ホスト異世界へ行く

REON

文字の大きさ
222 / 291
第十一章 深淵

神職者

しおりを挟む

英雄エロー公爵閣下」
「どうした」

声をかけてきたのはアマデオ枢機卿。
隣にエルマー枢機卿や一緒に来た他の神職者たちも居る。

「私たちも調査に同行させていただけませんか?」
「駄目だ。崩壊する危険がある」
「それは軍のみなさまも同じことかと」
「軍人はあらゆる訓練を受け崩壊しそうな建物の中での対応も身に付いている。諸君にとって創造神の神殿は大切な場所の一つと分かるが、せめて崩落の危険がないと確認できるまで軍に任せて貰えないだろうか。二次被害を出したくない」

すぐにでも見に行きたい気持ちは分かるけど、一緒に連れて行ってもし崩壊するようなことがあれば、国民の一人の神職者をまず守らなくてはならない軍人にも被害が増える。

「申し訳ございません。無理なお願いをしていることは分かっているのですが、主神を祀る祭壇がある奥側だけが崩壊したと聞いて、主が我々神職者に何かをお伝えになっているのではないかと居ても立っても居られず」

そう話しながらアマデオ枢機卿は祈るように手を組む。
神職者の中にも創造神の怒りを察して祈っている人がいたと魔神が言ってたけど、アマデオ枢機卿たちも『創造神の神殿に何かが起きた』ということだけで察しているんだろう。

「安全だと確認できるまで同行させることは出来ない。だが、空からでいいなら先に見せてやろう」

また翼を出すと神職者たちは感嘆の声をあげる。

「とは言え神を祀る神殿の上に飛ぶのは躊躇する神職が殆どだろう。アマデオ枢機卿。代表して貴殿が私と来るか?」
「……はい。お願いいたします」

本当はアマデオ枢機卿も躊躇する側の人間だろうけど、それより祭壇の様子を知りたいようでこくりと頷く。

「他の者はアマデオ枢機卿から状況を聞くことで一旦は堪えてほしい。安全だと確認できたら呼ぶと約束する」
「承知しました。お心遣い感謝いたします」

エルマー枢機卿が答え他の神職者も頷いたのを見て、アマデオ枢機卿を腕に抱えて神殿の上空に飛ぶ。

「ああ……主神の祭壇がない」

奥側まで行って天井より少し高い場所から見せると、下を見下ろしたアマデオ枢機卿はボソリと呟く。

「アマデオ枢機卿はこの神殿に入ったことは?」
「ございますが、祭壇の間を見るのは初めてです。私は主神の祭壇へ近付く資格がございませんので」
「資格?」
「最高神である主神の祭壇に近付くことが出来るのは身も心も清い者だけ。私が近付けば怒りを買うことでしょう」

話しながらもアマデオ枢機卿は祈りを捧げる。
自分が母親から捨てられた棄児だったからか、義弟の身代りになって教皇の悪事に加担しているからか。
どちらにしても自分を『穢れた者』と思っているらしい。

「では誰も創造神の祭壇には近付けないな」

俺が呟くとアマデオ枢機卿は顔をあげる。

「アマデオ枢機卿は人をあやめたことがあるか?」
「え?……め、滅相もございません!」
「私はある。一度目は私が治める領地の領民へ無差別に攻撃した襲撃犯たちを。二度目は貴殿も知っているだろうが、本大会の会場で魔物を操り多くの犠牲者を出した歌唱士を」

一度目は西区の襲撃犯。
二度目はロザリア。
俺の魔法や刀で人の命を奪った。

「人を殺めたことのないアマデオ枢機卿が怒りを買うのなら、人を殺めた私が近付けば神に殺されるのだろうか」
「そんな!英雄エロー公は多くの者を救うために致し方なく」
「多くを救うため誰かを犠牲にした。正義という聞こえのいい言葉で包み隠しただけで人を殺めたことには変わりない。みなが英雄と呼ぶ私は世界や立場が違えばただの犯罪者だ」

慌てて否定したアマデオ枢機卿に苦笑する。

「ヒトは勝手だと思わないか?傷つける事や命を奪う事が罪ならば魔物を仕留め植物を摘み喰らうことも罪だろうに、その対象がヒトとなると途端に罪悪感を持つ。私もそうだ。何をもって善悪とするかの判断基準を決めているのはヒト。何をもって清いとするかの判断基準を決めているのもヒトだろう」

何者かの命を奪ったことがあるのはみんな同じ。
魔物や植物なら良くてヒトは駄目とか、そんな都合のいい基準はヒトが決めたことだ。

「身も心も清い者など存在しない。罪を犯さない者など存在しない。生きるため肉や植物を喰らい、子孫を遺すため交わり、木を伐採し、地を掘り、岩を砕き、火を扱い、星を傷つける。何かを傷付け傷付けられ生きているのがヒトだ。どれも当てはまらない者は存在しないのに、清い者だけが祭壇に近付けるというのは矛盾している。近付いてるだろう者が何も傷付けず何も喰わず裸体で空に浮いているだけなら納得するが」

何一つ命を奪わず怒りもせず欲もなく星も傷付けない。
そこまでして初めて清い者と認めよう。
それはもうヒトではないから。

「祭壇に近付く資格を持つ最たる者だろう教皇は自身を神から祝福を与えられた特別な存在のように思っているようだが、残念ながら教皇も神職ではない私や軍人と同じく肉や植物を喰らい自然や星を傷付けなければ生きられない脆いヒトの一人に過ぎない。与えられたのは神の祝福ではなくヒトの、いや、大教会の祝福。神職者が別の神職者から祝福を与えられただけのこと。他人を差別して見下す者が清いとは笑わせる」

それが俺の本音。
俺なら到底我慢できそうもない辛いことを自分に課している神職者を凄いなとは思うけど、ヒトはヒトに違いない。

「すまないな。貴殿の属する大教会の教皇を非難して」
「いえ。身につまされるお言葉でした。神職者とは神にお仕えする事で生かされてる事の恩をお返しする意図で存在していたはずなのに、私たちはどこで道を誤ったのでしょう」

そう話しながらアマデオ枢機卿は既にない祭壇の方に向かい組んだ両手で再び祈りを捧げる。
いや、懺悔しているのか。

「後悔しているのか?義弟の身代わりをしていたことを」
「……ど、どうしてそれを」
「アマデオ枢機卿とエルマー枢機卿を地下から連れ出し人目のある大食堂まで運んだのは私だ」
「お救いくださったのは英雄エロー公だったのですか」

アマデオ枢機卿は驚いて俺を見る。

「あのままにしておいて教皇がエルマー枢機卿の貞操を諦めるとは思えなかったのと、アマデオ枢機卿がそれを見過ごすとも思えなかったからな。殺しただろう?教皇を」

義弟を守るために悪事に加担してきた者が義弟の危機を目の前にして大人しく見過ごすとは思えない。
そこで選ぶ手段は教皇を亡き者にすることだろう。

「……もし義弟に手を出すようであればそうしたでしょう。私たちは何よりも義弟を守りたかったのですから」
「私たち?」

アマデオ枢機卿だけじゃないのか?
エルマー枢機卿を守ろうとしていたのは。

「そこはご存知なかったのですね。私の義弟を慕う者は多いのです。自分を犠牲にしてでも義弟を守りたい者たちが」
「まさかエルマー枢機卿に手を出されないよう身代わりに教皇やその仲間に身を捧げた若い神職者も居たのか?」
「誰がとは申せませんが、おります。私は教皇の傍で悪事に加担し、その者たちは己の身を捧げてくれました」
「なぜそんな馬鹿なことを。他にやり方が」
「はい。なかったのです」

言いながら気付いて途中で言葉を止めた俺にアマデオ枢機卿は苦笑する。

「オベルティ教皇はアルク大教会の頂点。それだけならまだしも、神のお言葉を生命に伝える代理人のような立場に居て、国の行事にすら口を出し通ってしまう始末。貴族の中にも弱味を握られ悪事に加担している者が居て、民もオベルティ教皇の外面の良さを疑うこともなく慕っている。そのような人物に私たちが出来ることなど、味方側について義弟の身代わりをするか教皇を殺してしまうかの手段しかなかったのです」

たしかにそうだ。
俺が教皇に反抗できるのは権力があるから。
国ですら教皇の能力に確信が持てず啓示がおりたと言われれば渋々だろうと通してしまうのに、教皇の下の身分のアマデオ枢機卿や若い神職者たちに何が出来ると言うのか。

「不敬を承知でお願いがございます。どうか義弟を、エルマー枢機卿をアルク大教会からお救いくださいませんか?」

そんなことを真剣な表情で訴えられる。

「オベルティ教皇から付添人を命じられた義弟は憧れの英雄エロー公にお仕えできることを心から喜んでおりました。自分が選ばれた理由が、その容姿のよさで英雄エロー公の弱味となるような何かが起きるよう期待してのこととも知らずに」

で、俺はまんまとを起こしたと。
教皇の手のひらの上で泳がされたようで少し癪に障る。

「義弟は教皇を慕っているので私たちが何を言っても信じないでしょう。ですが、このまま教皇の傍に居させては私たちだけでは守れない時が来るかもしれない。そうなる前に義弟をアルク大教会から除名させてほしいのです。辞めさせる理由は問いません。英雄エロー公の権力でここから引き離してください」

なるほど。
お救いくださいってのはそういうことか。
たしかに俺が『不敬を働かれたから除名させろ』とか『気に入ったから連れ帰る』とか言えば通ってしまうだろう。
英雄の権力とはそれほどのものだから。

「教皇の傍に居させたくないというのは理解できる。もし何かあったらと心配なのも理解できる。だが断る」

気持ちは理解できるけど、それはできない。
キッパリ断るとアマデオ枢機卿は眉を顰め肩を落とす。

「まだ数時間程度の付き合いではあるが、エルマー枢機卿の信仰心の強さは垣間見えた。神に仕えることに生き甲斐を感じていそうな者からその生き甲斐を奪ってみろ。絶望して自ら命を絶ってしまう最悪の事態になることだって考えられる」
「ああ……たしかにそうですね。ではどうしたら」

エルマー枢機卿の信仰心は強い。
直向きに神を信じて生涯を捧げようとしている人から神職者の身分を奪うなんてことはできない。

「少しだけ待ってくれないか?私に考えがある」
「考え?」
「能力が偽りだったことを私が明かしたことで教皇は罪に問われることになる。恐らく教皇の座を降ろされるだろう」
「そう上手くいくでしょうか」
「国が信用できないか」

問いかけるとアマデオ枢機卿は口を結ぶ。
まあ今までの状況を考えれば信用できないか。

「もし国が見逃して教皇を続けさせるようなら私が口添えしてやろう。英雄の私を七つの記録石を仕掛けた貴賓室に案内させたとなれば国と大教会の話し合いで済む問題ではない」
「記録石にもお気付きだったのですか。お帰りになってから行って壊してしまおうと思っていたのですが」

エルマー枢機卿の弱味になるようなことが記録されてるかもしれないから……ということだろう。
うん、正解。

「安心しろ。全て回収した。手洗いに仕掛けていたのも」
「そのようなところにまで仕掛けてあったのですか?」
「知らなかったのか」
「仕掛けることは私の役目ではありませんので。いつもは回収を命じられた際にどこにあるかを教わります」
「そうか。さすがにそこは記録を確認せず壊した」
「ありがとうございます」

誰か映っていたかは知らないまま。
知る必要もない。

「一つ確認したい」
「はい」
「アマデオ枢機卿は性被害にも加担していたのか?」

魔神から観せて貰った映像には顔が見えない人も居た。
教皇の悪事に加担していたということは、顔の見えない人の中のどれかだった可能性もある。

「それはございません。私のは使い物になりませんので」
「ん?」
「私も見習いの頃は教皇の被害者でしたので、今となってはすっかり。ある時から全く反応しなくなったことは教皇も承知ですので、それに関しては命じられたことがありません」

トラウマになって機能しなくなったのか。
性被害は人の心を殺す悪行と言うけれど、心だけでなく体の機能まで奪われたとは。

「心の傷を抉るようなことを聞いてすまなかった」
「義弟の身代わりになると申し出た者を止めなかった私も形が違うだけで同罪です。被害者ぶるつもりはございません。義弟を教皇から離すことができたあとは私も罪を償います」

教皇に加担した自分も責任をとるつもりか。
義弟にバレないよう薬で喉を潰したり顔を変えたりしたくらいの人だから、最初からそのつもりだったんだろう。

「アマデオ枢機卿は性被害にあった者と話せるか?」
「相手が名乗り出れば話を聞くことは出来ますが、私が知っているのは身代わりを申し出てくれた者と相談してきた数名だけで、他は誰が被害にあったのか把握できておりません」
「全ての悪事に関わっていた訳ではないのか」

義弟という弱味を利用され様々な悪事に加担させられてたのかと思ってたけど、何でも知ってる訳ではないようだ。

「オベルティ教皇があえてそうしているのです。裏切られた際に多くを知っていると全て明るみにされてしまうので」
「確かに一部しか知られてない方がダメージは少ないか」
「はい。私が加担したのは主に裏献金関連のことです」
「重要な役割ではあるな」
「私には教皇を裏切れない明確な理由がありますから」

弱味があるアマデオ枢機卿は裏切る可能性が低い。
だからこそ教皇にとって私腹を肥やすために重要な裏の献金関連での悪事に加担させることが出来たんだろう。
信用されていたということ。

「教皇やその仲間の悪事を見逃すつもりはない。だが、性被害という繊細な問題は公にされることを望まない被害者も居るだろう。だから個人的にどうしたいか知りたかったのだが」

裁くためには被害者もあれこれと聞かれることになる。
どこでどのような状況でと聞かれて思い出したり答えたりするのは心の傷をえぐることになるし、色欲を自戒する神職者だからこそ知られたくないと思う者も少なくないだろう。

「そういうお話しでしたら私が知っている被害者には確認してみますが、こちらの方から被害に合ったことがあるかと一人一人に聞く訳にはまいりません。教皇や一部の者がそのようなことをしているとを知らない神職者の方が多いですので、逆に私が話を広げて事を大きくしまうことになります」

それはもちろんそう。
教皇も一枚岩ではないことは『知らされていた人と知らされていなかった人』が居た時点で分かっていたし、一人一人に聞けば今まで知らなかった人に教えてしまうことになる。

「ひとまずアマデオ枢機卿が知っている者だけで構わない。今後の状況を見て申し出る者も居るかもしれないからな。もし被害にあったことを公にして教皇に罪を償って欲しいと願う者が居れば私に報せてくれ。私がアルク国に滞在中は王城に、ブークリエに帰ってからなら私の屋敷に伝達を。伝達の内容は世間話でいい。直接話を聞きにくる」

伝達内容は誰かに見られるかもしれないから、伝達が届いた=そう願う者が居たと判断して聞きに来た方が安全。

「なぜそこまで親身になってくださるのですか?個の権力を持つ英雄エロー公にとって私たち神職者など取るに足らない存在でしょう。国も違えば種族も違う、仮に居なくなっても英雄エロー公の生活には影響のない者に、お忙しいお時間を割いてまで」

アルク国に来てから似たような事を何度も聞かれてる。
それほどエルフ族が英雄という存在を高い身分の者と捉えている証拠なんだろうけど。

「みな似たようなことを聞くが、誰かを救うことに御大層な理由が必要か?国や種族や身分が関係あるか?救える者が居るのに救わなければ私は自分を許せない。自分が後悔したくないから出来ることはしているだけで、たんなる自己満足だ」

救えるのに救わなかった自分を許せない。
だから自分が出来そうなことには首を突っ込んでしまう。
それは自己満足でしかなくて、崇高な理由などない。

「アマデオ枢機卿も似たようなものだろう?母が過去に犯した罪も兄が居ることも知らず育った弟が真実を知り絶望しないよう、兄の自分が喉を潰し声を変え、母に似た顔も作り替え、悪事すらも肩代わりしている。誰から言われた訳でも頼まれた訳でもなく、自分が弟を守りたいから。違うか?」

聞き返した俺にアマデオ枢機卿は苦笑する。

「全てご存知なのですね」
「私は離れた場所に居る者の様子を見聞きすることが出来る大天使の目という恩恵を持っていてな。それを使いエルマー枢機卿が眠らされた後の地下での様子を見ていた」

本当は狭間で見たんだけど、それはさすがに話せない。
幾つも世界があることも、全ての世界の間に無の空間があることも、人が知るには過ぎたることだから。
それを知っているのは世界を創造した神だけでいい。

「腑に落ちました。英雄エロー公が何かを耳打ちしたあとオベルティ教皇が調査許可を出したのは、今までの悪事を知っていることを話したからだったのですね。珍しく折れたと思えば」
「正解だ。従わなければバラされると思ったんだろう」

あれは教皇へのに違いない。
許可しなければこの場で全ての悪事を明かすという脅し。

「私は清廉潔白でもなければ勧善懲悪でもでもない。それが最善だと思えば清濁併せ呑むこともある。正義とは誰かにとっての善であり、誰かにとっての悪でもある。善も悪も兼ね備えたヒトが生きるこの世界で、人の上に立つ者が清く正しく美しいものだけを受け入れて生きていくなど出来はしない」

俺ほど清廉潔白や勧善懲悪が似合わない奴も居ない。
平然と人の心や身体を傷つける人のことは許せないけど、そうではないことなら黙認することもある。

「そろそろ調査準備も整っただろう。戻るがいいか?」
「はい。我儘を叶えてくださりありがとうございました」

俺にお礼を言ったあともう一度アマデオ枢機卿は破壊されている祭壇に向かって両手を組み、静かに祈りを捧げた。

「ん?」
「なにか騒がしいですね」
「ああ」

神殿の奥側から神殿前に戻っている途中で聞こえてきた声。
雑談しているというには騒がしい。

「「?」」

急いで戻ると神職者たちが一箇所に集まっていて、何かあったのかと思いながら下降する。

「オベルティ教皇!?」

人集りになっている中心に倒れている人の姿。
祭服の種類で教皇だと気付いてアマデオ枢機卿は驚く。

英雄エロー公!」

気付いた神職者たちが場所をあけてくれてそこに降りると、アマデオ枢機卿はダンテさんやラウロさんと一緒に居るエルマー枢機卿の元へ真っ先に駆け寄った。

「…………」

騎士や魔導師の前に立ちはだかる数名の神職者。
庇われているのは若い見習いで、地面に座りこんでいる。
そして見習いの前に倒れているのがオベルティ教皇。

「あの見習いの少年が刺したのか」
「はい」

見習いの少年の手に握られている銀のナイフに血がついていることに気付いて聞くと、ダンテさんが一言答える。

「来ないでください!罪は償います!」

見習いを庇っている神職者の一人がそう俺に訴える。
来たら自害するという訴えなのか、少年を庇うように壁になっているその神職者たちが自分の首元にナイフをあてているから軍人も下手に近付けなかったんだろう。

「なぜこのようなことを!」
「教皇が死ぬか私たちが死ぬかしか手段がないのです!」

声を荒げたアマデオ枢機卿に別の神職者が答える。

「私たちはもう教皇や一部の枢機卿から都合よく使われたり弄ばれたりすることに耐えられません!私たちが志していたのは神にお仕えする神職者だったはずなのに!」

ああ……この人たちは被害者か。
被害者が自分たちの手で教皇に復讐をした。
アマデオ枢機卿もそれに気付いたらしく深く眉を顰める。

「このようなことをして神がお許しになると思うのか!」
「私たちは疾うに神にお仕え出来る清い身ではありません。ご自身が私に何をしたかお忘れですか?あの日から私は絶望の中に居た。絶望の中で貴方にいつか復讐してやると」

声を荒げた枢機卿にも神職者の一人が静かに答える。
この枢機卿は加害者側の一人だということ。

「私たちはみな教皇や教皇に従う貴方がたから穢された者。神にお仕えする資格を奪われた者。私たちは復讐することだけを目的に生きて来た。ヒトの手で裁かれることも、極刑になり死ぬことも怖くありません。神に捧げたこの心と身体を穢されたその時以上に怖いものなどない」

冷静な顔で狂っている。
狂ってしまうほど、極刑すら恐れないほど、神に仕えることが生き甲斐だったんだろう。

「コニー!」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」

神職者同士で言い争いが続く中、エルマー枢機卿の声と見習いの絶叫で神職者たちが振り返ったのを見て転移する。

「……英雄エロー公」
「生きていたようで何よりだ」

教皇の背後に転移し首に腕を回して絞めると、握っていた物から手を離した教皇は俺の腕を叩き離すよう訴えてくる。

「す、すぐに抜いてやる!」
「抜くな。下手に抜けば血が吹き出して失血死する」

見習いの少年の右眼に突き刺さっている金製の万年筆。
派手な装飾のそれは私欲に溺れた教皇らしい成金趣味。
それが突き刺さったままの右眼を押さえて唸る少年から急いで抜こうとした神職者を止める。

「逃がすな。取り押さえておけ」
「はっ!」

すぐに走ってきたダンテさんの方に教皇を蹴り引き渡す。

「少年、痛いか?」

短く荒い息を繰り返して痛みに悶絶する見習いの少年の傍にしゃがんで問いかける。

「お前の肉体は元を質せば創造主から授かったもの。神から授かったこの肉体を捨て罪人のまま死にたいというならコレを引き抜き死なせてやろう。復讐のため身命を粗末にしたことを悔い改め最期まで生きたいというのなら助けてやろう」
「……神……から……ああ……」

少年は掠れ声で息も絶え絶えに呟く。

「……授かっ……た身体を……私は」
「コニー!」

エルマー枢機卿は泣きながら見習いの少年の手を握る。

英雄エロー公、いや、尊き神の化身よ!どうかコニーに神のお慈悲を!この子は私を守るために罪を犯したのです!罪は私が償いますのでコニーのことはお救いください!」

ポロポロと泣きながら俺を見て訴えるエルマー枢機卿。

「エルマー枢機卿を守るため?」
「私たちは離れていたので直接聞いていないですが、教皇が枢機卿へ神殿に裁きがくだったのはお前たち兄弟の所為だと、怒りを鎮めるため死んで神に詫びろと発言したようです」
「兄弟?」
「はい。枢機卿には覚えがないようですが」

ラウロさんがそう教えてくれてエルマー枢機卿を見る。
知っていたのかと思ったけど、そういう訳ではないのか。

「エルマー枢機卿。償いに代理制度などない。罪を犯した本人が心から反省し更生することが罪を償うということではないのか?周りの者が出来ることは見守り支えることだけだ」

罪を償うのは罪を犯した本人。
周りの人が出来ることは、罪を償う人の更生を手助けしたり支えてやることだけ。

「少年。理由は何であれヒトを刺した罪を償うのは君自身でなければならない。時に白い目で見られることもあるだろう。罵られることもあるだろう。石を投げたり暴力を奮う者も現れるかもしれない。それを踏まえた上で改めて問う。このまま罪を償わず死んで楽になる道を選ぶか、生きて罪を償い続ける苦行の道を選ぶか。好きな方を選べ。それが私の慈悲だ」

俺は罪人をその場で処刑する粛清の権利が与えられてる。
少年が死んで楽になりたいというなら、俺がその権力を使って『ヒトの命を奪う』という罪を重ねてやろう。

「……私は…………生きて罪を償います」

意識も朦朧としている中、少年は声を振り絞って答えた。

「痛いだろうが耐えろ」

暴れられないよう少年に跨り目元を押さえ上級回復ハイヒールをかけながら反対の手で金製の万年筆を引き抜くと、案の定少年は痛みに絶叫してのたうち回ろうと身体をバタバタさせる。

「この痛みを覚えておけ。それがヒトの身体が傷ついた時の痛みだ。傷つけた相手の痛みだ。二度と同じ罪は犯すな」

血で真っ赤に染まった俺の手を本能で強く握る少年。
爪が手に食い込むほどに。

「いつか生きていることが辛くなったら私の元に来い。その時は君を生かすことにした私が責任を持って殺してやろう」

食い込む爪の痛みは俺に課されたヒトを救うことの重み。
このさき生きていることの方が辛いかも知れない少年を生かすことの重み。

「……神よ」

小さな声で呟いた少年の手から力が抜けて地面に落ちた。

「コニー……?」
「気を失っただけだ。状況を診るために魔法検査をかけながら上級回復ハイヒールをかけているから心配は要らない」

突然静かになって最悪の事態を考えたんだろうエルマー枢機卿に死んだ訳じゃないことを教えて上級回復ハイヒールをかけ続ける。
奥深くまで突き刺さっていたから損傷も大きいけど、俺の上級回復なら充分治せる範囲だ。

神職者も軍人も無言のまま見守って数分。
中の人が完治したことを教えてくれて息をつく。

「傷は完治した。後は増血治療を受けさせろ」

見守っていた人たちにも完治したことを伝えると思い出したように騒がしくなる。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

エルマー枢機卿は少年の手を両手で握って俺に何度もお礼を繰り返しながらポロポロと涙を零す。

「感謝は不要。私が治せたのは身体の傷だけで、心に負った傷は治せていない。この先少年が罪を償い生きていて良かったと思える日がきた時に、その感謝の言葉を受け取ろう」

血まみれの両手を水魔法で洗いながら苦笑する。
命を救われたことに感謝するかどうかは少年次第。
どう罪を償うか分からないけど、この先の状況や環境によっては生きている方が辛いと思う可能性だってあるから。

「しかし、復讐とは言え未成年を実行犯に選ぶとは」
「そのような非道なことはしておりません!」
「未成年に罪を犯すよう仕向けるなど有り得ません!」

少年を庇っていた神職者に言うと口々に否定する。

「だろうな」
『え?』
「今回は少年の突発的な犯行だったと言うことだ」
「そのようですね」

復讐心を持つ人たちの計画的犯行ではなく、復讐心を持っていた少年が教皇の発言に耐え兼ね起こした突発的犯行。
ダンテさんも神職者たちの反応で同意して頷く。

「その者たちも共犯です!調べれば証拠が」
「なんの話をしているんだ?」

枢機卿から回復ヒールをかけて貰っていた教皇が、まだ痛むのか腹部を押さえながら声を荒らげる。

「教皇の私を刺すなど」
「刺されたのか。見せてみろ」

話しながら教皇の前にしゃがみ上級回復ハイヒールをかける。

「どこも刺されていないではないか。傷痕一つない」
「戯言を!」
「神殿を破壊され混乱したのか?幻覚を見るとは」

既に枢機卿が回復ヒールをかけていたから治るのも一瞬。
傷痕一つ残っていない腹部を見て肩を叩く。

「このように血がついているではないですか!」
「そこの少年。こちらに」
「……は、はい!」

大聖堂に入る前にリフレッシュをかけてくれた見習いの少年に声をかけて手招く。

「教皇にリフレッシュをかけてやってくれ」
「やめろ!悪事の片棒を担ぐことになるのだぞ!」
「悪事など何一つないというのに、どうやら教皇にはあの土が血に見えているようだ。落ち着けるようかけてやれ」

見習いの少年は俺を見てこくりと頷くと教皇にリフレッシュをかける。

「なぜ軍も止めない!証拠の隠蔽を図っているのに!」
「言っているだろう?土だと。土で汚れた衣装にリフレッシュをかけさせているだけのことをなぜ止める必要がある」

くすりと笑った俺を見上げる教皇は唖然とする。

「これでよろしいでしょうか」
「ああ。ご苦労だった。後は下がってよい。若くして素晴らしい才能を持つ君に神の御加護があらんことを」

血のあとが消えて再び俺を見上げた見習いの少年の頭に軽く口付けて感謝を伝えた。

「教皇。刺されたのは幻覚だ。混乱状態で見た幻覚で、刺されてなどいない。英雄の私がそう言っているのだから、それが真実。両国王陛下が与えた個の権力とはそういうものだ」

わなわなと口を震わせる教皇。
普段は絶対にこんな権力の使い方はしないけど今回は別。

「善には善を、悪には悪を。権力を利用し悪事を働く者には権力で返す。それが私だ。今回ばかりは利用しようとした相手が悪かったな。私は貴様が思うような一点の曇りもない清廉潔白な正義感あふれる英雄ではない。必要とあらば如何様にも権力を使い誰かにとっての善にも悪にもなる。悪行の限りを尽くした貴様をこのような形で楽に死なせはしない。残された時間で貴様に苦しめられた者たちの憎しみを存分に思い知れ」

俺を清廉潔白と思っていたことが教皇の敗因。
必要な時は力だろうと権力だろうと使うのが俺。

唇をかみしめる教皇にもう一度くすりと笑って返した。
    
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...