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chapter.5
62
しおりを挟む「ピムの奴め。何度も同じことを」
『それだけライノお兄さんを心配してくれたんだよ』
「その割に私には追加で依頼を頼んできたがな」
『天虎さんは強いって分かってるから』
ギルドを出た三人が向かうのは伝達局。
目が見えないライノにC級とA級の魔物を狩らせようとしていることを知ったピムが猛反対して、布を外せば見えることを話しても緊急時でもないのに未成年に危険な魔物と戦わせるなんてと猛反対されて、言い聞かせるだけで疲れた天虎。
「訓練なのだから多少の危険を伴うのは当然だろうに。それでも今の少年の実力なら勝てる魔物を選んでいる」
「仕方のない緊急時以外は未成年に等級の高い依頼を受けさせることにいい顔をしないのはどのギルドも同じです」
それも全ては若い冒険者を心配してのこと。
若さゆえの無謀さで命を落としてしまわないように。
「ギルマスも強さを知るブランさまが危ない時は手を貸すという条件で認めてくれましたが、私一人ならもっと渋られたでしょう。冒険者は全て自己責任ですから、最終的にはコイツは死ぬと思いつつも認めて貰えたでしょうが」
階級の等級+1等級上までという規則の範囲に則っていればギルド側も受注しないということは出来ない。
止めることはしても聞き入れなければ後は自己責任。
例え命を落としても忠告を聞き入れなかった本人が悪い。
冒険者とはそういう職業だ。
「まあ彼奴はヒトがいいからな。お前がユハナの長子だからという理由ではなく、未成年が無謀なことをして死んでほしくないと思って口煩く言っていたことは分かっている」
ギルドマスターという立場だからこそ今までに命を落とした冒険者を何人も見てきたのだろうから、そうならないよう事前に止めようと口煩くなるのも分かる。
そうこう話している間にも伝達局に到着。
伝達局では紙に書いた手紙を送れるのもちろん通信士も在中していて、魔道具を使った映像を送ることも出来る。
「すぐに戻ります」
『あ、待って。私も一緒に行ったら駄目?』
ただ手紙を出すだけだから一人で行こうとしたライノを引き留めたブランシュ。
「構わないけど、手紙を出すだけだよ?」
『初めて来たから』
「ああ、中を見たいのか」
『あのね、本の主人公がお友達にお手紙を送ってたの。だから私も今度ディアちゃんにお手紙を書いて送りたくて』
本の内容を真似て友達と手紙のやり取りをしてみたいのかと察した天虎とライノは、ほんのり赤い顔で恥ずかしそうに手をモジモジするブランシュに微笑む。
「私たちが着いて行くと問題があるか?」
「いいえ。わざわざ付き添って貰うほどのことでもないので一人で行って早く済ませようと思っただけで」
「じゃあ一緒に行こう」
「はい」
『いいの?ありがとう!』
ブランシュにヒトの子の生活を学ばせるにはいい機会だから三人で伝達局に入ると、ここでも三人は注目を浴びる。
本人たちの容姿はもちろん如何にも強そうな白や黒の大鷹を肩に乗せているのだから、目立たないはずもないけれど。
「思えば私も伝達局は初めて来たな」
「ブランさまには必要ない場所でしょうからね」
「ああ」
天虎がヒトの子と手紙のやり取りをする機会はない。
ブランシュが手紙を送るとしても、光の一族とならわざわざ伝達局に来ずとも精霊を使ってやり取りが出来る。
ライノの弟妹の誕生日パーティの招待状もリュミエールの精霊が屋敷まで取りに来たくらいだから。
「配達、伝達、通信、どちらをご利用ですか?」
「配達で。本邸に頼む」
眼鏡をかけた男性が居る受付に向かったライノは、右脚の太腿に装備しているアイテムバッグから二通の手紙を出してカウンターに置いたあと、首からかけていたドックタグのチェーンを外してその上に置く。
「失礼して、確認いたします」
チェーンが付いたままのドックタグをひっくり返して受付が確認したのは貴族家の紋章。
三大公爵家のユハナの紋章が入っていることとライノの名前を確認して、カウンター越しに立っている少年を見る。
美しいアイスブルーの髪はベランジェ公爵家の色。
怪我をしたのか目は布で隠れていて見えないが、ユハナ公へ嫁いだ第一夫人の髪色で間違いない。
「確認いたしました。お返しいたします」
寸前まで身につけていたドックタグに彫られた名前や紋章も含めユハナ公爵家の嫡男のライノで間違いないと確信した受付の男性は、すぐにドックタグを返す。
三大公爵家の紋章が入ったそれを自分が預かっている間に万が一にも紛失したとなれば大問題になるから。
受付の男性は手紙の封筒に魔道具のスタンプを押す。
特殊なモノクルを使わなければ見えない仕様の透明スタンプを押すのは、取り扱いに注意するよう職員へ報せるもの。
誰の手にも渡らないよう厳重に管理された上に、ユハナ公爵家まで速達で届けられることになる。
手馴れた様子でスタンプを押したりケースにしまったりとする受付の男性の手元をジッと見るブランシュ。
本の中では手紙の送り方までは書いていなかったけれど、このようにして出すのかと。
興味津々に見ているブランシュを見て天虎は苦笑する。
少年が父親や弟妹に手紙を出すというだけのことだから『買い物の前に寄ろう』とだけで気にも留めていなかったけれど、ブランシュの学びの機会を危うく逃すところだった。
「ではお預かりいたします」
「よろしく頼む」
ギルドカードで支払いを済ませたあと丁寧に頭を下げた受付の男性にライノも貴族らしく敬礼で返し軽く頭を下げた。
チラチラ見る視線を他所に伝達局を出た三人。
通信士が必要になる伝達や通信とは違って手紙をそのまま送る配達だったということと、まだ時間が早いとあって受付が空いていたから、僅か数分足らずで終わった。
「どうだった?初めての伝達局は」
『ディアちゃんにお手紙を出せない』
「ん?」
『私はあの銀色のものを持ってないから』
聞いた天虎にしょぼんとして答えたブランシュ。
ライノが首からかけていたドックタグを見せていたから、それを持っていない自分は手紙を送れないと。
「ただ手紙を送るだけなら必要ないよ」
『そうなの?』
「父上に書いた手紙の方は厳重管理物として送る必要があったから、私の身分を証明するドックタグを見せただけ」
ブランシュの頭を撫でて説明するライノ。
『厳重管理物?』
「受取人以外の人の手には渡らないよう厳重に管理しながら速達で届けて貰う手紙や荷物のこと。父上への手紙は鍛錬のことや現状も含め報告を兼ねた内容だから念のため」
天虎神のことは偽名のブランで書いたし、鍛錬の内容も詳しくは書かなかったけれど、天虎神を通してマルタ夫人の葬儀や埋葬を終えたことを聞いたから触れない訳にもいかず、他の人には見られることがないよう厳重管理物として送った。
『他の人に間違って届くこともあるの?』
「滅多にない。ただ、その滅多ににもならないよう、三大公への届け物となると厳重にならざるを得ないんだ。悪巧みをして手紙や荷物を盗む人も居ないとは限らないから」
通常配達と厳重管理物の配達では届ける配達員も違う。
それでも絶対に安全とは言えないから、本当に重要な内容は個人的に雇っている通信士を通して魔道具で伝達するし、屋敷に届いた手紙や荷物は家令や執事が先に確認をする。
『じゃあディアちゃんに送る手紙も見られて困ることは書かないようにしないといけないんだね』
『そうだね。もし二人だけの秘密ごとを書く時は天虎神にお願いして精霊に届けて貰った方がいい。こうして私が念話で伝える内容と口頭で伝える内容を使い分けているように』
『分かった。そうする』
天虎や精霊の名前を出した会話は念話で話したライノのその行動で納得したブランシュはこくこくと頷いた。
そんな二人の会話を聞いてくすりと笑う天虎。
ライノを住処に受け入れたのは魔眼を鍛えるためだったが、一緒に過ごす時間が長いぶんブランシュもライノから教わることが多く、ヒトの子の生活を知るよい機会になっていると。
そういう意味では迎え入れて良かった。
伝達局を出たあとはブランシュの衣装を買いに。
今まで光の一族の贈り物の衣装を着回していたけれど、季節が変わったから夏用の衣装が必要。
「ここだ。ピムが話していたのは」
「もう着いたのですか」
ブランシュの夏用衣装を買うことを話して教えて貰ったのは女児の衣装を取り扱っているという衣装店。
一階建てのこじんまりとした建物の扉を開けるとカランカランとベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
カウンターに座っていたのは女性店員。
子供を抱いた背の高い青年と目許を布で覆っている青年が肩に乗せた大きな白鷹と黒鷹を見てギョッとする。
「娘の衣装を見せてほしい」
「ど、どう……あら、可愛らしい」
驚いた様子に気付いた天虎は怪しい者ではないと教えるため先に自分のフードを下ろしてブランシュのフードも下ろすと、女性店員は愛らしい容姿のブランシュを見て本音を洩らす。
「女児の衣装を揃えるならこの店がいいとギルマスのピムから紹介された。この鷹も私たちがテイムしているから暴れることはないと約束する。店内の商品を見せて貰えるか?」
「あ!失礼しました!どうぞご覧ください!」
自分が驚いたから気を遣わせてしまったのだと気付いた女性店員は深々と頭を下げて謝った。
「ブランシュ。好きな衣装を選ぶといい」
『私が?』
「ああ。お前の衣装なのだから」
自分を指さして首を傾げたブランシュに天虎はくすりと笑って床に降ろす。
「サイズの直しはして貰えるのでしょうか」
「出来ますよ。お代はいただきますが」
「ありがとうございます」
既製品の衣装を売っている店だから事前に確認したライノ。
貴族が利用するオーダーメイドの店と違って既製品を販売している店ではサイズを見て買うことか殆どだけれど、この店ではサイズの直しもして貰えるようだ。
「サイズの直し?」
「オーダーメイドは自分の体型に合わせた衣装を作って貰いますが、既製品は販売されているまま買い取るので好みの他にもサイズを見て購入する必要があります。ブランシュは細く小柄ですから商品によっては大き過ぎるのて事前に確認を」
「そうなのか」
フードを被った青年の方は貴族かと察した女性店員。
身分を隠しているのか冒険者だろうローブ姿だから下手な詮索はしないけれど。
「この店はサイズを直して貰えるらしいから、ブランシュの好きな衣装を選んで大丈夫だよ」
『分かった』
床に降りても天虎のローブを掴んで立ったままだったブランシュにライノが説明すると、漸くブランシュも頷いて女性店員の顔をチラチラ確認してから歩き出す。
『これ』
真っ直ぐにブランシュが向かったのはトルソーに着せて飾られているフリルエプロンワンピース。
「それが気に入ったのか」
『うん。ライノお兄さんの髪や瞳と同じ色で綺麗だし、フリルのエプロンも着いてて可愛いから』
アイスブルーのワンピースと白いフリルエプロンが一体化した可愛らしい衣装を選んだブランシュのその理由を聞いて、ライノは照れくさくて少し顔を逸らす。
目隠しをしているライノには衣装の輪郭しか分からなかったけれど、自分の髪や瞳と同じ色の衣装を選んだのかと。
自分の髪と同じ色だから選んだ訳ではなく、可愛いと思った衣装が偶然自分の髪色と同じ色だっただけだろうけれど。
「ではそれを買おう。他は?」
『他のも買うの?』
「これから暑くなるのだから幾つか買い揃えなくては」
『うーん。どうしよう』
夏でも着られる衣装は最初に主神から贈られた赤いワンピースしかないから何枚か買う必要がある。
ただ、物欲のないブランシュはアイスブルーのフリルエプロンワンピースしか目に入っていなかったから、何枚か選ぶと言われて困った様子で店内をキョロキョロ。
「私も女児の衣装の流行までは分かりませんので、流行に詳しい店員に幾つか選んでいただく方がいいかと」
「そうだな。手数をかけてすまないが、この衣装の他にも夏用の衣装を六から七枚ほど選んで貰えるか?」
「私でもよろしければ」
これから益々熱くなるからそれに合わせてまとめ買いをするのかと察した女性店員は、愛らしいブランシュをもう一度見て似合いそうな衣装を見て回る。
「お嬢さん、こちらのワンピースはどうかしら?」
『うん。可愛いと思う』
「娘は喋れない。気を悪くしないでくれ」
「あ、そうでしたか」
口だけパクパク動かしたブランシュに不思議そうな表情をした女性店員へ説明する天虎。
「じゃあ気に入ったらこうして手で丸ってして貰うのはどう?逆に気に入らなかったらバツってしてくれたら」
目の前にしゃがみ笑顔で提案してくれた女性店員にブランシュもこくこくと頷き、手(指)で丸やバツを表して見せる。
「ふふ。途中で気になった衣装があったら教えてね」
それにもブランシュはこくこくと頷いて笑顔を浮かべた。
ブランシュの買い物にかかったのは一時間ほど。
子供だから簡単に着替えられるワンピース類を中心に八枚ほど衣装を選び、店内で扱っていた下着類や靴下なども一週間は毎日違う物を着回しできるよう選んで貰った。
「手数をかけさてすまなかった。感謝する」
「いいえ。可愛らしいお嬢さんの衣装を選ぶ機会をいただいて楽しかったです。衣装のサイズのお直しは五日以内に終わらせますから、五日目以降に引き取りに来てください」
「ああ。よろしく頼む」
サイズの直しがない下着や靴下を入れた袋を受け取りインベントリに仕舞いながら謝罪した天虎に女性店員はニコニコ。
この店の店主でもある女性店員にとっては自分が作った衣装を着て貰えることが何よりも嬉しい。
「ブランシュちゃん、また来てね」
『うん。選んでくれてありがとう、お姉さん』
あれこれと二人で選んでいる間にすっかり仲良くなったブランシュと女性店員。
天使のように愛らしいブランシュに女性店員はメロメロになりよしよしと優しく頭を撫でた。
「いいお店でしたね。品揃えも店員の接客も」
店を出てフッと笑いながら言ったライノ。
子供や子供服を作るのが好きなんだろうと言葉の節々で伝わってくる女性店員だったなと。
「今までピムが紹介した店で外れたことはない。ギルマスという役職だけあって人の内面も含め見る目があるのだろう」
「だからギルマスにおすすめの店を聞いたのですね」
「ああ。私が帝都に詳しくないというのもあるが」
知ろうと思えば全て知れるけど、知ろうとしない。
特にヒトの子のことは知らなくていいことまで知ることになるから、実際に会った相手だけ為人を見て判断する。
それが天虎。
『次は野営に必要な物を買うんだよね?』
「あ、ああ」
『どこで何を買うの?』
ワクワクした様子で聞くブランシュ。
自分の衣装より野営に必要な物を買う方が興味津々。
結局『転移魔法で行けるから野営しない』と言い出せなかった天虎にライノはクスッと笑う。
ヒトを滅ぼすことの出来る破滅の神も娘のブランシュには砂糖菓子よりも甘い。
「冒険者に必要な物は大抵が市場で揃えられる。調理器具はブランシュが持ってるから必要ないけど、現地調達できる物以外の食材やテントや着替えや薬類は必要になるかな」
「薬もテントも必要ない。私が居るのだから」
「ん?野営させることだけが目的ですか?」
確かに天虎神が居れば必要ない。
テントがなくても魔法で結界をはればいいし、ふかふかの綿花をその場で咲かせてベッドを作ることも出来るから。
怪我をしたところで(する前に止めるだろうが)即座に回復も出来るし、状態異常の回復だって出来てしまう。
「旅行気分で野営を経験させるならそれでいいですが、冒険者として経験を積ませるのであれば知っておくべきことかと。普通の冒険者は馬車や馬や徒歩で移動しますし、野営の際にはテントをはって魔物避けの薬を使いますし、怪我をした場合に備えて回復薬類も持ち歩くのが常識です」
天虎神が今回の依頼をどう捉えているのかによる。
私が魔物を狩るのは確定でも、ブランシュを連れて行く理由がただ野営をさせてあげるためなのか、今後冒険者になった時のことを考え野営も含む経験をさせるつもりなのか。
『冒険に行く時は色々な物が必要なんだね』
「あらゆる危険に備えないと生きて帰れないからね。移動中や休憩中や野営中問わず、魔物はもちろん悪い奴から襲われたりすることもある。冒険者は命懸けで依頼を受けるんだ」
『そっか』
天虎神が居ればそんな心配もないけれど。
あくまでも普通の冒険者ならの話で、今回の依頼でどんな魔物や山賊が現れたところで神に勝てるものは居ない。
『私は蔓の卵から出たばかりでまだ常識も分からないから色々と教えてくれる?私も大きくなったらみんなみたいに冒険者の登録をして人を助けたり狩りをしたりしたいから』
「構わないよ。ブランさまが許可するのなら」
『天虎さん、いい?』
大きな目でジッと見られて言葉に詰まる天虎。
ギルドカードは身分証明書にもなるからその内作らせるつもりでいたけれど、冒険者にならせるつもりはなかった。
天虎の塒の森の中に居れば安全でも、森の外の世界は危険(ヒトの子にとっては)だから。
貴族ではないブランシュは冒険者になる可能性が高い。
ヒトの子は男女問わず生きていくために冒険者になり生計を立てている者も多いことは知っているけれど、ブランシュには私が居るのだから危険な冒険者になって狩りなどしなくとも困るような生活はさせないのにと思ってしまう。
ただそれはブランシュのためにならないことも分かる。
今世では幸せになるようにと強く願った主神が、迷い子だった清らかな魂にヒトの子の肉体を与えたのだから。
ヒトの子として誕生したブランシュがヒトらしく生きられるよう見守るのも天虎の役目。
「教わるのはいい。但し狩りはもっと鍛えてからだ」
『分かった!ありがとう!』
「鍛え足りない今はまだ私の傍に居るように」
『うん!約束する!』
満面の笑みで元気に返事をするブランシュ。
反対に天虎は心配で仕方がない。
ブランシュの成長を見守ると主神に約束したものの、天虎が子離れ出来るのはまだまだ先の話になりそうだ。
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