昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム

かものすけ

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エピローグ

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 僕は掘っ立て小屋での熱い一夜、マキリの白い肌に唇を這わせたときのことを思い起こしていた。

 よく首年齢は隠せないというが、マキリの首には、スジも、弛みも、横皺もなかった。
 文身を落したあとのすっぴん顔も、皺ひとつなく美しかった。

 しかし、すっぴん風のナチュラルメイクだったという可能性もある。
 ウエペケレを聴く直前、囲炉裏の炎に照らされているマキリの顔が、僕よりも年老いて見えた瞬間もあった。
 もしかしたらあれが、マキリの本当の姿だったのだろうか。 

 僕は、いよいよマキリの正体が判らなくなってきて頭を抱えた。

「そもそもマキリという女は、本当に実在したのかね」

 小指で耳を穿りながら、突然成田が洩らす。

「な、成田さんまで、僕が存在しない女の幻覚を見たと言いたいんですか」

 僕は、色めき立って腰を浮かす。
 
「いいや。違うよ。初めからマキリなんて娘は存在せず、マキリがマツネだったんじゃないかと言っているのさ」

 成田はとんでもないことを言い出した。

「マツネは吟谷先生としか面識がないから、誰にも見分けはつかない。佐藤くんの逢ったというマキリという女は年齢不詳。それに佐藤くんは、マツネの家が焼かれたところは見ているが、マツネの焼かれた遺体は見ていない」

「それはそうですが、マツネさんの年齢なら少なくとも七十近くはいっているはず。いくらなんでもマキリさんが、そんな若作りなわけあるはずが――」

「エピタムの後日譚のウエペケレに出てくるチカマッっていうのは長い年月封印されていたのに若い姿のままだったんだろう。妖怪ケナシコルウナルペは、かなり長命な一族だとは考えられないかい」

「八百比丘尼じゃあるまいし。それに伝承を論拠にするなと戒めたのは、他ならぬ成田さんじゃないですか」

 僕は、口を尖らせた。

「いつもキミに言ってたろ。コぺ転だよ。コぺ転」

 コペルニクス的転回という言葉は、もともとは成田の受け売りだった。

「ちゃぶ台返しして、多角的な物の見方をすることで、真実が見えてくることもあるのさ」と成田。

 成田は、言語学者のくせに数学者のように理詰めで考える理論派。
 でも理論派であってもリアリストではない。
 理論さえ成り立てば、浪漫派の吟谷や、僕よりも、ぶっ飛んだ推論を提示することもある。
 特に成田がスゴイのが、たまにこのような前提条件をひっくり返して考える思考実験をすることだ。
 僕も成田に倣って思考実験することはあるが、成田ほど上手くはやれない。

「そのマキリだか、マツネだか判らん謎の女が、都合よく利用できそうな男を探していたというのはあるかもな。マキリの目的が血脈を保つためだと、キミがどうしてそんなに自信を持って言えるのか。理由は想像つくが」

 いったん言葉を切って、思わせぶりにチラリとこちらを見る成田。
 僕は、そっぽを向いて知らんぷりをする。

「佐藤くんの言う通り、自分の血脈を保つのが目的なら、齢七十の超高齢出産ってことになるなあ」

「七十はさすがに無いんじゃないですかね」

 どんなに年齢を隠すのに長けた女性でも、隠すのには限界がある。
 それこそ八百比丘尼か、妖怪でもない限りは。

「いやいや。キレイな顔の下に、どんな顔が隠れているかわからんぞ。なにしろケナシコルウナルぺは、別名『木原の姥』と呼ばれているからな。一皮めくれれば醜い人間以外の顔が現れるかもしれん。マキリの正体が、人間に化けた人間以外の生き物なら、人間より長命でも理屈は通るからな」

「僕はマキリさんのことを、妖怪の類いだなんて思っっちゃいませんよ。彼女は実在する普通の人間です。
だから仮定の話であってもそんな風に言うのはやめてください」

 鉱山町で過ごしたあの夜、腕の中に抱いた温もりこそが、僕にとって何よりの真実だったのだ。

「焼けぼっくりに火が付いたかい」と成田が僕をからかう。

「そんなんじゃありませんよ僕は、一刻も早くユーカラ集概説の改訂本と、ウエペケレの注釈本を完成させてマキリさんの元へ持っていってあげたいだけです」

「悪いことは言わん。再び鉱山町へ行くのはやめときたまえ。逃げる女は追いたくなるものだが、相手は素性のわからん女だし、ろくな結末は待っていないぞ」

 コップ酒は半分くらいまで減っていたが、成田はそれ以上口をつけようとはせず、上からコップの縁をつまんで、振り子のようにコップを揺らし水面を波打たせる。

「だいたい恋愛結婚なんてなあ。キミが思っているほど良いものじゃないんだ。情熱もいつかは冷めるし、なぁなぁの関係になっていくんだから。そのアイヌ美女がどれほど美しかろうと、美醜なんてのは長年一緒に暮らしてるとどうでも良くなるもんさ」

 口ぶりからすると、恐妻家の成田は恋愛結婚だったらしい。

「そうですね。マキリさん本当の顔が美しかろうと、醜かろうと、マキリさんはマキリさんだ」

 僕は、成田の言葉をポジティブに受け取った。

「私はやめておけと諭したつもりだったんだがな」と成田は苦笑する。

「それに僕は、以前親しくしていた女性を、自分の思い描いていたイメージと違うからといって、すげない態度をとって傷つけてしまいました。もう同じ過ちは繰り返したくないんです」

「やれやれ。どうやらケナシコルウナルぺに精神を操られていたのは、私ではなく佐藤くんの方だったらしいな。それならもう何も言わんよ。佐藤くんの気の済むようにしたらいいさ」

「成田さん、心配してくれるのは有り難いですが大丈夫ですよ。何かあっても僕は独りじゃありませんから」

 僕は言って、厨房と客席を仕切っているデシャップ台(食器返却台)の方を見た。

 僕の視線の先。
 デシャップ台の食器返却口の横には、見慣れた黒猫の姿が。
 見覚えのある新品のピカピカな鈴の付いた首輪を嵌めて、うずくまっていた。

「ん? そっちに何があるんだ?」

 成田にはまったく猫の姿が見えていない様子。
 成田だけではない。
 給仕も、猫に気にした風もなく世話しなく動き回っている。

 果たしてデシャップ台にうずくまるニャンコ先生は幻なのか。

 死んだ猫の幽霊なのか。

 K大の学内神社に奉られている神の使いか。

 はたまた不出来な弟子を心配した師匠が、猫の形を借りて現れたか。

 どうせニャンコ先生は答えられないのだから、詮索したってしようがない。
 ニャンコ先生も「人間の事情など知ったことか。ありのままを受け入れろ」といわんばかりにデシャップ台の上で大あくびした。

 そうだ。他の人が、ニャンコ先生や、マキリの存在を否定しようとも、僕には彼らが見えていたし、触れていたし、感じられていた。
 僕にとって彼らは、むしろ目に映る他の事象よりも、確固とした存在だった。

 もしかしたら僕の生き方は、異邦人のムルソーのように、他人には理解されないのかもしれない。

 だけどそれでもかまわない。
 僕は、実際に自分で見たものしか信じない。
 だから僕は、これからも彼らと共に生きていく。
                     (了)



(筆者からのコメント)
 つたない文章を最後まで読了していただきありがとうございます。
 感謝感謝です。
 本作はアルファポリスさんのホラー・ミステリー大賞に合わせて急遽投稿したもので、投稿を始めた当初は脱稿に程遠い状態でした。
 そのため投稿が不定期になってしまい申し訳なかったです。
 でも次作も見切り発車になっちゃいそうな予感がするな。
 
 こうしたほうがいいとか、ここがおかしいとか、この矛盾点はいただけないとか、本作に対するご意見や感想、アドバイスなどがありましたら、
どしどし書き込んでください。
 本作の修正作業と、以降の作品の参考にさせていただきます。

 次作は異世界物を予定しています。
 次世代ファンタジーカップには間に合わないと思うけど――間に合えば出すかもしれません。
 そのときは、またお付き合い頂けたら嬉しいです。

                   かものすけ
                       
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