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ヒーローの平穏は、誰に祈ればいい

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 氷雨とのデートは週末に決まった。
 近くのショッピングモールで買い物をして、それから水族館に向かうらしい。
 順序が逆ではないだろうか。少なくとも、これまでのデートにはないパターンだ。

「なあ、若は最近デート行った?」
「んだよ、急に」

 放課後の中庭で、僕らは帰るでもなく管を巻いていた。
 雨は幾らか小降りになっている。
 若は退屈気に鼻を鳴らした。

「こないだ。動物園には行った」

 手垢塗れな手堅い選択だ。
 若は地元のマイナーな動物園が好きで、けれどその隣で笑いかける女性は芽衣花ではない。
 何度もそこに言及しては殴り合ってきたから、僕も適当な温度で返事を流す。

「定番だな」
「お前はガキの延長みたいな所しか行かねぇじゃねぇか」

 舌打ちする若に、僕は笑いかけた。

「それが、今回はちょっと変わってるんだよ」

 いつものデートならどちらかの家か、出かけてもショッピング程度。
 同年代に比べて少しだけ豊富なデート経験には、水族館も映画館も含まれていなかった。僕は根本的な問題から、本格的な交際関係を知らない。
 氷雨が決めたデート概要を軽く説明すると、若の瞳が微かに開かれた。

「お前、もう手ぇ出したのか」
「早いかな」
「いつもより一週間はな」

 若が静かに息を吐く。
 あるいは、そこに意味なんてなかったのかもしれないけれど。僕には彼の吐いた浅い息が、何かの違和感に気付いた時の吐息みたいにも聞こえた。
 若の違和感の正体は正しい。僕はこれまで、付き合ってもいない人とデートに行ったことはない。
 ポケットのタバコに伸びた手を押えるように、若の声がした。

「珍しく浮かれてんのな、お前。いつもはつまんなそうに恋愛してんのによ」

 言葉を反芻して、僕は鼻で笑い飛ばす。
 恋なんて、如何にバカになりきれるかのチキンレースだろうに。

「冷静にバカになれる奴なんているもんか」

 僕はカバンを取って立ち上がる。
 若は溜め息を零して、後に続いた。
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