ホスト異世界へ行く

REON

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第十四章 変化

港町カナル

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治療日から三日後。
今回訪問したのはカナルという港町。

治療日の翌日は一度ブークリエ国に戻り(魔祖渡りで)西区の領主として溜まっていた仕事を片付け、翌日は国王のおっさんや師団長に会って諸々の報告と提出する書類を渡し、そのあと軍の医療院に行って獣人族の子供たちに会ってきた。

アルク国(ヴェール)に戻ったのは今朝。
なかなかの強行軍だけど今日は今日で重要な予定があって、休む間もなく入浴と着替えをして馬車でこのカナルまで来た。

「ようこそお越しくださいました」
「迎え入れ感謝する」

訪問先はシャルム公爵家。
アルク国の第二王妃や長官の生家だ。
正装姿の当主が挨拶をした隣にドレス姿の長官が居て、その後ろには長官の両親や兄弟が並び律儀にボウアンドスクレープやカーテシーで出迎えてくれた。

今日の訪問理由は言わずがな、婚約契約。
当主(両親)への婚約の申し入れは長官から返事が届いてすぐに送り、当主と両親の連名で申し入れを承諾する返事が届いて正式に契約を結びに来たというのが今日までの流れ。

案内されたのはゲストルーム。
ご立派なテーブルを挟んで長官と俺が対面同士に座り、お互いに用意しておいた『誓約書』を確認する。
これは先に契約したエミーや総領やレアンドルとも交わしたもので、婚約期間の決まりごとを書いたもの。

結婚する時はまだ別に結婚後の決まりごとを書いた誓約書を交わすけど、婚約期間の決まりごとも俺の方は婚約期間中に知った情報は口外しないとかそういう内容だ。
つまり婚約するにあたって相手に守って欲しいことなどをそれぞれが書いたもの。

互いの条件(決まりごと)に納得できれば本契約。
国家資格を持つ立会人が同席していて、事前に用意されていた誓約書にサインと紋印を押した。

「長官。いや、メリッサ嬢。改めて申し入れを承諾してくれたことに感謝する。私なりに大切にするとお約束しよう」
「偉大な英雄エロー公爵閣下に見初めていただけるなど光栄の極み。閣下の名誉を穢すことのないよう婚約期間も多くを学び、妻として相応しくなれるよう努力いたします」

椅子に座ったままドレスを摘み頭を下げる長官。
俺も胸に手をあて頭を下げて返す。
立会人が契約が結ばれた祝いの拍手をして、付き添いの当主やご両親、俺の方は執事のエドが同じく祝いの拍手をした。

これで契約終了。
立会人が去ったのを見届けてから用意されていた紅茶を一口飲んで長官を見る。

「一つ聞きたい。誓約書にあった、フェリング一族が私の不名誉となる際には即日の婚約破棄や婚約満了後の成婚拒否を無条件で受け入れるというのはどういう意味だ?」

エミーや総領やレアンドルの誓約書にも『婚約期間を経て英雄の伴侶に相応しくないと判断された時は断りを受け入れる(俺に結婚しないと言われたら受け入れる)』的な内容はあったけど、一族が俺の不名誉になる際という部分が気になった。

「恐れながら、それについては私が付け加えさせたものですので、私がお答えすることをお許しくださいますでしょうか」
「許可する。三人も座ってくれ」
「ありがとうございます」

長官ではなく当主の意向で加えられた誓約だったらしく、年配の当主と長官の両親にも椅子に座って貰う。

「昨日に王宮から書簡が届いたのですが、その書簡で英雄エロー公爵閣下がメリッサをお相手に選んでくださったのは二妃殿下が娶るよう言ったからだったことを知りました」
「ああ……やはりそれか。一族が私の不名誉にという一文を見て立会人の前で聞くのは避けたが」

やっぱり。
アルク国王との離縁理由は『一族の者が極刑となる重罪を犯した責任をとって自ら離縁を申し出た』と発表することになってるんだから黙っていれば分からなかったのに、二妃が正直に話してしまったようだ。

「話を聞けばメリッサもそのことを知っていたとか。メリッサに配慮して無理強いはせず考える時間をくださったり、私どもには閣下の方から見初めたということにすると言ってくださったと。事実を知ったのが昨日でしたので書簡では間に合わず、即日破棄できるよう急遽その事項を加えました」

孫や娘の婚約が決まる晴れの日なのに、迎え入れてくれた長官も当主も両親も兄弟も緊張とだけじゃない浮かない顔をしていると思えば、どうしたものかとひと騒ぎになったんだろう。

「既に王家に嫁いだ孫ではありますが、国母の王妃が国で定められた英雄保護法を破り閣下に成婚を迫るという大罪を犯していたとは。お詫びの言葉もございません」

当主が深々と頭を下げると長官と両親も頭を下げる。
それを見て俺の後ろに控えているエドをチラリと見ると苦笑で返された。

「私は言われた記憶がないが、何の話だ?」
「え?」

再びティーカップを持ってそう答えると四人は顔を上げて長官は首を傾げる。

「長官とはアルク国の裁判所で会って毒物検査や証拠物の押収をして貰った。そのあと二妃の宮殿で再会して会話をしたりファーストダンスを踊ったりとする内に私が見初めただけで、二妃とは他愛もない世間話くらいしかしていない」

俺は何も知らない。
二妃とは夜会で話したけど娶るようには言われていないし、長官ともそんな話はしてない。

「そうだろう?メリッサ嬢」
「…………は、はい!」

紅茶を飲みながら目を合わせると少し考える様子を見せた長官は話を合わせて大きく頷く。

「ですが」
「当主。私が知らないと言っているのだからそれが真実だ。若くして長官に任命された優秀で美しい女性を私が見初めた。メリッサ嬢も私のそんな気持ちに応えてくれただけで、二妃殿下は私たちの婚約のことには一切関与していない」

当主の言葉を遮ってそう付け加える。

「真実を明らかにすることが正義とは限らない。明らかにすることが多くの国民を惑わせる結果になるのであれば隠すことも上に立つ者の正義。知る者が墓場まで持って行けばいい」

二妃といい当主といい国仕えの一族だけあって正義感が強くて偽ることをヨシと思わないんだろうけど、世の中には知らない方がいいこともある。

「誓え。二妃の件は口外せず墓場まで持って行くと。国のために、国民のために清濁併せ呑むと」

カップをソーサーに置いて四人にそう話す。

「誓います。閣下の御心のままに」

覚悟を決めた当主が胸に手をあてて誓い、長官と両親も同じく胸に手を当てて頭を下げ誓う。

「このことを知っている者には口外を禁じるように」
「承知いたしました」

良かった。
正義感でこのことを明らかにされたら俺の婚約者とだけのことでは一族を守れなくなるから。

「閣下、ありがとうございます」
「なにに対しての感謝なのか分からないが、気持ちだけ受けとっておこう」

感謝を軽く流した俺に長官はくすくす笑う。
ずっと暗い顔をしてたけど笑顔になって良かった。





誓約書を交わしたあと訪れたのはカナル漁港。
俺の従者のエドと長官の侍女とシャルム公爵家の専属騎士二名を護衛に連れて長官と足を運んだ。

「話には聞いていたが、活気のある漁港だな」
「大型船の停泊できる漁港の数があまり多くないので。こちらでは大型船で運ばれてきた魚介類が多く扱われています」
「だから新鮮な魚を買いに来る人も多いのか」

左右に並んでいる出店。
ブークリエ国の王都は海と距離が離れてるから市場に並ぶのは川で獲れる魚介類が殆どだけど、ここでは海で獲れたばかりの魚介類が売られている。

「いい香りがする。焼き魚か」

髪を隠すためローブのフードを被り説明を聞きながら人の行き交う中を歩いていると、焼き魚の香ばしい匂いがしてくる。

「もう少し先に行った漁には卸し市場がありますが、手前のここでは魚介類の串焼きなども売られています」
「買って食べてもいいか?」
「召し上がるのでしたら食堂がありますが」
「出店で買って食べるから一味違っていいんだろ」

食堂のそれはそれで美味しいだろうけど、せっかく出店も並んでるんだから買い食いするのも一興。

「ここか。いい匂いがしてたの」

すぐに匂いの元の出店を発見して近付くと店主が魚焼きを使ってその場で二種類の魚を焼いていて鑑定をかける。
一つは日本の秋刀魚に似た味で、もう一つはホッケに似た味の魚らしい。

「いらっしゃい。買ってくかい?」
「うん。両方の魚を一本ずつくれ」
「はいよ。すぐ焼けるから少し待ってて」
「ありがとう」

如何にも海の男という印象の日焼けしたエルフ族の店主に注文して先に料金を渡してから焼くのを眺める。

「焼いてるの見るの初めて?」
「はい。普段は料理人が作ってくれた料理を食べるので」

俺の隣でジッと眺めている長官を見てくすりと笑う。
言われてみれば貴族生まれ貴族育ちのご令嬢が出店で買い食いしないか。

「半分こして食べようと思ったんだけど大丈夫そ?」
「初めてですけど大丈夫です」
「それならいいけど」
「焼いているところを見てるとお腹が空きますね」
「匂いでも食欲がわくからな」

少し後ろに居るエドや侍女や騎士たちを見ると苦笑される。
ご令嬢に買い食いさせるのは失敗だったか。
そう思ってる間にもこんがりと焼けた魚の串焼きが完成。
まだ焼きたてのそれを二本とも俺が受け取る。

「お兄さん。座って食べるならそこの椅子使っていいよ?お嬢さんの方は貴族家のご令嬢だろ?」
「ありがとう。お言葉に甘えて」

店主が休憩する時に座る椅子なのか出店の隣に椅子が一脚置いてあって、苦笑する店主に感謝して借りることにした。

「座って食べな」
「私ではなく閣下が」
「いいから」

女性を立たせて自分だけ座るとか有り得ない。
そこは身分よりもレディファースト。

「半分こにするつもりだからどっちも食べることになるけど、先にどっちの焼き魚を食べたい?」
「私が決めていいのですか?」
「うん」
「ではこちらを」

長官が選んだのは秋刀魚味の魚。
ちなみに見た目はアジ。

「神の恵みに感謝します」
「いただきます」

俺も長官の前にしゃがんで焼き魚を一口。
味はホッケらしいけど見た目はキジハタ。

「うま」

塩を振っただけの味付けだけど、獲れたばかりの新鮮な魚を焼き魚にしているだけあって美味い。
ホッケより少し薄味かな。

「熱ッ」
「焼きたてだからな。火傷してないか?」

一口食べて熱かったらしく、口元を隠してハフハフしながら首を横に振る長官に笑う。

「美味しい。このように串で手に持って食べるのは初めてなので少し悪いことをしている気分ですが」
「こういうところで食べる時には礼儀作法は二の次。屋台は場の雰囲気や食べ方も込みで一層美味く感じるものだから」
「分かる気がします」

嫌がるご令嬢も少なくないだろうけど長官は嫌な顔一つせずに食べていて、堅苦しくないその感じがいい。
猪突猛進なところもあって面白い人だから上手くやっていけそうだ。

「ん。こっちも一口」
「え?このまま?」
「このまま。火傷しない程度にガブッと」

口元に近付けると魚と俺を見比べて少し頬を染めた長官は意を決したようにパクリと齧り付く。

「熱ッ」
「さっきのリプレイしてくれなくていいから」

また熱がってハフハフする長官に笑いながら異空間アイテムボックスを開いて出したグラスに魔法で水を汲んで渡す。

「さすが閣下。お水が美味しい」
「それなら良かった」

魔法で出した水は能力値で味が変わる。
飲んですぐに真顔でグラスを見ながら言った長官が面白くて可愛い。

「閣下もこちらのお魚どうぞ」
「ありがとう」

俺の口元に長官が近付けた焼き魚を一口貰って食べる。
見た目はアジなのに本当に秋刀魚そのものの味がして、日本人の俺としては脳がバグりそう。

「美味しいですか?」
「うん。しょうゆと大根おろしが欲しくなる味」
「しょうゆ?大根おろし?」
「俺の故郷の味」

首を傾げる長官に苦笑する。
俺は醤油も自分で作ってるし大根もどきの野菜で大根おろしもするからつい言ったけど、まだ異世界料理(調味料)が全く知れ渡ってないエルフ族の長官が知ってる訳もなかった。

そのまま二人で分け合いながら食べていると、どこからか争うような声が聞こえてくる。

「争いごとでしょうか」
「かもな」

漁港だけに喧嘩早い海の男たちが言い争いでもしてるんだろうと気にせず焼き魚を食べ続ける。
長官も一瞬気にしたものの言い争いくらい放っておこうと判断したのか一緒に焼き魚をモグモグ。
傍にはエドや騎士が護衛でついてるし問題ないだろう。

「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした?」
「俺の故郷の食後の挨拶。こう両手を合わせて、糧になってくれた命と料理を作ってくれた人に感謝を伝える言葉」
「そうなのですか。では私もごちそうさまでした」

不思議そうに聞いた長官に教えると俺を真似て長官も手を合わせて日本式の食後の挨拶をする。
魔王の時も思ったけど、この星の人がやると可愛いと感じるのはなぜなのか。

「店主、どちらも美味かった。椅子もありがとう」
「こちらこそありがとう。気を付けて見て回るようにな」
「そうする」

店主に御礼を伝えながら置いてあるゴミ箱に串を捨てて、エドから長官と俺にリフレッシュをかけて貰った。

「それにしても安いな」
「漁港ですから。他の場所に運ぶ際にはこの料金に冷凍代や運搬代が上乗せされて値が上がりますけど」
「なるほど」

種類は様々だけど、どの出店で売られてる魚も安い。
海で穫った魚をそのまま売ってる漁港だから安いと聞けば納得だけど。

「また来たのか!何度来ても無理だから!」
「よく見ろ!ここに傷が入ってるだろ!」
「買った後に言われても困るんだって!」

量を買うなら卸し市場の方がいいと教えて貰って向かっているとまた争う声が聞こえてくる。
どうやら海の男同士じゃなく海の男(店主)と客が言い争いになってるようで、どうしたのかと足を止めている客も居る。

「大きな声で何事ですか」

あ、行くんだ?
言い争いをする海の男と客に声をかけるのを見てそう思う俺を他所に、公爵家の騎士と侍女もサッと長官の後ろに付く。
さすが元警備長官とその人に仕える侍女と専属騎士。
普段からこの手の場面には慣れてるんだろう。

「正義感の強い方ですね」
「元警備長官だからな。争いごとは放っておけないのかも」

俺の隣に来たエドと苦笑する。
ただの言い争いなら好きにやらせとけばいいと思う俺と違って正義感の塊。

「何があったのですか?」
「こちらのお客さまが買った魚に傷があったと苦情を」

言い争いの原因を聞いた長官に店主が答える。

「こちらのお店ではお安く販売しているようですから、傷がある分は値を下げているのでは?」
「はい。卸し市場では売れない傷モノや規格より小さい魚介を纏めてお安く販売しています」

それを聞いて確認すると確かに値段が下げてある。
元値も書いてあって赤で値下げした値段も書いてあるから普通は『訳あり品』と分かりそうだけど。

「これだけ分かり易く表示してあれば店側に違法性を問うことは出来ません。それに箱の中の魚は一目見て傷があることが分かりますからお客さまも承知でご購入なさったのでは?」

だろうな。
分かってて買っただろうに後から苦情を言われても困ると店主が言うのは当然のこと。

「うるせえ!女が口を挟んでくるな!」

正論パンチを喰らってブチ切れた客が木箱を長官に投げようとしたのを見て時空間魔法でストップをかける。

「おい。人に木箱を投げ付けようとするな。クズ野郎が」

箱が空中で止まってるのを見て驚く客の頭を掴む。

「誰が見ても一目で分かる傷が見えないとか、ここにあるお前の目は飾りなのか?女性に正論を言われて恥ずかしいからって性別で口を挟むのが悪いような言い草も気に入らない」

俺が目元に指先を近付けるとギュッと目を瞑った男。
いや本当に目潰しはしないけど。

「どうせ他でもっと安いのを見つけたとかだろ?」
「ち、違う!」
「じゃあ何で分かって買ったものに難癖つけてるんだ?」
「分からなかったからに決まってるだろ!」
「目の前まで近付けて見ないと見えないほど目が悪いのか?御老人でも気付きそうなこのサイズの傷はさすがに分からない訳ないだろ。何の問題もない魚が値下げされてる訳もない」
「そんなの知るか!」

男は頭を掴んでた俺の手を払って怒鳴る。
目が悪い様子もないのに分からない訳がないだろうに。
言い訳がましい男だ。

「無知を言い訳にするな。普段から買い物をする人なら分かることすら知らなかった常識のない無知な自分を恥じろ。もっともそれもただの言い訳だろうけどな」

鼻で笑った俺にムッとした男が拳を振り上げる。
言い訳の次は暴力に訴えるのか。

「やめろ」

俺が男にバインドをかけると同時にエドが男の首元でピタリと短剣を止める。

「武器を収めろ。街中だ」
「はっ」

投げなくて良かった。
他の人に当たったら大変だから投げなかったんだろうけど。
別の意味でヒヤッとした。

「お怪我は」
「大丈夫」

ホルダーに短剣をしまいスンとした顔で俺に聞いたエド。
男の方は喉元を短剣で掻き切られそうになったことを今になって実感したのか、真っ青になり冷や汗をかいて腰が抜けたようにペタリとその場に座りこむ。

「俺に暴力を奮おうとした時点で警備隊に突き出せるけどどうする?難癖つけて営業妨害したことを含め警備隊からこってり絞られるか、素直に非を認めて店主に謝るか選ばせてやる」

傷モノなことを隠して通常の価格で売っていたなら店側が悪いけど、今回の場合は店主に非はない。
仮に傷に気付かなかったにしても、その場合はどうして値下げされてるのか気になって店主に聞いてただろう。
安売りに目がないマダムだって通常価格から値下げ後の価格が書いてあれば『訳あり品』だと分かる。

「す、すみませんでした!」
「分かってくれたならもういい。次にどこかで買い物する時はこういう迷惑なことはやめてくれ」

真っ青な顔のまま助けを求める人のように店主に謝る男。
店主も怖い思いをした男に多少の同情心が芽生えたのか、呆れ半分ながら許してやることにして答える。

「店主が許すならこの話は終わりだ。俺の件も見逃してやるから買ったこれを持ってさっさと家に帰れ。命を無駄にしないでちゃんと喰うようにな」

ストップをかけていた箱を動かして男の前の地面に降ろして言うと、それを抱えた男は脱兎のごとく走って行った。

「水はかかってないか?」
「はい。止めてくださってありがとうございます」
「俺が止めなくても長官が自分でぶっ倒しただろうけどな」
「磯の香りのする水がかかっていたら或いは」

真顔でそう答えた長官に笑う。
専属騎士の二人が付いてたし、この世界にはないはずの柔道技で俺を押し倒す長官だけに何もしなくても問題なかっただろうけど、水がかかって生臭くなるのだけは嫌だったらしい。

「メリッサお嬢さま、ご迷惑をおかけしました」
「私も口を挟んで騒ぎを大きくしてごめんなさい。ただの言い争いなら見過ごそうと思ったのですが難癖でしたので」
「いえ、一度居なくなってまた来て苦情を言われていたので助かりました。そちらの男性もありがとうございます」

店主は長官を知ってるらしく申し訳なさそうに謝って、俺にも感謝をして深く頭を下げる。
思えばカナルはシャルム公爵家の領地なんだから長官を知っている人が居てもおかしくない。

「言い争いを見て真っ先に止めに入ったのはメリッサ嬢だ。感謝は彼女に。店主に怪我がなくてなによりだ」

俺は男が長官に箱を投げたから間に入っただけ。
殴り合いならまだしも言い合いだったし、長官が仲裁に入らなければ『喧嘩か?』と思うくらいでスルーしていた。

「お二人ともありがとうございました。助かりました」
「いえ。万が一また来るようなら警備隊に」
「はい。そうします」
「巻き込んですみません。卸し市場に行きましょう」
「ああ」

深々と頭を下げる店主に長官はそれだけ言うと俺を見て再び卸し市場に向かって歩き出した。

「普段からああいう場面を見逃せない性分なのか?」
「状況によりますが、今も警備官の頃の名残りでつい。多くの人が行き交う中で手が出る争いになれば周りの人にも危害が及ぶ可能性がありますので。それに領地で起きたことですし」

なるほど。
警備官の頃の癖で事が大きくなる前に止めようとしたと。
さすがエリート。

ちなみに警備官は国家資格持ちのエリート。
王城や王宮を警備する警備兵は家柄+国仕えの兵士。
力があれば一般国民でもなれるし資格も不要なのが警備隊。

「閣下がおられる時に軽率でした。申し訳ありません」
「謝らなくていい。俺も一応は英雄って立場の人間だし、国民が困っているから仲裁に入ったことを責めたりしない」

身分が高い人を巻き込む可能性があったのに仲裁に入った事を詫びてるんだろうけど、精霊族の守護者というクソデカ責任を背負っている俺はむしろ誰よりも戦場の最前線に立たされる身分だし、自分を守れる力も持ってるから気にしなくていい。

「そこは気にしなくていいけど、長官が大怪我をしないようにだけ気を付けてくれ。婚約者が傷付くのは見たくない」

そう付け加えると長官は俺を見上げ頬を染めて顔を逸らす。
あれ?意外とチョロインなのか。

「これで照れるとか可愛すぎるだろ」
「もうからかわないでください」

恥ずかしくて無意識か、逃げるように歩く速度を早めた長官の手を掴んで繋ぐ。

「婚約者との初逢瀬なんだからこのくらいは許してくれ」

真っ赤になって俯き気味に歩く長官に笑う。
長官とは過ごした時間も短いし為人をよく知った上で婚約した訳じゃないから、これから知っていかないと。
正義感が強くて面白くて俺を柔道技でぶっ倒す強者ということは少なくとも知ってるけど。

「初逢瀬が漁港の市場なんて」
「たしかに」

ボソッと呟いたそれに納得して笑う。
せっかくシャルム領に来たから海の魚を買って帰りたいと思って案内を兼ねて漁港に連れて来て貰ったけど、これはデートというより婚約者の生家が運営する領地の視察か。

「じゃあこの後は漁港から離れて街を見て回ろう」

カナルは港町だけど港から離れたら店や施設がある。
俺は食の方が気になったから港に来たけど、初逢瀬というなら魚の匂いがする漁港や市場ではあまりにもな仕打ち。

「そっちではしっかり婚約者としてエスコートする」
「本当は初逢瀬が漁港でも気にならないですが。幼い頃からお花やお茶会より武器や鍛錬に夢中の変わり者でしたから」
「だから強いんだな。頼もしい」

自分の身は自分で守る能力を身に付けたご令嬢。
俺のように命を狙われる奴の婚約者はそのくらい逞しい人の方がありがたい。

「でも街には行こう。大切な孫や娘の初逢瀬が漁港と魚の思い出しかないなんて御当主や御両親に申し訳ないし、俺も自分の執事や召使いメイドからデリカシーがないって呆れられるし」
「ふふ。分かりました」

自分の目的の魚だけ買って帰ったらエドやベルからノンデリ男として残念な目で見られることは間違いない。
他の婚約者たちからも初逢瀬が漁港なんて可哀想にと長官に同情票が集まりそうだ。

そんな話をしながら辿り着いた卸し市場。
水揚げされた大小様々な魚介類が木箱に入れられ床に並んでいて買い付けに来てる人も多く、日本に居た時の市場のような雰囲気と活気がある。

「これは何を買うか迷うな」

魚も貝も種類が豊富。
異空間アイテムボックスに仕舞っておけば傷まないから色々買っておきたい。

「私はここでお待ちしてますから自由にご覧ください」
「いいのか?」
「はい。ワクワクした少年のようになってますから」

俺の様子であれも欲しいこれも欲しいとなっていることに気付いたらしく、くすくすと笑われて苦笑する。

「ありがとう。騎士や侍女と安全な場所に居てくれ」

御礼を言って額に口付けると長官はまた真っ赤になって額を押さえた。

「よし。二人でいい魚介類を買って美味い料理を作るぞ」
「はい。お供いたします」

一旦長官たちとは分かれて、エドと二人で鑑定をかけながら新鮮さや油乗りなどを見てを買って行く。

「お兄さんたち、珍しい魚介は要らないか?」
「珍しい魚介?」

買っては異空間アイテムボックスに仕舞ってと繰り返しながら歩いていると元気なおじさんから声をかけられる。

「これこれ」
「え?タコじゃん」
「タコ?オクトっていうんだけど」
「あ、ああ、そうなんだ」

つい日本名で言ってしまったけど、鑑定にはおじさんが言う通り【オクト】という名前が書かれている。

「見た目で魔物みたいって嫌がる人が多いからあんま人気がないんだけど、漁師はよく船の上で茹でて食べてるから味は保証する。身がコリコリして美味いんだ」

大きさはミズダコサイズのマダコ。
鑑定にも【日本のマダコの味】と出てる。
この星に来て初めて見たけど、タコも存在してたようだ。

「……たこ焼きが作れるな」
「たこ焼き?」
「溶かした小麦粉の中にオクトを入れて焼いた丸っこい粉物の食べ物。外はカリッと中はトロッとしてるのが俺は好き」
「へー。そんな料理があるのか」

首を傾げたおじさんに手で丸の大きさを表して説明する。
この星に来て初の出会いとなったこれはゲットしないと。

「ここにあるオクト全部くれ」
「え!十二匹あるけど全部!?」
「買い占められたら困るか?」
「いや、一般には人気がないから助かるけど」
「じゃあ全部。みんなで食べるから」

この星の人には見た目で不評でも関係ない。
俺はこのマダコを使ってタコパをするんだ。

「持って帰れるのか?冷凍しないとすぐ傷むぞ?」
異空間アイテムボックスが使えるから平気」
異空間アイテムボックス?……も、もしかして魔導師さまや賢者さまですか?敬語を使わず喋ってしまいましたが」
「ううん。食べることに目がない一般人」

木箱に蓋をしながら聞いたおじさんにそう答えると一瞬間を空けて大笑いされる。

「ありがとう、そう言ってくれて助かるよ。一般国民だから敬語を使って喋ることには慣れてなくて」
「分かる。俺も敬語は苦手」

元庶民の俺も敬語で話すのは苦手。
そう話す俺とおじさんにエドは魔導鞄アイテムバッグからお金を出しながらくすくす笑う。

「このオクトも生食は出来ないのが残念」
「生で食べるってこと?」
「うん」
「生で食べるってことは、お兄さんコライユ領の出身か」
「コライユ領?」
「あれ?違う?あそこは浄化を使って生で食べるから」

な、なんだってー!?
地上にも生食してる精霊族が居たのか!

「俺は食べたことがないけどコライユ領の小島に行けば食べられる。島の聖職者が浄化をしてくれるんだと」
「そうなのか。それは是非行かないと」
「船でもひと月以上かかるぞ?」
「遠いっっ!」

それはもう地球で言う海外。
遮られずに進める船でそれなら馬車で何年かかるのか。
いやむしろ飛行機で行く距離。

「大型の魔導船ならもっと早いけど、軍の船だからな」
「それはさすがに乗船できない」

王都からは遠いもののブークリエ国にも海はあるから魔導船というものがあることはエミーに聞いたことがあるけど、海上で戦う時くらいしか出港させないと言っていた。

「コライユ領より遙か遠い土地には俺たちが知らない精霊族も居るんじゃないかって夢のある話もあるし、もしかしたらそこには生で食べるのが当たり前の種族も居るのかもな」
「浪漫たっぷりの話だ」

おじさんとそんな浪漫譚を話しながら木箱を仕舞う。
飛行機がないこの星はまだ人が到達してない場所が存在していてるし、実際に知られてない精霊族が居てもおかしくない。
魔王曰くマーメイドも居るらしいし。

「ありがとう。いい買い物させて貰った」
「こちらこそ買ってくれてありがとう。また来てくれ」
「うん。また海の魚介が欲しくなった時はここに来る」

元気なおじさんに手を振って再び歩き出す。

「行くつもりですね?コライユ領に」
「バレた?」
「フラウエルさまに同行して貰ってくださいね」
「うん。土産を買って来るから」
「期待してます」

俺には魔祖渡りという便利な移動手段がある。
だから生食を求めてコライユ領に行くんだろうと察して苦笑するエドに笑った。
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ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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