114 / 119
墜落した夜の欠片たちは
4
しおりを挟む
僕は《出るな》と登録された連絡先に電話をかけて、応じた人物を呼び出す。三十分もしないくらいのところで、藪を掻き分ける足音がした。
死神というのは、案外便利な存在らしい。
「追われてる身でお巡り呼び出すたァ、容疑者ってのはずいぶんと高貴なご身分なんだな」
暗がりに立つ人影が大きな声を上げる。
「もう少し小さな声で頼みます。近隣住民に迷惑ですから」
「悪人がポリ公呼び出した挙げ句に、モラル片手に指図たァ恐れ入る。殺されてぇんかい、クソガキ」
ひょっとすると、茉宵はとっくに起きているのかもしれない。彼女は見た目よりもずっと聡明な少女だ。
けれど仮に起きていたとしても関係のないことだ。
上手くことが進めば、氷雨茉宵は明日にでも家に帰ることができるのだから。
「ガキの痴情の縺れで済んでるうちにごめんなさいしときゃ、まだガキのままでいられたのによ。交番《ハコ》の強盗と情報操作による捜査の撹乱は、流石にやりすぎだったな」
片手を腰に当てた影が歩み寄ってくる。
その影は月の下に近づくに連れて、見知った風貌に変わっていく。
「一応聞いといてやるよ。自首か、半殺しにされた上での逮捕、どっちがお望みだ?」
全身が完全に月明かりに晒されたところで、僕は腰に手を回す。
「どっちでもないですよ、檜垣さん」
檜垣真治は僕にとっての死神だ。
いつも最悪のタイミングで現れては僕を嘲笑い、行動のすべてを言い当てて釘を刺していく。
けれど今夜、主導権は僕にある。
「今日は交渉がしたくて呼んだんです」
「悪いが、危険物を所持している凶悪犯との取引は出来ない。長期刑が嫌なら、取り調べで協力的な姿勢を示すこったな」
「そうじゃないんですよ」
言いながら、腰の警棒を抜く。
途端に檜垣さんが憎悪の表情を浮かべた。腰に添えていた手は、いつの間にか警棒を抜いている。
「動くなよ。手のものは地面に、落とすんでなく、ゆっくりと置け」
「そうですよね、子供相手に拳銃は抜けない」
僕は、笑って、ゆっくりと檜垣さんに近づいていく。
苦虫を噛み潰したような顔が、僕の心をくすぐる。
両手は頭上に挙げた。けれど右手に抜いた警棒は、いつでも振り降ろせる状態にしている。
「おい止まれ。チャカがなくとも、訓練も受けてねぇガキの制圧なんざワケねぇんだ」
「僕はこれを返したいんですよ」
「黙れ。今すぐその場に止まって、盗んだ警棒を地面に置けと言っている」
「そんなに僕がこれを使うと思ってるなら、僕の手の届かないところまで投げるんで、取りに行ってくだいよ」
僕が警棒を振りかぶり、檜垣さんが「やめろ」と叫ぶ。
振りかぶった先は黒々とした波がうねっていて、その輪郭を月が銀色に染め上げていた。
振り上げた手を止めて、僕は静かに問いかける。
「なら、どうして一人で来たんです? 部下の方は?」
「出世のためか、正義のためか。どっちがお前好みだ?」
檜垣さんは一つため息をつくと、自らを嘲笑ってみせた。
「とっとと官品を返して、氷雨茉宵を出しな。今ならお前は脅迫されてやったってことにも出来るはずだ」
緊張と、芋虫を噛み潰したような不快感の隙間に、微かな希望を見つける。
僕を救うために、茉宵は言われのない罪を被る。彼女を知っているからこそ、想像は簡単だった。だからこそその提案が、彼女を知る檜垣さんの口から出たことが許せなかった。
「今なら微罪で終わらせてやる、ってことですか?」
「ああ、学校にはいられなくなるかもしれんがな」
それから檜垣さんは、選択肢の多い現代を絡めて僕を説得した。僕はそのすべてを聞き流して、真っ向から彼を睨め付ける。
「お断りします」
死神というのは、案外便利な存在らしい。
「追われてる身でお巡り呼び出すたァ、容疑者ってのはずいぶんと高貴なご身分なんだな」
暗がりに立つ人影が大きな声を上げる。
「もう少し小さな声で頼みます。近隣住民に迷惑ですから」
「悪人がポリ公呼び出した挙げ句に、モラル片手に指図たァ恐れ入る。殺されてぇんかい、クソガキ」
ひょっとすると、茉宵はとっくに起きているのかもしれない。彼女は見た目よりもずっと聡明な少女だ。
けれど仮に起きていたとしても関係のないことだ。
上手くことが進めば、氷雨茉宵は明日にでも家に帰ることができるのだから。
「ガキの痴情の縺れで済んでるうちにごめんなさいしときゃ、まだガキのままでいられたのによ。交番《ハコ》の強盗と情報操作による捜査の撹乱は、流石にやりすぎだったな」
片手を腰に当てた影が歩み寄ってくる。
その影は月の下に近づくに連れて、見知った風貌に変わっていく。
「一応聞いといてやるよ。自首か、半殺しにされた上での逮捕、どっちがお望みだ?」
全身が完全に月明かりに晒されたところで、僕は腰に手を回す。
「どっちでもないですよ、檜垣さん」
檜垣真治は僕にとっての死神だ。
いつも最悪のタイミングで現れては僕を嘲笑い、行動のすべてを言い当てて釘を刺していく。
けれど今夜、主導権は僕にある。
「今日は交渉がしたくて呼んだんです」
「悪いが、危険物を所持している凶悪犯との取引は出来ない。長期刑が嫌なら、取り調べで協力的な姿勢を示すこったな」
「そうじゃないんですよ」
言いながら、腰の警棒を抜く。
途端に檜垣さんが憎悪の表情を浮かべた。腰に添えていた手は、いつの間にか警棒を抜いている。
「動くなよ。手のものは地面に、落とすんでなく、ゆっくりと置け」
「そうですよね、子供相手に拳銃は抜けない」
僕は、笑って、ゆっくりと檜垣さんに近づいていく。
苦虫を噛み潰したような顔が、僕の心をくすぐる。
両手は頭上に挙げた。けれど右手に抜いた警棒は、いつでも振り降ろせる状態にしている。
「おい止まれ。チャカがなくとも、訓練も受けてねぇガキの制圧なんざワケねぇんだ」
「僕はこれを返したいんですよ」
「黙れ。今すぐその場に止まって、盗んだ警棒を地面に置けと言っている」
「そんなに僕がこれを使うと思ってるなら、僕の手の届かないところまで投げるんで、取りに行ってくだいよ」
僕が警棒を振りかぶり、檜垣さんが「やめろ」と叫ぶ。
振りかぶった先は黒々とした波がうねっていて、その輪郭を月が銀色に染め上げていた。
振り上げた手を止めて、僕は静かに問いかける。
「なら、どうして一人で来たんです? 部下の方は?」
「出世のためか、正義のためか。どっちがお前好みだ?」
檜垣さんは一つため息をつくと、自らを嘲笑ってみせた。
「とっとと官品を返して、氷雨茉宵を出しな。今ならお前は脅迫されてやったってことにも出来るはずだ」
緊張と、芋虫を噛み潰したような不快感の隙間に、微かな希望を見つける。
僕を救うために、茉宵は言われのない罪を被る。彼女を知っているからこそ、想像は簡単だった。だからこそその提案が、彼女を知る檜垣さんの口から出たことが許せなかった。
「今なら微罪で終わらせてやる、ってことですか?」
「ああ、学校にはいられなくなるかもしれんがな」
それから檜垣さんは、選択肢の多い現代を絡めて僕を説得した。僕はそのすべてを聞き流して、真っ向から彼を睨め付ける。
「お断りします」
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる