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空を目指して浮いた泡

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「だから、ずっとヒーローに助けて欲しかった。目の前のわかりやすい悪を倒して、平和な世界を見せてほしかった」

 幼い頃の夢を語るような口調は、少し悲しげだった。

「でも当然、そんなヒーローいるわけないし。いたらいたで、そんなヒーローは辛すぎるし。だって自分の傷も心も顧みることもできなのに、戦い続けることしか出来ないから」

 僕も彼女のように、純粋にヒーローに憧れた時があったのだろうか。
 あの冷たい家で母に暴力を振るわれながら、それでもヒーローに目を輝かせていたら、なんだかゾッとする。

「きっとみんな、一度はそんなヒーローになろうとするんすよ。けどやっぱりなれなくて、いつの間にか諦めて、親の文句を言うようになってくんスよ」

 現実では、親の愛情を受けて育った子供が親への不満を垂れ流す。
 そんな普通の同級生たちと過ごす学校生活だから、氷雨自身が変わるしかなかったのだろう。 

「だったら世界を変えるより、まずは自分を変えた方が早くないっスか?」
「ああ。そうだな」

 それ以上の言葉はなかった。
 氷雨は水泡だ。空を目指して海原に浮かんだ泡のように脆くて危なげだ。
 海の中では苦しいから潮風の澄んだ空を目指すのに、空へ出ればすぐに弾けて消えてしまう。
 きっと氷雨はこれからも、そのようにして報われない。
 それでもいいじゃないかと、僕は思う。どうせ報われた人間は数えきれても、報われなかった人間は数えきれないんだ。
 だったら美しいものを追いかけさせ続けてやればいい。夢は見るより、抱き続けることにこそ意味がある。

「でも、君は間違えなく僕を変えてくれたよ」
「大げさっスね」

 氷雨の声が静かに笑う。
 僕も水槽を見上げて、適当な言葉を返した。

「大げさに言わなきゃ人は変われないんだよ」

 ごぽりごぽりと泡が湧いて、震えながら空を目指していく。
 ひときわ大きなそいつは、もしかしたら空に届くんじゃないかと思った。
 揺らぎの中に光を閉じ込めて、魚の起こした水流に巻かれて。やがて砕けた泡沫は、小さな欠片になって消えてしまった。
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