278 / 291
第十四章 変化
グラン・シャリオ
しおりを挟む「ん?何の音?」
「なんでしょう」
あれこれ買っていると市場に音が響く。
目覚まし時計のようなジリリリという音。
「お兄さんたち!早く逃げな!」
「え?逃げる?」
「これ海から魔物が来たことを報せる警報だから!」
「「え!?」」
てっきり競りでも始まるのかと思えば警報だったらしく、市場の人たちは急いで売り上げ金を集めて買い付けに来た人は海がある港とは逆方向に向かって迅速に避難し始めた。
「閣下!避難を!」
「長官たちは?」
「侍女は避難させてお嬢さまと護衛は確認に行っています!閣下たちもすぐに避難を!」
走って来たのは公爵家の騎士の一人。
自分の生家の領地で魔物騒ぎが起きたんだから領主の娘としてそうなるか。
「「「!?」」」
話の最中に何かが爆発したようなドーンという大きな音がして足元がズシリと一度揺れる。
「俺は港に行くからエドと騎士は避難誘導を頼む」
「承知しました」
「行くのですか!?危険で」
「私が英雄だと忘れたか?」
危ないからと止めようとする騎士の言葉を遮る。
「精霊族に危機が迫っていれば率先して行くのが英雄だ」
英雄の俺に行かない選択肢はない。
婚約者の長官が港に行ってるならなおさら。
「二次災害にならないよう速やかに避難誘導を」
「……はっ!」
「手が必要な際は連絡をしてください」
「分かった。誘導は頼む」
エドと騎士には避難誘導を頼んで転移する。
どんな魔物なのか知らないけど、足元に揺れを感じるような衝撃があったんだからただ事じゃない。
「一体どんな魔物が現れたんだ」
一度目の転移先で聞こえてきた鳴き声。
恐竜が雄叫びをあげたような鳴き声のそれで小さな魔物じゃないことは分かった。
「いや……でっか」
二度目の転移で港に辿り着いて思わず呟く。
「シーサーペントかよ」
伝説の大海蛇。
いや、もうこれは龍。
身体は蛇のように長いけど顔はドラゴンっぽくて、凶暴そうな太い両手の先には硬そうな鋭い爪も。
都市ビル一棟がそこにあるような巨大サイズで、海中にある身体を伸ばした状態の全長なら祖龍よりも大きいだろう。
その水龍に繋がっている太い鎖。
拘束するため波止場と物見台から鎖が繋がった四本の鉄杭を撃ったらしく、あの鳴き声はその時にあげたのかと察した。
『麻酔槍用意!』
拡声石を使って地上で指揮を執る海の男。
男の前の波止場は既に派手に破壊されている。
多分あの揺れは魔物の一撃によるものだったんだろう。
『撃て!』
物見台から発射された槍の二本が突き刺さると水龍はまた大きな鳴き声をあげる。
『次、撃て!』
動けないよう鎖で繋がれている水龍は二度目の槍の二本が突き刺さると雄叫びをあげて激しく暴れ出した。
「無理だな」
海の男たちだけでどうにかなるならと思って見てたけど、ギシギシ鳴る鎖の音を聞いて人の居る港一帯に大防御をかけると同時に太い鎖の一本がバキンと音を立てて弾け飛んだ。
「な、何が」
「障壁!?」
頭上から降ってきた鎖が大防御に弾かれたのを見上げる海の男たちの間を駆け抜ける。
「防壁内で待機!他の鎖も砕ける!」
指揮を執る男の横を通る時に伝えて翼を出して飛ぶと案の定他の鎖も全て弾け飛び、自由になった水龍が人の居る波止場に向かい振り上げた尻尾を全身に強化をかけた腕で受け止める。
巨大船とアンカーを繋げてるアレのような四本の太い鎖を引き千切るとかどんな怪力だ。
『閣下!』
後ろから聞こえてきたのは長官の声。
どこに居たのか分からなかったけど先に着いてたのか。
そう思いつつも後ろを確認する暇もなく気絶狙いで水龍を空に持ち上げ海面に叩き落とした。
巨体が水面に叩き付けられ波が波止場に居る人を襲う。
大防御は俺の能力値以下の外からの攻撃(今回は波)を弾くから中に居る人たちは安全だけど、俺が魔法を使った場合は恐らくすり抜けて届いてしまうから下がらせないと。
「総員退避!私がかけた防壁の効果が切れる前に攻撃の届かない範囲まで下がれ!コイツと戦いながらは守れない!」
指示をする俺に海の中から襲ってきた水龍。
喰うつもりなのか大きく開けたその口の中に神の裁きを使って黒大蛇のような黒炎を何発も撃ち込む。
水系の魔物と言えば雷魔法だけど、長官や海の男たちが居る波止場が海水で濡れてるから退避するまで下手に使えない。
「体内まで頑丈かよ」
口は閉じたもののまだ倒れず。
海面に叩きつけても気絶しないし、強化をかけた身体で殴ったり蹴ったりしても体勢が崩れるだけでダメージは入ってなさそうだし、麻酔槍も喰らってたのに寝ないし、頑丈過ぎる。
杭や槍は刺さってたけど俺の恩恵武器では頑丈で分厚そうな鱗の中までは届かないだろうし、やっぱりみんなの退避が済むまで待って特大の雷魔法を喰らわせるしかないか。
【ピコン(音)!グラン・シャリオの弱点は聖属性です。光魔法を使って攻撃をしてください】
みんなが逃げる時間を稼ぐために拳や脚技の物理攻撃で戦いながら考えていると中の人が弱点を教えてくれる。
さすが有能すぎる中の人。
のんびり鑑定をかけていられる状況じゃないから助かった。
「グラン・シャリオとか御大層な名前しやがって」
上乗せで全身に強化をかけて水龍(グラン・シャリオ)の巨体を持ち上げ空に放り投げる。
「海の魔物なら素直に雷属性が弱点であれよ!」
弱点のお約束を無視した水龍に苦情を訴えつつ光(聖)属性で作った数十本の巨大槍を四方八方から一気に撃ち込んだ。
「……終わったか?」
【生体反応が確認できません。お疲れさまでした】
「ありがとう。久々に骨のある魔物だったから助かった」
【お役に立ちましたなら幸いです】
空に浮かんだまま光の槍で串刺し状態になっている水龍。
身体(鱗)はガチガチに硬いし体内も頑丈だし久々に強い魔物に会ったけど、中の人のお蔭で何とか討伐できた。
「このまま海に還したらマズイな」
血の匂いに釣られて別の海の魔物が寄って来そう。
水龍の身体から海にボタボタと血が滴るのを見てそのことに気付いて、光の槍を消すのと同時に時空間魔法の四角いキューブに巨体を閉じ込め港の方に運んで行く。
「閣下!」
骸の扱いはどうするのかは聞いてからにしようと思ってキューブのまま海に浮かばせ波止場に降りると、長官が猪ばりの猛スピードで走って来て飛び付くように抱きつく。
「お怪我はありませんか!?痛いところは!?」
強化をかけてないみぞおちに頭突きをキメられてグフッとなった俺をボロボロ泣きながら確認する長官。
水龍より今の一撃で肋骨が折れるかと思った。
「ほんと猪突猛進だな。長官まで濡れるぞ?」
アムの毒を飲んだと知って大号泣しながら柔道技でぶっ倒したあの時の光景と重なって、俺の身体にギュッとしがみついている長官の頭を撫でて笑う。
「怪我もないし痛いところもない。心配かけて悪かった」
謝りつつ長官の涙を拭うと思い出したように顔が赤くなる。
それはもう茹だったタコのように。
「も、申し訳ございませんッッッ!尊い閣下に抱きつくなんて私はなんてふしだらで不敬なことをッッッ!」
「ふしだらでも不敬でもない。婚約者なんだし。心配してくれてありがとう」
赤くなったり青くなったり忙しい。
またあの時のように土下座しそうな勢いで謝りつつ身体を引く面白い長官に笑いながら抱き寄せて頭に口付ける。
「それよりみんなが困ってるみたいだ」
長官のすぐ後に走ってきたものの俺たちの様子を見て声をかけるタイミングを逃したのか、何とも言えない困惑した表情で大人しく待っている海の男たち。
「困、あっ!」
ハッと気付いて顔を上げ男たちを見た長官は真っ赤な顔で恥ずかしそうに俺の身体をグイッと押して離れる。
「メリッサお嬢さま、そちらの御方は英雄公爵閣下では」
「あ、えっと」
「そうだ。婚約者のメリッサ嬢に観光案内を頼んだ」
走った時にはもうフードが外れていたし、水龍(グラン・シャリオ)と戦ってるところも見てたのに分からない訳もなく、正体を隠して来たのにどうしようという表情で俺を見上げた長官の代わりに指揮を執っていた男に答える。
「御無礼をいたしました」
そう言って指揮を執っていた男が跪くと他の海の男たちもその場に跪いて頭を下げる。
「偉大なる英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。カナル港海上護衛隊隊長メルケルと申します。ご挨拶が遅れましたことを深くお詫び申し上げると共に、閣下のお手を煩わせる事態になったことを重ねてお詫び申し上げます」
海上護衛隊というのは初めて聞いた。
名前からして海がある領地にだけ居る人たちなんだろう。
「丁寧な挨拶ありがとう。みんなもう顔を上げてくれ。むしろ諸君のお役目を奪うような横槍を入れてすまなかった」
「滅相もないことで。閣下のお力がなければ港は壊滅したでしょう。心より感謝申し上げます」
丁寧な隊長へ胸に手をあてて軽く頭を下げる。
みんな海の男には違いないけど、港(海)を守るのが仕事の海上護衛隊という人たちだとは思わず手を出してしまった。
「みんな立ってくれ。それよりコイツはどうしたらいい?」
キューブに入って海にプカプカ浮いてる水龍。
あまりにも巨大だからどうしたものか。
「それは閣下が討伐した魔物ですので閣下の物です」
「ん?ああ、そうなるのか」
長官から言われて納得する。
討伐した魔物は倒した人のものになるんだから、どうするかも俺の自由ってこと。
「ただ、国に報告してからになります」
「国に?」
「本来ならば国に討伐要請を出して軍隊が討伐するS級の魔物ですので。閣下はお一人で倒してしまいましたが」
うわぁ……聴取と手続き面倒くさい(本音)。
たしかにS級というよりSS級の強さはありそうな骨のある強い魔物だったけど。
「既に国には討伐要請を出してありますので、動きを止めるため麻酔槍で眠らせて軍の到着を待つ計画だったのですが」
「もう要請した後なのか。じゃあ逃げられないな」
現れた時にすぐ要請を出したんだろう。
軍が動いてるなら面倒な報告からは逃げられそうもない。
「初逢瀬は後日になりそうだ」
「そもそも領地にS級の魔物が現れた時点で私も含むシャルム公爵家には国への報告義務と被害状況の確認が必須ですので。父や兄たちもじきにこちらへ到着するかと」
「それもそうか」
長官と話して苦笑する。
お互いに初逢瀬を楽しめる状況ではないようだ。
・
・
・
「もう閣下のお力のことで驚くことは早々にないと思っておりましたが、どうやら私が甘かったようです」
海上にプカプカ浮かぶキューブの中で息絶えている水龍を見ながら遠い目をするのはダンテさん。
「どうすればこの巨大な水龍をお一人で討伐できるのか」
ダンテさんの隣でラウロさんにも遠い目をされる。
「ガシッ、ザブーン、メラメラ、ビューン、グサグサです」
「「はい?」」
「それほど実際に見ていた私にも理解が及ばない高度な戦いをしておられました。この巨体を腕力で持ち上げて海や空に放り投げてしまうのですから強さのレベルが違い過ぎます」
擬音で表した長官にダンテさんとラウロさんは首を傾げ、長官も二人を見て苦笑する。
「戦いには私の武闘と恩恵と魔法を駆使した。海上護衛隊が撃った麻酔槍も効かず、空に持ち上げて海面に叩きつけても気絶せず、口内に恩恵攻撃を数発撃ち込んでも効かず、二重に強化魔法をかけた身体で殴っても蹴っても硬い鱗でダメージが入らず、最終的にはこの光属性魔法で作った大槍数本を全身に撃ち込んで討伐したが、久々に骨のある魔物だった」
最終的に水龍にトドメを刺した光の槍を空に一本作って見せて説明する。
「閣下。普通は骨のあるでは済まない魔物です」
「軍人部隊が殉職も覚悟で戦う魔物です」
ダンテさんとラウロさんは苦笑。
俺もこの水龍が数匹襲ってきたとかなってたら殉職覚悟の戦いになっただろうけど。
「ひとまず着替えを。濡れたままではお風邪を召されます」
「ありがとう。物陰で着替えてこよう」
水龍を掴んだり海水がかかったりで濡れているから気遣ってくれたラウロさんにお礼を言って、避難誘導が終わったあとに来ていたエドと一緒に軍人たちの間を抜ける。
「閣下!お怪我はございませんか!?」
軍人たちの中を抜けるとちょうど到着したらしく、長官の父親や兄弟と一緒に騎士の一人と侍女が走ってくる。
「私たちに怪我はない。ただ、私が港へ到着する前に海上護衛隊の数名が負傷したようだ。隊長は軽傷と言っていたが、念のため確認を。治療が必要な者は私が回復する。それと侍女は長官のコートの替えを持っていれば着替えを。私の予備のクロークを着せているが、女性に男性用のクロークでは可哀想だ」
「承知いたしました」
聴取を待って貰ってるからざっくりとだけ説明して、俺は物陰で着替えてくることと軍隊長や長官は軍人たちの向こうに居ることを話して再びエドと歩き出した。
人が居ない建物の裏に行って着替えタイム。
エドにヒートで髪を乾かして貰いながら異空間から出した洋服(総領作)に着替える。
「改めて、大きな魔物でしたね。シンさまが手こずらされるような魔物が人の居る街に現れたことにも驚きますが」
「な。数十年に一度船乗りが航海中に襲われて被害に合う程度の遭遇率の低い魔物らしい。海の魔物のことは学んでる海上護衛隊の隊長も実際に見たのは初めてだって言ってた」
港に海の魔物が現れること自体は珍しくないらしい。
ただ迷い込んだだけなら眠らせたあと船で引っ張って行って港から離れた海域に逃がして、港や人に攻撃をしてくる魔物の場合は今日のように杭や麻酔槍を使って討伐してるようだ。
「護衛隊や婚約者が埠頭に居て人命に気遣いながらの戦いになったから苦戦したということもあるでしょうが、シンさまが苦戦するほどの魔物と軍人が戦っていたら死傷者が出ていたでしょう。さすがシンさま。私の主は名実ともに守護神です」
キラキラするエドに苦笑する。
功績をあげるたびにエドとベルは喜んでくれるけど、クズの俺としては『功績は要らないからイージーモードで生きさせて欲しい』と思っている。
「ダンテさんたち軍人も無傷で済んだし、護衛隊の怪我人も大きな怪我じゃないって聞いて一応は安心したけど、市場の後の長官とのデートが中止になったことだけは残念」
白のワイシャツに腕を通して溜息をつく。
魚を買い終わったら行こうと思ってたのに。
「そんなに逢瀬を楽しみにしていたのですか?」
「エミーや総領やレアンドルは為人を知ってからだったけど、長官とは裁判所と王宮で少し話した程度でよく為人を知らないまま婚約したから。婚約した限り俺なりに大切にしたいけど、長官に関しては好きな物も喜ぶことも分からない。だからデートは長官のことを知るいい機会だと思って」
「ああ。そういう理由ですか」
俺は自分でも認めるクズだけど、そんな悪条件の俺と婚約してくれた人たちのことは大切にしたいと思ってる。
だからデートで長官の好きな物や喜ぶことを少しでも知れたらと思ったのに、それどころではなくなった。
「俺の魂の半身は死ぬまでフラウエル一人だ。でも紋章分けのためだろうと結婚する予定の婚約者たちを蔑ろにするのは違うだろ?俺の家族だと思ってるエドやベルのことを大切にするのと同じく、婚約者たちのことも大切にしないとな」
大切な物は一つじゃない。
大切な人は一人じゃない。
欲張りな俺は自分に関わる人たちみんなを大切にしたい。
「世の中には一人の人すら大切に出来ない人も居ますが、半身も婚約者も私やベルも、関わった人みんなを大切にしようと思ってくださるシンさまは素晴らしい人です。私の主は誰よりも素晴らしい人だとみんなに教えて回りたいほどに」
「やめてくれ。主に恥をかかせる気か」
そんな会話で互いに笑う。
エドやベルはこの星に来て初めて出来た家族。
俺が英雄になって屋敷も持ったからエドとベルも別の大きな役目を背負って一緒に居られる時間は減ったけど、それでも大切な家族ということは生涯変わらない。
「よし、着替え終了。リフレッシュもありがとう」
「私の御役目ですから。よくお似合いです」
正体がバレて隠す必要もなくなったから、白シャツとベストと黒スーツという組み合わせの上に総領が作ってくれた黒のロングトレンチコートを羽織って異世界ファッションが完了。
「待たせてすまない」
また軍人の間を抜けてダンテさんたちのところに戻るとみんなから凝視される。
「どうした?」
「御無礼を。素敵なご衣装だったもので」
「このような衣装は初めて見ましたが、背が高く手脚も長いスタイルのいい閣下にとてもよくお似合いです」
そう話すのは長官の父親と兄。
なんでみんな凝視してるのかと思えば。
「ブークリエ国ではシンさまのスーツ姿を見たことのある者も多いですが、アルク国ではまだ知られていないのかと」
「ああ、そうか。公務の際は軍衣が正装だからな」
エドに言われて納得。
公務で来てるアルク国ではこの星の正装の軍服を着てるから、エルフ族の人はスーツを見たことがないのも当然だった。
「これは私が居た異世界にあったスーツとトレンチコートという衣装だ。婚約者のミランが私の要望で作ってくれた」
「エステティーク公が?やはり多才ですね」
「私には勿体ない多才な婚約者ではある」
「ご謙遜を」
いや、ほんとに。
長官の父親や兄と話して笑う。
「長官?」
「は、はいっ!」
一人まだ凝視していた長官に話しかけるとハッとしたように俺を見上げて赤くなる。
「ん?もしかして好きか。スーツ姿の男が好きか」
「お許しを!」
「見ていいぞ?婚約者なんだから好きなだけ。興味ない婚約者より一つでも気に入るところがある婚約者の方がいいだろ」
「私に閣下の色気は刺激が強すぎます!」
ピンときて近付く俺の身体を両手で押し返す長官。
地球でも『スーツ姿の男性が好き』という女性も少なくなかったから、凝視した後に顔が赤くなったのを見てピンときた。
「シンさま、ご両親やご兄弟の前ですので」
悪戯心を刺激された俺を止めるエド。
反応が可愛いからもう少しからかいたかったのに。
「警備長、いや、シャルム令嬢とご婚約なさったのですか」
「ああ。今日ここへ案内して貰う前に契約した」
「そうでしたか。ご婚約おめでとうございます」
「おめでとうございます」
胸に手をあてて祝福を伝えたダンテさんとラウロさん。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
俺も胸に手をあて、長官は簡易カーテシーで御礼した。
「ご令嬢のご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
長官の父親にも同じくダンテさんとラウロさんが祝福して三人で胸に手をあて頭を下げ合った。
「喜ばしい話を聞いたあとですが、聴取のご協力を」
「ああ」
・
・
・
聴取が終わったのは一時間ほど経って。
先に魔物と戦っていた長官や海上護衛隊には少し離れた場所でラウロさんが聴取をして、英雄の能力に関する会話も含まれる俺の聴取はダンテさんが行い、海にプカプカ浮いたままの魔物の前で討伐中の状況などを説明した。
「記録が終わりましたので後は討伐者の英雄公の所有物の扱いとなります。ご協力ありがとうございました」
「所有物か。うーん……どうするか」
討伐済みだった報告を受けて急いで来た師団長や師団員が波止場や海上から魔物の姿を記録石におさめ、後は俺の所有物と言われて悩む。
「扱いに迷うのでしたら国で買い取りますか?」
「え?国が買い取ってくれるのか?」
唸っていると師団長からそう提案される。
「希少種の場合は国で買い取り魔物研究に役立てます」
「なるほど。その研究が誰かの為になるなら国に買い取って欲しい。鑑定に食用不可って出たから肉は食べられないし、S級の魔物を急に持って行ってもギルドも困るだろうから」
特殊鑑定曰く水龍の肉は固くて食べられないらしい。
だから肉以外の部分を買い取って貰うことになるけど、建物には到底入らない巨大サイズの魔物を運んでこられてもギルドも困るだろうからどうしようと思ってたんだけど。
「ただ、どうやって運ぶ?」
「残念ですが解体して運ぶしかないかと。この魔物は海に存在するという以上に情報も討伐例もない貴重な魔物ですので、本当ならこのまま持ち帰りたいところですが」
まあそうか。
何トンあるんだと思うようなこのサイズを異空間にぶち込める魔導師は居ないだろうし。
「ん?情報も討伐例もない?」
「はい。船乗りの目撃例と実際に被害も出ているので存在していることは分かっておりましたが、それ以上は何も」
それを聞いてすぐに特殊鑑定をかけ直す。
NAME グラン・シャリオ
身長20m、全長30mを超える海域最大の龍種。
海域の覇者という二つ名で船乗りから恐れられている。
現存のグラン・シャリオが死んだ際に次のグラン・シャリオが誕生するという特異な魔物で、常に一匹しか存在しない。
暴龍ヴィオランや死龍モールと並ぶ三大巨大龍種。
味の例えの前に書いてあったそれを見て絶望。
一匹しか居ない龍種を俺が討伐してしまったのか!
いや、また次が誕生するらしいけど、俺が一時的にでも絶滅させてしまったのか!
両手で顔を隠して一人絶望する。
あのまま倒さなかったら多くの犠牲者が出ただろうから倒すしかなかったけど、一匹しか居ないなら人知れずひっそりと自分の身を守って生きていて欲しかった。
【大丈夫。もう次の子が誕生したから】
聞こえてきたのは精霊神の声。
パッと手を離すと景色は真っ暗闇。
「ごめんね、急に連れて来て」
「ここは狭間?」
「うん」
近くで精霊神の声が聞こえて訊くと今度は辺りが真っ白に。
目元を布で隠した精霊神と魔神が目の前に居た。
「次の子が誕生したってほんと?」
「ああ。グラン・シャリオとヴィオランとモールの三匹は常に一匹しか現存できないが、現存体が死した瞬間に魔素により次の世代が誕生する。星に魔素がある限り永久に誕生を繰り返すのだから、むしろ絶滅とは一番程遠い魔物だ」
魔神が詳しく話してくれたそれを聞いて漸く安心できて、力が抜けたようにその場にしゃがんで大きく息をはく。
「良かったぁぁあ!俺が絶滅させてこの星の生態系がおかしくなったらどうしようかと思った!」
マジで寿命が縮んだ。
心臓がヒュンってなった。
目の前にしゃがんだ精霊神が俺の頭をヨシヨシ撫でる。
「人型種にとっては絶滅した方が助かるのではないか?」
「たしかに襲われて死ぬ心配はなくなるけど、それって人型種の勝手な都合だろ?自分たちが襲われる心配がなくなるなら他の生命は絶滅させていいとは俺には思えない」
魔物同士も魔物と人型種も生きるために命を取り合ってる弱肉強食の関係性だけど、自分たちが生き残るためなら他の生命は絶滅させても構わないなんてことは思わない。
「精霊族や魔族が生きてるように魔物も生きてる。生の概念は違うかも知れないけど、活動してるこの星だって生きてる。生命を創造してくれた精霊神と魔神に感謝するのと同じように、生きる場所を与えてくれてる星や生きるための糧になってくれてる魔物にも感謝する心は等しく必要だと思うんだ」
今回は生きるための糧にできない魔物だったからなおさら、絶滅させたと気付いた時の絶望感が凄かった。
「ほんとキミは変わらないな。記憶を失ってるはずなのにボクたちが愛したあの頃のキミのまま。愛しくて仕方がない」
昔の俺も今の俺のような性格だったってこと?
つまり昔からクズだったと。
神族のクセにろくでもないな。
「キミは自分で思うほど悪い子じゃないよ。魔神もボクもそんなキミが可愛くて愛おしかった。もちろん今もそう」
頭の中を読んだらしく精霊神はくすくす笑いながら言って俺の額に口付ける。
「慈悲の心でやり過ぎる困った愛子でもあるが、精霊神と私はそれでもお前が大切だ。もう次のグラン・シャリオが誕生したことは教えたのだから安心して時間軸に戻れ」
魔神もそう言って俺の額に口付けた。
「教えてくれてありがとう。色んな経験をして記憶を取り戻して役目を果たすから待っててくれ。またな」
いつものように意識が飛ぶ感覚がしてきて、最後にそれだけは伝えた。
「英雄公?どうかしましたか?」
ハッと気付くと元の時間に戻っていて師団長が不思議そうに俺の顔を見る。
「情報がないって聞いて改めて鑑定したんだけど、俺のにはグラン・シャリオって名前と食用不可って情報が出てる」
「え!そうなのですか!?」
情報がない魔物だとは知らず鑑定に食用不可と出ていたことを話してしまったから、後になって気付いて不思議に思われないようその情報と名前だけ教える。
「グラン・シャリオは俺が居た異世界の北斗七星っていう七つ星の名前なんだけど、どうしてこの星には無いはずの北斗七星が名前になってるのかは正直分からない。師団長も知ってるように俺の鑑定は特殊だから出た名前なのかも知れないし。だからこの星の人が名前を付ければいいと思う」
一応教えたけど名前はこの星の人が付ければいい。
その場合は本名がグラン・シャリオで、後から付けた名前は渾名や二つ名ということになるけど。
「いやいや。閣下の鑑定にグラン・シャリオと名前が出ているのですから、それが今日からこの魔物の名前になります。食用は不可ということも。貴重な情報提供に感謝申し上げます」
サラサラとメモを取る師団長。
ブークリエ国の師団長も常にメモを持ち歩いてるけど、師団長たるものメモ帳が必需品なんだろうか。
「閣下。このあと魔物はどういたしますか?波止場の損壊状況を海側から確認するために船を出したいそうですが」
そう声をかけてきたのはラウロさん。
聴取をとっていた海上護衛隊から聞かれたんだろう。
「よし。俺がこの状態のまま研究所まで運ぶことにする」
「「え?」」
声をハモらせた師団長とラウロさん。
「解体せず運ぶ代わりにしっかり調査と研究をして船乗りが安全な航海を出来るよう役立ててほしい。俺はこれからも魚介類が食べたいんだ。海の男たちが居なくなったら困る」
魚介類を食べたい俺のためにも。
そう理由を話すと二人は笑う。
「承知しました。ではすぐに魔物研究所へ伝達を送ります」
「ああ。私は長官に話してくる」
研究所への伝達は師団長がしてくれることになりラウロさんは海上護衛隊の聴取に戻って、俺はダンテさんや父親や兄と話している長官のところに行く。
「長官。まだそっちは時間がかかるだろうから、その間に魔物研究所まで水龍を運んでくる」
「え?」
俺の聴取は討伐するまでの状況説明や魔物の攻撃手段等の内容だったけど、ここの領主の娘で襲撃を受けたその場に居た長官の聴取はまだまだかかるからその間に。
「閣下が運ぶのですか?魔導師ではなく」
「魔導師の異空間には入らないだろ」
「……解体せず運ぶつもりですか!?」
「うん。あのまま運んだ方が研究者も全体像が分かるし。船乗りが安全な航海を出来るよう研究結果を役立てて貰う」
驚いた長官にそう説明する。
記録石に録画はしたものの実物を見たり触れたり出来る方が研究者たちのやる気も違うだろう。
「戻って来たら初逢瀬に行こう。街の方に被害はないし」
「後日にするのでは」
「それだと先の話になるから。だから今日」
後日にしようかと思ったけどやっぱり今日。
予定が詰まってるから後日だと期間が空いてしまう。
「わ、分かりました」
「約束」
照れくさそうに答えた長官に笑って額に口付ける。
「エドは街に行って店や施設を調べといてくれ。それの中から選ぶから。俺がノンデリ男にならないようしっかり頼む」
「承知しました」
くすくす笑うエドの頭に額を重ねて頼む。
みんなからノンデリ男の烙印を押されるのは御免だ。
師団長から研究所の場所(王都のすぐ傍)を聞いて運搬開始。
「持ち上げるから濡れないよう離れてくれ」
そう伝えてから翼で飛んでキューブに包んだままの水龍を持ち上げると波止場からは軍人が驚く声が聞こえてくる。
「行ってくる!」
「お気を付けて!」
大きく手を振る長官たちに手を振り返して波止場を離れた。
23
あなたにおすすめの小説
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる