ホスト異世界へ行く

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第十四章 変化

お触れ

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長官と婚約してアルク国ですることは一段落。
引越しの準備期間として婚約者のレアンドルは一旦ヴェールに残して俺だけブークリエの屋敷に戻って1ヶ月が経った。

「見た?お触れ」
「うん。まさか陛下と二妃が離縁するなんて」
「一族の者が犯した罪の責任をとるって理由でしょ?自分はもう国母に相応しくないって、読んで悲しくなった」

アルク国の王都で語られる話題はそればかり。
しかも今回は二妃の直筆で国民に対する謝罪の言葉も書かれていたから、多くの人がお触れを目にした。
文字を読める人は街に設置されたお触れで、文字が読めない人は人伝に話を聞いてそのことを知る。

「終わったことだと思ってたけど、気になさってたんだな」
「傍系のした事なのに非難する奴らも居たから」
「王妃になる時に生家の名前からは外れてるのに」

歩きながら聞き耳をたてても聞こえてくる話題は同じ。
今朝発表されたばかりだから尚更。

「これからは一族の一人として被害者に償っていくそうよ」
「陛下も苦渋の決断だったでしょうね」
「責任をとって離縁して被害者に償うって言われたら断れなかったんだろうね。二妃の性格は陛下が一番ご存知だから」

二妃本人が何かをしての離縁ではないから国民も複雑そう。
かと言って二妃の心境も理解できない訳ではないだろうし。

街中を歩いてそんな会話を聞きながら王都門に向かう。
今日お触れを出すことは事前にアルク国王から聞いていたから国民が困惑しているんじゃないかと確認に来た。

「お待たせ」
「どうだった」
「見た感じ大きな騒ぎが起きてどうこうってことはなさそう。話題はそれ一色だったし、みんな複雑そうではあったけど」

王都門の傍のエルフ神像で待ち合わせていたのは魔王。
待ち合わせと言っても一緒に来て俺はお触れが立つ場所に行って魔王はリュウエンの贈り物を買いに行ったんだけど。

「国王と王妃の離縁ともなればそうなるだろう。名も知らぬ有象無象が離縁したという程度の話ではないのだから」
「まあな」

王妃が離縁するとなれば『国や民を捨てた、殿下方を捨てた』と言い出す人が居て騒動になることも考えて見に来たけど、少なくとも一般国民は二妃に対して同情的な様子だった。
それも二妃に人徳があったからだろうけど。

「目的は済んだなら食事にするだろう?」
「うん。リュウエンの贈り物は良いの買えた?」
「ああ」

聞いた俺に素っ気なく答えつつも異空間アイテムボックスを開いて箱を取り出した魔王。

「これはお前に」
「え?」
「白銀製と見て真っ先にお前が思い浮かんだ」

俺にも買ってきてくれたらしく魔王が開いた箱の中に入っていたのは花がモチーフの白銀製かんざし(ヘアコーム)。
花嫁が頭に付けているヘッドドレスのようなそれを雌性の姿で来ている俺のゆるふわな三つ編みスタイルの髪に着ける。

「良く似合っている」
「ありがとう。大事にする」

色を変えてある赤茶色の三つ編みの毛先に口付ける魔王。
リュウエンへの贈り物と聞いてたからまさか俺にも買って来てくれると思わず驚いたけど、白銀製と見て真っ先に俺が思い浮かんだと聞けば少し照れくさいのと同時に嬉しいとも思う。
渡すにしても褒めるにしても髪に口付けるにしても真顔なところが魔王らしいけど。

「では食事に行こう」
「うん」

返事をしながらくすりと笑って魔王の隣に行き腕を組んだ。


行ったのは最初にアルク国に来た時に魔王と食事をした店。
相変わらずメニュー名は『地上の神推し』のまま。

「やっぱりこの店の料理って美味いんだよな」
「美味いから連れて来ているが、どうかしたのか?この店の料理が美味いと困るような含みのある言い方に聞こえるが」
「困るって言うか」

食べていた手を止め不思議そうに聞いた魔王に、今時代は自分たちが地上の神だと思ってるエルフは少ないことを話す。
そのの人が信仰している教派は国で過激派組織に分類されていることも。

「そうなのか。だが法で禁止されてはないんだろう?」
「うん。何を信仰するかは国民の自由だからって。やり過ぎた時に国が手心を加えただけで、禁止はされてない」

俺もアルク国王と同じ考えで、何を信仰するも何も信仰しないも個人の自由だと思ってる。
ただ、法で禁じられてる訳じゃないのを良いことに教育現場で生徒に選民意識を植え付けたことはいただけないけど。

「俺らが最初にこの国に来た時に、人族は無知だと訓練校で習ったとか、地上の神の自分たちが人族を一人屠ったところで問題ないとか、自分たちを神だと信じて危険な思想を持ってる冒険者たちと会っただろ?あの辺の年代の奴らが訓練校でおかしな選民思想を植え付けられた生徒たちなんだと思う」

総領が入学するより前の世代。
学長も講師もの人間だったんだから、まだ素直な子供が知らず知らずの内に悪影響を受けてしまったのも分かる。

「アルク国王から話を聞いただけじゃなくて実際に自分でもそういう選民思想を持つ奴に会ったから、地上の神と信じる教派には苦手意識が拭えない。でも料理は美味いんだよなぁ」

人の命も脅かし兼ねない教派は好きじゃない。
でも『地上の神推し』のこの店の料理は美味い。
その間で揺れて複雑な心境。

「メニュー名はそうでも信仰してるかは分からない」
「ん?」
「この店は俺が知るだけでも長いことあってコースの名も変わっていない。現代は思想が変わったことが事実なら、もう信仰はしていないが最初に名付けられた名前をそのまま使っているだけなのかも知れないぞ?エルフたちから長く愛されてきた店なら尚更、料理名でこの店の料理だと分かるからな」

確かに他の店では『地上の神』の名前が付いたメニューは見ないから、名前でこの店の料理だと分かるメリットがある。
もしかしたらオーナーが過激派教団の信徒という可能性はあるけど、少なくとも従業員や客は至って普通の人。

「言われてみれば料理名だけでこの店の人がみんな過激派の人だと判断するのは失礼だったな。店の看板メニューだからそのまま変えてないだけの可能性は確かにある」

そもそもこの店の人から何かされた訳でもないのに料理名で判断して勝手に複雑な心境になってたんだから失礼な話。
料理はもちろん美味しいし、人族の俺たち(正確には魔族と神族だけど)を見下す様子もないし、いい店なのは間違いない。

「丁寧な接客をしてくれてる従業員や美味しい料理を作ってくれた料理人たちに申し訳なかった。反省する」

一人で反省する俺に魔王はくすりと笑う。

「客の俺たちが美味しく食べて代金を支払うことが従業員や料理人への一番の詫びになるだろう。雑念は捨てて喰え」
「うん」

客が支払った料金は回り回って従業員の給料になる。
確かにそれが一番の詫びだと思って再び料理を口に運んだ。





王都で状況確認と食事をしたあと移動したのはヴェール。
今日は最初から彼方此方に移動して用事を済ませる予定だったから、時間を短縮するため移動には魔祖渡りを使っている。
だから護衛もエドやベルではなく魔王が着いて来てくれた。

街の近くに転移して通行所を通り(領主だから通行料はかからないけど街への来訪者数の記録を残すため)、まず最初に向かったのは領主屋敷。

「お戻りなさいませ、旦那さま」
「ただいま」

領主になって引き継いだこの屋敷も今は俺が主人。
レアンドルが雇っていた使用人をそのまま俺が雇ったから以前から居る家令や従僕たちが丁寧に出迎えてくれた。

「ん?シリルとレアンドルは?」
「それがまだ。昼にはお戻りになると聞いたのですが」

家令から聞いて懐中時計を確認する。
事前に先触れを出しておいたから二人とも俺が来ることを知っていて訪問する午後までには戻って来ると言ってたけど、思いの外時間がかかっているようようだ。

「ジェレミーは?」
「シリル卿とレアンドルさまの付き添いで一緒に」
「ああ、ジェレミーも行ってるのか」

シリルたちが行ってるのはアメリア嬢の屋敷。
パストルとアメリア嬢の婚約破棄の件でレアンドルにも話を聞きたいとか。

「では先に他の用事を済ませてこよう」
「承知いたしました」

領主代理のシリルから領地の報告を受けるために来たけど、本人が不在なら後回しにして他の用事を済ませよう。

「ああ、そうだ。家令にも顔を覚えて貰うために紹介を」

俺の隣に立っている魔王。
この屋敷の家令や使用人たちにも知って貰っておいた方がいいだろう。

「私のパートナーのエヴァンジル公爵だ。賢者公爵の彼は普段から私の健康診断や治療をしてくれたり共に事業をしていたりと一緒に居る機会が多い。家令やみんなも覚えてくれ」
「承知いたしました」

ここでも賢者というで紹介する。
もちろん名前は国王のおっさんが付けた『エヴァンジル』という仮名で。

「崇高なるエヴァンジル公爵閣下へご挨拶申し上げます。ヴェール英雄エロー公爵邸の家令、ディマスと申します」
「よろしく頼む」

胸に手をあて丁寧に挨拶をした家令に軽く答えた魔王。
普段は塩対応の魔王が返事をしただけ上出来。
俺の屋敷の家令だから気を使ってくれたんだろう。

「パートナーと表現したが要は恋人だ。彼も当主として守るベきものが多いだけに婚約や成婚はしないが、ただの専属医や共同事業者ではないということだけは知っておいてほしい」

エヴァンジル公爵家の当主だから結婚しないという意味。
本当は魔王は魔族の王だし、魔界で俺は魔族の王の半身として生きることを主神両親に誓ったから既にだけど、当然それは言えないから『お互い自分の紋章(御家)を守っていかないといけない者同士』ということで結婚しない理由を説明した。

「承知いたしました」

貴族同士の成婚は基本的に政略結婚。
後世に自分の家系(紋章)を遺すために結婚する。
貴族家に仕えている家令も当然そのことは承知だから、同じ特級国民同士で公爵同士でもある魔王と俺は成婚せず互いの紋章を後世に遺す方を選択したと解釈しただろう。

シエルたちが戻って来たら先に他の用事を済ませに行ったことを伝えてくれるよう頼んで屋敷を出た。

「恋人だと紹介することにしたのか」
「半身ですとは言えないし。駄目だった?」
「駄目ではないが、以前は迷っていただろう?てっきり知人や友人などの関係性にするものと思っていた」

白い花々が咲く広い庭園を歩きながら魔王からそう言われてくすりと笑う。

「知人や友人って関係性じゃないのは俺たちの言動を見てればすぐ分かるだろうし。それならエミーが言ってたように最初から恋人って紹介しておいた方が変に隠さなくて済むし、フラウエルや四天魔やラーシュたちにも気を遣わせずに済む」

普段の俺や魔王の言動を見てれば『知人や友人』というだけの仲じゃないことは分かる。
関係性がバレないよう他人行儀な態度に変えることは半身の魔王にも失礼だし、俺も面倒くさい。

「理由があって結婚しないだけの恋人だと分かっておいて貰えばお互いに態度を変える必要もないし、おかしな勘繰りをされずに済むだろ?下手に隠してそれが責めどころのように悪巧みする奴が現れたら婚約者たちにも迷惑がかかるし」

堂々としてれば悪巧みをする奴らも啄きようがない。
婚約して守らないといけない人たちが増えたからこそ、半身の魔王の存在が俺の弱点のように思われても困る。

「今更フラウエルに他人行儀な態度をとるのは難しいし」

むしろ地上で婚約者が出来る前から半身として一緒に居た魔王に今更他人行儀になるのは無理。
エドやベルに他人行儀になれと言われても無理なのと同じ。

「そうか。今まで通りの距離感でいいということだな?」
「そういうことだけど、こんな所でキスしようとすんな」

ニヤリと悪い顔で俺の腰に手を回して詰め寄る魔王の口元を両手で隠しながら苦情を訴える。

「見られたところで恋人なのだからいいだろう?」
「恋人なら所構わずキスしていい訳じゃない」

押合い圧し合いするいつもの不毛な争い。
人族に見えるよう魔力を抑えてる今の魔王には負けない。

「雌性体で俺に勝てると思っているなら甘い」

ふわりと抱き上げられて口付けられる。
そう言えば俺の方も普段より力が弱い雌性体の姿になってるんだった。

「力技で捕まえてキスするのは狡いぞ」
「魔法で浮かせて口付ければ良かったのか?」
「違うっ!」

力(物理)か魔法かの話はしてない。
どこで人が見てるかも分からない庭でキスするなという話。

「口では文句を言いつつ避けないのがお前らしい」
「もう一度されたら二度も三度も同じかなって」

ちゅっちゅと頬や唇に口付けつつ笑う魔王。
魔王は今日も半身の俺に激甘だし、俺は俺で倫理観がバグってるインモラルな人間、いや、神族。


魔王が満足して(執拗いからさすがに止めて)次に向かったのはヴェールにある住居地区。
馬車は使わず魔祖渡りで移動してランコントル商会に来た。

「ごめんください」

扉を開けるとカランカランとベルの音がして声をかける。

「はーい!いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ」

元気な声で振り返ったのはアリアネ嬢。
果物を並べていたレオポルトもこちらを見る。

「……かっ」

今日は髪や虹彩色を変えてるから分からないらしくジッと俺を見たアリアネ嬢がハッとした顔をして、恐らく『閣下』と言おうとしたんだろう言葉をシーっとジェスチャーで止める。
店内に客が居るから騒ぎにしたくない。

「コーレイン卿は居られますか?」
「はい。母と隣の自宅に。ご案内します」
「ありがとうございます」

俺が誰か気付いたようで頭を下げたレアンドルにも軽く下げて応えながら、アリアネ嬢と会話をする。

「お兄さま、お店番はお願い」
「ああ」

レアンドルと軽く話したアリアネ嬢に案内されて再び客が居る店内を出た。

「この姿の時はメテオールとお呼び下さい」
「閣下にそのような」
「みんなにそうして貰っていますから。英雄や閣下と呼ばれてしまうと性別を変える意味がなくなりますので」
「あ、正体を知られると騒ぎになるからですか?」
「はい。周りの人のご迷惑になりますので。言動も訓練校の時のように同性の友人として接して貰えると助かります」
「分かりました。その方がいいなら」

お、話が早いな。
大抵は『でも英雄に失礼なことは』と長引くんだけど。
迷惑をかけたくないからという理由を聞いて臨機応変に受け入れてくれてありがたい。

「あの、お隣の男性は」

あ、やっぱ気になる?
エドやベルみたいに一目見て従者と分かる態度じゃないし。

「私の恋人です」
「……え!恋人!?」
「はい。今日は護衛として付き添ってくれてますが」

驚いた顔で背の高い魔王を見上げるアリアネ嬢。
従者ではなさそうとは思ってもまさか恋人だとは思わなかったんだろう。

「肝が据わった娘だな」
「訓練校の見学に行った際に親しくなったアリアネです。雌性の姿で一人で見学していた私を心配して兄のレオポルトさまと声をかけてくださって、三人で見学しました」
「兄は先ほど店に居た青年か?」
「そうです」

表情豊かな(リアクションもデカイ)アリアネ嬢にくすりとした魔王に説明する。

「質の高い果物を栽培している家族だということは聞いていたが、この姿の時に友人になった兄弟でもあったのか」
「はい。メテオールの友人です」

英雄ではなくメテオールとして知り合った兄妹。
カフェで使える食材をアルク国から仕入れようと考えていたタイミングで知り合い親切にしてくれた兄妹で、それが美味しい果物を作ってる家族だったことは偶然。

「実の姿の私がお二人を友人と言うには歳が離れてますが、メテオールの姿の時なら友人と言っても差し支えないかと」
「雌性に変身すると途端に縮んで幼くなるからな」
「小柄で可愛いって言ってくれるか?」
「もう口調はいいのか」
「あ。つい素が」

ついつい素が出てハッとした俺とフッと笑った魔王の会話で笑い出したアリアネ嬢。

「お二人は仲がいいですね」
「それはまあ。一応恋人ですから」
「一応?」
「ご、ごめん。言葉のあやってヤツで」

改めて仲がいいとか言われると少し照れくさくて、ごまかすように言った余計な言葉に反応した魔王に慌てて謝る。
そんな俺たちの会話や反応も込みでますますアリアネ嬢から笑われてしまった。

「お父さん、お母さん、メテオールが来てくれたよ」
「アリアネ!閣下とお呼びしないか!」
「娘が御無礼を!申し訳ございません!」
「アリアネは悪くありません。私がこの姿の時にはメテオールと呼んでほしいと頼んだのです」

自宅の扉を開けて両親に声をかけたアリアネ嬢が両親から怒られるのを見て否定する。

「確かに私は特級階級ですが、アリアネやレオポルトさまはメテオールの姿の私と出会い損得感情なく親切にしてくださったお二人です。せめてこの姿の時だけでもあの時のように友人として接してほしいと考えお願いしました」

どっちの姿でも俺には違いないけど、英雄と知らず出会って親しくなった二人から正体を知ったことで『閣下』と呼ばれてよそよそしくされるのは『メテオール』と親しくなったことが間違いだったかのようでイヤだ。

「娘、アリアネと言ったか。俺の恋人が両親に叱責される原因となってすまなかったが許してやってくれ。英雄という肩書きで距離を置かれてしまう所為で友人に飢えている」
「なにその失礼なフォロー」

まるで俺が寂しいぼっち君のように言うな。
思わず言うとアリアネ嬢はくすくす笑う。

「大丈夫です。メテオールと呼ぶよう言って貰えて嬉しかったですから。私や兄が体験入学の日に出会って親しくなったメテオールのことを無かったことにしなくていいんだって」
「そうか」

言葉通り嬉しそうに答えたアリアネ嬢に魔王はフッと笑って俺の頭を軽くぽんぽんと叩く。

「アリアネとレオポルトさまは貴族令嬢のメテオールの友人です。体験入学で親しくなった友人同士が名前で呼びあっているだけですから、咎めないよう願います。それに、私がこの姿に変身している理由は騒動にならないよう正体を隠す為で、英雄や閣下と呼ばれる方が困るのです。ですからお二人もこの姿の私を人前で呼ぶ際にはメテオールとお呼びください。みんなもにそうして貰っていますから」

大人であるほど貴族の礼儀を重んじて『目上の人を敬称で呼ばないのは無礼』という気持ちが強いだろうけど、正体がバレた時の方が英雄の俺自身はもちろん一緒に居る人の身の危険に繋がるからメテオールの姿になってるんであって、そこは二人にもしっかり理解して貰いたい。

「承知しました。閣下の御心のままに」

胸に手をあてたコーレイン卿とカーテシーで応えた夫人に俺も「ありがとう」とお礼を言いながらカーテシーで返した。


その後は椅子に座って契約。
今日ランコントル商会に足を運んだ理由はそのため。
アリアネ嬢が飲み物や果物を出してくれた。

「本当にこのような高待遇の契約で良いのでしょうか」

俺の店に卸して貰う時の買取額はもちろん、果物のブランド申請費(+推薦人)を俺が払うことや果樹園の管理費や改良時の援助などを書いた契約内容を見て聞いたコーレイン卿。

「私は妥当な契約内容だと思っていますが。コーレイン家の果樹園や果物にはそれだけの価値があると判断しました」

俺が勝手に決めたことじゃなくて、普段から公爵としての俺の仕事の代理役をしてくれてるランド・スチュワード(領地の管理をする家令)のエドやハウス・スチュワード(屋敷の管理をする家令)のディーノさんの意見も聞きながら纏めたもの。

「最終的な決定権は私にありますが、前回共に果樹園へ足を運んだ執事や、私たちから話を聞き果物も食べて味や質を確認した家令とも話し合って、妥当と思う内容で作成しました。果樹園や果物を評価した上での判断であって、アリアネやレオポルトさまと親しくなったからという私の個人的感情は契約内容とは関係ありませんのでご安心ください」

そこは誤解しないでほしい。
たしかに親しくなったアリアネ嬢やレオポルトのことは好意的に思ってるけど、商売や経営に関わることとは別の話。

「前回お話しした内容に管理費や改良開発費の援助等を追加したのは、私が前領主から引き継ぎヴェールの領主になったからです。自分の領地で働いてくれている領民の努力を無駄にしないよう援助することも領主の大切な役目ですので」

それを説明するとコーレイン夫妻は二人で改めて契約書を見ながら「それで」と納得したように頷く。

「閣下が領民のことを大切にしてくださる領主だと知ることが出来て嬉しく思います。期待を裏切ることが無いよう今後も尽力致しますので、どうぞよろしくお願いします」
「私も領主として領民のみなさまの生活がより良いものとなるよう努力しますので、よろしくお願いします」

コーレイン夫妻と互いに頭を下げ合う。
領地が増えるほど背負うものも増えていくけど、周りの人の力も借りながら領民のためになることをして行きたいと思う。

「アプールも美味いが、この果物も美味いな」
「ありがとうございます。パルファンという果物です」
「ほう。初めて食べたが美味い」
「人が大事な契約してる時にもぐもぐ食べ過ぎだろ」

俺とコーレイン卿が契約書に署名してる横で我関せずというように、皿に盛られたパルファンやアプールをもぐもぐして呑気にアリアネ嬢と会話している魔王に思わずつっこむ。
今日も異世界最強の魔王さまは我が道を突き進んでいる。

「お前も喰え。手を付けない方が失礼だろう」
「終わっ」

てから喰うと言い切る前に口に突っ込まれる。
人の話を最後まで聞いてほしい。

「ふふ。仲がよろしいことで」
「メテオールの恋人なんだって」
「ああ、そう言えばさっき会話の中で」

そんな会話を交わすアリアネ嬢と夫人。
さっきは契約前の緊張とアリアネ嬢がメテオールと呼んだことに慌ててたからか、魔王がサラッと『俺の恋人が』と言ったことに何の反応もしなかったけど、アリアネ嬢から改めて言われて思い出したらしい。

「次回の婚約発表でお披露目を?」
「いえ。彼とは婚約も成婚もしません。彼も賢者公爵家の主人として守らなくてはならないものがありますから」
「賢者公爵さまだったのですか!?御無礼を!」
「失礼いたしました!」

次回発表するのか聞いた夫人とアリアネ嬢は青ざめる。
そう言えばアリアネ嬢にも恋人としか話してなかったな。
本当は賢者公爵どころか魔界の王だけど。

「恐れながら、本大会のスタンピードで英雄エロー公爵閣下やアポトール公爵閣下と共に魔物と戦っておられた賢者さまでは」
「ああ。呼ばれて力を貸した」
「やはり。どこかで拝見したようなと思っていたのですが」

コーレイン卿は魔王に見覚えがあると思っていたようで、腑に落ちたのか大きく頷く。
ブークリエの枢機卿の中にも気付いた人が居たし、意外とこの姿(角がなくて髪も短い身長も少し縮んだ人族の姿)の魔王を覚えてる人が居るのかも。

「申し訳ございません。図々しく話をしてしまって」
「なぜ謝る。話したくなければ最初から無視している」

深々と頭を下げて謝るアリアネ嬢にサラッと答える魔王。
まあ確かに魔王はそういう性格だな。
嫌いな人とは会話をするどころか虫ケラを見るような冷めた目で見下す魔王さまだから。

「お前たちは魂色が濁っていない。警戒する必要もない」
「魂色?濁って?」

聞きなれない『魂色』や『濁ってない』という言葉に大きく首を傾げてキョトンとしているアリアネ嬢にくすりと笑う。

「稀に他人の魔力色が見える者が居ることはご存知かと思いますが、彼も魔力色が見える一人です。それプラス彼には悪意を持った者や悪人の魔力色が濁って見えるので、濁っていないみなさまは悪人ではないから警戒をする必要がないと」

見えてるのは魔力色ではなく魂の色だけど、さすがに魔王にしかない能力をバカ正直には話せないから、稀に見える人が居ることが知られてる魔力色ということでごまかした。

「凄い。さすがメテオールの彼氏」
「こ、こら!賢者さまにまでそのように気易い言動を!」

口元を押さえて素の声が洩れたアリアネ嬢と慌てて止めるコーレイン卿に魔王と俺は笑う。

「公の場でもないのに取り繕う必要はない。普段から気を遣われては逆に疲れる。それよりパルファンがなくなった」
「図々しいな!買えよ!」

アリアネ嬢にスっと皿を差し出しオカワリを強請る魔王の後頭部を思わずスパンと叩く。

「令嬢のフリはもうやめたのか」
「誰の所為!?つい素になる状況を作ってるの誰!?」
「無理は身体に良くないぞ?」

ぶん殴りたい。
俺から叩かれた頭を押さえて真顔で言う魔王を殴りたい。

「ふふ。また剥いて来ますね」
「ああ。頼む」
「アリアネ、甘やかさなくていいです」
「気に入って貰えて嬉しいですから」

ニッコニコのアリアネ嬢は魔王から皿を受けとると機嫌よく扉から出て行った。

「申し訳ありません。大事な契約なのにお騒がせを」
「そんな。自分たちが作った果物を喜んでくれる人の姿を見られるのは生産者として嬉しいことですから。それに私どもは騎士爵を買った元一般国民ですので、取り繕う必要はないとお心遣いをいただいて少し安堵しました」

ああ、そうか。
コーレイン卿は貴族に果物を買って貰うために大人になってから騎士爵を買った元一般国民だから、俺と同じく本当は堅苦しい態度も敬語で話すのも苦手なんだろう。

だから魔王は気を遣って……ないな。
魔王のこれは素だ。
むしろ魔族の王として人前に立つ以外はこの調子だ。

「マルクたちにも食べさせたい。パルファンもだが他の果物も美味かった。契約が終わったら買って帰ろう」
「分かった」

よほど気に入ったらしい。
美味かったから四天魔にも食べさせたいと思うのが可愛い。
どこまでもマイペースな魔王にくすりと笑った。





契約が終わったあとは魔王の願い通り商会で買い物。
店番をしていたレオポルトも加わりコーレイン家の面々から旬の果物の説明やら食べ頃の目安などレクチャーを受けて、四天魔やエディやラーシュへの土産を箱一杯に購入した。

「たくさんお買い上げありがとうございます」
「みなで食べることを考えると足りないくらいだが、買い占めてしまっては他の者が買えなくなってしまうからな」
「果物は満腹になるまで食べるものではありませんよ?」

すっかりコーレイン家に馴染んでる魔王。
顔は真顔が標準装備なのに何故か人と打ち解けるのが早い。
デュラン領で療養した時にもいつの間にか馴染んでたし、俺たちに留まらず街の人も気軽に声をかけてきて雑談するくらい馴染んでたし。

これも魔王の才能だなと思いながら異空間アイテムボックスに箱を仕舞うのを見ていると、商会の外からカーンカーンっと聴いたことのない鐘の音が聞こえてくる。

「警鐘!?」
「確認してくる!」
「アリアネは母さんとここでお客さまを!」
「分かった!」

ハッとして夫人は窓の外を確認して、コーレイン卿とレオポルトは商会の外に走って確認に行った。

「警鐘?警報ではなく?」
「警報は外から魔物などの危険が迫った時に鳴らしますが、警鐘は街中で火事などが起きた時に鳴らします」

つまり街中で何か起きて鳴ったということか。

「どこかで火事が起きたのかな?」
「ええ。火の手は見えないので近くじゃなさそうですけど」

商会の中で買い物をしていた人たちも夫人と話しながら窓の様子を眺めている。

「少なくともこの商会には影響がなさそうですから私も行きますね。何があったのか街の状況を確認しないと」
「あ、そうですよね。気をつけてください」
「はい。ありがとうございます」

耳打ちしてアリアネ嬢と会話を交わす。
近場ならと思って少し待ったけど夫人や買い物客も落ち着いていてパニックになることもなさそうだから、領主として何が起きたのか確認しないと。

「フラウエル、行こう」
「ああ」

客の様子を見ていた魔王にも声をかけてすぐに商会を出た。
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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