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事件考察・佐藤の推論
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「じゃあ成田さんは、ウネサワさんと逢えていないんですか」
僕は、山田の色恋沙汰の詳細には興味がなかったので話題を変えた。
「結局、逢えず終いだったよ」
「現地へ行くまでは手紙で連絡を取り合っていたんですよね」
「ああ。年齢や、性別とか、どんな容姿かとか、いろいろ聞かれたよ」
それは僕も聞かれた。
「手紙でのコミュニケーションは円滑にいっていたんですか」
「そりゃ、まあ、小学校未就学児レベルの国語力だったから、円滑にとはいかなかったけれども。手紙の文面からは私の来訪を歓迎してくれているムードだったよ」
「ふうむ」
僕は、腕組みして考えた。
マキリが、成田と連絡を取り合っていたにもかかわらず、しらばっくれていたことからすると、熊をけしかけたのはマキリと考えるのが妥当な気がする。
ウネサワ一族の歴史に光を当てるのは、別に僕である必要はない。
成田でもエピタムの後日譚を世に出すことは出来る。
ではマキリと逢えた僕と、逢えなかった成田。
二人の何が違ったというのか。
マキリは、優秀な成田よりも、凡夫の僕の方が組み易しと考えたのだろうか?
いいや。
識字能力の低いマキリが、手紙のやり取りだけで人間の優劣を測れるわけがない。
やはり成田が鉱山町を訪問した際に、マキリの不興を買ったとしか思えない。
「なんだい気持ち悪いな。ジーッとひとの顔を見つめて」
「うん。やっぱり、そういうことかな」
「何がそういうことなんだよ佐藤くん。一人で合点してないで、私にも分かるように説明しろい」
僕の思わせぶりな態度にイラッと来たらしく、成田は口に運ぶ途中だったお猪口を、僕の方に勢いよく突き出した。
「うわっ、何やってるんですか成田さん。もう酔いが回ったんですか。ちゃんと説明しますから落ち着いてくださいよ。実は――」
僕は、置いてあったおしぼりで机上にまき散らされたお酒を拭きながら、成田に鉱山町で起きた出来事のあらましを打ち明けた。
「ケナシコルウナルぺの子孫の娘。町の住民すら知らない幻の女か。ちまたで流行りのミステリー番組や、オカルト特集みたいな話だな。テレビのプロデューサーにでも売りつければ小銭くらいは稼げそうだ」
「ちゃかさないで下さいよ。こっちは真剣に話しているんですから」
「悪い悪い。荒唐無稽すぎて、にわかには信じがたくてね。どう受け止めるべきか判断に迷っているんだ。しかしそのマキリという娘、そんなにキレイだったなら、お目にかかってみたかったな。惜しいことをした――で、キミは何が判ったというんだ」
「たぶん鉱山町の入り口に熊を呼んだのも、成田さんを行動不能にして記憶を消したのも、マキリさんじゃないかと思うんです。いや、もしかしたら山田さんの不倫相手の女性編集者も鉱山町へ足を運んでいて、そのときにマキリさんに心変わりさせられて東京へ戻るのを止めたかもしれない」
「んな馬鹿な」
それこそまさに荒唐無稽な話だと言わんばかりに、成田は鼻で笑って手を振った。
「考えてもみてくださいよ。ドラマじゃあるまいし、頭を軽く打ったくらいで、そうそう都合よく意識を失って、記憶喪失になるものでしょうか。そのうえあなたは無事に生還して、後遺症もなく、こうして僕とお酒まで飲めている」
「うーむ。佐藤くんの説にも一理はあるか――いいだろう。続けたまえよ」
成田に促された僕は、教師に努力の成果を値踏みされている生徒のように推論の続きを語り始めた。
「マキリさんの目的は、滅びかけている一族の歴史を後世に残すことでした。でもその目的は、実際には本来の目的を達っせられなかったときの保険のようなものではなかったかと推察します」
「本来の目的?」
「ええ。ここからは僕の勝手な憶測ですから、気を悪くしないで聞いて下さいよ」
と僕はひとつ前置きしてから議論の口火を切った。
「マキリさんの本来の目的は、たぶん一族の血脈をつなぐことです。ケナシコルウナルペの一族は、代々女腹なのでしょう。だから、若く健康な『おのこ』を求めたのだと思います。そのおのこも、誰でも良かったわけではないでしょう。鉱山町にだって、かつては働き盛りの鉱山夫がたくさん居ましたからね。アイヌの伝統的に、一族の歴史を語り継げるおのこでなければならなかったのではないかと」
鉱山町の人にも知られないように隠れ潜んでいたのだから、ウネサワ一族の警戒心はかなり強い。
おそらくウエペケレの主人公と同じように、子孫たちも疎外感を味わってきたのだろう。
だから吟谷のようなアイヌに理解のある人間を欲したということもあるかもしれない。
「まあ、女性編集者はおのこではないですし、女性編集者が案件を解決してしまったら、吟谷師匠と縁のあるアイヌ研究者が鉱山町を訪れる機会が失われてしまいますからね。女性編集者が追い返されるのは当然として。では何故マキリさんは、成田さんにまで門戸を閉ざし、追い返したのかというと――」
僕は、とても言いにくいことだったので少し間を置いた。
「ズバリ、成田さんの見た目が気に入らなくて追い返したんじゃないかと――」
「ほほーう。佐藤くんは、自分の方がハンサムだと言いたいのかね」
「顔の造形の話じゃありませんよ。見た目年齢の話です。マキリさんは、やって来たのが師匠よりも年老いた老人だったのでビックリしてしまったんじゃないかと思うんです」
「まったく失敬だなキミは。私が老け顔だから、マキリという娘のお眼鏡に適わなかったと、そう言いたいのか」
成田は口をへの字に曲げ、憮然とした顔になる。
「マキリさんは子孫を残すのが目的だから、相手が涸れていては困るんですよ。だいたい成田さんには奥さんがいるんだから、お眼鏡に適ったらそれはそれで問題でしょう」
「その通りだが。やはり面白くはないな」
家で待っている連れの顔を思い出して、一気に酔いが醒めたか。
成田は、お猪口を机に置き、手を挙げた。
「あーもう、もう一回飲み直しだ。お姉さーん、日本酒冷やで!」
僕は、山田の色恋沙汰の詳細には興味がなかったので話題を変えた。
「結局、逢えず終いだったよ」
「現地へ行くまでは手紙で連絡を取り合っていたんですよね」
「ああ。年齢や、性別とか、どんな容姿かとか、いろいろ聞かれたよ」
それは僕も聞かれた。
「手紙でのコミュニケーションは円滑にいっていたんですか」
「そりゃ、まあ、小学校未就学児レベルの国語力だったから、円滑にとはいかなかったけれども。手紙の文面からは私の来訪を歓迎してくれているムードだったよ」
「ふうむ」
僕は、腕組みして考えた。
マキリが、成田と連絡を取り合っていたにもかかわらず、しらばっくれていたことからすると、熊をけしかけたのはマキリと考えるのが妥当な気がする。
ウネサワ一族の歴史に光を当てるのは、別に僕である必要はない。
成田でもエピタムの後日譚を世に出すことは出来る。
ではマキリと逢えた僕と、逢えなかった成田。
二人の何が違ったというのか。
マキリは、優秀な成田よりも、凡夫の僕の方が組み易しと考えたのだろうか?
いいや。
識字能力の低いマキリが、手紙のやり取りだけで人間の優劣を測れるわけがない。
やはり成田が鉱山町を訪問した際に、マキリの不興を買ったとしか思えない。
「なんだい気持ち悪いな。ジーッとひとの顔を見つめて」
「うん。やっぱり、そういうことかな」
「何がそういうことなんだよ佐藤くん。一人で合点してないで、私にも分かるように説明しろい」
僕の思わせぶりな態度にイラッと来たらしく、成田は口に運ぶ途中だったお猪口を、僕の方に勢いよく突き出した。
「うわっ、何やってるんですか成田さん。もう酔いが回ったんですか。ちゃんと説明しますから落ち着いてくださいよ。実は――」
僕は、置いてあったおしぼりで机上にまき散らされたお酒を拭きながら、成田に鉱山町で起きた出来事のあらましを打ち明けた。
「ケナシコルウナルぺの子孫の娘。町の住民すら知らない幻の女か。ちまたで流行りのミステリー番組や、オカルト特集みたいな話だな。テレビのプロデューサーにでも売りつければ小銭くらいは稼げそうだ」
「ちゃかさないで下さいよ。こっちは真剣に話しているんですから」
「悪い悪い。荒唐無稽すぎて、にわかには信じがたくてね。どう受け止めるべきか判断に迷っているんだ。しかしそのマキリという娘、そんなにキレイだったなら、お目にかかってみたかったな。惜しいことをした――で、キミは何が判ったというんだ」
「たぶん鉱山町の入り口に熊を呼んだのも、成田さんを行動不能にして記憶を消したのも、マキリさんじゃないかと思うんです。いや、もしかしたら山田さんの不倫相手の女性編集者も鉱山町へ足を運んでいて、そのときにマキリさんに心変わりさせられて東京へ戻るのを止めたかもしれない」
「んな馬鹿な」
それこそまさに荒唐無稽な話だと言わんばかりに、成田は鼻で笑って手を振った。
「考えてもみてくださいよ。ドラマじゃあるまいし、頭を軽く打ったくらいで、そうそう都合よく意識を失って、記憶喪失になるものでしょうか。そのうえあなたは無事に生還して、後遺症もなく、こうして僕とお酒まで飲めている」
「うーむ。佐藤くんの説にも一理はあるか――いいだろう。続けたまえよ」
成田に促された僕は、教師に努力の成果を値踏みされている生徒のように推論の続きを語り始めた。
「マキリさんの目的は、滅びかけている一族の歴史を後世に残すことでした。でもその目的は、実際には本来の目的を達っせられなかったときの保険のようなものではなかったかと推察します」
「本来の目的?」
「ええ。ここからは僕の勝手な憶測ですから、気を悪くしないで聞いて下さいよ」
と僕はひとつ前置きしてから議論の口火を切った。
「マキリさんの本来の目的は、たぶん一族の血脈をつなぐことです。ケナシコルウナルペの一族は、代々女腹なのでしょう。だから、若く健康な『おのこ』を求めたのだと思います。そのおのこも、誰でも良かったわけではないでしょう。鉱山町にだって、かつては働き盛りの鉱山夫がたくさん居ましたからね。アイヌの伝統的に、一族の歴史を語り継げるおのこでなければならなかったのではないかと」
鉱山町の人にも知られないように隠れ潜んでいたのだから、ウネサワ一族の警戒心はかなり強い。
おそらくウエペケレの主人公と同じように、子孫たちも疎外感を味わってきたのだろう。
だから吟谷のようなアイヌに理解のある人間を欲したということもあるかもしれない。
「まあ、女性編集者はおのこではないですし、女性編集者が案件を解決してしまったら、吟谷師匠と縁のあるアイヌ研究者が鉱山町を訪れる機会が失われてしまいますからね。女性編集者が追い返されるのは当然として。では何故マキリさんは、成田さんにまで門戸を閉ざし、追い返したのかというと――」
僕は、とても言いにくいことだったので少し間を置いた。
「ズバリ、成田さんの見た目が気に入らなくて追い返したんじゃないかと――」
「ほほーう。佐藤くんは、自分の方がハンサムだと言いたいのかね」
「顔の造形の話じゃありませんよ。見た目年齢の話です。マキリさんは、やって来たのが師匠よりも年老いた老人だったのでビックリしてしまったんじゃないかと思うんです」
「まったく失敬だなキミは。私が老け顔だから、マキリという娘のお眼鏡に適わなかったと、そう言いたいのか」
成田は口をへの字に曲げ、憮然とした顔になる。
「マキリさんは子孫を残すのが目的だから、相手が涸れていては困るんですよ。だいたい成田さんには奥さんがいるんだから、お眼鏡に適ったらそれはそれで問題でしょう」
「その通りだが。やはり面白くはないな」
家で待っている連れの顔を思い出して、一気に酔いが醒めたか。
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