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本物のピエロ、或いは死神

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 僕の有罪を無実に塗り替えたのは、このくたびれた中年刑事だった。
 何をしたかは知らないし、きっと知らない方がいい。気が付けば僕は解放されて、パトカーで家まで送られていた。今になって思えば、それは解放ではなかったのだろう。
 それ以降時々顔を見せては僕の近況を言い当てるようになった檜垣さんに、透明なガラスの外から生活を鑑賞されている気分になる。

「耄碌したみたいですね。僕の名前は「やぎり」ですよ」

 逃げ出すことも出来ないまま、僕は向かい合った檜垣さんを睨み付けた。中年の刑事はわざとらしい口調で続ける。

「んぇーっとお? 氷雨茉宵、だったか?」

 汗ばむ両手を、腰まで下げた制服のポケットに忍ばせる。

「坊主とおんなじ高校、一年一組三十番。あぁそうだ、父親と死別して親戚の家に居候中、だったっけ?」

 にじり寄るように、追い込むように。
 嗜虐的に笑う顔の前に、夏前の蒸し暑さは消え失せていた。顎や背筋が、自分の意思に反して震え出す。

「オイオイ、んな構えんなって。リラックスリラックス! 何もお前らのタバコを咎めたいって訳じゃねェんだ、なっ?」

 偽物臭い笑顔で、荒く僕の肩を揺する。
 その手を若が掴んだ。鋭い眼光が檜垣さんをめつける。

「いいんすか、警察ケーサツがそんなんで」
「いやーオッチャン今日非番だしねぇ」
「じゃ刑事がこんな田舎にいるのは? 使えねーから左遷すか」
「ほどほどに暇なのが一番だからねぇ」

 噛みつく言葉の全てを檜垣さんが受け流す。
 年季が違う。普段はあんなにも好戦的で頼もしい若も、今は子供に見える。

「ま、何事もほどほどにしとけや」

 数度僕の肩を叩いて、あまり大きくない背中が僕を向く。それは萎れているようにも見えた。

「タバコ吸って迷惑かかんのも、将来的に困んのもお前らだからな。オッチャンにはどうでもいいこって」

 後ろ手を投げやりに振りながら、萎れた背中が帰っていく。

「あぁ、けどな、坊主ども」

 公園を出る直前、檜垣さんは顔だけを僕らに向けてニッと笑った。

「今時タバコなんざ、女の子にモテねぇぞー?」

 今度こそ背中が見えなくなった。
 残された僕らはしばらく立ち尽くす。時々吹く風が、どこか湿っぽい夕暮れの存在を知らせていた。

「やっぱ、帰るわ」

 若にしては珍しく、戸惑いを孕んだ声をしていた。
 まだ長いタバコを踵の裏で揉み消す。そのまま歩きだそうとして、はたと僕を見た。イタズラがバレた時のような目だ。
 早く檜垣さんとの遭遇を忘れたかったから、僕は若を笑い飛ばした。

「……たしかに、芽衣花は嫌いそうだ」

 芽衣花が僕のタバコを吸ったことは黙っておく。無言の若の拳が、僕の肩を殴り付けた。
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