎセンだってセンセーに怒られたじゃないスか」
真面目な話をする氷雨の瞳に映った僕は、ひどく退屈そうな顔をしていた。
とっさに笑顔を作って、氷雨を慰める。
「別に構ったわけじゃないよ。僕には僕でやりたいことがあって、その結果氷雨と出会っただけだ」
だから気にしなくていい。
自惚れを聞くのは面白くない。
共感性羞恥、と言うのだろうか。いずれにせよ質の悪い話だ。自分の古い写真を見せられているような気分になる。
「でも、」
「いいから。僕は懲りてないし、今後もこうやって君と話がしたい」
食い下がる氷雨に、結論を投げつける。
多少乱暴で恥ずかしくても、ぐだぐだと女々しい話を聞いているよりはましだ。
それに彼女を攻略するなら、どのみち伝える言葉だ。
「だから、よかったら今後も僕と付き合ってくれ」
「せめて謹慎は懲りてくださいね……」
氷雨が溜め息をこぼす。
けれどその頬は、微かに血色を取り戻しているようだった。
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