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第十四章 変化
平和
しおりを挟む王都に隣接する巨大な研究街。
アルク国では今回の目的の魔物研究所の他にも、魔法魔導研究所、魔導具開発研究所、薬学医療研究所というように大小様々なあらゆる研究施設が『王都研究地区』という名前で一つの地区として扱われている。
資源が豊かで裕福な国だからこそなせる技。
研究開発に力を入れているアルク国はこれからも発展して行くだろう。
「アレだな」
研究所の前に広場に人が集まっているのを空から見てあれが魔物研究所だろうと判断して地面に降りる。
「崇高なる巨星英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。魔物研究所施設長のダニエル・アロラと申します」
「丁寧にありがとう」
ここで合ってたらしく跪いて待っていた人たちの中から施設長が挨拶をしてくれて、俺も胸に手をあてて挨拶を返す。
「早速だが、水龍はこの台に降ろせばいいのか?」
「はい。自分たちで動かせるよう車輪が着いた置台を用意しましたのでこちらの上にお願いしたく存じます」
「承知した」
広場に置かれていた巨大で分厚い鉄板。
車輪の一つ一つもデカイ。
さすが巨大な魔物の居る異世界だけあってこんな台もあるのかと思いつつもキューブのまま運んで来た水龍を降ろす。
「包んでいる時空間魔法を解くから念のため離れてくれ。全長で30m前後ある水龍の尻尾が直撃したら即死ものだ」
今は狭いキューブの中に身体が収まっていてコンパクトになってるから近くに居ても大丈夫だけど、キューブを解けば上から尻尾がビターンと落下してくるという可能性もある。
「し、承知しました。みんな一旦下がりなさい」
興味津々に見上げていた研究者たちに施設長が伝えたあとみんなが離れたことを確認してキューブを解く。
「うわぁぁああ!凄い!」
「台に乗り切れてないぞ!」
「こんな大きな魔物の研究が出来るなんて!」
「こら!待ちなさい!閣下の御前で無礼だろう!」
台からハミ出した尻尾がドシンと地面に落ちたのを見て発狂したような勢いで水龍に駆け寄る研究者たち。
「も、申し訳ございません。魔物に目がない者ばかりで」
「構わない。これほど強い興味を持ってくれるならそのまま運んできた甲斐があった」
ヒャッハーする研究者たちに代わって謝る施設長。
変人たちを纏める常識人として普段から苦労してそうだ。
「……ん?獣人?」
階段で台の上に登る人物。
白衣を着てるからこの研究所の研究員だろうけど、尻尾や耳が生えている。
「三班の室長です。元は獣人集落で独自研究をしていたのですが、素晴らしい才能の持ち主ですのでスカウトしました」
「施設長が?」
「はい。私どもは魔物の生態調査で獣人集落も行くのですが、設備のない集落で才能を燻らせるのは惜しいと思いまして」
エルフ族なのに獣人族をスカウトしたのか。
種族ではなく才能で判断する施設長は見る目がある。
「他の研究者たちとは上手くやれているか?」
「上手く……と言えるかは」
「差別を受けているのか?」
「い、いえ!申しましたように私どもは獣人集落にも行きますので元から差別意識はありません!」
「ん?ではどういうことだ?」
施設長以外の研究者にも差別意識はないならどうして上手くいってないのか。
「本人の性格が少し。研究者は基本的に研究以外に疎い者ばかりですが、それが度を超えておりまして」
「つまり?」
「研究者は変人という言葉を体現している者ということです。同じ研究者のはずの仲間が心配して止めるほどに」
それを聞いて笑う。
差別されて避けられてるでも酷い扱いをされてるでもなく、本人が変人の極みでみんなに心配をかけてるということか。
「差別を受けているのではないなら良かった」
「そこは心配しておりませんが、もう少し他のことにも目を向けてくれないかと。寝るか研究かの二択ですので」
施設長としては差別される心配より別の心配が大きいと。
やっぱり苦労人。
「少し研究者たちと話していいか?」
「構いませんが、一般国民もおりますので礼儀作法は」
「そこは問題ない。研究者たちの話を聞きたいだけだ」
「ありがとうございます。お目こぼし感謝申し上げます」
せっかくだから施設長に許可を貰って水龍の周りでヒャッハーしてる研究者たちに少し話を聞かせて貰うことにした。
翼で飛んで獣人族の室長の傍に降りる。
「鋭利なものなら刺さるのか。中は……普通か」
水龍の上で猫が香箱座りをしているような体勢になって鱗を捲りブツブツ独り言を言っている室長。
水龍に夢中になっていて周りのことは目に入らないらしく、施設長の心配の原因の一つはこれかと察する。
「ちなみに私の強化をかけた拳や蹴りでは割れなかった」
「ひやああああ!」
しゃがんで鱗越しにヒョコっと顔を見せて説明すると、驚いて絶叫しながらピョコンと飛び跳ねるように仰け反る。
「転げ落ちるぞ?」
危機一髪。
身体がぐらりとしたのを見てパッと腕を掴んで止めた。
「左右の目の色が違う」
長い前髪の下に見えた目が淡いブルーと淡いレッドの女性。
珍しいなと思って言うと室長は空いた方の手でパッと前髪を押さえて目を隠す。
「オッドアイとは珍しい。綺麗な色だ」
「……え?」
「目の色の話。私の婚約者の一人も赤い目なんだが、君より赤色が濃い。どちらも綺麗というのは変わらないがな」
そう話すと大きく首を傾げられて俺も釣られて首を傾ける。
「奇妙では」
「奇妙?私がか?」
「私が」
「どこが?」
金の髪は中途半端に長いままザンバラだし、ヨレヨレの白衣を着ているのが如何にもオシャレに無頓智な感じだけど。
「ああ。如何にも研究者という風貌のことか?それなら奇妙だとは思っていない。施設長から室長も含め魔物に目がない人たちだと聞いているしな。興味があることに熱中するあまり風貌にまで気が回らないのだろう?研究者としては頼もしい」
待ってましたとばかりにヒャッハーしていた人たち。
他のことには無頓智になるほど魔物(の研究)が好きな人たちなんだなとしか思わなかった。
「そうですか」
前髪から手を離した室長に首を傾げる。
一応『変人』って言葉は避けたけど気を悪くさせたか?
「この魔物は閣下が倒したんですよね?」
「ああ」
「強かったですか?」
「そうだな。久しぶりに骨のある魔物だった」
急に話題が変わって『なんだ?』とは思ったけど答える。
室長の中ではもう前の会話は完結したんだろう。
「アンカーを撃ち込みました?」
「それは海上護衛隊が拘束するために撃っていた」
「槍も使いました?」
「ああ。海上護衛隊が麻酔槍を四本撃ったし、私も聖属性の光魔法で作った大槍を数十本撃った」
また香箱座りのような体勢になって傷を確認する室長。
「ズタズタなのは許してほしい。鱗が硬くて物理攻撃が効かなず弱点の光魔法を使った尖った槍で刺すしかなかった」
「大丈夫です。傷がない鱗もあるので」
俺と会話をしていても目は水龍に夢中。
施設長が『もう少し他のことにも目を向けてくれたら』と言っていたのが分かる気がする。
「弱点は聖属性なのか。珍しいな」
また一人の世界に入ったらしい。
傷をガン見しながら独り言をブツブツ言っている。
それにしても可愛い。
空中でクネクネしてる長い尻尾もピルピルしてる耳も。
行動だけ見れば完全に猫。
モフりたい。
「あ。サンプル」
室長が白衣から出したのは鉄のケース。
その中から注射器を出した室長は針に被せた蓋を外すと鱗と鱗の間に注射器を近付けた。
「…………クソ」
針が通らず口が悪くなる室長に笑いを堪える。
鱗以外の表皮部分も硬いからまあそうなるだろう。
「閣下の能力でこの鱗って剥がせます?」
「ああ。この一枚だけ剥がせばいいのか?」
「はい」
鱗の下からサンプルを採ることにしたらしく聞かれて、鱗を掴んでベリッと剥がす。
「……片手で軽々と」
「え?自分が剥せるか聞いたのにその反応?」
他にどうやって剥がすと思ってたのか、素手で鱗を剥いだことにドン引きされる。
「S級の魔物を一人で倒せるのも納得です」
あれ?
なんかいつの間にか俺の方が変人扱いされてる?
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
ペコッと頭を下げた室長は鱗の下の皮膚に針を刺すと三本分の血を抜いた。
「こう見ると小柄だな。もしかして未成年か?」
「18です」
「え?」
水龍にペタッと座って採取したサンプルを確認している姿を見ながら小さいなと思って聞くと、18歳の成人で驚く。
「猫種は基本的に身体が低いので」
「そうなのか。小柄な女性を好む人も多いから問題ないな」
やっぱり猫なのか。
行動はもちろん気まぐれな猫っぽい感じも。
「男です」
「え?」
納得していた俺に白衣の中のシャツを捲り胸を見せた室長。
さっき少しだけ見た顔で女性だと思ってたのに男性だと聞いて二重に驚かされる。
「す、すまない。失礼なことを言って」
「別に。よく間違えられるので慣れてます」
今まで相手の性別や性趣向も承知の上で男とも女とも女装男子とも男装女子ともニューハーフとも肉体関係を持ってきたパンセクシャルの俺が性別を見誤る日がくるとは(敗北感)。
「物理攻撃は効かなかったんですよね?」
「あ、ああ。ヒビが入るくらいはしたが割れなかった」
「閣下の怪力でもヒビ程度か。つまり先端が鋭利な武器以外の物理攻撃は効果が薄いと。魔鉱とどっちが硬いだろ」
質問するだけしてまた一人の世界に。
しかも俺が目の前に居るのに『怪力』と。
俺が特級国民の英雄だと知りながら興味どころか一切の敬いもないのが逆に珍しくて面白い。
「この魔物はどんな攻撃をしてきました?」
「主に頭や尻尾や手を使った物理攻撃だな。それと口を開けて私を食おうともしていた。その時に口内へ恩恵魔法の炎を数発撃ったが、それも口を閉じた程度のダメージだけだった」
「体内も頑丈なのか。龍種の中でも格が違う」
この星の三大巨大龍種の一匹らしいからな。
地球で言うなら伝説の生物(UMA)のような扱い。
他の龍種と格が違うのも当然。
知らずに戦ったけど倒せて良かった。
他の暴龍だ死龍だには会いたくない。
異世界最強の魔王さまなら喜んで戦うだろうけど、俺はもう伝説クラスはご馳走さま。
「さて。あまり調査の邪魔をしては悪いな」
「もうお帰りに?」
「ああ。私が長居しては邪魔になる。船乗りたちが安全な航海を出来るよう研究結果を役立ててくれ。よろしく頼む」
立ち上がった俺を見上げた少年(年齢的には青年)に胸に手をあて頭を下げる。
「そうですか。お気を付けて」
「ありがとう」
漸く自分から目を合わせくれた少年に笑って返した。
・
・
・
「ただいま」
「お戻りなさいませ」
カナルの港に戻って出迎えてくれたのはエド。
「軍が居ないってことは聴取は終わったのか」
「はい。取り終えて転移の術式で戻られました」
波止場に居るのは海上護衛隊の人たち。
こちらは破壊された波止場の調査を続けていた。
「長官は?父親と兄も」
「御父君と兄君は魔災援助手続きのために軍と王宮師団へ。メリッサさまはブティックにお出掛けになりました」
「ブティック?」
「軽装でしたので。逢瀬のためのご衣装を」
ああ、そういうことか。
連れの俺が正体を隠してローブ姿で来たから長官も目立たないよう質素なワンピース姿で来ていた。
俺が正体を隠すのをやめて着替えたからそれに合わせるために既製品でもいいから着替えようと思ったのか。
「時間的にまだブティックに居られるかと」
「じゃあ行くか」
「はい」
二人で歩いてブティックに向かいながらエドが調べて来てくれた店や施設を教えて貰う。
魚を買うことが目的で来たから港に直通で行ける北側の入口から入ったけど、店や施設がある南側の街は大きいようだ。
「漁港のあるのどかな街を想像してた」
「カナルは大型船が入港可能な数少ない街の一つですので、漁船はもちろん貿易船や観光船も停泊します。物も人も集まって来るここはアルクの中でも特に巨大街として栄えています」
「そうだったのか」
この世界の地理には疎いから知らなかった。
思えばシャルム公爵家は王妃に選ばれるような家系なんだから領地に巨大街を抱えていてもおかしくない。
総領のプリエール公爵家も領地に大きな街が幾つかあるし。
「お食事ですが、劇場を手配しておきました」
「劇場?」
「シンさまがお食事のために滞在するとなると、歩きながら目に付いた食堂でいいという訳にはいきませんので」
「なるほど」
苦笑するエドに苦笑で返す。
俺ではなく長官や食堂への配慮。
普通の食堂に入れば俺を追いかけて人が殺到して食堂に迷惑がかかるし、そうなれば食事も出来ないまま出ることになって連れの長官を振り回すことになってしまう。
でも劇場なら元から警備が厳しいし入場料もかかるから食事が出来ないほど人が集まってしまうこともない。
「せめて初デートくらいは着飾ってエスコート出来たらと思ったけど、またローブを着て髪を隠した方がいいか」
「いえ。シンさまがメリッサさまの為人を知らないように、メリッサさまもシンさまの為人を知らない不安があるかと。初逢瀬は記憶に残りますから、シンさまと婚約して良かったと思える素敵な思い出を作って差しあげてください。今のままではシンさまではなく強い英雄の印象の方が残ってしまいます」
言われてみればそうか。
確かに俺は英雄ではあるけど、結婚したら過ごす時間が増えるのにずっと家でも英雄視されているのは辛い。
家に帰れば面倒くさがりでだらしないただのクズだから。
「私も周囲には目を配りますし、御父君もメリッサさまへ街に行くなら護衛の数を増やしておくと話しておりました。護衛を増やす理由はシンさまの身を案じてのことですが、安心してメリッサさまとの逢瀬を楽しんでください」
「分かった。ありがとう」
俺が街に行くと言った所為で長官の父親にも気を遣わせたことは申し訳ないけど、そのぶん今日のことが娘の長官の良い思い出になってくれるようしっかりエスコートしよう。
「王都みたいな街並みだな」
エドと話し合いながら予定を決めて街に到着。
波止場から十五分ほど歩いただけで辿り着いた商業地区には大小様々な建物が並んでいる。
「カナル街」
街の入口にあるアーチの看板に書いてある名前。
立ち止まってそれを見上げる。
「行きましょう。ブティックはもう少し先です」
「うん」
アーチの左右で会釈した男性二人にエドも会釈する。
私服姿だけどシャルム公爵家の専属騎士だろう。
ここから先の街中は彼らも俺の護衛に付くということ。
「ねえお父さん……英雄さまが居る」
「え?え!?」
買い物をしていた男性の隣で俺を見上げ指さした少女。
商品を見ていた男性も振り返り二度見して驚く。
髪も虹彩も隠していないのに気付かれないはずもなく、驚く人たちからあっという間に注目を浴びることになった。
護衛が二名増えて俺とエドの方に来れないよう四方に付く。
さすが代々国仕えを輩出してるシャルム公爵家の騎士。
近付き過ぎて俺が気にならないよう距離感には充分配慮しながらしっかり護衛をしてくれている。
「英雄!ご視察ですか?」
「今日はプライベートだ」
「お気を付けて!」
「ありがとう」
中には声をかけて来る人も居るけどエドや護衛騎士が付いてるから近付いては来ず、返事をしながら軽く手を振った。
街中を歩いて十分ほど。
大きな建物が長官の行ったブティックらしく、護衛騎士が開けた扉から中に入る。
『…………』
俺が入ると静かになった店内。
貿易船や観光船が停泊すると言っていただけあって店内に居る人の数が多く、四人の護衛の二人は警備として外に残り、もう二人は店内の客が俺の方に来れないよう『境界はここ』というように少し距離を置いた位置に立った。
「英雄公爵閣下」
ザワザワし始めてすぐドレス姿のご婦人が急いだ様子で俺たちの方に来る。
「ご挨拶申し上げます。このブティックの店主をしておりますアニカ・デルクスと申します」
「丁寧にありがとう。突然の訪問で驚かせてすまない」
品のある仕草でカーテシーをしたご婦人は店主らしく、俺も胸に手をあてて会釈で返す。
「本日はご衣装をお作りに?」
「いや。シャルム公爵令嬢は居るか?」
「試着室にお入りになっておりますが、お約束を?」
「このあと二人で出掛ける約束をしている」
「まあ」
店内に姿がないと思えば試着室に居るのか。
そう思いつつ答えるとオーナーは驚いて口元を隠す。
「お声がけして参ります」
「いや、急かす必要はない。ここまで迎えに来てくれと頼まれた訳ではないからな。ゆっくり選ばせてくれ」
「左様でございますか」
ここは王都(研究街)から距離があるから、こんなに早く戻って来るとは思わず服を買って着替えることにしたんだろうし。
「サロンで待たせて貰えるか?」
「他のお客さまも居られますが……大丈夫でしょうか」
「構わない。私も待つ間カタログを見せて貰おう」
「承知いたしました」
サロンは休憩室のようなもの。
ブティックでは椅子に座ってカタログで商品を見る。
「二人は外の警備を」
「「はっ」」
女性客が多いから威圧感を与えないようエドだけ残して護衛の二人には外の警備を頼んだ。
「ではこちらに」
オーナーの案内で二ヶ所あるサロンの片方に。
そちらの方が座っている人が少ないからだろう。
「こちらが当店のカタログです」
「ありがとう」
ポツポツ居る客に会釈をして長椅子に座ると女性店員が来て上品な色合いのテーブルの上にカタログを置く。
「種類が多いな。既製品とオーダー品を扱っているのか」
「はい。ご旅行中のお客さまが長旅で急遽ご衣装が必要になることもございますので既製品も販売しております」
「それで」
大抵ブティックは既製品の店とオーダーメイドの店で分かれてるけど、さすが観光客も多い港街だけあってどちらにも対応できるようになってるようだ。
店員が淹れてくれた紅茶を飲みながらペラペラとページを捲っていてふと目に止まったドレス。
濃紺に近いダークブルーの柔らかそうな生地で、スカートの部分には白い糸で華やかな刺繍が入っているストレートビスチェタイプのドレス。
「これの見本品はあるか?」
傍に着いている女性店員にカタログを見せて聞く。
「ございます。お持ちいたしますか?」
「ああ。頼む」
「承知いたしました。お待ちください」
お願いすると女性店員は丁寧に頭を下げてその場を離れた。
「お作りになるのですか?」
「長官に」
「贈り物ですか」
「似合いそうだろ?ブルーの髪に」
ダークブルーだから長官の髪より濃いけど、ケバケバしくない上品な作りだし似合いそうだなと思って目に止まった。
「初逢瀬の記念に」
「よろしいかと」
エドと話しながら顔を上げると客と目が合う。
まあ英雄が目の前に居て気にするなというのが無理な話で、笑みだけ浮かべてティーカップを口に運んだ。
「お待たせいたしました。見本のドレスです」
「ありがとう」
オーナーと女性店員が運んで来たのはマネキンに着せた先ほどのドレス。
「こちらは南方のスワル領との貿易で仕入れた布を使ったドレスです。暖かい土地のスワルでは織物や染物が盛んですが、船での輸入となるため一点物の布となっております」
ドレスの裾を広げつつ説明してくれるオーナー。
その説明に嘘はなく、特殊鑑定には本物と出ている。
このオーナーは信用して良さそうだ。
「この刺繍部分の意匠は変えることが出来るか?」
「可能ですが、お気に召しませんでしたか?」
「いや。目に止まった理由の一つは華やかな刺繍も含め。腕のいい針子が携わっているのだろう」
「まあ。ありがとう存じます。刺繍は私が行っておりますので、お褒めいただき光栄にございます」
「オーナーが?」
「最初は刺繍が趣味で始めたお店ですので」
趣味を事業にしたのか。
だから気に入らなかったか聞いたんだと納得した。
「では刺繍はオーナーに頼みたい」
「光栄です。意匠の見本を」
「いや。私の意匠をそのドレスに刺繍してほしい」
そう話すとオーナーは驚いて女性店員も手が止まる。
「そのドレスを私の婚約者のシャルム公爵令嬢に贈りたいと考えている。手数をかけることになるが頼めないだろうか」
英雄の紋章と意匠は尊厳色と同じく俺以外の人は使えない。
伴侶ですら俺の承諾なく使用は出来ないし、承諾を得た上で国に使用申請が必要になるし、勝手に使用すれば罪になる。
だから俺の紋章や意匠や尊厳色を使う職人にはその手数がかかってしまう。
呆然としていたオーナーは客がザワつき始めてハッと周囲を見渡す。
「発表前によろしかったのですか?」
「ああ。私の婚約発表は両国の一行事となってしまうだけに公に発表するのは他の婚約者も決まった後になるというだけで、契約を結び終えた今はもう私の婚約者に違いない」
興味津々に俺の話に聞き耳を立てている人も多い中で婚約者だと言ってしまって良かったのかと心配だろうけど、当主にも発表前に婚約者と紹介する許可は貰っている。
俺が婚約者だと広めることで、それが汚名になったフェリングの名の印象を大きく変えることになると分かっているから。
代々続いて来たシャルムやフェリングの名前を王妃が離縁する前に汚名返上しておきたいのは当主も。
正義感の強い当主でもそのくらいの強かさは持っている。
だからこそシャルム公爵家は栄えてきたんだから。
「承知いたしました。私がその栄誉を賜れるのでしたらひと針ひと針大切に意匠を施させていただきます」
「ありがとう。メリッサ嬢のために頼む」
「はい」
貴族のオーナーも今のシャルム公爵家に何があったのかは知っているだけに俺の意向を察してくれたらしく、深く腰を落として最上級のカーテシーで俺に表明した。
「さて、では手続きの間に私の衣装も選んでくれるか?初めての逢瀬なんだ。彼女が試着している衣装に合わせたい」
「承知いたしました。手の空いた者で準備を」
「は、はい!」
オーナーに言われて小走りに離れる女性店員。
俺の方は執事のエドも同席で紋印を押した使用許可証を作り前払いでドレスの料金も渡して、完成次第シャルム公爵家に贈ってくれるよう頼んだ。
女性店員が選んだのは濃い青の男性用衣装。
軍服型だけど普段使い用だから正礼装のような装飾はされてないシンプルなもので、その上に左肩から腕を覆う外套を羽織り斜めベルトで留める。
「シンさまが着ると既製品でも華やかに見えますね」
「ええ。とてもよくお似合いです」
「ありがとう」
俺の体格でも着れる既製品となるとそもそもの造りがオーバーサイズになってる軍服型しかなくて、その中でも最大サイズのものを急いで裾下ろししたりとしてくれた。
「シャルム公爵令嬢はまだ試着室か?」
「もうお越しになります。針子に少し作業を遅らせるよう話して閣下のお着替えが終わる時間に合わせました」
「ああ、そこまでしてくれたのか。お蔭で婚約者を待たせずに済んだ。数々の配慮に感謝する」
「光栄にございます」
言わずとも配慮してくれるシゴデキなオーナーだ。
「エド。二人分の衣装代を」
「はっ」
長官が選んだ衣装の代金も一緒に支払う。
外出して買ったオーダーメイドの衣装は完成したら衣装屋が屋敷に持って来てその時に支払うのが一般的だけど、今回は既製品だけに既に料金が決まっているからここで。
「閣下?」
試着室がある店の二階から侍女に手を借り降りて来た長官。
白のレースで装飾した濃い青のドレスで、頭にはボンネットも被っている。
「申し訳ありません。もうお戻りになって」
階段を登る俺に慌てた様子を見せていた長官はピタリと足を止める。
「ご衣装が」
「初逢瀬だからな。婚約者の衣装に合わせて貰った」
そう説明すると長官は顔を真っ赤にする。
俺を柔道技でぶっ倒す人なのに一々反応が可愛い。
「可愛らしい衣装もよく似合っている」
「あ、ありがとうございます」
真っ赤っかになってる長官に笑いながらエスコートするために手を出すと侍女はすっと手を離し、交代で俺がロンググローブをした手をそっと手のひらに添えた長官の隣に移動した。
「メリッサ・フェリング・シャルムさま、この度は英雄公爵閣下との御婚約おめでとうございます」
階段を降りるとオーナーがカーテシーで祝いを伝えて女性店員も一緒にカーテシーをする。
「話したのですか?」
「秘密にした方が良かったか?」
「発表前なのに話して両陛下に怒られても知りませんから」
「その時は一緒に怒られてくれ」
恥ずかしそうに言った長官にオーナーもふふと笑う。
俺がエミー(師匠)と総領(王侯貴族)以外の婚約者を『身を守る術として英雄の肩書きが役に立つ相手』という基準で選んでることを知っているから怒られないけど。
選んだ理由は違えど婚約者のことはみんな大切にしたい。
クズの俺と婚約してくれた人たちなんだから。
俺の肩書きが役に立つなら勲章や称号を貰った甲斐がある。
「じゃあ行こうか」
「はい。あ、お代を」
「閣下より既にいただいております」
「え?」
魔導鞄を開けた侍女を見て代金のことを思い出した長官はオーナーから聞いてパッと俺を見る。
「着替えた私に合わせてメリッサ嬢も着替えようとしてくれたのだから、ここは払わせて貰った」
「そ、そんな。私が勝手にしたことで」
「それを言うなら私も勝手にしたことだ」
キッパリ返した俺にうっと口篭る長官。
頼まれてもないのに勝手なことをしたのはお互いさま。
「気にかかるなら私との逢瀬を楽しんでくれたらいい。婚約者が喜ぶ姿や楽しそうな姿を見たい私のために。それなら一方的にはならないだろう?」
そう話しながら緩く編まれた髪を手にとり毛先に口付ける。
「もう。分かりました」
また真っ赤になって恥ずかしそうに髪を掴み目を逸らす長官にくすりと笑う。
思えば長官はまだ18歳なんだから年相応の可愛らしいところがあるのも当然か。
「先触れもなく訪問して騒がせて済まなかった」
「光栄にございます。ごゆっくり逢瀬をお楽しみください」
「ありがとう。そうさせて貰う」
店の前まで見送りに出て来たオーナーに御礼を言ってドレスの件は頼むと目配せしたあと、また四人の護衛が着いたことを確認してブティックを離れた。
「演劇は観たことがあるか?」
「幼い頃は母や姉に連れられてよく行きましたが、警備官になることを決めてからは一度も行っておりません」
「嫌いではないんだな?」
「はい。好きな歌姫がおりましたので」
歌姫か。
ブークリエの王都にも巨大な劇場があるけど、何となくロザリアや暴動で消滅したバレッタ集落のことを思い出して足が向かなかった。
「警備の都合で夕食は劇場で摂ることにしたが、私は劇場自体初めて行く。長官が好きなら先に演劇も観よう」
「よろしいのですか?嬉しいです」
これも先に進む良い機会だろう。
人為スタンピードで大切な人を亡くした人たちもあれから時間が経って先に進むために歩き始めているんだから。
この星に召喚されて随分と時が経った。
今までに辛いことも苦しいこともあったけど、沢山の人にも出会えたし、良い思い出だって沢山ある。
地球に居る時はまさか自分が結婚することになるとは思わなかったのに、今では半身も居れば婚約者も居る。
辛いことも苦しいことも乗り越えてみんな進んで行く。
それは俺も。
勇者が覚醒前の今は貴重な平和な時間。
残された時間を俺なりに精一杯で生きて行く。
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神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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