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第十四章 変化
火災
しおりを挟む「火災のようだな」
「そうらしい」
空から確認するために魔王と翼で飛ぶと、どこだと探すまでもなく煙が立ち昇っているのが視界に入る。
「住居地区の端の方ってことは住居火災か」
先代アルシュ侯爵家(現在は俺が所有者)から西に少し。
あの辺りということは貴族や商人の屋敷だろう。
「森に飛び火する前に消した方が良さそうだ」
「うん。消火するから手伝ってくれる?」
「ああ」
買い物客も多い商業地区からは離れてるから今のところそちらには影響がないけど、長閑な住居地区の端には森がある。
もし森が燃えれば住居地区はもちろん商業地区にも火の粉が飛んで大火災になる可能性があるから早く消火しないと。
「人が集まってるな。先に下がらせないと」
轟々と黒煙が上がっている火災現場に行くと屋敷の庭園には消火ホースを使って消火活動を行っている自警団(消防士)や屋敷の使用人らしきお仕着せ姿の人が居て、門の外には火事を見物に来た人たちが集まっていた。
「何をしている!危ないから下がれ!」
一旦庭園に降りて門の外の見物人たちに下がるよう促す。
これだけ黒煙がモクモクと上がっているのに危機感がない。
「閣下!」
「え?ジェレミー?」
「父上とレアンドルがまだ中に!」
「は?」
庭園に居たのはジェレミー。
その前にはパストルが倒れていて、ジェレミーがパストルの腹部を押さえている手や布は血で染まっている。
状況が分からないけど、パストルとアメリア嬢の件でシリルやレアンドルに付き添って出掛けていたジェレミーがここに居るということは、火災が起きたこの屋敷はアメリア嬢の屋敷ということだろう。
「パストルの家族やアメリアたちも出て来ないんです!」
なぜパストルが腹部に怪我をしてるのか。
なぜ火事が起きたのか。
聞きたいことはたくさんあるけど、まずは屋敷の中に残された救助者を救うことが優先。
「ひとまず血が止まる程度には回復しておく」
「待て。その者も煙を吸っている」
延命処置として血が止まるまで回復をかけようとした俺を止めた魔王がパストルとジェレミーを球体で包むと、今まで起きていたジェレミーもふっと意識を失って倒れた。
「ジェレミー?」
「眠っただけだ。二人の症状の進行は遅らせた。回復は後にして先に屋敷の中の者を救出しなければ焼け死ぬぞ」
なにその能力。
これ以上聞きたいことを増やさないで欲しい。
「後で聞かせて貰うから」
「ああ」
「自警団はこのまま消火を!私は要救助者の救出に行く!」
『はいっ!』
魔王と話して自警団にも消火活動を続けるよう指示して互いに障壁をかけると扉を蹴り壊して屋敷の中に飛び込んだ。
「出火元は二階のようだな」
「そうみたいだ」
煙は凄いものの一階にはまだ火の手が上がってない。
集まってる人の中にお仕着せ姿の人たちの姿もあったから、一階に居た使用人たちは火が回る前に逃げ出せたんだろう。
「二階に上がって生存者を連れて出て空から消火しよう」
「うん」
魔王が居てくれて良かった。
頼もしい人が居てくれてるお蔭で俺も冷静で居られる。
「誰か居るか!返事をしろ!」
無事だった階段を駆け上がった先の二階は火の海。
やっぱり二階が出火元のようだ。
「廊下の奥に数名の生体反応がある」
つまり生きてる人はその人たちだけだと。
それだけ言って走り出した魔王を追いかける。
その中にシリルとレアンドルも居てくれと願いながら。
「無事か!」
魔王が蹴り飛ばした大きな扉の中に飛び込んで声をかける。
「……レアンドル?」
「閣下!?」
広い応接室に居たのは見知らぬ貴族や侍女や侍従だろう人物たちとシリルとレアンドル。
生死は分からないながら倒れてる人も多い中、床に座っていたシリルが腕に抱いていたのはレアンドル。
その前にはアメリア嬢の姿も。
床や壁に飛び散っている血。
血の海になってる床にはお仕着せ姿の女性が一人倒れていて、床に座り込んでいるアメリア嬢は血がついたナイフを両手で握って呆然としていた。
「レアンドルが!レアンドルが刺されて!」
シリルの悲痛な声でハッとする。
レアンドルを抱きしめているシリルの両手もべったりと血に染まっていた。
一体何が起きてこうなったのか。
レアンドルは生きてるのか。
分からないことだらけだけど今優先することは一つ。
「話は後だ。脱出しないと全員焼け死ぬ」
大きなテラス窓を蹴破って脱出口を用意する。
二階は既に火が回っている状況でゆっくり話を聞いてる時間はない。
「生死問わずここに居る者は全て外に出すぞ」
「うん」
「大人しくしていろ」
隣に来た魔王は倒れてる人も含め全員を風魔法で浮かばせると俺が蹴破った窓から庭園に降ろした。
「お前は回復をかけに行け。俺は空から消火する」
「頼んだ」
魔王は消火するために空に。
俺は回復をかけるために庭園に。
テラスに出て魔王は空に飛んで俺は地面に降りた。
「ジェレミー!?」
レアンドルを抱いたままジェレミーにも声をかけるシリル。
消火活動を続けていた自警団や見物に来ていた人たちの驚くような声を聞いて屋敷の方をパッと振り返ると、魔王が巨大な水牢を使って屋敷を丸ごと包みこんでいた。
消火は魔王に任せれば大丈夫そうだ。
「落ち着け。ジェレミーは気を失っているだけだ」
シリルの隣にしゃがんでジェレミーは無事だと伝える。
息子の一人は大怪我を負って意識不明で、もう一人の息子も倒れている状況となれば動揺するのも当然だけど、ジェレミーは煙を吸ったから症状を遅らせるために寝かされただけで回復さえかければ命に別状はない。
問題はレアンドルとパストル。
怪我をしてる様子はないものの倒れていた人も含めて何人が救える状態にあるのか分からない。
「レアンドル。死んだら許さないからな」
服を真っ赤に染めて血の気を失っているレアンドルの前髪を持ち上げそっと額に口付けて両手を組んだ。
「生死を彷徨う者たちに神々の慈悲を」
【ピコン(音)!特殊恩恵〝神力〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、限界突破。特殊恩恵〝神子〟と〝主神に愛されし遊び人〟の効果により回復量が上昇。特殊恩恵〝***〟の効果、慈愛の息吹きが発動します】
範囲上級回復をかけると地面に術式が広がる。
生死不明の倒れてる人も、生きているけど怪我をしてる人も、レアンドルもシリルも、みんなに回復が行き渡るように。
パストルとジェレミーの下の地面にも術式が広がると二人を包んでいた魔王の魔法がパリンと砕け散った。
「……閣下」
「ジェレミー!大丈夫か!?」
「父上!」
最初に目を覚ましたのはジェレミー。
倒れていた中の数人も目を開けて起き上がる。
「レアンドル!どうしてレアンドルが怪我を!?」
「……アメリア嬢に刺された」
「アメリア嬢に!?」
やっぱり刺したのはアメリア嬢なのか。
ジェレミーとシリルの会話を聞いてやはりそうかと思いながら回復をかけ続ける。
「閣下が回復をかけてくださってる。今は無事を祈ろう」
「……はい」
アメリア嬢を睨んだジェレミーはシリルから止められて深呼吸をすると両手を組んだ。
「パストル!?」
「……パストル!どうしたの!?」
次に目が覚めたのは貴族だろう男性と女性。
その二人がパストルの両親だったらしく、地面に横たわっている息子を見て顔を真っ青にする。
「今英雄公爵閣下が回復をかけてくださってます」
「「英雄公爵閣下?」」
シリルから声をかけられた二人は顔を上げて俺を見る。
面影があるからパストルの両親で間違いなさそうだ。
集中して回復をかけてもまだ目覚めない人たち。
レアンドルとパストルも。
パストルの方は傷が塞がっているから心臓が動いてるということだけど、レアンドルは……。
「その少年も心臓が止まっている」
避けていた現実を突き付けるように言ったのは魔王。
水牢で屋敷ごと包んでいたから火は消えたようだ。
「……レアンドルは助からないのですか?」
「心臓が止まっている者に回復は、ん?」
既に察してたんだろうシリルが震える声で聞くと魔王は少し首を傾げてレアンドルの隣にしゃがむ。
暫くジッと見ていたかと思えば俺をチラリと見た。
「見た目は手荒だが邪魔をするな」
「え?」
「大人しくしていろ」
シリルにそう言うと魔王はレアンドルの胸に手を埋めた。
「な、なにを!」
ズブズブと埋まって行く手に驚くシリルとジェレミー。
「二人とも治療の邪魔をするな」
「……治療?」
正直俺にも魔王が何をしてるのか分からない。
たしかに胸に手を埋めている様はグロく見えるけど、魔王の手はレアンドルの身体を傷付けてない。
以前魔導砲に手を入れて中の箱だけ取り出したのと同じく魔空魔法を使っていることは分かる。
「フラウエルは私の恋人で国王陛下より爵位を賜った賢者公爵だ。罪のない者を傷付けたり命を奪ったりしない。レアンドルに生きてほしいなら信じて待て」
何をしてるのかは分からなくても治療だとは分かる。
俺が救おうとしてる人を死なせるような真似はしない。
シリルやジェレミーに信用して貰うためにあえて俺の恋人だという事実と賢者公爵という嘘を話して聞かせた。
「……父上、母上?」
「「パストル!」」
先に目覚めたのは回復が効いていたパストル。
重症だったから完治するのに時間がかかったけど、泣きながら抱きしめる母親や良かったと涙ぐむ父親に何があったのかというようにポカンとしている。
「レアンドル!?」
「待て。レアンドルはまだ治療中だ」
「治療中?」
レアンドルに気付いて飛び起きたパストルを止める父親。
ジェレミーもパストルもレアンドルに何があったのか知らないということは、パストルが刺された時はまだレアンドルは無事だったということだろう。
「まだ救える可能性があるのはこの者で最後だ。それ以上は望まないと約束しろ。また血を吐きながら魔力を使い果たして自分の命を削るような真似はするな。全ての人は救えない」
「うん。分かった」
屋敷から連れ出したもののピクリとも動かない人も居る。
その人たちはもう俺たちが着く前から事切れてたんだろう。
「少年。俺の能力が効く身体だったことに感謝しろ」
魔王がそう呟くと、手を埋めているレアンドルの胸から闇色のモヤがユラユラと昇る。
それを見て俺も瞼を閉じて祈りのために組んでいる両手に魔力を流した。
「…………レアンドル?」
そのまま数分。
シリルの声が聞こえてきて瞼をあげると魔王がスっと魔空魔法の異空間から手を抜く。
「もういい。命は繋がった」
俺の隣に転移した魔王がそう言うと同時にレアンドルが数回瞬きをしたのを見て組んでいた両手を離すと、地面に広がっていた術式も役目を終えてふっと消えた。
「レアンドル!」
「私たちが分かるか!?」
「ジェレミー……父上」
まだぼんやりしてるもののジェレミーやシリルに答えたことを確認して気が抜けた身体を魔王が受け止めてくれる。
数居る重症者を一気に回復したからさすがに魔力がゴリゴリ削られてしまった。
「血を吐く前に止めたことだけは褒めてやろう」
俺の顔を見てそんな皮肉を言った魔王は苦笑しながら口付けて魔力を譲渡してくれる。
今日も魔王の魔力は心地いい。
口から譲渡して貰って数分。
身体が楽になったことを教えるために魔王の腕を軽く叩く。
「……ありがとう。もう大丈夫」
「動けるのか?」
「消火はフラウエルがしてくれたお蔭で回復の方だけで済んだから。魔力が減ってるのに譲渡してくれてありがとう」
魔王が消火をしてくれて回復に集中できたから助かった。
もし消火と回復の両方で魔法を使ってたらまた魔力切れで意識を失ってたかもしれない。
「レアンドル」
シリルやジェレミーに背中を支えられていながらも起き上がっていたレアンドルに声をかける。
「私が分かりますか?」
「分かる。メテオールだ」
「良かった。助かって」
「心配をかけてすまない。救ってくれてありがとう」
顔を見合わせ無事を確認して額に口付けてから抱きしめるとレアンドルも手を回して抱きしめ返してくる。
その体温は温かくて生きていることを改めて実感した。
痛いくらいの力で抱きしめられていると発狂したような女性の声が聞こえてきてそちらを見る。
「アメリア!」
「離して!レアンドルのところに行かせて!」
「いい加減にしないか!」
男性から羽交い締めにされて暴れているのはアメリア嬢。
身体も衣装も煤で汚れて髪を振り乱してる姿はもう異常。
一緒に居る女性も泣きながらアメリア嬢を宥めようとしているから、恐らくあの二人がアメリア嬢の両親なんだろう。
「レアンドルさまを刺したのはアメリア嬢なのですね?」
「ああ」
さっきシリルが言ってたけど改めて本人にも確認する。
ナイフで刺しておきながらまだレアンドルのところに来ようとしてるんだから意味が分からない。
「アメリア!」
暴れに暴れて父親の腕から逃げ出したアメリア嬢。
こちらに走って来るその姿は目が血走っていて、誰が見てももう狂気でしかない。
「レアンドル!」
なぜか嬉しそうに満面の笑みでレアンドルの名前を呼びながら伸ばしたアメリア嬢の手を掴んだのは魔王。
そのままぐるんと腕を捻り地面に倒すと上から背中を踏む。
「娘になにをするんだ!」
「やめて!」
魔王の行動に怒ったのはアメリア嬢の両親。
娘を助けるために走って来る。
「危ない!」
そう声をあげたのはパストル。
父親の方は怒りで我を失ってるのか、魔王に鞘から抜いた剣で斬りかかった。
「小虫でも居たのか?」
親指と人差し指の二本で剣先を摘んで止めた魔王。
バキンと剣を折り父親の腕を掴むと地面に叩きつける。
異世界最強の魔王さまにとって普通の剣など二本の指でぽっきり折れてしまうただの玩具に過ぎない脆い物。
「攻撃されたのに粛清せずに居てくれてありがとう」
「まだ状況を聞いていないからな。これ以上事情を知る生き残りの数を減らしては領主のお前が困るだろう?」
レアンドルから離れてお礼を言いながら隣に行くと、魔王は俺の背中に手を添え少し身を屈めて頭に口付ける。
いつも通り半身の俺には激甘。
いや、ありがたいけども。
「娘の方は右脚の太腿に武器を携えている」
「……え?」
「だから念のため止めた。仮に武器を抜いてもお前は避けられるだろうが婚約者の方はまた刺されるかもしれないからな」
「そういうことか。ありがとう」
非力な令嬢がただ俺たちの方に走って来たというだけの状況なのにわざわざ間に入って止めるなんて珍しいと思えば。
話を聞いてまだ魔王に踏まれたままのアメリア嬢を見ると正気の沙汰とは思えない顔で俺たちを睨みつけている。
「夫人。アメリア嬢の右脚を確認してください」
「娘は武器を持つような子では」
「既にナイフでレアンドルを刺しましたが?」
ついさっき武器(ナイフ)を使って人を刺した娘のことを『武器を持つような子では』と擁護されても説得力は皆無。
でもだってと従わない母親に大きな溜息をついた。
「ならばここからは私も英雄として対応しよう。ブークリエ国並びにアルク国特級国民、シン・ユウナギ・エローの英雄権限を行使してモティフ伯爵夫人に命ずる。なお英雄権限には命令に従わない者を粛清する権利が含まれていることを心得よ」
英雄権限の宣言をするとシリルやレアンドルやジェレミーや身体を起こしたばかりの者たちはもちろん、パストルやパストルの家族や消火活動のために居た自警団や屋敷の使用人も俺の方を向いてその場に片膝を付き深く頭を下げる。
「今この場で娘アメリアの身体検査を行い武器を発見して私に提出せよ。本来ならば人を傷付ける恐れのある者の武器を取り上げる行為に性差などないが、娘と同性の親である貴殿に命ずることが私の唯一の情けだ。見逃すことは許さない」
ただ右脚を確認しろとだけのことだったのにでもでもと従わないなら権限を行使するしかない。
それを使ってまた怪我人が出るかもしれないんだから。
「……承知しました」
「お母さままで私を疑うの!?」
「そうじゃないわ。持っていないことを証明するの」
「調べなくても持ってない!」
「バタバタと煩わしい」
足の下でまた暴れ始めたアメリア嬢に呆れる魔王。
俺にハッキリ言ったんだから魔王はアメリア嬢が武器を所持していることを確信してるんだろう。
躊躇しながらも娘のスカートに手を入れる夫人。
少し待つとピタリと動きが止まる。
顔色が変わったということは本当にあったようだ。
後はそれを俺に渡すまでが命令の内容。
正直に渡すか様子を見ているとアメリア嬢がそろっと腕を動かしてサッとスカートを捲る。
「きゃあああああ!」
右脚にしていたナイフホルダーに挿してあったナイフで母親を切りつけたアメリア嬢。
両手で顔を押さえて絶叫した母親の声で魔王に叩きつけられ気絶していた父親が飛び起きる。
「……な、なにを」
「お父さま助けて!お母さままで私を疑うの!」
「お前がやったのか!?」
「疑ったお母さまが悪いの!私は悪くない!」
痛みで叫んでいる母親を引きずり娘から離すモティフ伯爵。
目の前で惨状を見てしまった人たちはザワザワ。
「足をどけなさい!私を誰だと思ってるの!」
離せ離せと血が付いたナイフを振り回すアメリア嬢。
ぶん回している手が魔王の脚に当たりそうでその手を蹴るとナイフが地面を滑った。
「フラウエル。足を離していい」
まだバタバタしているアメリア嬢を見て足を離すように言うと魔王はあっさり足を地面に下ろした。
「返して!レアンドルは私のものよ!」
「止めろ!閣下に何をしてる!」
「無礼だろう!」
「大丈夫です」
自由になってすぐに起き上がったアメリア嬢が俺の胸倉を掴んだのを見て声を上げたシリルやパストルの父親。
腰を上げたのを見て大丈夫だと手を示して止める。
「レアンドル!私がいま解放してあげるから!命令されて成婚なんてしなくていいの!」
ええ……なんでそんな話に?
まさかの斜め上に捉えられてることに『え?』となる俺を魔王はくつくつと笑う。
「私は命令などされていない!命尽きるまで閣下のお傍に居させてほしいと願ったのは私の方だ!第二の人生は閣下のお傍で生きたいと願ってブークリエに行くと決めた!」
血が足りていないのか少しフラついた身体をジェレミーに支えられながらも力強く否定するレアンドル。
「嘘よ!盾に取られた父親や弟を守るためでしょう!?」
「なにを意味の分からないことを言っているんだ。閣下が私たち家族を救ってくださったと言うのに。父上は閣下の臣下としてお役目を賜りジェレミーも訓練校に通うことが出来る」
レアンドルにも意味が分からないらしい。
話についていけないのが俺だけじゃなくて良かった。
「ほら!やっぱり父親と弟のためじゃない!」
「「はぁ?」」
声をあげて同じ方向に首を傾げたジェレミーとレアンドル。
さすが双子。
「アメリア!もう黙れ!自分が恥をかくだけだ!」
「なんで私が!本当のことを言って」
立ち上がってアメリア嬢の頬を叩いたのはパストル。
「まさかここまで自分のことしか考えられない奴だと思わなかった。好きになったレアンドルを刺しただけじゃ飽き足らず母親も怪我させておきながら見向きもしないなんて狂ってる」
パストルが言う通り狂ってる。
恋心も拗らせると善悪の判断が出来ないほどの狂気になるのかと思うと怖くなるほどに。
地球でホストをやってた俺は様々な病み子ちゃんを見てきたけど、さすがにこの手のタイプにはゾワゾワする。
「父上。正式にモティフ伯爵家とアメリアを訴えます。情けをかけることが救いになるとは限らないと分かりました」
「ああ。そうしよう。よく決断してくれた」
「一緒に戦いましょう。私たちは貴方の味方よ」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
両親の元に戻ると決意を伝えたパストル。
婚約者や幼なじみとあって躊躇してたんだろうけど、同情心は今のアメリア嬢のためにならないと悟ったんだろう。
「恋心を拗らせて周りに迷惑をかけた結果がこれだ。パストルやレアンドルには味方が居るのにアメリア嬢には居ない」
「私にはレアンドルさえ居れば」
「さえも何もそれすら居ない。レアンドルは私の婚約者だ」
そう現実を教えるとまた俺を殴ろうとしたアメリア嬢の両腕を掴んで距離をとる。
俺が英雄だと分かっていながら殴ろうとしたりキーキーとヒスを起こしていられるメンタルの強さは凄い。
他の人(魔王とアメリア嬢以外)はハラハラしてるのに。
「シリル。警備隊は呼んだか?」
「いえ。火災の中に居たので呼びようがなく」
「それもそうか」
あの死にそうな状況で呼ぶ暇なんてないのも当然。
自警団は街で火災が起きれば自分たちの判断で駆けつけられるけど。
「一旦離れる許可をいただけましたら呼んで参ります」
「それでしたら私が。当事者が現場から離れる訳には」
「では頼む」
シリルの代わりに警備隊に報せに行ってくれることを申し出たのは自警団の一人。
「医療師も必要でしょうか」
「そうだな。回復で増血は出来ないから呼んでくれ」
「承知しました」
怪我は俺が治せるけど血は増やせない。
腹部を刺されたレアンドルとパストルは血が足りてないだろうから増血治療を受けさせた方がいい。
「アメリア嬢。私は生命を脅かす危険人物を女性という理由では優しくしない。しかも一方的な恋心を拗らせただけの理不尽な理由で人を刺すような気狂いなら尚更」
何発か叩かれたお返しに頬を一発叩いてバインドをかける。
レアンドルを刺したことと母親を切りつけたことと俺に対する暴行でもう充分だろう。
バインドをかけたアメリア嬢を引っ張って行き夫人の顔を布で押さえている伯爵の隣に投げ(風魔法をクッション代わりにして怪我をしないようにしたけど)、三人の前にしゃがむ。
「自分が怪我をして漸くレアンドルの痛みを理解したか?」
娘が武器で他人を刺した事実があるのに『でもだって』していた母親も、母親が傷付けられる前は娘ではなく魔王にキレて剣で切りつけた父親も、俺からすれば同じ穴の狢。
「娘を信用しているから武器を所持しているか調べない。娘が可愛いから娘を傷付ける者に怒って剣で切りつけた。そう聞くとまるで美談のように聞こえるが、根本から間違ってる」
一部分だけ聞けば美しい親子愛。
娘が可愛いから庇うし怒りもする。
あくまで一部分だけを聞けばの話。
「何も悪いことをしていない娘が理不尽に疑われて庇うなら分かる。何も悪いことをしていない娘が理不尽に拘束されたなら怒って斬りかかりたくなる心境も分かる。だけどな、お前たちの娘にはそれ以前にレアンドルを刺した事実がある。自分たちの娘が人を刺した犯罪者だとの自覚がないのか?」
それが通るのは娘が何もしていない場合だけ。
アメリア嬢がレアンドルを刺したという事実があれば別。
「ナイフで人を刺した犯人が他にも武器を持っている可能性があるのに、調べもせず信用すると思うか?救命処置をして助かった被害者に加害者が懲りもせず駆け寄る姿を見て止めない馬鹿が居るか?自分を刺し殺そうとした相手が目を血走らせて笑顔で駆け寄る姿を見るレアンドルの恐怖心は無視か?私が剣を持ってお前たちを追いかけその恐怖を教えてやろうか」
自分の娘が人を刺したから疑われたり止められたりしたというのに、この二人はまるで自分たちの方が被害者のよう。
まず自分の娘が人を刺さなければ疑われることも止められることもなかったということを理解してない。
この親にしてこの子あり。
「いいか?治療能力を持つ私と賢者公爵の彼がこの場に揃っていなければレアンドルは死んでいた。そうなればお前たちは英雄の婚約者を殺害した殺人犯と殺人犯の両親として断罪されるか、そもそも救出が間に合わず火災で焼け死んだかのどちらかだ。貴族裁判でどのような判決がくだされるか知らないが、英雄の伴侶となることの危険性も承知で成婚しようとしてくれている婚約者の命を奪おうとした者を私が許すことはない」
婚約者は俺の新しい家族になる人たち。
国や法律がどう判断しようとも俺が許すことは無い。
「パストル」
「はい!」
立ち上がって名前を呼ぶとパストルは返事をしながら胸に手をあて頭を下げる。
「アメリア嬢が刺したレアンドルが英雄の私の婚約者だということと、結果として助かったものの私と彼が揃っていなければ死んでいた可能性が高いということも含め、貴族裁判でも軽い刑罰にはならないだろう。訴えるつもりならば貴族裁判が行われる前に取るものを取っておけ。パストルもアメリア嬢の暴挙の被害者なのだから慰謝料を請求するのは当然の権利だ」
貴族裁判の結果次第でモティフ伯爵家は莫大な財を失う。
その前に婚約破棄の慰謝料はとっておいた方がいい。
「ありがとうございます。早急に裁判申請をします」
「証言が必要な際には英雄邸に伝達を。協力しよう」
「お心遣い感謝申し上げます」
そう伝えるとパストルの父親も胸に手を当て母親もスカートを掴み姿勢を低くして深く頭を下げた。
「警備隊が到着次第みなに詳しく事情を聞かせて貰うが、それまでは使用人も含め座って休んでおけ。上級回復をかけたとは言えまだ肉体的にも精神的にも辛い者が居るだろう」
異空間からシートを数枚出して魔法で地面に広げる。
自力で外に脱出してきた使用人も含め範囲上級回復で回復したけど、出血が多かったレアンドルやパストルはもちろん、火災に巻き込まれたショックで精神的に辛い人も居るだろうから立たせておくのは可哀想で。
「パストルも座ろう。血が足りてないだろう?」
「うん。ありがとう」
「フーレ伯爵夫妻もよろしければご一緒に」
「ありがとうございます」
貴族家のシリルたちやパストルの家族が座るのを見て使用人も漸く動き出しお礼を言って座るのを確認したあと、救えなかった人たちを魔法で浮かせシートの上に寝かせる。
お仕着せ姿の使用人や身なりのしっかりした侍従や侍女。
俺が回復をかける以前に事切れてしまっていた人たち。
「神の身元で眠れ」
シートの隣にしゃがみ両手を組んで浄化をかける。
煤や血で汚れてしまった身体や衣装だけでもせめて綺麗にしてあげたくて。
「屋敷の中の遺骸はどうする」
俺の隣にしゃがんで聞いたのは魔王。
「警備官に任せる。現場を踏み荒らすのは駄目だから」
「そうか」
警備官が調査に入る前に現場に触るのはタブー。
早く出してあげたい気持ちはあっても。
魔王も異空間から大きな布を出すと俺が綺麗にした人たちの上に魔法でそれをかける。
「ありがとう」
瞼を閉じて黙祷する魔王にお礼を言って、俺も改めて亡くなった人たちが神の元に行けるよう祈りを捧げた。
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『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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