12 / 41
旅立ち
しおりを挟む
手紙を押し付けられたからには、このまま放ったらかしにしてはおけない。
なにしろ手紙は一年近くも放置され、出版社の名代として北海道へ飛んだ成田だっ
てウネサワ氏と会えている保証はないのだから。
むしろ状況を考えれば、成田はウネサワ氏と会う約束をすっぽかしたと考えるほう
が妥当だろう。
不誠実な対応ばかりしている出版社に対し、ウネサワ氏は、不信感と、憤りを覚え
ているはずだ。
僕としては、ぐずぐずして、これ以上ウネサワ氏の怒りに火を注ぐような真似はし
たくなかった。
それに消息不明の成田のことも気にかかる。
一刻も早く相手方と連絡をつけて、北海道へ渡らねばと考えた。
だが、手紙に書かれていたのは住所のみ。
この電信電話の時代に、呼び出し番号すら書かれていなかった。
電線網は日本の津々浦々まで張り巡らされ、電話の普及が遅れていた北海道でも、
先ごろ百万台を突破。
そのニュースが、テレビや、新聞紙面を賑わせたというのに。
もしやウネサワ氏は、電話線も通っていない幽境に住んでいるとでもいうのだろう
か。
電報を打とうかとも考えたが、小学生程度の常用漢字もろくに使えないようでは、
ウネサワ氏の国語力はたかが知れている。
字数制限がある電報では、意思疎通を図るのはまず困難。
やはり時間がかかるのを承知で、文通するしかなさそうだった。
おそらく成田も、ウネサワ氏と手紙でコミュニケーションをとっていたのだろう。
僕は、さっそく出版社の不手際の謝罪と、成田の消息を知っているか。
まだ会う意思はあるのか。
そして会う意思があるのならば、その会う場所と日時を指定欲しい旨をしたためて
手紙を送った。
漢字が読めないかもしれないので、用いる漢字は小学生低学年の常用漢字まで。
何度も手紙の交換はしたくなかったので、言いたいことは出来るだけまとめて。
なおかつ幼児でも読み下せるように、出来るだけ簡潔で、平易な文章を心掛けた。
しかし、それでもやはり一度の手紙のやりとりでは済まず。
何度か手紙を交換し合わなければならなかった。
基本的にウネサワ氏の返信は、僕の送った質問に「はい」か「いいえ」で答えるア
ンケート形式。
気にかかるのは、成田についての質問は、いいえ、いいえばかりだったこと。
成田と会う約束をしていないばかりか、成田のことすら知らない感じだった。
ただしアンケート形式といっても、ウネサワ氏からの質問がないわけではなく、僕
の性別と、年齢、容姿について、確認するように何度もを訊いてきた。
見知らぬ者同士が見知らぬ土地で会うのだから、相手の外見的特長を事前に聞いて
おくのは当然といえば当然なのかもしれない。
でもこちらとしては、余計な質問で時間を無駄にしたくなかったので、ウネサワ氏
の外見についてはあえて訊かなかった。
外見なんて、どうせ会えば判ることなのだから。
結局僕は、ウネサワ氏と会う段取りをつけるまでに、二週間という時間を要してし
まったのである。
そして研究室で山田から手紙を受け取ってから二週間後。
一九七二年の十一月末。
僕は北海道へ旅立つことになった。
旅立ちに際して、不安がなかったといえば嘘になる。
もともと僕は、石橋を叩いても渡らない安全・安心思考の人間なのに付き添いもな
く、行き先は土地勘のない北海道。
先行している兄弟子の成田はいまだ行方が知れず。
ウネサワ氏についても情報がほとんどない。
二週間前も、現在も乗り気ではなかったし、むしろ二週間前よりも不安になってい
た。
それでも北海道行きを決めたのは、吟谷師匠や、兄弟子の成田、ユーカラノートが
この件に関わっている以上、たとえ今回北海道行きを取りやめたとしても、いずれ件
とは向き合わざるをえなくなる予感がしたからだ。
嫌なことを避けようとすれば、もっと嫌な目に合うことがある。
四年前の銀座で学んだ教訓だった。
なにしろ手紙は一年近くも放置され、出版社の名代として北海道へ飛んだ成田だっ
てウネサワ氏と会えている保証はないのだから。
むしろ状況を考えれば、成田はウネサワ氏と会う約束をすっぽかしたと考えるほう
が妥当だろう。
不誠実な対応ばかりしている出版社に対し、ウネサワ氏は、不信感と、憤りを覚え
ているはずだ。
僕としては、ぐずぐずして、これ以上ウネサワ氏の怒りに火を注ぐような真似はし
たくなかった。
それに消息不明の成田のことも気にかかる。
一刻も早く相手方と連絡をつけて、北海道へ渡らねばと考えた。
だが、手紙に書かれていたのは住所のみ。
この電信電話の時代に、呼び出し番号すら書かれていなかった。
電線網は日本の津々浦々まで張り巡らされ、電話の普及が遅れていた北海道でも、
先ごろ百万台を突破。
そのニュースが、テレビや、新聞紙面を賑わせたというのに。
もしやウネサワ氏は、電話線も通っていない幽境に住んでいるとでもいうのだろう
か。
電報を打とうかとも考えたが、小学生程度の常用漢字もろくに使えないようでは、
ウネサワ氏の国語力はたかが知れている。
字数制限がある電報では、意思疎通を図るのはまず困難。
やはり時間がかかるのを承知で、文通するしかなさそうだった。
おそらく成田も、ウネサワ氏と手紙でコミュニケーションをとっていたのだろう。
僕は、さっそく出版社の不手際の謝罪と、成田の消息を知っているか。
まだ会う意思はあるのか。
そして会う意思があるのならば、その会う場所と日時を指定欲しい旨をしたためて
手紙を送った。
漢字が読めないかもしれないので、用いる漢字は小学生低学年の常用漢字まで。
何度も手紙の交換はしたくなかったので、言いたいことは出来るだけまとめて。
なおかつ幼児でも読み下せるように、出来るだけ簡潔で、平易な文章を心掛けた。
しかし、それでもやはり一度の手紙のやりとりでは済まず。
何度か手紙を交換し合わなければならなかった。
基本的にウネサワ氏の返信は、僕の送った質問に「はい」か「いいえ」で答えるア
ンケート形式。
気にかかるのは、成田についての質問は、いいえ、いいえばかりだったこと。
成田と会う約束をしていないばかりか、成田のことすら知らない感じだった。
ただしアンケート形式といっても、ウネサワ氏からの質問がないわけではなく、僕
の性別と、年齢、容姿について、確認するように何度もを訊いてきた。
見知らぬ者同士が見知らぬ土地で会うのだから、相手の外見的特長を事前に聞いて
おくのは当然といえば当然なのかもしれない。
でもこちらとしては、余計な質問で時間を無駄にしたくなかったので、ウネサワ氏
の外見についてはあえて訊かなかった。
外見なんて、どうせ会えば判ることなのだから。
結局僕は、ウネサワ氏と会う段取りをつけるまでに、二週間という時間を要してし
まったのである。
そして研究室で山田から手紙を受け取ってから二週間後。
一九七二年の十一月末。
僕は北海道へ旅立つことになった。
旅立ちに際して、不安がなかったといえば嘘になる。
もともと僕は、石橋を叩いても渡らない安全・安心思考の人間なのに付き添いもな
く、行き先は土地勘のない北海道。
先行している兄弟子の成田はいまだ行方が知れず。
ウネサワ氏についても情報がほとんどない。
二週間前も、現在も乗り気ではなかったし、むしろ二週間前よりも不安になってい
た。
それでも北海道行きを決めたのは、吟谷師匠や、兄弟子の成田、ユーカラノートが
この件に関わっている以上、たとえ今回北海道行きを取りやめたとしても、いずれ件
とは向き合わざるをえなくなる予感がしたからだ。
嫌なことを避けようとすれば、もっと嫌な目に合うことがある。
四年前の銀座で学んだ教訓だった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる