森野探偵事務所物語 ~2~

巳狐斗

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第2話 恋は盲目

第2話 恋は盲目

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「早く済ませろよ。」

男がそう言いながら部屋に入ると同時に、


ドスッ!



と、鈍い音が響き渡る。



男は目を見開き、後ろを振り替えるが、その人物が男と離れたことによってそのまま倒れ込んでしまった。



肩で大きく呼吸をする………。




はじめての感覚に手がガクガクと震えている。






自分の手は真っ赤に染まっている…………

この男の返り血であるのは言うまでもない。

両手にしっかり握られているのは、ギラリと鈍く光る包丁。




その人物は、両手をゆっくりと下に下ろすと、『ふう。』と大きく息をついて天井を仰いだ。







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秋になり、肌寒くなってきた頃、少し遅めの紅葉シーズンになり、藍里は陽菜や哲也達と一緒に紅葉を見に行くことになった。

きっかけは大学祭が終わった打ち上げと称して、陽菜がプランをたてて提案してきたのだった。



「おー。けっこう色づいてんなー。」



聖人が、車を運転しながらチラリと横目で見るとすぐに目線を前に戻し、運転に集中した。


「ほんとー!!この時期にして正解だったー!!」


陽菜が旅行本を片手にも地ながら、窓から見える紅葉に興奮ぎみに答えた。


「おれらが行くとこ、確か近くに海があるみたいだぜ。」

「紅葉に海!良いね!!」

陽菜がツインテールをピョコン!と揺らしながら声を張り上げる。



そんな様子を見ていた藍里だが、どこか浮かない顔をしていて、陽菜や哲也のようにはしゃぐことができなかった。

こんなに楽しい時間でも藍里の頭のなかは『サーカス
オブ エレファント』のことでいっぱいであった。
あれからというものの、なかなかいい手がかりが見つからないでいたのだった。


「藍里。大丈夫?」


顔を覗きこむように声をかけてきた輝に、藍里はハッ!と我に帰る。


「え?輝。どうしたの?」


「いや、なんか浮かない顔してたからさ。車酔いでもしたかなと思って…。」

「あ…………。」


どうやら、その不安が自然と顔に出ていたらしい。言葉を選んでいる藍里に、陽菜が振り替えって

「え!?大丈夫!?藍ちゃん!」

と、声をかけてきた。

「大丈夫だろ。陽菜。コイツ、以外とタフだからさ。……けど、正直いきなり見学も、ちときついな。」

「哲也もこう言ってるし、途中、どこかの飲食店で休まないか?」

「んじゃ、適当に飲食店見つけたらそこ行くな。ちらほら民家があるし、どっかにあるだろ。」


聖人が言った事はあっていた。車を走らせて10分後、カフェを見つけた一同は迷うことなくそのお店のなかに入っていった。


「わぁ!ここ!見て!紅葉がすごくよく見える!海も見えるし!いい景色!!」


陽菜がついた席から見える景色に目を奪われて興奮気味に写メを取り出した。

それぞれのメニューが届き、少ししたところで


「藍里。大丈夫?」



と、輝が心配そうに声をかける。



「平気だって!ごめんね?気を使わせちゃって……。」


「どーせ、サーカス オブ エレファントのこと考えてたろ?あれから情報ねぇのか?」

コーヒーを口にしながら発した哲也の言葉に、藍里は再び浮かない顔をして『うん…。』と呟いた。

「心理、AI、生物関係、薬…その分野があって、それぞれ優秀な人たちがいるところまではわかったの…。けど、それに関係する職業に聞いて回ったり、優れた人とか、今までの人員とかについて聞いたけど………警察なんかでもないからほとんど断られててさ………。」
 

「今まで聞けたりとか調べさせてもらったりとかしてただろ?なんでだ?」


聖人が驚いたように声をあげると隣にいた輝が眼鏡の位置を直して答えた。



「今まで許してもらえたのは『事件の関係で、稲垣さん達と同行してたから』じゃないかな?探偵である前に、藍里はただの大学生。プライバシーに関係するから、ダメに決まっているだろう。」



「そのとおり。」



と、藍里もうなずいた。
改めて、警察の影響の強さを感じた藍里だった。


「まぁまぁ。今は休戦ということで、行楽を楽しも!気分をリフレッシュできたら、なにか思い付くかもだし!」

その直後に、『ゴーン、ゴーン、ゴーン。』と、古時計らしき音が聞こえ、振り替えると一昔前の時計をそのまま持ってきたかのような振り子時計が、12時を告げていた。


「もうこんな時間か。そろそろ行かない?」


「そうだね。十分休憩できたし。」

藍里の言葉が合図であるかのように全員が立ち上がり、レジへと並んだのと、扉が開くベルの音が鳴ったのはほぼ同時で店員がにこやかに『いらっしゃいませー。』と新しいお客様に声をかけた。入ってきた客が、汗を拭いた直後だった…。






「きゃあ!!!危ない!!!」






突然、その客が大声をあげて指をさした。
その先に、全員が言われるがままにその先に視線を移すと、海の上を走っていたモーターボートが、止まることもなく、縁に衝突し…………。











ドカーーン!!!






と、そのまま大爆発を起こした。







店内から悲鳴やうろたえる声が響き渡る。




呆然と立ち尽くしている四人に、藍里ははっと我に帰ると、店員に向かって




「警察と消防を呼んで!!早く!!」



と叫ぶと店員も何度もうなずき、電話を手に取った。


「あの!救急車は!?」



「え…?」




叫んだ女性がガタガタと震えながら藍里にそういっていたのだ。





「その、あのモーターボート、僅かに人の頭が見えて………マネキンかもしれないけど、その……!」





その言葉を聞いて、店員も『そうですね…!はい!』と答えた。







人が乗ってる可能性がある。







その言葉に、藍里達は驚きを隠さずにはいられなかった。







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先程の女性の言葉は合っていて、乗っていたのはマネキンではなく、男性が乗っていたことが警察と消防の調べでわかった。
駆けつけてきた警察の中に、なぜか笠村の姿があった。

「……ドラマじゃねぇが………またお前らか。毎度毎度ご苦労だな……。」


笠村は腰に手を当てると、藍里たちの姿を見てため息混じりに答えた。
ただ、その日いつもと違ったのは一人の女性の姿があったのだ。


グレーのスーツに、ポニーテールの黒髪がよく似合う。



「えっと……?」


藍里が首をかしげて女性を凝視しているのがわかったのか、笠村は思い出したかのように女性を示し


「そういやぁ、はじめて会うか。紹介する。俺の同僚の『清水 あやか』だ。この地域で刑事をしている。」



「はじめまして。清水 あやかです。笠村が言った通り、この地域で刑事をさせてもらってます。笠村は今日と明日、応援に来てくれたの。」




清水と名乗った女性は、ハキハキと喋り、できる女性であるとすぐにわかった。



「あ……えと、森野藍里といいます…。」



「え!?森野藍里って……!!」


清水の言葉に笠村もうなずく。

「あぁ。こいつが噂の探偵だ。ということでだ。清水。こいつにもこの事件を協力してもらうと言いかもしれない。情報を教えてやってくれ。」


「わかったわ。」


清水は手帳を開くと、藍里に喋り始めた。









【事件ファイル】

被害者/  岡辺  直人    32歳

死因/焼身の可能性が高い。

備考/争った形跡やその他の外傷はなし。

爆破地点から数十メートル離れたところに、モーターボートを発進させた可能性が高い防波堤があり、そこに岡部のものと思われる靴が見つかった。その下には『遺書』と書かれた物が置いてあった。

内容には、生きていくことに疲れたなどとパソコンで書かれていた。



また、防波堤にある簡単な繋留用ボラードとモーターボートが繋がれていたことから、自殺の線が濃厚だと言う。








「ボラード………?ってなんですか?」


「船を繋ぐための鉄の塊のことだ。一昔前のドラマで言い表すなら、防波堤で、一人の男性がたまに足をかける鉄の塊があるだろ。」



「あ!あれのことなんだ!」



藍里の言葉に笠村が説明してくれて、藍里もようやく納得できた。




「あと、歩道とかで車が入れないように、いくつか棒がたってるものがあるでしょ?あれもボラードというのよ。」



清水も、付け足すかのように答えてくれた。






「失礼します!この男の人間関係や人物がわかりました!」




捜査員が二人の元にやって来ると、手にしていた紙を読み上げた。



「男は、結婚詐欺師で多数の女性からお金を抽出していたことがわかりました。

手口としては、婚活パーティーや駅などでターゲットを見つけ、大金をだまし取ったあとは雲隠れしていたそうです。

いま、その被害者の女性や、彼と関係があるものを調べています。」





「わかった。わかり次第事情聴取に行こう。藍里。何かあったらまたお前に連絡する。いいな。」





そう言って、笠村が立ち去る。と、清水が藍里の方を向いて




「森野さん。笠村と随分と仲いいわね?」




と訪ねた。



「ええ。まぁ。たまに食事に誘ってもらえる程度ですが……。」




それを聞いた清水は、目を見開くと



「へぇ?」


と、企みのある笑みを見せた。



「あの。なにか?」



「ううん。ただ、あまり交流しない笠村が珍しいなと思ってね。」
    



そう言い残すと、清水も笠村のあとに続いて立ち去っていった。



「……とにもかくにもだ。その防波堤にいってみよう。何か分かるかも!」




藍里はそういったが、その声色は自分でも、どこか逃げているようにも聞こえていた………。



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