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夏の残骸

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 雲の向こうには星の一つも瞬くのだろうけれど、雨の降るこの街ではそれもわからない。
 ただ眠るには少し早い時間に、僕はベッドを指さした。
 氷雨は一瞬口元を強く結んだけれど、すぐいつもみたいにふざけて見せる。

「もー、流石に雰囲気なさすぎないっスか? アタシー、もうちょっとロマンスを楽しみたいなー」
「だったら喜びなよ。僕はまだ起きてるし、床で寝るよ」

 これは僕の利己的な願いだ。
 精神的に疲れ果てた氷雨に、演技を続けさせたくないだけだ。
 氷雨はゆっくりと首を振る。

「アタシがそれを受け取れないってことは、よぎセンが一番知ってるはずっスよ。知ってて言ってくれてるんだったら嬉しいなー、とは思うんスけどね」

 そこから先は言わなくてもわかった。
 僕らは交代でシャワーを浴びて、一つのベットを共有する。
 右側に寝る僕の背の隣に、氷雨の背中があった。
 まるで布団を縦半分に折り畳んで出来た線を守るように、僕らは弱々しい呼吸と、それすらも塗りつぶせない雨音に耳を澄ませていた。
 雨が少し小降りになった頃、背後でベッドが小さく軋む。

「聞かないんスか、アタシが来た理由」

 顔を合わせない分、氷雨の声からはむき出しの感情が零れていた。
 僕は振り返らないまま目をつむる。

「さあ、すっかり忘れてたよ。女の子が来て、僕も舞い上がってるらしい」
「ウソつき」
「ああ、そうだな。僕はウソつきの人殺しだからな」
「遺族への謝罪はないのかー」

 氷雨が静かに笑う。僕の胸は激しく痛む。
 謝罪を受け取ってもらえたことは、今まで一度だってない。どの親も、娘を助けようとしなかった僕を人殺しと罵り、そして殴りつけた。
 氷雨はそれを知らない。知らないままに、僕の傷を抉る。
 僕達はどうしようもなく、互いを傷つけあって生きている。
 雨音を探るような沈黙の後、氷雨は短く声を震わせた。

「ダメでした、写真」
「うん」
「あの写真、アタシが「お互いの邪魔はしないでおこう」って言いに行った日に撮られたんスよ」

 渇いた笑いが雨樋に弾けて、空っぽの空間に反響する。
 写真を思い出すだけで心臓が破裂しそうになって、肺の底はマグマが沸き立つようにムカついて。けれど言葉が上手く選べないから、僕はただうなずく。

「……よぎセンだったら、いいっスよ。アタシが何されたか教えても」

 震えた声と同時に、ぎしりとベッドが揺れた。体を起こした氷雨が僕を覗いている。
 吊り上がって震える頬には、涙が何本も伝っていた。

「話しに行ったらね。男子が、なんかいっぱい、いて」
「無理しなくていいよ、氷雨」
「男子に、囲まれちゃっ、て。服とか、下着も、脱がされてぇ……」
「氷雨、いいから。もう」

 氷雨は止まらない。
 ほとんどしゃくり上げるようにして息継ぎしながら、言葉をボロボロとこぼしていく。

「「ブラなら手で十分っしょ」とか言われて。囲まれたら、もうっ、そうするしかっ、なくて……!」
!」

 叫んで起き上がり、肩を掴む。
 氷雨はまだ何かを言おうとしていた。
 言葉が慰めにもならないことは知っていた。
 だから、僕は、咄嗟に。そして、意を決して、

 唇を重ねた。
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