君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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墜落した夜の欠片たちは

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 ひぐらしの空から夜が降りてくる。
 時計と同じ速度で夕陽を隠したそいつは、海面の夕焼けを飲み込んで膨張していく。
 僕らは花火がよく見える、けれど大きな岩に囲まれて人気のない小さな砂浜に移動した。
 花火もそろそろと打ち上がる頃だろう。
 けれど僕らの視線は、暗闇が墜落した海に固定されていた。

「綺麗」

 背後の町から届く灯りを受けながら、氷雨が呆然と口を開ける。
 その次の瞬間には、感情を爆発させたようにはしゃぎだした。

「すっごいすごーい! 波が光ってますよ、ほらほら晴冴くん」

 寄せては返す波の隙間に、青白い光が拍動していた。
 それは花火の煌めきにも似ていて、けれど光の群れが一つの生き物みたいに踊っていた。
 僕は絡めた手と逆の手で海水をすくって、茉宵に見せてやる。

「ウミホタルだ」

 ウミホタル、と茉宵が繰り返す。

「甲殻類だよ。ちょっとした刺激にも反応して威嚇するんだ」
「ほへー。じゃあこの光って、波に喧嘩売ってるってことっスか?」
「そうなるね」
「おうおう、売られた喧嘩は買わにゃ男が廃りますぜ晴冴のアニキ」
「舎弟は取ってないんだよ」

 睨みを効かせた滑稽な横顔が、青白い灯りの中に浮かんでいた。
 それから茉宵も海水をすくう。けれどそこにウミホタルはいなかったのだろう。微かな白い泡を残した海水を僕に投げつけて、彼女はケタケタと笑った。

「やーいやーい、晴冴くんの濡れ鼠ー」
「センセー。自分がウミホタルすくえなかったからって、氷雨さんが僕に八つ当たりしてくるんですけど」

 間抜けな声を上げながら、僕は握った手をつぎ離す。
 バランスを崩した茉宵は「おわっ、おわわ」と滑稽な姿勢を取って、そのまま波打ち際に尻もちをついた。
 ぱしゃりと控えめな音の一拍後、彼女を中心に揺らいだ水面が、ぼうっと青白く光りだす。
 天の川が迫ってくるような光景だった。

「やってくれますね、さっきの仕返しっスか」

 昼間の陽射しみたいに笑いながら、茉宵が顔についた飛沫を拭う。
 僕も靴が濡れるのを厭わず海に入って、彼女に手を差し出す。

「でも綺麗だろう?」
「そうっスね。でももっと綺麗なやりかた、アタシ知ってるっスよ」

 直後、波に浸かっていた両手が僕に向かって跳ね上げられた。
 飛沫が夜空を舞う。月は浜を区切った巨岩に隠されて、夜をより暗くしている。
 その代わりに、星よりも低いところでウミホタルが青白い光を放っていた。
 僕は避ける余裕もなく、顔面にぬるい夏の海を被った。
 慌てて飛沫を拭うと、夜闇を茉宵の笑い声が伸びてくる。

「真正面から被ってやんのー。アタシに見惚れてるからそうなっちゃうんスよ~?」

 実際、見惚れていたのだと思う。ウミホタルにも、混じり気のない笑顔で僕に水をかける茉宵にも。
 僕は頭を振って滴る水を払う。

「同じ目にあっても、そうやって笑っていられるかな?」
「またまた~。それならもうちょっとイケメン連れてきてくださいよー」

 「アタシが晴冴くんに見惚れるなんて」と言ったところで、水をかけた。
 一瞬彼女の動きが止まって、それから微かに後ろへのけ反る。

「有り得ない?」

 頬に貼り付いた髪を取ってやると、その下から朱色が覗いた。
 すぐに茉宵が頭を振るう。
 そして僕に水をかけてくる。弱い力でかき上げた潮水は、胸元までしか届かなかった。
 
「いいじゃないスか、どっちでも」
「その反応だと、選択肢なんてなさそうだけどね」
「うるさいっスよ。人のこと言えないでしょ」

 その通りだ。
 例えば指先の細さとか、体の作りや顔立ちの良さとか。触れてわかるものに惹かれ合った訳ではない。
 死ぬ少し前まで存在のわからない愛結晶で、僕らは繋がれている。
 その強い繋がりを断ち切れるものを僕は探していた。
 茉宵だけはこんな因果に縛り付けていたくなかった。けれど気がつけば取り返しのつかないところまで来てしまっていて、自殺したという後輩からは身勝手な願いまで託されている。
 残された道はいくつもない。
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